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カウチポテト族の夜【3】

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 クルから手渡されたテキーラコーラが入ったグラスを受け取った巡は、ひとまず口をつけることにした。
 酒は嫌いではなかったが、皆が出来上がる前に潰れるほどには弱く、飲みの席では乾杯の音頭に一杯だけ付き合う程度だった。
 コーラのお陰でガツンとした喉が灼けるような熱さはやってこないが、甘くはじける炭酸の奥には、確かに強い酒の香が存在している。
 ジュース感覚で飲んでるとマズいかもな……。
 そう思う巡だったが、料理中に何も喉に通していなかったおかげで、グラスを直ぐにサイドテーブルへ置くことが出来なかった。
 クルは既に一杯空にしており、広い面積のカウチへのっしりと巨体を沈ませている。
 片手にはポテトチップスを入れたボウルを抱え、怠惰に寛ぐ準備は万端といった様子だ。
「そちらでは脚が伸ばせないだろう。もっとこちらに来なさい」
「あ、はい……」
 長い尾を床に垂らすようにしてずらし、クルは自らの隣に巡が身体を預けるスペースを設ける。
 ここまで来て断る理由もなく、巡はクルの隣に寄り添うようにして隣に腰掛けた。
 背もたれに上半身を預け、スリッパを脱いだ足を伸ばすと、途端に身体の力が抜け、骨のないアメーバにでもなってしまったかのように思えた。
 布越しで太腿に触れるクルの身体は硬く、ひんやりとしている。
 巡は改めて隣に座る大きな者が竜人であることを肌で感じることになった。

「それで、今夜に相応しい推奨コンテンツは、一体どのようなものかな。主要なストリーミング・サービスには加入しているから、大抵のものは探せるはずだが」
 やたらボタンの多いリモコンを渡された巡は、それを見つめて少しだけ考える素振りを見せた。
 多分こういう時には、B級C級パニックホラーでも見るべきなのだろう。
 クルもそういうお約束を期待しているのかもしれない。
 だが、巡は実のところ突然脅かしてくる心臓に悪いものは苦手としていた。
 どうせならダラダラしたい。
 怒涛の展開に手に汗握ったり、恋愛感情のすれ違いにやきもきしたり、愛猫愛犬と別れる場面で涙ぐんだり、そういうものについて、今は遠慮願いたかった。
 そうだ。竜人様が千年生きても、そのカテゴリすら知りえないものを見せてやろう。
 時間浪費の究極体。ある種最高の娯楽でもある。
 ボタンを操作し、動画アップロードアプリがテレビ画面で見られることを確認した巡は、テキーラコーラで一度喉を潤してからクルに話しかけた。
「映画とかでもいいんですけど、多分クルさんが絶対見たことのないヤツがイイと思うんですよね」
「ほう。それは一体」
「クソゲー実況です」
「ん……?」
 クルは異星人にあいさつでもされたかのようにフリーズした。

「巡君、これはその、CGの出来が随分と……」
「かなり昔のアセット使ってますからね。低価格DLCは大体こればっかりですよ」
 動画作成者が動かす粗削りなポリゴンの男が、ペラペラ素材の木々の間を走り抜けていく。
 たまに視点が回転し、地面の中から半透明化した男のグラフィックを見上げることになる。
 わざとそうしているわけではない、というテロップと共に読み上げソフトの音声が流れる。
「そ、そうか。それで、これは何を目的としたゲームなのかね」
「多分、RPGです」
「多分?」
「ろくなあらすじついてないんで」
「む……。その、湖の中にめり込んでいるが」
「あ、詰みですね。やり直しです。一から」
「一から?」
「水没するとチュートリアルから戻されるバグで有名なんですよ」
「本当に製品版なのか」
「はい」
「信じられん。クリアできた者はいるのだろうか」
「一応RTA動画出してる人もいるんで、不可能ではないかと」
「R、何だい?」
「リアルタイムアタックです。最速クリア時間を競ったりするやつです」
「成る程……」
 クルはそれ以上何も言わず、遠い目をしながらポテトチップスの入ったボウルに手を伸ばす。
 二人は「心が折れそう」と呟く合成音声と共に、画面右下に表示されている湖超えチャレンジ17回目と書かれたカウンターが18になるのを見届けながら、機械的にポテトチップスを口に運んでいた。
 程よい辛さの香辛料がカラっと揚がった噛み応えのあるポテトチップスによく合っている。
 たまにシーズニングが濃かったりポテトチップス同士が癒着して固まっているものもあったが、それがより一層手作り感を与え、均一化された市販の優等生なポテトチップスとは趣を異にしていた。
 噛んでいるとどこか上品な芋の甘味を感じ取ることが出来たが、それをじっくり味わう前に油っけと塩気が喉の渇きを加速させる。
 気づけば巡は覚束ない手つきで雑にコーラとテキーラを混ぜては呑み、クルの抱えるボウルから無遠慮にポテトチップスを摘まみだし、バリバリと噛み砕きながら二次元世界の賽の河原遊戯を眺めていた。
 
 巡は既に地に足が付いていない浮遊感を覚え、周りにあるもの全てが夢のように見えていた。
 寝て起きたら自室のベッドの上、代わり映えのしない休日の朝を迎える。
 今自分の肩を抱いている大きな腕は、ゲームと同じく存在しないものだ。
「大丈夫かい?」
 巡の頭上から低い男の声がする。巡は返事をするのも億劫で、揺れる頭をソレの胸板へ預けた。
 分厚いそれは意外にも柔らかく、シャツ越しに鱗の存在は感じられない。
 巡の肩を抱く腕に若干の力が籠る。
「水でも持ってこようか」
 気づかわしげな声色が酒に頭をやられた巡の癇に障った。
 俺は知ってるんだぞ。お前の目的なんか。
「いいんすか。せっかく酔わせたのに。それとも、良いソファーにゲロ吐かれる方が嫌すか」
「なっ」
 呂律は怪しくも棘を含んだ巡の声に、クルは面食らう。
「俺もガキじゃねぇし、お泊り会だけして帰れるとは思ってないんで、いつまでも紳士ぶってんの正直うざいっていうか」
「うざ……」
「どーせ動画見ながらどうヤろうかって考えてたんだろ? この変態ドラゴンがよ。あ、もう勃ってますかぁー?」
 正体を無くし、マナーとして包み隠していた本音のまま動いた巡は、チノパンツに包まれたクルの股間をむんずと掴む凶行に出た。
 ──え……でっか……。
 ファスナー越しにあるクルの肉棒は、萎えているとは思えないくらいずっしりとした質量と硬さを持っていた。
 下手をしたらヒトの子供の腕くらいはあるのではないかという立派なものが、巡の手のひら越しに伝わる。
 規格外の竜人肉棒は酔いが回った巡でさえ慄かせた。
 巡が手を引っ込めようとすると、白い鱗に覆われた武骨な手が手首を掴み、それを阻止する。
「下心が全く無かったとは言わないが、君が本当に望まないことをするつもりも無かった。人間きみたちと違って竜人われわれは寿命も気も長い方なのでね、少しずつスキンシップを図れればと思っていたが」
 手は離れない。しっかりと無礼なヒトを拘束している。
「期待を裏切るのも心苦しいからね。君の望み通り、下衆の変態としてヤらせてもらおう」
 むっとした表情を見せたクルは巡の手首から手を離すと、今度は巡のトレーナーの裾を乱雑に捲り上げて引っ張り始める。
 選択肢ミス。墓穴。詰んだ。巡の頭にとりとめなく言葉が流れる。
 だが、口から出たのは何とも生活感に溢れる文句だった。
「伸びるから!」
 両手でクルの腕を掴むがびくともしない。
 鍛え上げられた竜人と一般人間会社員では力の差は歴然だった。
「紳士ではないほうが良いのだろう?」
「拗ねんなよ、めんどいなあ」
「私は拗ねてなどいない。たかだか三十年程しか生きていない小僧の言葉に一々憤慨などしない」
「そういうとこ嫌われてんだぞ」
「有象無象にどう思われようが痛くも痒くもないな」
 フン、とわざとらしく鼻を鳴らしたクルだが、直ぐに堪えきれず苦笑を漏らした。
 巡も呆れ笑いを浮かべてクルを見上げる。
「ようやく素の君と話せたな。思った以上に口が悪かったが」
「酔っ払いになんか言ってる」
「君が本当に嫌でなければ、交尾がしたいが、どうかな」
 クルの冷たい手がトレーナーの中に潜り込み、巡の薄く割れた腹の上を優しく撫でる。
「紳士的にお願いします、紳士的に」
 規格外な雄槍の感触を思い出し、巡は眉を下げながらクルを仰ぎ見る。
「善処する」
 腹部を這う竜人の手が、ゆっくりとズボンの中へ差し入れられる。
 巡は僅かに身体を震わせたが、陰部への侵入を咎めることはしない。
 既にテレビ画面に映る動画はpart2へと表示され、再生が止まっているが、それに二人が気づくことは無かった。

 つづく
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