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10 真夜中のシャワー

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 問題が発生した。シャワーを浴びるためには、寝室を出なくてはいけない。寝室のドアの前にはピアノがあり、そしてそこは、普通にリビングと同じ空間だ。リンを起こしてしまう恐れがあった。


 時計を見ると午前三時だった。まじか……ついついジェーンとの営みに没頭してしまった。彼もまた同じことを考えているのか、全裸の姿でドアの前に立って、無言で思案顔をしている。何かタオルでも巻けばいいのに、私みたいに。


「リンは寝ているでしょうか?」


「まあ、時間的には寝ていると思うけどね……。どうする?でもシャワー浴びないときついよね?特に私。今ベッドに横になってる私。これ、どうしたらいいの?」


「……ごめんなさい。溢れたものは私が拭きますから、ごめんなさい。」


 彼が謝るのには理由がある。だって、あれから何度私にかけてきたことか。拭き取れる部分は拭き取ったが、ジェーンのそれは布団にまで垂れてしまっている。


 ティッシュで拭いても拭いても足りないし……そのティッシュだって、いつまでもここに置いておくわけにはいかないし、捨てに行きたい。トラッシュダスターは裏庭にあって、そこは洗面所やお手洗いの奥にある。


 布団のシーツも交換したい。そうなるとやはり、リンのいるリビングと同じ空間を通らなくてはいけない。するとジェーンが何かを閃いたのか、ぐるりと振り返って、私に聞いた。


「そういえばあなたは、潜入スキルがあるとか。」


「ま、まあね……でも今は全力を出せないよ。足がガクガク震えて思い通りに動かない。腰も痛い。きっと明日は……ってもう日付超えてるから今日か、絶対に支障が出る。でもジェーンがサポートしてくれるのなら大丈夫かな。」


「いえ……」と、彼が腰を押さえ始めた。「私も腰痛が激しくなってきました。それもそうですね、何時間も腰を動かしていたのですから。サポートは出来る限り致します。まあ本日は目立った業務はないので、乗り切れるでしょう。」


「あああああ……。」


 と、私は身体を起こした。気怠いけど頑張らないと、この状況は改善されない。タオルで押さえながらベッドを降りて、寝室のドアの前へのそのそ移動した。ジェーンが私の後ろについて来ている。


「リンが寝ているかどうか確かめる。少しドアを開けるから、静かにね。」


「何だか、あなたと潜入捜査をしているようで、ふふ、興奮します。」


「いいから、開けるからね。」


 私はジェーンの興奮を流しつつドアをそっと開けた。リビングは暗くなっていて、ソファの方から「ヌー」と聞こえた。


 彼女がまだ起きているのかなと思った私は、少しドアの隙間を細めた。しかしまた「ヌー」と聞こえた。定期的に「ヌー」と言っているあたり、どうやら彼女の寝息のようだ。


「ヌーだって。」


 真似して繰り返したら無性に笑いがこみ上げてきた私は、肩を震わせて笑いを堪えた。ジェーンが「ふふ、こらこら」と私の肩を軽く叩いてきたが、彼だって笑っている。だって普通は、グーグーとか、スピーとかなのに、ヌーって何?


 そういえばあまりリンと寝たことなかったし、一緒に寝るって時も彼女は大体私よりも遅くまで起きているので、寝息は聞いたことなかった。


「しかしなんという寝息なんだろう……ハァハァ、笑いが収まってきた……。と、とにかく寝ているっぽいから、今のうちにお風呂場に行こう。」


「そうですね、物音を立てずに、向かいましょう。」


 そして私達は寝室を出て暗い部屋の中を歩き始めた。ピアノが私たちを見ている気がした。私なんか、ちょっと前まではこのピアノの前で彼の演奏を聞いては純粋な涙を流していたのに、ピアノさんは私のこの姿を見て何を思っているのだろうか。しかもその時の奏者は今、全裸である。


 私とジェーンは抜き足差し足で洗面所へと向かった。洗面所まで着くとタオルや布団カバーを洗濯カゴにシュートして、そのままお風呂場に突入した。そしてお湯を出して全身にかけた。ジェーンもすぐに入ってきたので彼にもかけてあげた。


 とても綺麗な身体つきだ……あの戦いの数々を、彼の身体にあまり傷を付けないで乗り越えられたのは心から良かったと思う。


 ジェーンの身体に残っているのは彼がこの世界に来た時に受けた腕にある三本の傷と、ヴィノクールの時に撃たれた肩の傷だけだ。他にはプレーンも傷ついてしまったが……。


「どうしましたキルディア?じっと私の身体を見て。」


「いや、ジェーンの傷とプレーンの損傷が気になった。少し心配になったよ。」


「ふふ……そんな傷など、あなたのものに比べたら雲泥の差です。あなたは頬にだって顎にだってまだ火傷の跡がある。私がどれほどケイトに頼み込んでもこれ以上は無理だって諦めるような発言をして、やはりもっとケイトを脅すなりして治療に仕向けるべきでしょうか。顔に傷ですよ?あなたは女性ですから余計に悲しく思うでしょうに。」


「ジェーン頼むからケイト先生を脅さないでね?その内クラースさんが飛び出てきそうだし、そうなると誰にも止められないからね?それに、わ、私は平気だよ。ジェーンさえ、これで嫌いにならないなら、なんでもいい。ふふは。」


 温かいシャワーが当たっている中で、ジェーンが私を抱きしめた。


「私はどんな傷を受けていてもキルディアが好きです。しかしこれより先はもう二度と傷を作らないでください。あなたの意識が回復するのを祈ったり、あなたが死にそうになるのを見るのは、もう私は耐えられません。医師も仰っていた通りあなたはもうボロボロです。これからは私の為だと思ってご自愛なさって、お願いです。」


「分かりました……ジェーンがそういうなら、そうするよ。」


 彼と軽くキスをしてから、私はシャンプーをし始めた。ジェーンもシャンプーをしているが彼はインジアビス製の官能的な香りのするシャンプーを使っているので、ちょっとムラム……いやいやいや!いけないよ、明日があるんだから、いけない。私はしっかり気を保つことを心がけてシャワーを浴びた。


 


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