店員するより冒険したい -勇者は聖剣を失って逃亡、美少女店長に拾われ地獄のようなクソ客と戦うはめになるポエム-

ソエイム・チョーク

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店員の受難

店長の帰還

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 窓の外はサンサンと降り注ぐ陽光に照らされ、明るい。
 俺はカウンターの内側で椅子に座って、日陰を飛ぶちょうちょを眺めている。
 ちょうちょは飛ぶ、ひらひらひら。
 まるで何かを探しているかのようだ。

 どこかから荷車がやってくる音がして、店の前の道に馬車が止まる。
 俺は何かの予感を感じて、居住まいを正した。

 扉が開いて、一人の小柄な少女が店内に入ってくる。

「ハルタン。戻ったぞ」
「店長、おかえりなさい」

 緑色の髪、少し眠そうな瞳、左目を隠す黒い眼帯。魔導士特有の三角の帽子。
 そして背中に背負うは、捻じ曲がった樹木の枝のような杖。
 愛しき人、ユアン店長のご帰還だ。

 ユアンは店内を見回す。
 さっきヘビ女を叩き出した後に、掃除をしておいたので、埃一つ落ちていないはず。

「私がいない間に、お客とか来た?」
「ヘビの人が来ましたよ」
「そう……」

 ユアンは、何かを考えるように数秒黙った後、俺を見る。
 透き通るような緑色の右目。俺は心を奪われそうになる。

「……お客とバトルしたらダメだからね」
「だ、大丈夫です。たぶん」

 なぜバレた?
 痕跡は消したはず。いや、消したのが逆に怪しかったか?


「まあいいけどね。ハルタンは、もうお昼は食べた?」
「まだです」
「そう? じゃあ用意する。あと、ノインが荷下ろししてるから手伝ってあげて」
「はーい」

 ユアンは店の奥に入っていき、俺は店の外に出る。
 店の前に止まっていたのは、八本足の馬、二頭に引かれた荷車。
 その荷台で、長身の少女が荷下ろしをしていた。
 白い服、たゆんたゆんした胸。実にけしからん。
 黄色い髪の間からは、猫耳が覗いている。

「ノインさん、手伝いますよ」
「あっ、助かるにゃ」

 俺も、荷台に上がる。積み重なった木箱が、十数個。
 やけに重い。

「なんですか、この荷物」
「預かり物の鎧にゃ。後でジッキンに手直ししてもらうにゃ」
「へぇ……」

 ジッキンは、鍛冶スキル持ちのドワーフだ。この道具屋にたまに来る。
 なんでか知らんけど、あいつ俺を目の敵にしているんだよな。俺がなんか悪いことをしたって言うのか。

 あ、まさか、ジッキンもユアンを狙っているのか? それで俺をライバル視している?
 むむむむ。もしそうなら、負けるわけにはいかない。

 だが、とりあえず今はこの荷物だ。
 全部降ろして店内に運び込まなければ、ユアンが作る昼食にありつけないぞ。
 俺は自分の体重ぐらいある箱を、持ち上げる。

「おりゃぁ!」
「おお、さすがは元剣聖!」

 ノインがわーわーはやし立てる。
 いや、これは気合と筋力であって、剣聖は関係ないけどね。
 って言うか、ノインも働けや。

 〇

 荷物をどうにか店内に運び込み、荷車は馬(八本足の馬って本当に馬なのか?)がどこかに引っ張っていく。
 昼食はサーモンパイだった。
 鮭と野菜炒めをパイ生地で包んで焼いた料理。
 お酢の酸味が効いていて、ほどよく酸っぱい。

「やっぱり店長の作る料理は最高ですね」

 俺が褒めるとユアンは顔を赤くする。

「これぐらい誰でも作れるから」
「そうですね」
「な、何?」

 俺がユアンの顔をじっと見ていると、ほっぺに何かついていると思ったのか、ユアンは両手でペタペタ触って確かめている。
 かわいいなぁ。

「あー、このライ麦パンおいしー(棒」

 ノインさん、ちょっと静かにしててもらえます?

 〇

 ところで、ユアンの眼帯についてだが。
 左目は完全に失明しているらしい。
 何かの破片が突き刺さったケガで、目の周りも傷が酷いのだとかで。俺は眼帯の下がどうなっているかを見せてもらった事がない。

 というか、出会った頃に、ちょっと聞いてみたんだけど、反応が微妙過ぎて困っているのだ。

「ユアンにそんなケガをさせたやつなんか、許せませんよ。とっちめてやりましょう」

 その時、俺はごく当たり前のことを言ったつもりだった。
 何か予想と違う答えが来るとしても、せいぜい「もうノインがやっておいてくれた」ぐらいのズレだろうと思っていた。
 全然違った。

「それは違うの。ハルタン。あなたは、そんな風に思わないで欲しい」

 ユアンは落ち着かせるように俺の手を取る。柔らかくて暖かくて、俺はそれを拒絶できない。

「私は、この傷を負わせた相手を別に恨んでいるわけじゃない」
「そうなんですか?」
「確かにケガをした時は痛かったし、最初は途方にくれたけど。でも、片目を失った事で見えるようになった真実もあるの」

「私は、何と言うか、いい家の生まれだったの。かなり、いい家の……」

「自分は、多くの仲間たちから優しくされていると思っていた。けれど、違ったの。その中のほとんどは、私が好きだったわけじゃなくて、私の家の権力が好きだっただけで……」

「だから、左目を失った私は、見下され、追い払われた。この左目は力の象徴でもあったから。私は全てをなくして、野をさまよう事になった。顔の傷も癒えず、絶望したまま死んでしまうのだろうと、その時は思った」

「そして、動けなくなって死を待つだけだった時、私にケガを負わせた相手と再会した。姿が違っていたから、その人は私だと気づいてくれなかったみたいだったけど、私に食べ物と薬をくれて、看病してくれた」

「そして後に知ることになるの。全てを失ったのはその人も同じだった」

「それに私は全てを失ったと思っていたけど、そうじゃなかった。身分や権力ではなく、私を慕ってくれる者もちゃんといた」

「例えばノインとかね。あの子は、最初からずっと、今も、私の本当の友達でいてくれた。私は全てを失って、ようやくその事に気づけたの。だから、私にケガをさせた人を、今は恨んではいない」

 なあ、これ、おかしくね?
 もしかして、ユアンは、そいつの事が好きになってたりしない?

 なんか、このまま行くと、最終的にとんでもないライバルと戦わされそうな気がするんだけど、勝てるのかな、俺。
 頑張らなければ。
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