悪の怪人謹製!絶対服従洗脳バトルスーツに屈するヒーロー

青野イワシ

文字の大きさ
上 下
16 / 37

地上へ_1

しおりを挟む
 官庁が立ち並ぶM区の中央にそびえ立つ、一枚岩モノリスのような巨大高層建築を目にしたことがある者は少なくないだろう。
 怪人が区内に出現したときは勿論、年に一度の新ヒーロースーツ発表など、ニュース番組の背景に必ずと言っていい程映し出されるそれは、東都ヒーロー基地管理庁である。
 管理庁は全国のヒーロー基地を統治管轄する、言わばヒーロー達の親玉的組織だ。
 この次元のこの国に初めて降り立った初代ヒーロー、ディメンション・パトロールが身を寄せたひとつの消防本部は、いまやヒーロー隊の総本山として首都中央に太い根を下ろしていた。
 組織の長は言うまでもなくディメンション・パトロールであり、彼らは都内あるいは大都市の拠点を巡りつつ、ヒーロー基地が正常に機能しているか監督しているのだという。
 彼らは言う。
 我々はヒーローきみたちのことをいつでも見守っている、と。



「いやー、まさか中央を襲うなんて……」
 俺のために死ねるか?
 そう問われ、間を置かず返事をした暖馬に告げられたのは、第四超越・教団オーダーの総力を持って行う大規模奇襲作戦だった。
 その内容は管理庁を奪取し、全拠点に繋がっている怪人警報アラートを利用して電波を流し、基地職員はおろか全国民をも洗脳めざめさせる壮大な計画だ。
「俺が言うのもなんですが、皆に効きますかね? ディメンション・パトロールはニンゲンの守護者というはすごく強いですし」
 常識がひっくり返っている暖馬は、苦笑しながら首の付け根を掻いていた。
 何しろ最近まで生粋の正義の味方だったのだ。
 わずかな期間、正規のヒーローとして怪人と対峙したことのある暖馬はきまりが悪そうにギガンを見上げる。
「最近はニンゲン共のデバイスに非常警報が鳴るシステムが組み込まれてるだろ? 俺等の出現の時も鳴るように法整備がされた」
「えっ」
「俺は雑魚の成りすましは死んでも御免だが、喜んでやるやつらが意外と多くてな」
 ギガンの脳内に紺色の軍帽を被ったニンゲン擬態怪人が得意げに笑っている顔が浮かび上がる。
 顔をしかめながらそのイメージを脳内から消したギガンは、鼻を一つ鳴らすと白けた調子で説明を続けた。
「オクトールの野郎がやったように、管理庁にも政治家にも何人かヒトじゃないのが居るってわけだ。さすがに基地丸ごと乗っ取りは気づかれたが、末端の雑魚が息を潜めてるくらいなら潜入は容易らしい。まあ、権限もないから大したことはできんそうだが」
 第四超越・教団オーダーは内通者から得た情報収集とこちらに有利な調整、月に四回程度の定期的襲撃、それらを繰り返すことで、堅牢だったセキュリティの穴を掴むことが出来た。
 機は熟した。
 あとは実行に移すのみ。
 ニンゲンが怪人にひれ伏し、される世界。
 次元の壁を越えてやってきた、帝王と呼ばれる教団の長が唱える新しき世の誕生である。
 ディメンション・パトロールが裏で人間を殺処分する外道組織であると思わされ、怪人側がレジスタンスの救世主と信じ込んでいる暖馬は、新世界到来の予感に凍っていた川が春を迎えて雪解け水を流すようになるほどの清々しさを覚えていた。
「ディメンション・パトロールが居なくなったら、博士と地上で暮らせますね!」
「あぁ?」
 浮かれた調子の暖馬の言葉に、ひじ掛けに付いていたギガンの腕がずるりとずり落ちそうになる。
「三百六十日くらいは基地生活でしたから、行ってみたいとこいっぱいあるんですよねー。実はまだ東都タワー登ったこと無くて、解体前には一度」
「お前何言ってんだ?」
 突然デート計画を放し始めた暖馬に付いていけないギガンは、殆ど考える前にそう口にしていた。
「あっすみません。俺死ぬんでしたよね。博士の為ならしょうがないけど……」
 へらへらしたかと思えば落ち込む素振りを見せる暖馬に、ギガンは目を閉じてぼりぼりと顰めた眉の間を機械の指で掻く。
 深く刻まれた眉間の皺に冷たい指が心地いい。
 ニンゲンの不可解な言動にフリーズしそうな脳味噌に指が動けと命じる。
「お前が何をしたいのかよく分からねぇが、万が一作戦完了後まで生きてたら叶えてやるよ」
 行楽の良さなど一つも理解していないギガンだったが、犬にやる気を出させるためと自分に言い聞かせ、暖馬にそう約束した。
「やった! 生きる希望が湧きてきました! それで、俺は何をすればいいんですか?」
「ヒーロー隊を迎え撃ってもらう。第三東京のやつらをな」
 古巣、しかも同じ隊員として組んでいた人間と戦うことを命じられた暖馬だったが、その顔に驚きは一切浮かんでいない。
「分かりました。手の内は知ってます。彼らを倒して、博士のバトルスーツのほうが凄いことも証明して見せますっ」
 瞳を覗けば熱い焔が揺らいでいそうなほど力強い眼差しで見上げる暖馬から目線を外したギガンは、チェアを回転させてPCモニタに向き合う。
「……成功はお前と雑魚兵の粘りにかかってる。死んでも止めろよ」
「はい!」
 ギガンは暖馬に聞こえない程度の小さな溜め息をつくと、リマインダーに〔犬 脳検査〕と打ち込んでいた。


 
 ギガンから最終決戦の詳細を伝えられてから数日、暖馬は有頂天だった。
 地上で暴れていた量産型怪人に埋め込まれたライブカメラが記録した今代ヒーローの戦闘を分析しながら、地下の大空洞で旧型下級戦闘員相手に戦闘訓練を繰り返し行う日々。
 悪趣味な太刀も腕に馴染み、身体の一部のように難なく振り回せるようになった。
 最終的に太刀には蛇の牙のように刀身から神経毒が滲むよう改造が施されたが、暖馬はそれをかつての同胞に向けて振るうことに何も違和感を覚えなかった。
 既にディメンション・パトロールによって深い精神汚染が進んだニンゲンは救いようがないだろう。
 ニンゲンにとって真に平和が訪れる礎となるなら、きっと彼らも喜ぶはずだ。暖馬はそう信じて疑わない。
 そして何より暖馬の心を弾ませたのは、地上に出られるということだ。
 常に薄暗く湿った空気が流れる地下施設で過ごしていると、どうしても陽の光が欲しくなる。
 消毒済みの金臭い水の匂いより、草いきれの混じる雨の匂いが嗅ぎたい。
 空調の強く乾いた風ではなく、頬を撫でてゆく柔らかな微風を感じたい。
 だが、第四超越・教団オーダーの誰もが、地上で寛ぐことなど出来ないだろう。ヒトに擬態でもしない限りは。
 しかしそれももうすぐ終わる。
 ディメンション・パトロールの洗脳が解け、ニンゲンが怪人の支配保護を受け入れるようになれば、お天道様の下、大手を振るって博士の隣を歩ける。
 きっと博士だってこんな地下暮らしは好きじゃないだろう。博士が博士になる前のことは詳しくないが、かなりの戦闘狂運動好きだったらしい。
 暖馬の脳内には様々な屋外スポーツをする自分とギガンの姿が浮かび上がる。
 だが、その妄想もモニタに映るヒーロー隊員の映像によって千切れていってしまう。
『お前、俺のために死ねるか』
 あれから事あるごとに思い起こされるギガンの言葉。
 死ねます。
 他でもない貴方の為なら。
 だけど死にたくない。
 出来るならディメンション・パトロールが駆逐された新世界で、博士と一緒に過ごしたい。
 映像の中で旧型下級戦闘員を屠り続けるヒーロー隊員の動きには無駄がない。
 自分が目指し続けて到達できなかった者たちの集まり。
 恐らく自分が属した隊の一代下だろう。グリーンの代打をしていた時に共闘した隊員よりずっと連携が取れているように見える。
 彼らの戦闘訓練補助をしていた時は、その能力の高さに気おくれしていた。
 だが今は違う。
 どんな手を使っても、刺し違えてでも勝つ。
 でも出来れば生き残っていたい。
 暖馬は広い広い地下空間の片隅でひとり、デバイスの画面を睨み続けていた。

 つづく
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...