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二人_2

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「おおー、広いモね」
「あっ、あいつ見たことある! そうだ、ヒーローだ!」
「全員そうだろ鳥頭」
 ぎゃあぎゃあと喧しい半人半獣の怪人達が雪崩れ込んでくる。
 狭い空間に閉じ込められ、洗脳きょういくを受けていた彼らにとって、広々とした空間を制限なく動けることは何よりうれしいようだ。
 月に数回街へ出現し、暴れて来た者たちの同種に、暖馬以外の隊員は身構えそうになる。
 大柄な牛頭の怪人が大股で隊員達に近づき、他のキメラ怪人達も特に理由なくそれに続く。
 その群の最後尾、他の怪人達とは明らかに経路の違う巨体が静かに人工芝を踏む。
 暖馬の眼はその怪人に釘付けになった。

「えー……回収、じゃない合流した教団オーダーの戦闘員だ。各々得意とする戦闘スタイルがある。こちらで決めた組み合わせで模擬戦闘を行ってもらう。連携がうまく取れた組は近いうちにパトロールに出て貰う予定だ。もう他の基地はやってるからな」
 教官がノートサイズのデバイスを片手に仮の組み合わせを発表する。
 怪人達があくびをしたり、腹を掻いたり、ぼーっと天井を見上げたりと非常にだらけた様子でいる反面、ヒーロー隊員達は強張った顔つきのまま、自分の名前の次に呼ばれた怪人を凝視している。
 こんなやつと組むのか。
 ヒーロー隊員のほぼすべての者が、胸の内でこう思っていた。
「──鉛暖馬とケートス。以上だ」
 人間と怪物の組み合わせが全て発表されると、彼らはぎこちない足取りで微妙に距離の開いた二人組を形成し始める。
 ケートスと呼ばれた、鯨の頭に鮫の背びれのようなものを付けた大きな青黒い半魚人が暖馬を見つけ、のしのしと向かってきた。
「お前か? ナマリか?」
「あ、うん。君がケートス」
「たぶん」
「多分?」
 暖馬は首をひねるケートスを怪訝そうに見上げる。
「ここに来る前のこと、あんまり覚えてねーんだ。俺は昔卵だったのかなあ?」
「えーと」
 怪人達は自分の意思でヒーロー隊に組しているわけではない。
 第四超越・教団オーダーの帝王とディメンション・パトロール・レッドの協力と指示の元、意識を洗われてから野に放たれている。
 大勢の怪人一体一体に時間をかけて洗脳する余裕もなかったのか、彼らに施された画一的な処置は記憶消去のそれに近い。
 自分すら曖昧となった怪人は首を傾げ続ける。
 その様子に、暖馬はどうしていいのか分からなかった。
 そして暖馬も、ここに居る怪人らとなんら変わりない状態と呼べる。
 暖馬と彼らに違いがあるとすれば、自分を取り戻すためのスクリプトが差し込まれていることだ。
 色々思うことがあるが、暖馬がひとまず「これからよろしく」とケートスに右手を差し出そうとした、その時だった。
「何やってる!?」
 教官が裏返った怒鳴り声を出し、他の隊員からもどよめきが起きる。
 暖馬は弾かれるように声の方へ顔を向ける。
 するとそこには、巨人に喉仏を掴まれて持ち上げられている若い男の姿があった。
 青緑色をした筋骨隆々の片腕で、軽々と鍛え上げられた男を持ち上げている異形の怪人は、足をじたばたさせて藻掻く男を振り回し、キャッチボールでもするかのように、隊員を教官へぶつけてみせた。
「おわぁっ!?」
 ボウリングのピンのように倒れる二人を、巨人はつまらなそうに見下ろしている。
 突如始まった乱闘騒ぎに、怪人達は目を輝かせて嬉しそうに囃し立て始めた。
 いくら記憶を消されようとも、彼らの本質は変わらないようだ。
「痛ってぇ、何してんだお前ッ!」
 芝の上に手をついて咳き込む隊員から這い出た教官は、額に青筋を浮かせながら巨人に喰ってかかった。
「あ? コイツが偉そうに命令してきやがったからな。立場ってもんを分からせてやっただけだ」
「め、命令?」
「ボクのサポートをよろしく、だとよ。寝言は寝て言え、犬以下の雑魚が」
 巨人は忌々しそうに上下に連なった眼を歪ませると、ミリタリーブーツに包まれた脚を大きく上げた。
 どうやら芝に蹲る隊員を踏みつけようとしているらしい。
「待て待て待て待て! それは命令じゃなくてお願いってんだよ!」
「放せ気色悪りぃ」
 尻もちをついていた教官は何とか巨人の脚にしがみつき、彼を制止しようと奮闘している。
 その姿は怪人達にとっては単純に愉快な光景であった。
 漫才を見に来た観客のように、二人の周囲は無邪気で野太い笑い声に包まれる。
 怪人の残虐性に眉をひそめているのはニンゲンの隊員だけだった。
 巨人は教官を脚から引き剝がすと、喉元を抑えながら立ち上がった隊員を指差す。
「こんなひ弱な野郎とは組まねぇ。俺の相棒は俺が決める」
 肩で息をしながらしゃがみ込む教官を尻目に、彼は一同の端にいた暖馬の方へと歩を進める。
「お?」
 ケートスの首がさらに曲がる。
 険しい顔をした同輩が何故こちらに向かってきているのか、ケートスにはよく理解できないでいた。
 肩を怒らせ、迷いなくずんずんと大股で迫る巨体を見ると、暖馬の頭にずきんずきんと脈打つような痛みが走る。
 入院中、医者に化けた怪人に導かれ、鎖に繋がれたこの男に会った。
 それが病床の中で見た悪夢だったのか、実際に起きた事なのか、暖馬には判別がつかない。
 酷い頭痛が全てを曖昧にしてゆく。
 だが、暖馬の脳裏に、その姿ははっきりと刻まれている。
 誰なんだ。
 どうして俺の前に現れるんだ。
 ぶり返す頭痛に暖馬は思わず歯を食いしばる。
「おい」
 気づけば大きな身体が天窓から射す陽光を遮り、暖馬の上に黒い影を落としている。
「お前はあいつと組め」
 巨人は半口を開けていたケートスへ、先ほど首根っこを持ち上げて掴み上げた隊員を親指で指してそう命じた。
「なんでだ?」
「雑魚同士お似合いだからだ」
「なんだオマエ、殺すぞ」
 ケートスは自分より頭一つ高い巨人を睨み上げ、一歩前に進み出る。
 戦うためだけに製造されたキメラ部隊の闘争心は枯草よりも燃えやすく、導火線も短い。それは彼らの製造者によく似ていた。
 ケートスが巨人の横っ面を殴ってやろうと右手の指を握り込むより早く、青鈍の拳が彼の顎を突き上げた。
 骨の軋む硬い音が響く。
 予告なく繰り出された拳に容赦なく顎下を殴打されたケートスは、長く大きい鯨頭をのけ反らせ、背面から青い人工芝に倒れてゆく。
「失せろ」
 巨人は崩れ落ちそうになるケートスの腕を掴み、自分の背面へとその巨体を押しやった。
「お? お?」
 鉄のアッパーカットで、また一つ二つ記憶を失ったらしいケートスはよろよろと芝の上に膝を付きながら揺れる視界が固定されるのを待っていた。
 暖馬を覆う影がさらに広がる。
 ケートスを殴打した機械製の腕とは反対の、生身の巨大な手が広がり、暖馬の頭上へ伸ばされた。
 逃げるか、身構えるか、正常な生き物であれば何かしらの反応をしたはずだ。
 だが、暖馬は動けない。
 あまりにも暴力的な振る舞いをする怪人を前にしても暖馬の脚は動かなかった。
 喉がひりつき、じっとりとした脂汗が脇の下からにじみ出る。
 心臓の鼓動が全身を震わせるくらい煩い。
 それなのに、暖馬の身体はそこにいるのが正解と言わんばかりに硬直した。
 巨大な手が暖馬の顔を掴み、生温かい暗闇がやってくる。
 ニンゲン達の小さな悲鳴。
 怪人達の笑い声。
 そのどちらもが遠くで鳴いている蝉のように、不確かなノイズとなって暖馬の耳に届いた。
「俺はこいつと組む」
「な、んで……」
 ようやく口だけ動かせるようになった暖馬は、顔を掴まれたままの姿で尋ねる。
「お前がこの中で一番頑丈で従順そうだからだ」
 侮辱的な扱いに憤りを感じて手を振り払うのが通常だろう。
 それまで突然のことに呆気に取られていた隊員達も、持ち前の正義感にようやく火が付き「いい加減にしろ!」と怒鳴りながら巨人に詰め寄ろうとしている。
「あ……じゃあ、よろしく、お願いします」
 暖馬は直立不動のまま、理由もわからずそう口走っていた。
 まさか承諾の言葉が出るとは思いもしなかった隊員達の動きが一斉に止まる。
 その様子に一つ鼻を鳴らした巨人は、暖馬の顔から手を放す。
 光を取り戻した暖馬は、眩しさに目を細めながら筋肉質な巨体を見上げた。
「俺はギガン。よく覚えておけ」
 低く神妙な声色に、暖馬は思わず頷いていた。

 ◆
 
 屋内運動場に併設されたシャワーブースに、ニンゲンの男達の声が響いている。
 怒気を孕んだ刺々しい言葉が、水音と共に排水溝へ流れていくようだ。
「あんな暴力怪人、アンゴルモアをおびき出す活餌にしろよ」
「言い過ぎ」
「見てただろ? ボクは首を絞められたんだぞ? 何であいつだけ偉そうに振舞ってるんだ」
「あのギガンっての、幹部級らしいよ。鯨の奴もK.O寸前だったしなぁ」
「だから皆様子見してたのか?」
「だってスーツ着てなかったし」
 パーテーション越しに男二人の声がリレーしてゆく。
 二人は怪人との連携がうまく行かず、何度も他の組に倒され、ようやく試験終了を告げられて汗を流しているところだった。
「鉛も鉛だ。あの引退ジジイ、すっかり怪人に飼い慣らされてる」
「まあ良かったじゃん、あの人が暴力怪人の相手してくれるならさぁ。アレと誰も組みたくないだろ」
「はぁ……。アンゴルモアのせいで小隊は無くなるし、怪人と組まされるし、最悪だよ。あーつまんね、人生がつまんなくなった」
「ははは」
 真紅のバトルスーツに身を包み、一年間怪人を蹂躙し、その後は基地幹部になるかメディア露出をするか、どのみち華やかなレールが敷かれているはずだったのだ。
 すんでのところでそれが逃げてゆき、それどころか怪人に玩具のように扱われた男は我慢がならないようだった。
 きゅ、とシャワーの栓を閉じ、濡れた髪を雑に手櫛で鋤いた男はシャワーブースの扉を乱暴に開けた。
 追従するコバンザメのように、隣のブースの水音も消える。
 男が壁に取り付けられたフック状のタオル掛けに吊るしていたバスタオルに手を伸ばそうとした、その時だった。
「やあ」
 それまで何の気配もしなかった無人の空間に、二つの影が現れる。
「あ……」
 黒地に赤のラインが走るジャケット、明るい鳶色の髪、目鼻立ちのくっきりとした顔。
 男が幼少期からつい最近の研修動画に至るまで、何度も観たヒーローの姿がそこに在った。
 それだけではない。
 舞台の引幕のような漆黒の厚ぼったいフード付きのローブに身を包んだ異形の巨躯が、ディメンション・パトロール・レッドの横に立っている。
 鼻下まで隠れるフードの奥は真っ暗闇で、頭頂部からは水牛に似た立派な角が一対生えている。どう見ても怪人の類だ。
「君達は怪人とのタッグを楽しめないニンゲンなんだな」
「いや……その……」
「誰、あっ」
 裸のまま一つ隣にいた隊員がブースから出るも、同じように動きを止める。
「俺達のように仲良くなれないなら、別の仕事をあげよう」
「違います、違いますッ!」
 水滴をまき散らしながら首を振る男に、ディメンション・パトロール・レッドは笑顔で腰に吊っていた光線銃の銃口を向けた。

「ニンゲンの質も落ちたものだ」
北東京拠点ここはワーストなんだ。爆破しようかな?」
「意味なき破壊に愉悦はない」
「へえ。それが帝王流、悪の美学?」
「無駄口を叩いている余裕があるなら、これの一体くらいは自分で持て」
 特殊なレーザーで昏睡状態に陥らせたニンゲンを両肩に担いでいた第四超越・教団オーダーの長は、その片方をディメンション・パトロール・レッドへと投げ下ろす。
「危ないな。死んだらどうするんだ。アンゴルモアは死体に反応しないんだぞ」
「我の知ったことではない」
 まだ息のあるニンゲンを荷物のように抱えながら、二人の異星人は誰も居なくなった屋内運動場の狭い通路を歩いてゆく。
「訓練用のニンゲンは貴重なんだからな。その辺注意してくれよ」
 ディメンション・パトロール・レッドは、ジャケットの内ポケットにある、急速冷凍させたアンゴルモアの核の存在を思い出す。
 実戦形式の訓練を行えば、より緊張感の持った連携が観測できる。
「楽しみだな」
「悪趣味な奴め」
「君もだろ」
 これから映画でも見に行く級友同士のように談笑する二人の影は、生贄と共に廊下の暗がりに消えていった。
 
つづく
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