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7 スローヴェンの相手

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 寝室の窓から外に出る時に、ケースの中から黒いパットのようなものを取り出すと、それを足の裏に付けて、パットから伸びているゴム製の紐で固定した。サンダルのようになったそれは、携帯用の靴だった。


 物音を一切立てずに窓を閉めた私は、そろりそろりと玄関の方へと回り、それからサンセット通り沿いのリビングの窓の近くまでしゃがみながら移動した。


 カーテンからライトの光が漏れて、庭先を照らしている。二人のシルエットまでは見えない。そしてここに居る私のことは、向こうからは確認出来ないだろう。


 私は窓に近づいた。奥の方のカーテンが少しずれていたのを発見した私は、そっちの方へと移動をして、どうせならと内部の様子を見ることにした。


 ケースから小型のカメラを取り出した私は、それを内部に向けて窓に接着し、ウォッフォンのホログラムの画面を付けた。するとリビングのソファに座って、作業をしている二人が見えた。


 ジェーンはピンクのPCを動かして思案顔になり、リンはジェーンにぴったりくっつきながら、画面を穴が開くほどに真剣に見つめている。そしてジェーンが言った。


『写りましたね、彼の、これは……リビングでしょう。そこにある映画鑑賞用のメインモニターのインカメに接続しております。』


 この音声は小型カメラが拾っているので、私のウォッフォンから聞こえた。いけないいけないと私はケースからイヤホンを取り出して片耳に装着し、ウォッフォンに接続した。


 これでウォッフォンの音声はイヤーピースからしか出なくなるので、周りに音が漏れない。


 するとリンが何度も頷きながら言った。


『やったねジェーン!へえーラブ博士の部屋って広そう。意外とオレンジのソファなんか使ってるんだー。しかも意外と綺麗にしてる……!研究室みたいにごちゃごちゃなんだと思ってたけど。』


『ええ、私もそうだと予想しておりました。床も掃除を定期的に行っているのか、綺麗です。ホコリひとつ落ちていない。』


『うん……。』リンの表情が曇った。『なんか、博士は隠し事してそう。なんだか嫌な予感がする。それにこれってさ、よく考えてみれば、相手のPCを覗くやつの、アドバンスバージョンだよね?後悔しそうな気がしてきた……でも気になる!ああ、どうしよう!ジェーンンンン!』


『いたた』と、ジェーンが揺さぶられながら呟いた。『後悔するようなことが発生するのならば、この時点で判明して良かったのだと、考えればいいではありませんか。もしスローヴェンに他の女性の影があるのなら、それを隠してあなたとお付き合いするのは、あなたに失礼です。コソコソしていないで、私のように堂々とするべきです。』


「確かに!あはははは!」


 リンが笑った。確かにジェーンは、妻という存在がいたけれど、それを隠さずに私に言ってくれたもんね……。


 それにしても二人で楽しそうだなぁ。もう、ふて寝しようかな。そう思った時に、リンが急にジェーンの肩を掴んで、画面を指さした。


『あ!ラブ博士だ!しかも部屋着姿で歯磨きしてる!超可愛いー!』


『……。』


 ラブ博士がインカメに映ったらしい。ジェーンは思案顔をしながら画面に顔を寄せて、じっと真剣に見つめている。リンは頬を押さえて照れながら、見ている。


『ねえジェーン、でも女の気配は無いよね?別に奥の棚の私物だって、変な鉱石とか、何かの賞状とか、機械の塊しか置いてない。全部博士のっぽいよね?』


『あれはメイティード鉱石、イスレ山の鉱山で取れる、基盤の原料にもなる物質です。賞状に見えるものは、帝国大学院の卒業証書ですね。それからあの機械の塊は、何でしょう……?自警システムの心臓部に似ていますが、少しフォルムが違います。何かを趣味で作っているのかもしれません。』


『へえー!やっぱりジェーンだね!キリーがどんだけ助かる気持ちになっているか分かった気がする。やっぱりいつも感謝されてるんでしょ?ジェーンがこれだけ協力してくれるから。』


『感謝は……。』ジェーンが眼鏡を中指で上げた。『たまにされます。いつもではありませんよ。』


 あっ……確かに、いつもではない。リンが『そうなの~?可哀想!』とジェーンの肩をポンと叩いた。


 そうか、確かに、彼に支えられていることは、たくさんある。でも当たり前になってしまっている部分もあった。もっと日頃から感謝をするべきだよね……!私はため息をついた。


 するとラブ博士の声が聞こえた。


『……おい、お前また!そっちに行くなと言っただろうが!』


『ん?』


 リンがジェーンを見た。ジェーンは思案顔のまま、首を傾げている。どうやらラブ博士は誰かと一緒にいるようだ。リビングに緊張感のある沈黙が漂っている。リンの顔は真剣そのものだった。それ程に、博士のことが好きなのだろう。


『仕方ないな、お前は……!ふふっ。こらこら、もっと優しく舐めてくれ。』


 ……なんという発言だろうか。今のはラブ博士の声である。


 そんな、知人のそんなのを聞いてしまった私は、恥ずかしくなって、苦笑いしながら顔を押さえた。リンは大口を開けて絶句して、ジェーンは眉間にシワを寄せている。そして彼が、リンに話しかけた。


『誰かいますね。』


『分かってるんですけど!』と、リンが叫んだ。『この画面には映ってないけど、博士の近くに誰かいるし、誰かが博士のどこかのパーツを舐めてる!しかも急に舐め始めたのに、博士が受け入れてる!私が同じことしたら、やめろボケ!って突き放すのにー!……もしかしてこれって浮気だよね?本命がいたから、家に呼ばなかったってこと?そうなのジェーン!?』


『わ、私に聞かれましても……まだ別の可能性が。』


『別の可能性って何!?』リンが叫んだ。『こんなの真っ黒でしょ!きっとこの相手ってさ、私と付き合う前からの関係だったんだよ!寧ろ、私の方が浮気相手ってこと!あえー!?だって見てよこれ、やり取りに年季入っているもん……ラブ博士かなり喜んでるし!』


 リンの言うとおり、PCからはラブ博士の『おいやめろ、』『お前は可愛いな、ふふ』と言う幸せに満ちた声が聞こえている。ジェーンは言った。


『しかし、二人の姿は画面に映っておりませんから、まだそうと決まった訳では……。』


『あのさジェーン、じゃあもし、キリーの部屋を覗いてみた時に、同じように画面外でキリーが舐められて、しかも楽しげにしてたら、どう思『相手を特定し排除します。』


 食い気味の即答だった。ちょっと嬉しかった。私ばかりが、ジェーンのことをとてもとても好きになってしまったと感じていたからだ。


 恋愛において、私は犬のようになりたくない。猫でありたい。猫のようにくっついたり離れたりした方が、彼がより、私のことを考えてくれそうだから……。


 はっ!何この思考!?もうだめだ、もう寝よう。こんなくだらない行動をとって、くだらない思考をして、本当にくだらない!私は窓に設置したカメラを取ろうと手を伸ばした。その時に、リンの叫び声が聞こえた。


『うあああああああ!レーガン様、やはり本命がいらっしゃるのですね!だから私を部屋に入れてくれなかったんだー……うええええ!』


 リンがジェーンに泣きついている。彼は優しくリンの背中をさすった。しかしラブ博士、そうだったのか……紹介をしてしまった私にも、些か罪悪感が生まれている。と、ジェーンが何かに気付いて、PCを指差した。


『おや、リン。スローヴェンが戻ってきました。彼は一人です。歯磨きはもうしておりませんね。』


 リンはソファに脱力しながら言った。


『もう見たくないよ……。もう無理だ。恋人に浮気されるのは今回が初めてじゃないけど、今回は人生で最高にショックだね。はぁーあ、ジェーン、ちょっと今から……楽しいことする?』


『私で憂さ晴らしを試みるのは、おやめください。見てください、彼は手招きをしています。このカメラに相手が映る可能性が高い。画面をキャプチャーする準備をしますか?』


『ああ、お願い。それを証拠に、博士を尋問するわ。』


 リンが顎を突き出しながら、フゥーと息を吐いた。相手が誰なのか、ちょっと私も気になるので、カメラを取り外すのをやめた。するとラブ博士のご機嫌な声が聞こえた。


『こっちへ来い、一緒に座ろう。ほら、早く。』


 画面内に相手が現れたのか、リンとジェーンの瞳孔が開いた。リンが無言で口を大きく開けた。一体誰なんだ、知っている人なのか?ジェーンが何度か頷いて、リンに言った。


『……あれは、紛れもなく猫ですね。なるほど、スローヴェンは猫を飼っていたのです。ただの猫ですよ。』


『……うん。』


『しかし、それをどうして、あなたに内緒にしていたのか。更に、部屋に招待しなかったのか。』


『猫を飼っていることを隠していたのは、ただ恥ずかしかったからなのかな?あと私、実は猫アレルギーなんだよね。博士はそれを知っていたから、私を招待しなかったっぽい……。だったらさあ、一言くれてもよかったよね!変な心配かけて……!でも、彼なりに私を気遣ってくれたんだろうから、それは結構感謝してる。はぁーあ、そうだったんだ。変な心配しちゃったけど、私のこと気遣ってくれてたんだ。なんか今すぐにレーガン様に会いたいよ。』


 良かったね、リン。彼は不貞をしていた訳ではないのだ。安心した私もカメラを外してさっさと撤収しようとした、その時だった。


『ジェーン、ありがとう、おかげでスッキリしたよ!』


『いえいえ。さて、あとは痕跡を残さずに、去るのみです。』


 と、作業を開始したジェーンの頬に、リンが感謝のキスをした。ジェーンはリンに引いたような視線を送ってから、ティッシュで頬を拭いた……。


 感謝のキスね、たまに帝国民でやる奴を見かけるけどね。いいか、キルディア、これは感謝の印なのだ。決して情愛のそれではない。だから拳に入る力を緩めようよ。何これ。何この……歯ぎしり!


 やばい。どんどんジェラシーサイコになってる気がする。私はカメラをさっと取って、物音を立てずに素早く寝室へと戻った。


 寝室の窓から入って、全ての道具をシザーケースに入れて、それをクローゼットにしまって、何事も無かったかのように私は布団の中に入って、少し荒くなった息を整えた。


 するとイヤホンから、ポーンとメールの着信を伝える音が聞こえた。その時にイヤホンを取り忘れたことに気付いて、それを外してクローゼットに入れた。ベッドに戻る間に、そのメールを確認しようと思った。


 アドレスを見た途端に、私は息を飲んだ。それから暫くの間、瞬きも、呼吸も、そのやり方を忘れてしまった。ベッドに座り、意を決して、メールを開いた。


『ギル、セクターR1に来て。このことは他言しないで。Betty Billy Valentine』



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