悪の怪人謹製!絶対服従洗脳バトルスーツに屈するヒーロー

青野イワシ

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悪役_1

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──ディメンション・パトロール・レッドが果たし状を受け取る数時間前
 
 良い子も悪い子も知っている勇敢な五人のうちの一人、常に冷静で、熱く燃えすぎる隊長を諌め支えてきた青い戦士、ディメンション・パトロール・ブルーが目の前にいる。
 余計なものが取り払われた円卓の真正面には、四半世紀以上経っても皺ひとつ増えない若い男が無表情で座っている。
 突然ブルーに声をかけられた暖馬とギガンは、彼の指示で基地の高官しか使用することが許されていない会議室へと足を運ぶことになった。
 上層階の窓から見える空には既に星が輝き始めている。
 換気のために僅かに開かれた窓の隙間からは、新鮮でひんやりとした秋の風が吹き込んできた。
 暖馬の横には、ひじ掛けのあるニンゲン用の椅子に身体が収まりきらなかったギガンが、手持ち無沙汰に立っている。
 妙な沈黙が会議室を支配し、そのなかで暖馬だけが緊張から心臓の鼓動を速めていた。
 そんな重く冷たい空気を破ったのは、会議室のドアを軽快にノックする音だった。

「いやあ、遅れて申し訳ない」
 かつてこの基地の司令官としてとったニンゲンの顔で、基地職員の制服を着たオクトールが朗らかな声を上げながら室内に入ってくる。
 その後ろには暖馬と同じように強張った顔をした、作業着姿の目加山が粛々とオクトールの背中を追って入室した。
 右手側に着席した二人を横目で見たブルーは、静かに重い口を開く。
「……揃ったな。君達に話したい事がある。その前に一つ確認しておきたい。怪人ギガン、怪人オクトール、君達の主は誰だ?」
 ブルーの質問にオクトールはわざとらしく片眉 を上げ、ギガンは憎々しげに顔をしかめた。
「さあ。手綱を放されてしまったからね。所属上はこの基地の司令官、ひいてはディメンション・パトロールということになるのかな。ギガン博士、君はどうだい?」
「うるせえ」
「彼はフリーだそうだよ」
 茶化すオクトールの言葉を半ば無視して、ブルーは僅かに顔を曇らせる。
「観察していた通り、君達はとっくに科学班のブレイン・ウォッシングから脱しているようだな」
「ああ、その通りだ。天下の異星人ディメンション・パトロール様にしちゃあ杜撰だな」
 声を低めて威嚇するギガンに、オクトールが割って入る。
「私は誰かのように助けを借りずに自己解決したがね」
「てめえ……」
 涼しい顔をするオクトールの横で、目加山は関わりたくないという顔で遠く窓の外を眺めている。
 なんだよコレ、誰かなんとかしてくれ。
 暖馬はギガン、オクトール、ブルーの顔をそれぞれ見るが、誰とも視線が合わなかった。
「本来はこのようなことにはならない。私達四人がレッドの監視を怠らなければ、このようなことにはならなかった」
「それって、どういう」
 暖馬は喉のひりつきを覚えながら、ようやくブルーへ問いかけることが出来た。
 聞きたくない。
 本当は聞きたくない。
 ずっとあこがれ続けていた正義の味方が、ギガンの言う人類を使ってをしていたと、本人の口から聞きたくない。
 雲の上から闘犬よろしく怪人とニンゲンの戦いを眺めていただなんて、やっぱり信じたくはない。
 否定してほしい。
 レッドは教団オーダーの帝王に操られ、悪いことをしたのだと、そう言って欲しい。
 暖馬は叶わないことと思いつつもそう願いながらブルーに視線を向ける。
「この地に降りてから、教団オーダー側が飽きるか去るまでは、私らもずっとニンゲンの戦隊を眺めているつもりだった。静かに、手を出さず、口を挟むのは兵装や隊員選出のことくらいに止める。それで充分だった」
 ブルーの言葉が、ディメンション・パトロールが人類の庇護者であることをきっぱりと否定する。
 彼らは一足先に到着した同類が厄災ごっこへ興じたことに乗っかり、英雄戦隊システムをばら撒いただけだった。
 ただ、娯楽のために。
 それは今や深く生活に根付き、当たり前にある行政防災機構の面構えをするようになった。
 装いを変え、敵を変え、季節の移り変わりと同じように廻っていく。
 気の長い異星人にとっては、ほんのわずかな間のループだ。
 飽きるのはずっとずっと先の話。
 ディメンション・パトロールはそう思っていた。
 ただ一人、レッドを除いては。
「私達は元々、備わっているエネルギー量によって優劣を決める。銀河同士が衝突した際、より多くの力を持つ銀河が、小さな銀河を引きちぎって取り込むことと同じように。私達はレッドに追従していた星々と考えて貰って構わない」
「そんな……」
 ディメンション・パトロールはみんなで支えあって、お互いを尊重しあって、助け合うヒーローの模範ではなかったのか。
 暖馬の精神に残る幼い心が、少年の姿となって脳内に映し出される。
 ヒーロー基地の基金で設立された孤児院の一角で、プリントの掠れたディメンション・パトロールTシャツを着て、怪人撃破を伝えるニュースを見ることを何より楽しみにしていた。
 すべて茶番だ。
 すべて。
 視線を提げた暖馬の眼に、テーブルの上に乗る機械製の握り拳が映る。
 今ならギガンの憤りも解るかもしれない。
 彼は自らが人類を支配し、その上に君臨するための戦闘用に作り出されたとばかり思っていた。
 恐らく、その幻想を抱いたままヒーローに燃やされていたほうが幸せだったかもしれない。
 使い捨てにするには惜しいコレクションとして、ギガンは命を繋がされ、戦士の職業を取り上げられて生かされていた。
 不満は募っていたが、教団オーダーの目的が達成するならと呑み込んでいたのだ。
 実際はニンゲンに駆除されるために作られた、自立志向型サンドバッグでしかなかった。
 教団オーダーの帝王は立派な砂の城を建て、それが波によって消されていく情景が好きなのかもしれない。
 もしくは、ディメンション・パトロールよりもニンゲンが好きなのかもしれない。
 哀れなのは目をかけられない怪人だけだ。
「だが、この地に降りて、そのような考えは受け入れられないと学習した。私達ディメンション・パトロールは君達に倣って多数決を採用した。最初はニンゲンごっこに興じることを、レッド含めて楽しんでいた」
 ブルーは顔の前で手を組むと、僅かばかり息を吐いた。
「それがこんなに早く破綻するとは。レッドがむやみやたらに基地を建てようとしたり、私情から本来必要のない戦力を隊に組み込もうとしたり、個の意見を突き通そうとした際も、単なる思い付きかつ実験的なものだと考えていた。まさか、教団オーダー側と直接組んで、観察ルーチンの全てを壊すとは……」
「本来、必要のない戦力、ですか」
 暖馬は震える声でブルーに尋ねる。
「ああ。気を悪くしたようなら謝罪する。レッドの個人的趣味で振り回してしまい、申し訳ない」
 言葉の出なくなった暖馬の横から、苛立った声がブルーに突き刺さった。
「随分いい趣味してんなあ。そのおかげでこの世は滅茶苦茶だ。お前らはクズの変態リーダー一人止められねぇカスの集まりってことだな」
「……否定はしない」
 目を伏せたブルーに冷ややかな視線を送っていたオクトールが、努めて平坦な声で話しかけた。
「私も目加山君も下らない謝罪会見を見物しに来たわけではないのだが。レッドと帝王を止めるための働きを我々にさせるために召集をかけたのだろう?」
「そうだ。驚くべきことに、怪人ギガンも鉛晴馬隊員も、レッドと帝王へ対抗する意思が残っていた。本来なら、レッドはそれを許さない。レッドは今、暴走している。鬱屈から解放され、私らの力を吸い上げ、ヒトでいう酩酊状態だ。私達の声は無視しても、可愛がっていたニンゲンの言葉なら気になるだろう。享楽主義同士、馬の合う帝王も伴って、あの部屋から出てくるはずだ」
 ブルーはジャケットの内ポケットを探り、中からウイスキーボンボンの球が一つ収まる程度の小箱を三つ取り出した。
 その箱はそれぞれ、緑、桃、黄で塗り分けられている。
 そこに赤と青を加えれば、どこかで見たことのある色の小隊が出来上がるだろう。
 テーブルの上へそれらをそっと置いたブルーは、他の四人を見渡して、よく通る声で説明を始める。
「これは既にエネルギーを吸収され、スリープモードになった私達の仲間だ。私はレッドが放棄した現場作業を命じられていたが、ヒトと怪人が抵抗するのなら、私はそちらにつきたい。アンゴルモア降臨は、私達の願いではない。ニンゲンと怪人をむやみやたらに殺したいわけでは、ない」
 三つの箱の隙間から、微かに光が漏れている。
 ブルーの言葉に呼応するように、その光が強くなり、数回沈黙した後、消えていった。
「私の仲間をそれぞれ君達に託したい。星系エネルギーの残滓でも、きっと君達の役に立つ。この力を持って、レッドと帝王と対峙してほしい」
 ブルーは桃色の箱をオクトールへ、緑色の箱を暖馬へ、黄色の箱をギガンへそれぞれ手渡す。
 そして、災厄の火付け役を打倒す作戦会議が始まった。

 ❖

 一通り作戦内容を聞き、ブルーの入れ知恵のもと慇懃無礼なメールを送信した後、会議はお開きとなった。
 夕食を摂っていなかった暖馬とギガンは、連れ立って食堂に向かう。
 夜の食堂は昼とは違った賑やかさがあり、今ではキメラ怪人の姿もよく見かけるようになった。
 一見すると、かつて敵同士だった異種族同士が交流する微笑ましい光景だ。
 それもレッドが楽しみのために作り出した環境かと思うと、二人は胸の内にふつふつと煮えたぎる怒りを感じることになった。
 長テーブルは埋まってしまっているため、二人は仕方なくガラス張りのカウンター席へ向かう。
 運動場がよく見渡せる席ではあるが、ギガンにとっては椅子が小さすぎた。
 きつねうどんの入った丼を乗せたトレーを置き、ギガンが丸椅子に腰かけると、パキ、と何かの部品が折れる音が聞こえたが、椅子自体はまだ無事なのでギガンはそれを聞かなかったことにした。
 運動場のずっと奥には高層建築の影が無数に立ち並んでおり、まだ仕事をしている人員の灯す明かりが夜の空を煌々と照らしている。
 ビル群内で他を睥睨するように鎮座している管理庁は、今日も赤い航空障害灯を光らせて聳え立っていた。
 暖馬が箸で持ち上げたうどんに息を吹きかけていると、ギガンがぼそりと言葉を吐く。
「お前、ブルーを信用できるか」
 ギガンの眼は管理庁へ向いたままだ。
「うん。他に手もない」
「そうか。あいつの作戦は、レッドが正常にならないことを前提に立てられてやがる」
「どのみち、まともじゃない」
 暖馬はうどんを勢いよく啜る。まだ麺は熱かったが、我慢して咀嚼した。
「奴らが正気を取り戻したら、すぐに殺られるかもしれねぇぞ」
「……」
 暖馬の箸が油揚げを掴んだまま止まる。
「お前、俺と一緒に死ねるのか」
 ギガンの低い声が、食堂の喧騒に溶けていく。
 いつだったか、似たような言葉をかけられた気がする。
 その時は洗脳も相まって、貴方のために死ねると、答えた気がする。
 暖馬は油揚げを汁の中に沈みこませ、たっぷりとつゆを吸わせた。その方が美味い。
「俺は死なない。お前と心中なんか絶対しない。俺にしたこと償って貰うまではお前も死なせない」
 そう言い切った暖馬は大口を開けて大判の油揚げにかぶりついた。
「雑魚が言うじゃねえか。俺の足引っ張んなよ」
 言葉とは裏腹に、ギガンの口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 つづく
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