ちょっと特殊なガチムチ人外×人間オムニバス

青野イワシ

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半身半蛇兵の石化瞳術強化訓練

蛇人の秘密を聞こう

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「なな何なんですか一体」
 スタヴロスの手がクレオの鳩尾に当てられる。
 若干の震えが残る声を無視し、スタヴロスは布地越しにそれを掴んだ。
「こうして触ってみると、やはり不快ですね。やはり貴方は巨人側の密偵なのでしょうか」
「何を言ってるのか全く分かりません!」
 服の下に仕舞っていた首飾りを鷲掴みにされたまま、あらぬ疑いをかけられたクレオは今日一番の大声を出した。
 壁と巨体に挟まれ、クレオは逃げたくても逃げられない。
「失礼ながら、貴方に魔術の素養があるようには思えません。ですが、貴方の身体の奥から嫌な魔力を感じます。我々の嫌いな、そう、巨人族が造った道具がそこにあるような──」
 スタヴロスは両手でクレオの服を掴み、軽く左右に引っ張った。
 クレオが声を上げる間もなく、いとも簡単に布地が裂けていく。
 びいっと乾いた断末魔を残して、クレオの上半身を覆っていた麻布はぼろ切れとなって床に落下した。
「は? え?」
 衛兵としてそれなりに鍛錬を積んだ男の身体が露わになる。
 しっかりと筋肉のついた胸板の上には、掌に収まるほどの丸い銅板が乗っている。
 首から下げた紐に結ばれたそれは、少し曇ってはいるがよく研磨されており、手入れをすれば銅鏡としても使えそうだ。
 紐を通すために開けられた丸い穴の周りには、何かの眼らしき意匠が小さく彫り込まていた。
「う……見るんじゃなかった……あの、手で隠してもらっていいですか?」
──勝手に見といてそれかよ。
 クレオのを直視したスタヴロスは、強い日差しが目に刺さった時のように顔を顰めていた。

 クレオが銅板を手で覆うと、スタヴロスは一つ深呼吸をする。
「すみません、巨人の魔力が嫌すぎて、つい手に力が」
「はあ……」
 どうやらクレオの衣服を引き裂いた言い訳をしているらしい。
 あまりにもあっけらかんとしているので、あまり悪いとは思っていないようだ。
「その忌まわしい邪眼除けを与えた者の名前を吐いてもらえますか? 立場上、あまり手荒なことをして問題にしたくはないのですが」
 どしん、と蛇の尾が床を打つ鈍い音が鳴る。
 その振動はクレオの足裏までもを震わせた。
「待ってください! 僕は巨人族と何のかかわりもありません! これは兵士になったときのお祝いで、ばあちゃ、祖母に貰ったものです」
「掲げないで、掲げないでください。あぁ……鱗が剝がれそうです」
 クレオが銅板の紐を持ってスタヴロスに見せると、彼は自分の下半身を擦りながら後ずさった。
 口の中に薬草汁を詰め込まれたかのような、非常に渋い顔をしている。
 どうやらスタヴロスは心からクレオの首飾りを嫌悪しているようだった。
「あの、僕はコレが何なのかすら知らないんです。ただ、昔、すっごいヒトに貰った魔除けだからって」
「なぜそのようなモノを今日身に着けてきたのですか」
「そ、それは、その、怖かったので……」
 胸元で首飾りを握りしめ、クレオは羞恥に口元をひん曲げながらスタヴロスを見上げた。
 他種族の兵士に恐れをなし、服の下へ隠したお守りに縋っていた弱き者。
 自らを臆病者であると他者へ知らせなければならなくなったことに、クレオの顔面が熱を帯びた。
「嘘をついているようには見えませんが、念のため確認させてください。失礼」
「えっ」
 銅板を隠すクレオの手の甲にスタヴロスの掌が乗せられる。
 スタヴロスは眼を閉じ、先割れた長い舌を出してシュウシュウと蛇が威嚇するときのような音に似た何かを唱えた。
――どうしたらいいんだこれ……。
 クレオが逡巡している数十秒の間に、スタヴロスはやるべき事をやったらしい。
 気怠そうにゆっくりと眼を開いたスタヴロスは、眉を下げながら目頭の辺りを指で掻いた。
「どうも、一つ目巨人サイクロプスが昔作ったもののようですね。ニンゲンの武器屋を通して渡ってきたようです。なんという……」 
 スタヴロスはモノの記憶を見ることが出来るのか、クレオには原理が判らない。
 だが、疑いは晴れたように思え、クレオは胸をなでおろしていた。
 あと心配なことと言えば、服を弁償してもらえるかどうかだ。
「それで、僕が無実だということは、ご理解いただけたのでしょうか」
「はい。貴方は作為無くこの邪眼除けを身につけた。そのことは理解しました。しかし困りました。巨人族に鍛冶神の血を引くサイクロプスの末裔がいたなら……対策を……」
 ブツブツを言葉を零しながら尾を揺らすスタヴロスに、クレオは居心地の悪さを覚える。
 問題は解決したのだから、早く帰りたい。
 それがクレオの望みであった。
「あのー、そろそろお暇しても?」
「お待ち下さい、大変身勝手なお願いですが、その首飾りをお借りできますでしょうか?」
「えっ」
「勿論タダとは言いません。人間あなた方に有益な情報をお渡しします。そして、貴方には特別に我々の秘密も……」
「秘密?」
「はい。既に感づいている他種族もいるとは思うのですがね」
 一体何が何やらと思っているクレオだったが、それより先に体の冷えが来た。
 一つ大きなくしゃみをしたクレオを見て、スタヴロスは申し訳無さそうな顔をしながら、棚の奥から自分のチュニックを取り出してクレオに差し出した。

 ニンゲン用の椅子がないからという理由でスタヴロスと一緒に並んで寝台へ腰掛けることになったクレオは、ぶかぶかのチュニック姿で居心地悪そうにしている。
「それで、その情報というのは」
「あとで書簡をお渡ししますが、双頭犬オルトロスの対処法です。ニンゲンの村で家畜を襲っているのでしょう?」
「あ、まあ、そうですね。領民は喜ぶと思います」
 図らずも領主にでもなったかのような受け答えをしたクレオは、頬にむず痒さを覚え、ポリポリと人差し指で右頬を擦っていた。
「それで、秘密というのは」
「秘密と言いますか、隠しておきたい不都合といいますか。ニンゲンにはあまりピンとこないかもしれませんが、我々は代を重ねる事に弱くなっていっているのです」
「え?」
 クレオはしょぼくれた顔をしたスタヴロスを仰ぎ見る。
 布地を押し上げる胸筋、如何なるものも絞め殺せそうな太い蛇の尾、よく分からない魔術。
 どれを一つとってもクレオには対応できそうにないものばかりだ。
「そんなに強そう、というか強いのに」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ですが事実です。本日のおかしな訓練も、我々の眼を鍛錬するためのものだったのです。ニンゲンの皆さんには申し訳ないと思っています」
 笑みを浮かべつつも背を丸めて顔を伏せるスタヴロスに、クレオは初めて親しみのようなものを覚えた。
「この石化の邪眼は元々ゴルゴーンの力でした。ゴルゴーン族と交わったラミア族が増え、今の我々があります。ゴルゴーンの血が薄れていくごとに、我々は最大の武器を失いつつあるのです」
「そうだったんですか」
「定期的に発動させないと力を失ってしまうと城の学者が煩く、邪眼の力を計る試験を行わざるをえなくなってしまいました」
――俺達は訓練相手じゃなくて実験動物だったのか。
 良いように使われている事実にクレオが苦笑を浮かべると、スタヴロスもまた似たような笑みを浮かべた。
 位が高くても兵は兵であることに変わりはないようだ。
「いいんですか、僕なんかに話して」
「ええ。同胞に愚痴は吐けませんから。下手をすれば反逆者として密告されてしまいます。私達に関する評判は概ね正解です」
「一体どういう」
「狡猾で陰湿で恨み深い」
「ハハ、だ、誰がそんなこと言うんでしょうね」
 これは笑ったほうがいいのか、クレオは自虐する化け物への反応に困り、愛想笑いと追従でやり過ごすことに決めた。
「それに、こんなつまらない話、貴方は直ぐに忘れてしまうでしょう」
 スタヴロスが身体の向きを変え、クレオを真正面から見据える。
 流れるような動作でクレオに着せたチュニックの襟元へ手を伸ばしたスタヴロスは、クレオの首からさっと首飾りを取ってしまった。
「あっ」
 クレオが目を見開いて反射的にスタヴロスに手を伸ばしかけた、その時だった。
 ビキッ、と何か硬いものが軋む音がする。
 守りの無くなったクレオは、スタヴロスと眼があった瞬間、一気に石像と化していた。
 
 ʘ

 奪われた首飾りを取り返そうと伸ばした手。
 きっと何が起こったのかさえ、認識できていないのだろう。
 石となったニンゲンの雄は、驚嘆と困惑がないまぜになった顔のまま口を半開きにしている。
 大きく見開かれた眼も、今は何も映していない。
 まるで子供がいたずらで父親の服を被っているかのような、ダボついた衣服も石のカーテンと化している。
 寝台に腰かけたまま身体を捻ったその恰好は、中々見られるものではない。
 スタヴロスは机の上に置いてあった適当な羊皮紙で首飾りを丹念に包むと、シーツを大きく凹ませている石像の元へ戻ってきた。
 先ほどと同じように石像の横に腰かけ、己に伸ばされた指先を握る。
 肉の柔らかさも、人肌の温もりもない、正真正銘の石だ。
「やっぱり、困っている顔が一番イイですよね、ニンゲンは」
 スタヴロスは石像の手を握って語り掛ける。
 クレオが生身なら、手を引っ込めるなり、後ずさるなりしただろう。
 だが、彼にはもう何も聞こえていなかった。

「戻すの嫌だなぁー……」
 スタヴロスは固くなったクレオの膝に頭を預け、寝転がっていた。
 石の枕など全く快適ではなさそうだが、スタヴロスは気にしていないようだ。
 時折腕を上げてクレオの喉仏を撫でてみたり、長い尾で顔をぐるぐる巻きにしたりと、好き勝手に弄りまわしている。
 勿論石像は虚空に手を伸ばした困惑顔のままで、うんともすんとも言わない。
 相手の反応がないのをいいことに、クレオの背後に回ったスタヴロスが胴体に蛇腹を這わせ、固まった頬に自らの頬をくっつけてひんやりとした感触を楽しんでいると、ふいに部屋のドアがノックされた。
 気配を殺して居留守を決め込もうとしたスタヴロスだったが、ガチャガチャと鍵穴から煩わしい音がしたかと思うと、扉が勢いよく開かれる。
 そして部屋の中に大柄な男がひとり無遠慮に入ってきた。
「ニンゲンが一匹足りぬと報告を受けてな。貴様が連れて行ったと聞いて来てみれば」
 特大の溜め息をつく男に、それまで緩んでいたスタヴロスの口元も引き締まる。
「殿下、なぜこのような所へ……」
 殿下と呼ばれた青年はキッと眦を上げる。
 男は襟飾りのついたシャツにズボンを身に着けた、一見すれば上等な服をまとった只のニンゲンに見える。
 だが、撫でつけられて後ろに流している髪は全て蛇であり、蛇の頭は皆威嚇音を鳴らしながらスタヴロスを睨みつけていた。
 彼はゴルゴーン族の正当な王位継承者であった。

「良いか、今はニンゲン一匹くすねてもまあいいだろうという時代ではない。近衛兵との訓練中に失踪など、ニンゲンとの間に諍いを生む気か」
「それはそうですが、こう、イイ感じに理由をつけて手元に置いておけるようにできませんかね? ほら、こんないい像最近見ないでしょう」
 クレオを前にスタヴロスとゴルゴーンの王子が言い争っている。
 彼らは遠縁かつ乳兄弟であり、主と臣下らしからぬ間柄でもあった。
「まあ、悪くはないが……しかし華がないな」
 クレオの顎先に手を当て、王子は石像の面を舐めるように見回す。
「それに何だこの衣装は。着ていない方がましではないか」
「殿下はお分かりにならないのですか。自分の部屋に自分の服を着たニンゲンがいる、という状況の良さを」
「分からんな。私ならすべて脱がせる」
「そういえば殿下のギャラリーは裸像ばかりでしたね。夜中にあの像へぶっかけている、という噂があるのですが本当ですか?」
「誰がするか! 噂の出どころを連れてこい。生きたまま鱗を剝いでやる」
 ゴルゴーンの髪が逆立つ。蛇の口から青黒い舌がちろちろと炎のように揺れているさまは何とも奇怪なものだった。
「このような下らない話をしに来たのではない。石化を解いて家に帰してやれ。次のティタノマキアに備え、ニンゲンと敵対することだけは避けたい。こやつ等は弱いくせに数は多いし、神に贔屓されているし……」
 苦い顔をしてクレオの横っ面を叩く王子へ、スタヴロスは羊皮紙の包みを差し出した。
「それなのですが、実は彼がこんなものを持ってまして」
「これは……」

 ʘ

 蛇人との訓練を終えたニンゲン達は、数日体のこわばりを覚えてはいたものの、今はいつも通りの日常を過ごしている。
 ただ一人、クレオを覗いては。
 辺境伯へ蛇人国第二王子直々にクレオが巨人族に対抗できる知識を有していたので、蛇人国に派遣してほしいという要請が届いていた。
 見返りとして害獣と化したオルトロスから家畜の姿を消す魔術が事細かに記された書簡も送られてきた。
 勿論その辺の雑兵一人でことが収まるなら、ニンゲン側も願ったりかなったりである。
 こうしてクレオはひとり、蛇人国に取り残されたままになった。

「今日も訓練疲れたよー。邪眼除けの解析なんか近衛兵団の仕事じゃないよなあ。君もそう思うだろ?」
 スタヴロスの私室に置かれた長椅子には、あの日のままのクレオ像がそのまま座っている。
 そしていつものようにクレオの膝の上へ頭を預けたスタヴロスは、長椅子の上で横になりながらクレオの太腿や腹回りに触れていた。
 スタヴロスが視線を上げれば、わずかに丸まった掌が見える。
「小さい手だなあ。剣の柄握れるのかな。そんなものより俺の握ってたほうがいいよ」
 成人としては申し分ない発育をしていても、巨体の蛇人にとってニンゲンは小さく脆く見える。
 疲れから肉棒が勃ちあがっているのを感じていたスタヴロスはいそいそと蛇腹のあたりを探ってヘミペニスを外へまろびだそうとした。
「おい、スタヴロス。先ほどの──」
「殿下、火急でもせめてノックを……」
 お気に入りの石像の前で何やら怪しい動きをしているスタヴロスを見て、ゴルゴーンの王子は涼し気な目元を歪ませた。
「夜な夜な私の像にを施しているのは、貴様ではないのか?」
「まさか。着衣じゃないと興奮しません。それだけはないです」
「……」
 
 こうしてクレオが祖国の土を踏むことはなくなった。
 そして合同訓練も今となってはの昔の話で、誰も彼もクレオという衛兵がいたことを忘れてしまったようだ。
 ただ一つ言えることは、彼は今日も静かに蛇人の安眠を守り続けているだろう。

おわり
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