高貴なる竜人族の俺が人間と一緒にジャンクフードなど食べるわけがなかろう

青野イワシ

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終幕 手弁当

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 清潔なシーツに包まれた巨大なベッドの上で眠っていたにもかかわらず、巡の寝覚めはすこぶる悪かった。
 瞼を開けて、ここはどこかと考えるより前に、鈍痛が頭を襲う。
 胃の腑から食道へ焼け爛れるようなむかつきがせり上がってくる。
 腹の中にあるもの全てを吐き出し、新鮮な氷水を飲み、薬でも飲んで伏せっていたい。
 巡が上半身を起こし、痛む額に手をやりながら深く息を吐いていると、寝室の扉が静かに開いた。
「おはよう。やはり二日酔いにさせてしまったようだね」
 硝子のピッチャーとグラス、それに青と白の紙箱を乗せたトレーを片手にクルがベッド脇までやってくる。
 眠気と頭痛でおよそ他人に見せられない程渋い顔をした巡は、トレーの上に乗っている二日酔い用の錠剤が収められた箱を睨みつけるようにして眺める。
 随分と用意がいい。今の巡にそれ以上のことは考えられなかった。
「ありがとうございます……」
 墓の下から這い出た亡者のように緩慢な動きで、巡は箱に手を伸ばした。

「……大変申し訳ございませんでした」
 錠剤を飲み、程よく冷えた水で喉を潤した巡は、ベッドに腰掛けたクルに深々と頭を下げた。
「どうしたんだ、君が謝るようなことは何もないじゃないか」
「いや……酔ってたとはいえ、かなり、失礼なことを……」
 酔っていたときの記憶を飛ばせるものなら飛ばしたいが、巡はそれなりに覚えている性質であった。
 馴れ馴れしい口をきいたどころか、戯れではあるが変態と何度か罵ったうえに、自分から雄の大事な大事な部分を触りにいった始末だ。
 その結果が気を遣るほどの激しい雄交尾だったとしても、火付け役は間違いなく自分であると、巡はそう自覚していた。
「なに、私的な空間でそのようなこと、私は気にしない。むしろ、君が心を開いてくれたようで嬉しかったがね」
 クルは大きな親指で涎の跡が残る巡の口元を拭う。
「それに、番となった仲じゃないか。ネクタイを締めていないときは、いつでもそうしていてほしいよ」
 錠剤に即効性は無いようだ。番という言葉を聞いた途端、思い出せとでも言うように、ずきりと巡の頭が痛む。
 なんかそんな事言われたな……。つがい。付き合う、的なもんでいいのか?
 番という言葉の重さは、種族によって大きく差がある。
 竜人の言う番がどこまで深い仲を指すのか、巡は知らない。
 起き抜けの二日酔いでなければ、もう少し頭を働かせることが出来たのかもしれないが、それは理想論にしか過ぎなかった。
「わかりまし、分かった。じゃあ俺も、やめて欲しいことがあるんだけど」
「やめてほしい? 何か気に障ることをしてしまったかな」
 予想外の言葉に、クルは大真面目に巡へ問う。
「あのー、カネ貰えんのはサイコーなんだけど、ツガイってやつなら、もういいっていうか」
 頭痛を誤魔化すように、巡は寝ぐせのついた短い髪をがしがしと掻く。
「パパ活してるみたいで、なんかアレだったし」
「パパ活……?」
 クルは自分の脳が一気に石化するような感覚に襲われた。

「確かに第三者からすれば金銭を見返りとして食事に付き合わせる行為は援助交際に見えるかもしれないが私はそのようなやましい気持ちは一切なく当初は純粋に竜人としてのタブーを超えるために君の協力をいや身体を繋げた以上私にはいかなる弁明も許されない──」
「あの、すいません、嫌とか、キモかったとかそういう訳じゃなかったんで」
 巡以上に頭を抱え、呪文のように心の内を吐露するクルに巡が寄りそう羽目になってしまった。
 巡も思わず丁寧な口調に戻ってしまう。
「そうだな。既に私たちは利害一致の協力関係ではなく、将来を誓い合う仲になったのだから、金銭の授受が発生することは道理に合わないな」
 何かとてつもなく重い言葉が聞こえた気がする。
 巡は自分が既に取返しのつかない領域に来ていることを察し始めたが、覆したいと思うほどの気力もわいてこなかった。
 大きく肩を落とす竜人の太腿に、巡は予告なく倒れ伏す。
 突然己の上に寝転がってきた人間に、クルは呆気にとられた。
「めんどくさい話はナシ。それより背中擦ってほしい。ちょっと楽になるから」
「私が真剣に悩んでいるのに君は」
「いいじゃん付き合ってんだからさー。俺死んじゃうよ。人間はか弱いイキモノなんだよ。大事にしてくれ」
「君は思った以上に我儘なのだな」
「別れる?」
「まさか。少し撫でてやるだけで満足するなら可愛いものだ。好きなだけ駄々をこねなさい」
「竜人様むかつく。あー吐きそう」
「それは比喩、だろうね?」
「……どうかな」
 巡がけっこうヤバい、と呟くと、クルは無言で巡を担ぎ、急ぎ足で便所へ向かった。



『見てください、この行列! 今日も沢山の方が並ばれています。少しお話聞いてみましょう。すみませーん──』
 よく通る声のレポーターが、人気店に並ぶ客にマイクを向けている。
 相変わらず昼のワイドショーが流され続ける休憩室で、巡は冷蔵庫の中から青いランチクロスに包まれた包みを取り出す。
 朝、わざわざ休憩室に寄って弁当包みを仕舞ってから自分のデスクへ向かうのが最近の日課になっている。
 包みを解き、冷蔵庫脇にある電子レンジで冷気取りにほんの少しだけ弁当箱を温める。
 銀色のマグボトルで確保しておいた壁際の席に戻り、巡はランチクロスを広げてその上に弁当箱を置いた。
 黒ゴマの振りかけられた白米の上に乗った梅干し、柚子みそを乗せた鶏肉、茹でブロッコリー、野菜入りオムレツ、豆とひじきの煮物。それなりに栄養バランスの取れた面々が弁当箱の中に収まっている。
 巡より出勤時間の遅いクルが朝食と弁当の用意をすることが多く、そうなると決まって栄養管理士監修と書かれたシールでも貼り付けられそうな弁当を持たされることになっていた。
 巡は主に夕食担当であり、クルが半強制的にインストールしてきた栄養管理アプリに従って健康第一のメニューを作るようになっている。
 カウチポテト族から竜人族に戻ったクルは料理にハマり、それに巡を巻き込んだ。
 クルの家に同棲するようになってからは、互いに振舞う相手がいるため、飽きることなく続けている。
 献立を決めなくていいのは嬉しいが、やはり好きなものを腹いっぱい喰いたいという欲求が燻ってくるのも確かだ。
『一番人気は、カスタードプリンの上に、キャラメルプリン、そしてチョコプリンを乗せたクラシック・トリプル! 崩さず食べるのがちょっと大変ですが、このハーモニーは病みつきになりますー!』
 世間は幻の芋のことなど忘れ、今は様々な種類のプリンを重ねた限界プリンタワーというスイーツがトレンドを席巻している。
 既にのは見た目だけ、映え特化と囁かれ始めており、飽きられるまでにそう時間はかからないだろうと巡は予想していた。
 ウチの竜人様が興味持たなきゃいいけどな。
 ひじきを咀嚼しながらそう考えていた巡の携帯に、新着メッセージのアイコンが浮かびあがる。
 SMSを開くと、こだわり手作りプリンの素と書かれた箱を撮影した画像が送られてきた。
 
[今週末はチートデイということする。秘密裏に通販をした。一緒に作ろう。店のサイズでは満足できそうにない。ところで、タワーにするにはどのような工程が必要だろうか。専用器具があるのか?]
 巡は箸を止め、天井を仰ぎ見る。
[しらねー。あとくっつけない方が絶対うまい]
[やってみないと分からないぞ]
[がんばれ。俺は試食がんばるから]
[いいだろう。どんなものが出来上がっても、君が残さず食べてくれるなら安心して失敗できる]
[ごめん]

 自家製ドーナツバーガーに挑戦し、油の染みたリング状の何かを二人で泣く泣く食すことになったことを思い出した巡は、即座に謝りを入れた。
 そこそこ料理ができるようになったといっても、二人にとって菓子作りはまた別の領域であった。
 それでも楽しいと思えてしまうのが、巡にとっては少し照れくさい。
 巡は携帯のカレンダー機能を呼び出し、今週日曜のマスに[プリン]とだけ入力する。
 仕事頑張るかあ。
 糖分の塊に目を輝かせる悪い竜の顔を思い浮かべながら、巡は食べ終わった弁当箱にそっと蓋をした。

 終
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みんなの感想(1件)

岸和田だんじり

いつも更新楽しみにしております!
エッチシーンの前哨戦すごくワクワクさせていただきました!
青野さんの作品全編通し、空想・架空のキャラクターイメージが逸話などに沿ってキャラ作りされているのが見て取れる感じが凄く好きです。(うまく言語化ができず申し訳ありません。)
更新は楽しみにお待ちしておりますが、どうぞご無理なさらず執筆活動なさって下さい。これからも微力ではありますが応援させていただきます!

2023.04.20 青野イワシ

ありがとうございます。
継続して読んでいただけることが何より嬉しいです!
こういう感じのキャラが好き、同好の士が読んでくれたら嬉しい、という気持ちが燃料の一部なので、そう言って頂けることは大変励みになります。
少しでも読んで良かったと思って頂けるようなものを書けるよう精進します。
あたたかいお言葉ありがとうございました!

解除

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