ちょっと特殊なガチムチ人外×人間オムニバス

青野イワシ

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押しかけポニーボーイ

悪魔の愛馬

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 なぜこのようなことになったのか。
 ザガムは寝台に腰かけながら、いそいそと着替えだすエーリックを見守る。
 本当のところ、ザガムはエーリックが真に求めているモノの見当がついている。
 だが、あまり認めたくない。
 つまるところザガムは主のようでありながら実質的にはニンゲンの使い魔に過ぎない立場に立たされようとしていることが、些か不服でもあった。
「す、すべて脱ぎましたッ……!」
 誰も脱いでくれなど頼んでいないが。
 ザガムは心の声を封じて、代わりに長い溜め息で返事をした。
 羞恥に顔を赤らめながら敬礼するニンゲンの姿は実に滑稽だ。
 この情けない姿こそ、エーリックが望んでいるモノの一部だと思うと、ザガムは少し意地の悪いことを言いたくなってしまった。
「馬というにはいささか小さすぎるな。そのなりで種馬スタッドとしてやっていけるのかね?」
 ザガムの視線はエーリックの股にぶら下がる肉棒へ注がれている。
 大柄な悪魔に比べたらニンゲンの一物など皆小枝同然なのだが、それを理解したうえでなお、ザガムは雄の自尊心を踏みつける行為に出た。
「申し訳ありません! 鍛えなおしますッ!」
 鍛えて大きくなるなら苦労はしない。
 だが、エーリックはヒトとしてモノを言う権利を自ら投げ捨てている男である。
 家畜が飼い主に反論するなど、あってはならないことなのだ。それはエーリックが勝手に定めた己への規則だった。
「とにかく、君は私の馬なのだろう? 馬が二本足で立つのかね?」
 ザガムの頭に馬頭悪魔オロバスの顔が一瞬過ったが、即座に忘れることとした。
 放たれた質問は婉曲的な命令と察したエーリックは、生まれたままの姿で絨毯の上へ四つん這いになった。
「あの」
「何かね?」
「轡を着けていただけませんか? 今は馬ですので!」
 なんと偉そうな家畜だろう。
 ザガムは重たい腰を上げ、エーリックの傍らにあったビットギャグを手にした。
 
 エーリック号に轡を噛ませたザガムは、手綱を手にしながらむき出しの背中に目をやる。
 最初は謝罪にかこつけた変態ニンゲンのお馬さんごっこに付き合ってやればいいだけだ、と思っていたザガムだが、やはりその時がくると不安にもなる。
 悪魔ザガムの眼にはニンゲンの身体が貧相に映って仕方ない。
 あらゆる意味で自分を苛めぬくことが好きなエーリックは、どのような鍛錬も悦んで行った。
 それゆえに剣術学校生からも称賛の声が上がるほど逞しく引き締まった身体をしている。
 だがその雄々しさもあくまでニンゲン世界での話だ。
 ザガムがどっしりと尻を置いて手綱を揺らすことが出来る生き物かと問われれば、勿論否であった。
「よいのか、本当に乗っかっても」
 馬は勢いよく首を振っている。
「見ての通り、私はニンゲンの何倍も大きく、重いだろう。私はニンゲンを絨毯にする悪趣味な遊びはしない。辛いときはきちんと言うように」
 また馬が大きく首を振る。
 今のままではロクに会話もできないだろうが、限界がくれば流石にだろうと考え、ザガムはおっかなびっくりエーリックの背中へと跨った。
 むっちりとした筋肉を内包した太腿がエーリックの身体を挟み込む。
 背には肉厚の尻が押し付けられ、ニンゲン数人分の質量をもった巨躯の重みがエーリックへと圧し掛かった。
「ぐぅ……」
 エーリックは強く轡を噛んだ。
 腰骨が悲鳴を上げているイメージがエーリックの脳内に流れるが、かえってそれは異形のものに支配されているという事が強く浮き彫りになり、よりエーリックの心を燃え上がらせる燃料になった。
「とりあえず、部屋を一周してもらおうか」
 何が正解か分からぬまま、ザガムはそれっぽい命令と共に、エーリックの尻に平手で軽く鞭を入れる。
 ぺちん、と尻肉が叩かれる乾いた音が寝室に鳴ると、エーリックは僅かに身震いしながら腕を浮かせた。
 
「ふうっ……うぐっ……」
 それは乗馬というよりは、石を乗せられて藻掻く蛙と言うべき姿であった。
 ザガムを乗せたまま床を這うエーリックは、規格外の重みに腕と足を動かすのがやっとであった。
 嚙み締めた轡の隙間からは呻き声と吐息が漏れ、エーリックの身体は苦痛と興奮で熱を帯びている。
 ザガムとて初めに明言した通り、ひ弱なニンゲンを尻で敷物するつもりは毛頭なく、エーリックが進もうとするたびに絨毯についた足を蹴るようにして前へ進ませてやる手助けはしていた。
 だが、何事にも限度はある。
 汗だくになって赤子が這うより遅く駆ける馬にいつまでも跨っているザガムではない。
 ザガムは轡に繋がれた手綱を短く持ち、少し強めに引いて停止の合図を送った。
 そのままザガムが腰を上げてエーリックから降りると、エーリックは荒い呼吸をしながら這ったままの姿でザガムを見上げる。
 その目は見捨てられた犬のように悲し気であった。
「四分の一も進めれば上出来だ。すぐに音を上げるかと思ったが、君は本当に辛抱強い荷馬のようだね」
 平時であれば侮辱以外の何物でもない言葉だが、エーリックにとってはこの上ない称賛だった。

 ✡
 
 ──魔界・ダンダリアンの館
 
「お久しぶりです、ザガム様」
「まあ怖いお顔」
「ささ、こちらへ」
「新しいお馬さんはお元気?」
 喧しい四つ頭に一瞥をくれると、ザガムはどっかりと来客用のソファに腰を下ろす。
「ダンタリアン、君には言いたいことが山ほどあるのだが」
「積もる話は乾杯の後にしましょう」
 影絵のような使い魔が運ぶ盆の上には、ボトルと一対のグラスが乗っている。
「今ここでその中身を水に変えても良いが」
「なんと恐ろしい脅しでしょう。この世全ての酒飲みを破滅に導く大悪魔となれますね」
「……全く」
 ザガムは葡萄色の液体が入ったグラスを手にし、渋々掲げてみせた。

「ダンタリアン、何故君はあのニンゲンの心を操らなかった?」
「何故と申されましても、その方が丸く収まるからです。ザガム様の望みは波風立てず地上界で休息を取られることでしょう?」
「それはそうだが、何もニンゲンの変態遊技に付き合う道理もないではないか」
 そう言いつつもしっかり相手をしたことは、何の力を使わなくてもダンタリアンには容易に察することが出来た。
「彼は貴方を自慰の道具としてだけ見ていたようでもなかったので、つい」
「どういう意味かね」
 薄々気がついていることであったが、他人から指摘されるのもまたむず痒い。
 ザガムは最近「偶然ですね!」と城の前を通りかかることが多くなったエーリックの顔を思い出す。
「彼の頭を覗いてみますと、どうもザガム様をひと目見たときから心奪われていたようで」 
 若い男の顔が下品な口笛を吹き、他の頭はにぃっと憎たらしい笑みを浮かべている。
「……」
「戦士気質に多いんですよね、自分より逞しい相手によろめいてしまう輩が」
 しつこいくらいザガムに食い下がったのも、何とかして関係を持ちたいという下心も含まれていたことをダンタリアンは見抜いていた。
 同じ悪魔でも、ザガムは水をワインに変えたり、鉱物を貨幣に変えたりと物質的な変化をもたらす魔法に長けており、惚れた腫れたの心理的分野は専門外であった。
 対してダンタリアンはザガムが頼み事をした通り、人の心を操り、秘密を探る魔法に長けている。
 悪魔に惚れたニンゲンの男、それも中々の趣味嗜好の持ち主を前に、ダンタリアンは少し遊びたくなってしまったのだった。
「もう一つ聞きたいことがあるのだが、いいかね?」
「何です?」
 ずっと渋い顔をしているザガムが空になったグラスをテーブルに置いた。
「彼におかしな魔法をかけてはいないか」
「なぜ」
「君に愛情を燃え立たせる力もあることは知っている。まさかとは思うが」
「そんな野暮なことはいたしません。ご安心ください、魔法など使わなくても、彼は貴方に夢中ですよ」
「そっそういう事を言っているのではない!」
「良いではありませんか、馬の一頭や二頭可愛がっても。本当にお嫌なら会いに来られるのは迷惑だ、ときっぱりそう言えば良いではないですか」
「そ、そうすると上で悪評が」
「本当はニンゲン間の評判なんかどうでもいい、違いますか?」
 ザガムにとって他人の秘密を暴くことが得意な悪魔を前に舌戦は分が悪かった。
「地上でニンゲンと遊ぼうが、新たな趣味に目覚めようが、誰も笑ったりしませんよ。下僕が増えたと自慢できるではないですか。どうなんです、実際のところ、ニンゲンを馬にするのは興奮しますか?」
 得意げな顔のダンタリアンだったが、ザガムが帰った後に館中の酒という酒が水に変わっていたことには、流石に天を仰いでいた。

 ✡

「ザガー様、またお会いしましたね!」
 エーリックが自主練習と称したランニングを城の前の街道で行うのは何度目だろうか。
「君はまた走っているのか」
「はい!」
「そろそろ夕餉の時刻だが、よければ馳走しよう」
「良いのですか!?」
 目を輝かせるエーリックを伴い、ザガムは城門を潜って城の方には行かず、厩舎の方へ足を向けた。
 
「あ、あの」
 藁が敷き詰められた厩の前でザガムが立ち止まる。
「馬はここで食事をするものだろう? 君にふさわしい餌を持ってくるから、ここで待っていなさい」
「は……はい……!」
 エーリックの身体が歓喜で震える。
 悪魔ザガムの休暇はこれから当分の間、馬の世話で潰れることだろう。

 おわり
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