悪の怪人謹製!絶対服従洗脳バトルスーツに屈するヒーロー

青野イワシ

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真実_1

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 戦闘後、暖馬はギガンに連れられ、研究棟の洗浄室に入っていた。
 歩いている間に妙に股間が冷え、勃ちあがりかけていたものがすっかり萎えたことに暖馬は自分の身体がおかしくなったのかもしれないという危機感と、鞭打ちされて興奮したことをギガンにバレずに済んだ安堵感の相反する思いを抱いている。
 それが全て筒抜けで、飼い主がバトルスーツとリンクさせたモニターデバイスから遠隔で脳内物質から何からを操作されていることも知らずに。

 洗浄室はグレーの壁と仕切り板に区切られた、広々としたシャワーブースが四つ程並んでいる。
 ジムのシャワールームによく似ていると思った暖馬だったが、天井に設置された通風孔のような大型のオーバーシャワーヘッドを見て、ここでいつも何を洗い流しているのかとほのかに疑問を抱いた。
 ギガンによってバトルスーツの核石を取り払われた素っ裸の暖馬は、ギガンに言われるがまま一番奥のブースに入ることになった。
「俺は夜まで戻らないからな。身体洗ったら部屋戻ってろ。間違ってもその辺ウロチョロするなよ。お前が使っていいのは水回りだけだ、分かったな?」
「はい。あ、そうだ夜食……」
 暖馬の質問に答える前に、ギガンはさっさと洗浄室から出て行ってしまった。
 どうも暖馬に構っている余裕は無さそうだ。
 少しくらい俺の話聞いてくれたっていいのにな。
 肩を落とした暖馬は諦めて汗ばんだ身体をシャワーで洗い流そうと壁の方を向いた。
 壁に取り付けられた金属製のラックには、透明の液体が入ったボトルが三本並べられている。
 そこには紐付きの青いボディスポンジが引っ掛けられていた。
 その光景に間違い探しゲームのイラストを見たときのような妙な違和感が暖馬の頭をよぎる。
 暖馬はブースから出て、すぐ隣のブースを覗いてみた。
 何もない。
 その隣も、そのまた隣も同じ。
 必要な設備があるだけだ。
 ヒトの営みが感じられるのは、この最奥のみ。
 元居たブースに戻った暖馬は、生活の痕跡が残るものを見て、何故か妙に嬉しくなった。
 ここってやっぱり博士が使ってるのか? 
 というか博士、俺のこと犬犬って言う割にはこういうとこ気にしてくれるんだな。
  ギガン自身もあずかり知らぬところで、何気ない行動にも妙なプラス補正が掛けられるほど、暖馬の意識はギガンへの敬愛の念に乗っ取られつつあった。
 
 ラックの横にあるレバーを引くと、天井から冷たい水が降ってきた。
 レバー下にあるつまみを適当に弄ってみると、ようやく温水の雨にありつけるようだ。
 暖馬は全身を打つ心地いい湯に顔をほころばせながら、手前のボトルを一本取り出してみる。
 どれがシャンプーだ? 
 シンプルにし過ぎて不便になったデザイナーズホテルみたいだな。
 博士はこういうのが好きなのかな。
 ボトルの隅に小さく書かれたshampooの文字を発見した暖馬は、一旦シャワーを止めて、ポンプから出した液体を頭で泡立て始める。
 戦いとは無縁の、平和な時間。
 ひたすらに繰り返した訓練の後は、風呂と飯だけが楽しみだった。
 博士に全然時間が経ってないのに、今までのことが全て遠い昔のことのように思える。
 がしがしと力を込めて指の腹が地肌を擦っていく。手が何かを思い出せ、と言っているかのようだ。
 そういえば、ヒーロー基地にいた頃は怪人がどういう暮らしをしてるかなんて考えた事なかったな。
 勿論、第四超越・教団オーダーが異形の知的生命体であり、ヒトと同等かそれ以上の超次元的技術力を持っていることは、頭では理解しているつもりだった。
 だが、ヒトと同じように侵略活動仕事をして、食事をして、シャワーを浴びて、眠っている。
 そんな風に過ごしているとは、きっとヒーロー基地に勤める誰もが考えたことがないはずだ。
 
 もしも 第四超越・教団オーダーがヒーローを倒して人間を管理管轄することになっても、そこまで悪いことにならないんじゃないか。
 むしろ、使えなくなった人員をあっさり処刑するようなニンゲン、いや、ディメンション・パトロールの方がなんじゃないのか。
 そうだ、そうに違いない。
 博士達はレジスタンスなんだ。
 きっと圧制者のディメンション・パトロールに追われてこの時空に来たんだ。
 ニンゲンを支配するって言ってるけど、きっと保護活動なんだ。
 そうに違いない。
 交渉してるだけの時間が無かったんだ。
 だってディメンション・パトロールはすぐ”悪”を滅ぼすからな。
 ヒーロー隊員だって毎年毎年変えてる。俺達にはよく分からない理由で。
 ニンゲンの敵はディメンション・パトロールだ。
 皆騙されてるんだ。
 そうに違いない。
 絶対にそうだ。
 
 がしがし、がしがし。
 暖馬の指は何もかもを掻きだすかのように、激しく動く。
 泡立ち過ぎた洗浄剤が、首筋から胸板を伝って滑り落ちてゆく。
「……流さなきゃな」
 シャワーブースは酷い有様だった。
 側面の仕切りや床に泡が飛び散っている。
 洗われている最中の大型犬が身震いしたかのようだ。
 レバーを捻って温水を降らせると、暖馬の脳天から落とされた排水溝の上に塊を作る。
 暖馬は生まれ変わったような、晴れやかな気持ちでしばらくをそれを見つめていた。

 しっかりと身体も洗浄し、全ての汚れを取り払った暖馬は、シャワーブースを一歩出て、ふと気が付いた。
 タオルとか、着替えとか……どこだ?
 シャワーブース横の手洗い場を見ると、シンクの下に取っ手が付けられているのが眼に入った。
 濡れた身体のまま、暖馬は収納スペースを覗いてタオル類を探す。
「あれ?」
 だが、シンク下には空の籠と配管しか見えず、他の引き出しにも目当ての物は見当たらなかった。
 未開封の歯ブラシ、歯磨き粉の箱、カミソリ、シェービングフォームの缶、そして折りたたみのシリコーンカップ。
 男が暮らしていると分かる生活用品のスペアだけが、そこにある。
「参ったな……」
 ずぶ濡れの全裸で廊下に出るわけにもいかない。
 インプットされた一つの命令だけを忠実にこなすらしい下級戦闘員になら出くわしても問題ないが、その他の人員がいた場合、困る。
 とても困る。
 いや、大丈夫だ。博士は大会議に出るって言ってたし、怪人は皆そっちだろう。
 研究棟に常駐してるのは博士くらいらしいし、多分大丈夫だ。
 暖馬はその濡れた逞しい肢体を誇示するかのように背筋を正すと、意を決して洗浄室の引き戸に手をかける。
 重たいドアを難なくスライドさせた暖馬の目の前には、なんとニンゲンの男が立っていた。
「えっ!?」
 突然現れた見知らぬツナギ姿の男に、暖馬は一瞬フリーズする。
 相手の男も何もかも丸出しの暖馬に顔をひきつらせたが、声は出さずに手にしていたランドリーバスケットからバスタオルを取り出すと、それを暖馬にそっと差し出した。
「あ、どうも、すいません……」
「いや……」
 二人の間に妙な気まずさが漂った。

 身体を雑に拭いてタオルを腰に巻き付けた暖馬は、バスケットからタオルをシンク下の籠の中に放り込んでいる男の背中をまじまじと見た。
 もしかして、このヒトが怪人オクトールに攫われてきたメカニック、なのか?
 今まで作業をしていたのだろうか、淡いグレーをしたツナギの脚には薄茶色の油汚れが付着している。
 身体つきに目立ったところはないが、捲った袖から伸びる腕はがっしりとしており、ずっと働き続てきた逞しさが感じられる。
 歳は暖馬の五つ六つほど上のように見える彼は、淡泊ながらどこか取っつきにくい雰囲気のある地味な顔立ちをしていた。
 暖馬は必死に記憶を手繰り寄せるが、彼の姿は脳内メモリーには記録されていない。
 彼は彼でタオルを手渡した後、暖馬と目を合わせることなくするりと洗浄室に入ると「何で俺がこんな事」とぼやきながらタオルを並べている。
「あのー」
「うわっ!?」
 彼が戸を閉めて立ち上がったところに、暖馬は思い切って声をかけてみた。
 どうやら入れ違いに暖馬が去ったと思っていたらしい彼は、勢いよくすくみ上がって振り返った。
「貴方も北東京拠点所属だった、えーと、目加山さんですか?」
「そうだけど……」
 目加山は警戒するような目つきで暖馬を見上げている。
「こんな格好ですみません。私は北東京掃討隊教育補助隊員、鉛暖馬です。今はギガン博士の忠実なる私兵です。よろしくお願いします!」
 よそ行きのはきはきとした声で敬礼とともに自己紹介をした暖馬を前にした目加山は、山から降りて来たおぞましい化物でも見たかのように顔を強張らせている。
「よろしく。頑張って」
 彼は難しい顔をしながらぶっきらぼうに返事をすると、ツナギのジッパーに手をかけ、ちらりと暖馬の方を見た。
 なぜ出ていかないのか、と彼の顔に書いてあるが、暖馬はそれを無視して目加山に尋ねる。
「もしかして、ここって目加山さんが普段使ってるんですか?」
「いや、頼まれた時しか来ないよ。ラボ用の機械を整備してこいって言われた時だけ。滅多にないけど」
「じゃあ、奥のシャンプーとか、そこの歯磨き粉とかは、誰のですか?」
「普通に考えてギガン博士が置いて使ってるんじゃ」
「よかった! 博士と同じもの使ってるんだなーって嬉しかったんで、違ってたらどうしようって思ったんですよね」
「ああ、そう。よかったね」
 目加山の表情がひどく渋いものになっていることなど目に入らず、暖馬は心の底から安堵した笑みを見せた。
「はい。目加山さんはずっとオクトール司令の下で働かれてるんですか?」
「ずっとってわけじゃないけど、まあ、それなりに」
「そうですか! やっぱり私と同じく司令に命を救われたんですか?」
「……は? いや、俺は」
「隠さなくても大丈夫ですよ、ここにはディメンション・パトロールは居ませんからね!」
「だから」
「私はディメンション・パトロールに殺されそうになったところを、博士に助けていただいたんです。そして、気づいたんです、ディメンション・パトロールの裏の顔に」
「あのさ」
「真の悪はディメンション・パトロールなんです! 目加山さんも気づいてるんですよね? だからここに留まっているんですよね?」
「それはヒーロー君達が中々助けに来ないから」
「なるほど! やはり悪ですね、ディメンション・ヒーローは」 
「俺の話聞いてる?」
「嬉しいです、仲間が居て」
「……」
「どうしました?」
「いや。とりあえず、部屋に戻って服着た方がいいよ」
「そうですね、ありがとうございます。あっ、そうだ、一つお伺いしてもいいですか?」
「何?」
「博士の好きな食べ物知ってますか? 会議が終わったら夜食に出したいんです」
「俺、直接話したことないから知らないよ。何でも嬉しいんじゃないかな」
「そうですか。そうですね、ありがとうございました、では!」
 話を早々に切り上げたいための適当な言葉に、暖馬は目を輝かせながら洗浄室を後にする。
「マインドハックの調整ミスってたかな……いや、洗脳耐性無いだけか?」
 一人になり、ツナギを脱ぎながら目加山が零した言葉はしんとした室内に吸われて消えていった。

 ◆

 円卓の会議室でつまらなそうに肘をついてオクトール肝いりの作戦詳細を聞き流しているギガンは、卓の上に置いていた小型デバイスに警告メッセージが表示されているのに気がついた。
[被検体のメンタル値に異常があります]
「世話のやける……」
「どうしたギガン博士。私の作戦に不満があるのか?」
「うるせぇな。とっとと終わらせろ」

 つづく 
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