店員するより冒険したい -勇者は聖剣を失って逃亡、美少女店長に拾われ地獄のようなクソ客と戦うはめになるポエム-

ソエイム・チョーク

文字の大きさ
上 下
12 / 13
秋呼び草

自称魔王、前

しおりを挟む
 昨日のことを覚えている、一昨日のことも、それよりも前も。
 昨日は誰かと仲良くした、あるいは誰かと対立した。
 世界には味方がいて、敵がいる。

 クソ客は、敵でも味方でもない。
 あいつらは、こっちに身に覚えがなくても来る。



 その日も、俺はいつものように店番をする予定だったのだけれど、ガラシアが来た。
 今日のガラシアは、ズボンをはいていた。
 洞窟の中に来るときにすらドレスを着ていたガラシアが、ズボンを?

「ハルタン君。あなたは、戦いに出たいのでしょうね」
「ええ。まあ、そうですけど」
「これから、裏庭でノインの戦闘訓練をする予定なのですが、あなたも参加しますか?」
「はい。ぜひ」

 俺は反射的にそう答えてしまうが、すぐに思い直す。

「あ、でも、店番があるのでダメですね……」

 ガラシアは微笑む。

「大丈夫です。ユアンが言い出したことなので」
「店長が?」
「店番は、パメラにお願いすることになっています」
「お任せですー」

 ガラシアの後ろからエルフが出てきて、いつもの俺の席に座る。



 俺たちは、店の裏庭に出る。
 ジッキンはテラス屋根の下で、相変わらず、鎧をカンカン叩いている。

「あら、ジッキンさん。ちょっと騒がしくなりますけど。ご勘弁を」
「ああ、構わんよ……いや、見学させてもらおうか」

 ジッキンは、白いあごひげをなでながら俺の方を見る。
 なんか採点されてる気がするんだけど、その点数を何に使うんだ?
 ……え? もしかしてユアンに報告されるの?

 そうだとしたら手を抜けない。
 俺は、気合を入れるために木刀を素振りし……ガラシアが止める。

「あ、待って下さい。その木刀は、ちょっと模擬戦で使うとまずいですね」
「ダメですか?」
「死にます、ノインが」
「え……」

 これ、そんなに危ないか?
 頭に当てたら危険と言われれば、そうかも知れないけど。

 ガラシアは別の木刀を差し出してくる。

「今日はこっちを使ってください。練習用の柔らかい木で作られた物です。硬い物を叩くと、普通に折れるので気を付けてくださいね」
「はい」

 受け取った木刀を何度か素振りしてみる。
 すごく軽い上に、なんかしなっている気がする。実戦では使えないな。
 いや、本当なら、硬い木刀も実戦に持っていくような物じゃないんだけど。

「ハルタンも、物好きだにゃ。こんなのに参加して、何が楽しいにゃ」

 ノインは準備体操しながら言う。
 今日は胸が揺れないように固めに縛ってあるようだ。

「ノインさんは、寝てる方が好きでしょうね」
「当たり前だにゃ」
「でも、ダンジョンに行く予定があるなら、訓練もやるしかないでしょ」
「そりゃそうにゃ。でも強いて言うなら、ダンジョン行きもサボりたいにゃ」

 今日は、ガラシアたちがいる代わりに、ユアンが出かけている。
 何も教えてくれないんだけど、もしかしてみんな、俺の知らない所でダンジョンに行ってるのだろうか? たぶんそうだろう。
 俺も参加メンバーに加えてもらえるよう、頑張らなければ。

「じゃあ、始めましょうか。とりあえず、ノインとハルタン君で模擬戦をしてみてください」

 ガラシアが言って、俺とノインは裏庭の中央で向き合う。
 ノインは俺の持つ木刀を指さす。

「なんでハルタンは武器が許可されてるにゃ? 不公平にゃ」
「種族差ですよ。それとハルタン君は、剣聖のスキルの都合上、武器なしで戦う事は想定されませんからね」
「にゃ……」
「もちろんスキルは使ったらダメですよ、危ないので」

 さて、どこから攻めるか。
 スキル禁止となると、攻め手が限られる。
 ノインは特に構えず、少し背を丸めて立っている。隙がないようにも見えるが。

「そりゃっ」「うにゃっ?」

 俺はノインの顔目掛けて突きを放つ。ノインはぐにゃりと体を曲げて避け、一歩下がる。
 ノインは俺の目を見つめながら、一歩ずつ横に歩く。俺の左側に回り込むつもりか。
 俺もノインの目を見つめる。ノインは手を顔の前に構え……

「しゃっ!」

 急に背をかがめて下蹴りをしかけてきた。
 俺は飛びのきながら、足元に木刀を振り下ろす。うっかり跳華衝 (ちょうかしょう)を放ちそうになった。
 スキルは禁止だ。それに、たぶん練習用の木刀は折れてしまう。

「にゅふふ」

 ノインは俺の方を見て笑みを浮かべる。
 用心深いなぁ、と言いたげだ。

 なるほどね。俺にスキルを誤発動させて、判定負けに追い込む気か。
 俺はノインにスキルの内容を細かく教えていない。だが、前回、洞窟での戦いを盗み見されて、ある程度手の内はバレているはず。
 一方、こっちはノインの戦闘スキルは一つも知らない。同じ手は使えない。

「能ある猫は爪を隠すとはこのことか」
「それはなんか違うにゃ」

 ノインは、更に身を低くして下から襲うぞと言わんばかりの格好になる。なるほど?
 俺は、あえて視線を下げ、下段だけに警戒しているように見せた。

 次の瞬間、ノインは真上に飛び上がった、上からの奇襲。俺の読み通りに。
 俺は身をかがめて攻撃範囲から逃れながら、空中のノインの腹目掛けて木刀を振る。

「にゃ?」

 ノインの体が空中で半回転し、俺の木刀を足で受け止める。
 さすが猫、身の動きが軽い。
 ……あ、待てよ? こいつもしかして、空中行動系のスキルとか持ってたりする?
 俺はちらりとガラシアの方を見る。

「今のはスキル使ってませんよ。惜しかったですけど。強いて言うなら、これが真剣だったら刃の所には乗れないんですけど……。どうしようかな、今日はセーフでいいか」

 判定はセーフだった。だが推測は当たりか。
 だとすると、次も上から攻めてくる? いや、地面を素早く走るのも猫の特性だ。下も危ない。
 これは片方のルートを攻めづらくして、一択に追い込むのが基本だろう。

 俺とノインが三度目の攻防に入ろうとしたところで……

「なにかしら。宮殿と呼ぶにはあまりにもみみっちい場所ね」

 なんか、あまりにも不遜で失礼な笑い声が聞こえた。
 まさか裏庭にもクソ客が来るとは……。
 この前の女騎士がまた来たのかと思ったら、違った。知らない女だ。

「私が、こんな所に押し込まれたら、きっと三日も経たずに心が折れると思うわ。意外と庶民的なのね」

 ユアンの道具屋を、ずいぶんとぼろくそに言ってくれるものだ。
 俺はその女を観察する。
 緑色の服。構造は簡素だが、その素材は布でありながら瑞々しく、まるで生きた樹木の葉のようにも見える。
 金髪とエルフのような尖った耳。なんとなく、全身から燐光が出ているようにも見える。

 そして手にはグニャグニャした木の杖。ユアンが持っている杖とデザインが似ている気がするが、スズランの花のようなものが大量についている。

「あなた、どうしてここが……」

 ガラシアが驚いていた。知り合いだろうか?
 この女は亜人というか、もはや亜神に見えるが、そんな知り合いが?
 ……でもガラシアも堕天使だしな。

「ふん。どこの誰だか知らにゃいが、あんまり強そうに見えないにゃ!」

 ノインが言うなり、突撃した。
 身を低くして、地を這うような軌道で……。
 一方、女は杖を少し持ち上げた。シャランと鳴り響く鈴の音。

「ウインド・スウィープ」
「にぎゃぁっ!」

 ノインが吹っ飛ばされて壁にたたきつけられた。
 女は、別に乱れたわけでもないのに、左手で自分の髪をなでる。

「ウインド・スウィープ。これは足下への遅い球を、ほうきで掃くように横に捨てる技ですわ」

 自分で解説すんのやめろ。
 ノインの動きを、遅い、って言いたいんだな。俺の目には結構速く見えたけど。
 とりあえず、ノインより強いのはわかった。

 その女は、俺を見ると微笑みかける。

「初めてお目にかかる方もいらっしゃるようね? わたくし、フェルデラシア・ティクス・ユリフラテスと申します。長くて覚えられないなら、ルデラと呼んでくださって結構よ」

 はあ、ルデラね。
 直前の言動がなければ、多少は魅力的に見えたのかも知れないけどな……

 俺は、表面上は礼儀正しく頭を下げる。

「お初にお目にかかります。ハルタンと申します」
「あら、あなたが?」

 なぜか名前だけは知られていたようだ。
 まさか勇者に関して知っているのか? ヘビ女の関係者には見えないが……。
 しかし、王宮などでこんな人間離れした存在に会っていたら、さすがの俺でも覚えているはず。
 やっぱり、ユアンの知り合いだろうか?

 俺は、ちょっとルデラを持ち上げてみる。

「……高貴な生まれの方だとお見受けします。立ち振る舞いに優雅さが見えますので」
「そうでしょうとも」
「この俺の目から見ても、ユアンの百分の一ぐらいの優雅さはありますよ」
「なっ。なんだとぅ!」

 ルデラは簡単にキレた。

 やはりか。
 ヘタな挑発を繰り返すやつは、むしろ自分が挑発されるのに弱い。
 特にこいつの場合、自分をユアンのライバルだと思ってるっぽいから、ユアンと比較して下げるだけで冷静さを奪うことができる。
 ちょろいちょろい。

 まあ、怒らせた後どうするかは、何も考えてなかったんだけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました

言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。 貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。 「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」 それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。 だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。 それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。 それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。 気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。 「これは……一体どういうことだ?」 「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」 いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。 ――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...