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背徳のドーナツバーガー【2】
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柔らかい。
ハンバーガーに噛り付いた巡は直感的にそう思った。
巡の予想に反して、ドーナツの表面を覆う白いグレーズはしっとりとしている。
ドーナツを食べなくなって久しい巡の舌は、子供のころに食べた固いケーキドーナツや粉砂糖と脂が冷え固まったドーナツの味を覚えていたのだ。
歯がよく沈み込むふかふかなドーナツの食感は軽やかなものだった。
だが、その下にあるものは巡好みの力強い面々だ。
よく焙られた香ばしいベーコン、たれ落ちそうなほど蕩けたチーズ、瑞々しい歯ごたえのレタス、粒マスタードとケチャップが重なったソース、そして、塩と黒胡椒の効いたぶ厚いハンバーグ。手ごねされたパティからは肉汁があふれ出る。
ドーナツにしっかり施された砂糖の甘さが、肉の脂と塩気とともにやってくる。胡椒とマスタードのツンとした辛さが鼻から抜けていく。
口の中が忙しい。
ドーナツと具材を咀嚼しながら、巡は感情の着地点を探す。
甘じょっぱいと言われればそうだ。
だが、照り焼きや砂糖醤油に感じるあれらとコレは別のところにいる。
まずいのかと言われると、そうではない。
売り物にしているだけあって、一緒に食べても違和感は覚えなかった。癖になる人もいるだろう。
菓子の甘さを感じてから肉とチーズと塩気が来るのだ。
巡はティータイムなのかランチタイムなのか、自分の脳が困惑しているように思えた。
三口ほどかじった時点で、巡はクルの様子が気になった。いやに静かだ。
隙を伺うようにゆっくり右隣に顔を向けてみる。
すると、クルは箱の上に包み紙を丁寧に畳んでおり、腕を組んで目を閉じていた。
もう食い終わったのか。
その速さに驚きかけた巡だったが、クルの大きな口を見てその考えも消えていく。
やろうと思えばハンバーガーなど一口だろう。
クルは石像のように微動だにしない。
竜人には刺激が強すぎたとか?
ジャンクフードはヒトでいうところの合法ドラッグのようなもの、とクルが説明していたことを思い出す。
まさか、本当にトんでる……?
巡は恐る恐る白い巨像へ声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
気づかわしげで頼りない声に竜の眼が開く。
「凄まじい」
「はい?」
「この世全ての背徳を食物化したようだ」
大げさだなぁ。
だが、クルは至って真剣のようだ。
目線の先に石畳に影を作る巨樹を見据え、悟りを開いたかのような厳かな口調で続ける。
「何事も過ぎれば毒だ」
「そうですね」
「人間種の中で、油や砂糖をマイルドドラッグと呼ぶ者もいるそうじゃないか」
「はぁ」
初耳だ。
「今日のことは早く思い出にするよう努めよう。舌が覚える前にね」
クルはどこか満足そうに遠い目をしている。
そんな様子に、巡はあることを口にするのが心苦しい。
だが、勝手に持って帰るわけにもいかない。
「あのー、ポテトとコーラ、どうします?」
あぁ、と小さな溜め息が聞こえる。
罪深きものはまだ残っているのだ。
「食べよう。そうだ、私は腹を括ったはずだ……」
天を仰ぐ竜人を横目に、巡はコーラの入ったカップとほんのり温かい紙袋を取り出す。
揚げ物特有の油の匂いが二人の間に広がる。
クルはそれを神妙な顔で受け取った。
竜人の脳は既にK.O寸前なのかもしれない。
クルは機械的に袋の中の大ぶりなポテトを口に運び、ストローからコーラを吸い上げている。
その間、彼はずっと無言だった。
苦痛なのだろうか。
いや、砂糖と油とデンプンとスパイスと塩にめちゃくちゃにされて嬉しいのかもしれない。
巡にとってこのコーラとポテトは、大手バーガーチェーンと比べて凝っているように感じられた。
クラフトコーラは薬膳の風味があり、ハーブソルトがかかったポテトはほっくりして重たくない。
それも先ほど食べたモンスターバーガーのお陰でそう感じるだけかもしれないが。
クルにとってはこれもジャンクか。そう考えると妙に切ない。
氷の少ないコーラを一気に吸っていると、隣からがさがさと紙が擦れる音がする。
見ると、クルが油の染みた包み紙を大きな手で丁寧に折っているのが見えた。
暇だと箸袋で箸置きを作るタイプなんだろうか。
巡は初めてクルの人となりについて考え始めていた。
空き容器と紙ごみをバッグの中に仕舞うと、もうやることがない。
まだ午前中の休日、この後どこに行くか。
いつ解放されるか不明だったため、予定という予定も立てられていない。
まあいいや、手当があるんだ、無駄じゃない。
巡はじゃあそろそろ、と解散を申し出ようとした。
だが、立ち上がったクルの方が早く口を開く。
「折角来たんだ、腹ごなしに散歩でもしないか?」
「あっ、いいですね。折角ですもんね」
ここで断ることが出来るヤツが居たら知りたい。
巡はバッグを手に取って立ち上がる。
すると、クルが「私が持とう」とバッグの持ち手を掴んできた。
「いやいや、とんでもない、僕が持ちます」
ゴミをお上に持たせられるか。
「友人に何もかも押し付けるような私ではない」
そうだ、メシ友とか言ってたな。でも真に受けるのは……。
「いやーそのー」
「貸しなさい」
「ハイ」
およそ友とは思えない口ぶりだが、巡は素直に従った。
クルは黒いバッグの紐を調節し、肩にかけると巡に右手を差し出してきた。
「改めて礼を言おう。君が協力してくれなければ、このような体験は出来なかっただろう」
「いや、そんな」
一々仰々しいなあ。澄まし面してるけど何にでも感動するタイプなのか。竜人ってほんとわかんねえ。
マナーとして、巡は差し出された手を握った。
ビジネス上のハンドシェイク。
それ以上でもそれ以下でもないスキンシップ。
海の外よりもたらされた規範。
巡にはいささか抵抗がある。潔癖なわけではない。
肌の触れ合いでコミュニケーションをはかる家で育たなかっただけだ。
ひんやりとした硬く大きな手が、巡の手を包み込む。まるで大人と子供だ。
軽く手を握られた後、どちらともなく竜の手とヒトの手が離れた。
心臓に悪い。
だが、巡の心臓に休まる暇はなかった。
隣に並んだクルが、全く自然な動きで再度巡の手を取ったからだ。
「外洋式庭園のほうに行こうか」
「あ、はい」
なんで。
巡の頭はフリーズする。
まるでいつもそうしていると言わんばかりの、流れるような動作だった。
また右手にひんやりとした逞しいものを感じながら、巡は絵葉書に描かれたような緑の中を、大きな竜人と連れ添って歩くことになってしまった。
──異種族間の諍いはすべて無知から来るものである。
名前は忘れたが、かなり昔の哲学者だか詩人だかが言ったらしい。
巡はクルの手を振りほどけない。
雇い主のご機嫌を損ねるような真似は出来ないということもあるが、それ以前に竜人の価値観が分からない。
巡がまだ中学生のころ、卒業式で別れの挨拶をクラスメイトとしている時の苦い思い出がよみがえる。
教室で殆ど会話したことのない鳥獣人の女子に、涙ながらに羽の生えた両手を広げられたのだ。
思春期で、男で、他の眼もあって、巡はハグに応じることが出来なかった。
そこからが厄介で、大泣きした彼女を囲んだクラスメイト達に酷くなじられることになったのだ。
謝りなよ人間男、の話はあるあるネタとして鉄板だろうが、それから巡が同窓会に呼ばれることは一度もなかった。
開催されているのかさえ不明だ。
大人になってからハグの拒否が、彼女らにとって死ぬほど失礼で侮辱的な対応だったと知ることになるが、もうどうしようもない。それはずっとトラウマとして巡の心に残り続けている。
それから極力他種族との交流は避けるようにし、仕事上で必要になれば、やってはいけないことを検索して対応していた。
だが、今手を繋いできている竜人は、社会の中でも希少種だ。
プライベートでの付き合い方マニュアルは、残念ながらネットでは拾えなかった。
だから今、友の手を振り払うことがどれほどいけないことなのか、巡には分からない。
巡が何も言わず尾を左右に振りながらのしのしと横を歩く巨体を見上げると、クルはにこやかな顔つきで見下ろしてきた。
「随分暖かくなってきたね」
「そうですね」
鼻歌でも漏れそうなほど、楽し気で柔らかな声色。ご機嫌のようだ。
お友達とお手々を繋いでお散歩なんて、幼稚園以来だ。記憶にもないが。
竜人は大人同士でするんだろうか。
巨樹が作るトンネルを抜けると、今度は枝葉が曲がりくねった低木に挟まれた道が続く。
見通しも良くなり、高い生垣に囲われた手の込んだ庭園が見えてくる。
その先には、寄り添う人間種の男女らしき人影があった。
これやっぱ、違うんじゃ……。
デート。
そんな言葉が脳裏によぎる。
いや、メシ友だから。飯奢って貰って、というか契約だから金も貰って……これじゃパパ活じゃねーか!
「どうかしたかい?」
クルは足を止め、眉間に深い皺を寄せた巡の顔を覗き込んできた。
「いや、その、ちょっと胃もたれが」
「そうか。君には悪いことをしたね。向こうまで行けばベンチがあるから、そこで少し休もう」
クルは巡を励ますかのように、左手にほんの僅かな力を入れ、繋いでいる巡の手を軽く握る。
「次は、もっと君の負担にならないようなものにするよ」
「いや全然そんなお気になさらず」
次。
次もあるのか。
そうして巡はクルと手を繋いだまま、しばらく園内で過ごす羽目になった。
つづく
ハンバーガーに噛り付いた巡は直感的にそう思った。
巡の予想に反して、ドーナツの表面を覆う白いグレーズはしっとりとしている。
ドーナツを食べなくなって久しい巡の舌は、子供のころに食べた固いケーキドーナツや粉砂糖と脂が冷え固まったドーナツの味を覚えていたのだ。
歯がよく沈み込むふかふかなドーナツの食感は軽やかなものだった。
だが、その下にあるものは巡好みの力強い面々だ。
よく焙られた香ばしいベーコン、たれ落ちそうなほど蕩けたチーズ、瑞々しい歯ごたえのレタス、粒マスタードとケチャップが重なったソース、そして、塩と黒胡椒の効いたぶ厚いハンバーグ。手ごねされたパティからは肉汁があふれ出る。
ドーナツにしっかり施された砂糖の甘さが、肉の脂と塩気とともにやってくる。胡椒とマスタードのツンとした辛さが鼻から抜けていく。
口の中が忙しい。
ドーナツと具材を咀嚼しながら、巡は感情の着地点を探す。
甘じょっぱいと言われればそうだ。
だが、照り焼きや砂糖醤油に感じるあれらとコレは別のところにいる。
まずいのかと言われると、そうではない。
売り物にしているだけあって、一緒に食べても違和感は覚えなかった。癖になる人もいるだろう。
菓子の甘さを感じてから肉とチーズと塩気が来るのだ。
巡はティータイムなのかランチタイムなのか、自分の脳が困惑しているように思えた。
三口ほどかじった時点で、巡はクルの様子が気になった。いやに静かだ。
隙を伺うようにゆっくり右隣に顔を向けてみる。
すると、クルは箱の上に包み紙を丁寧に畳んでおり、腕を組んで目を閉じていた。
もう食い終わったのか。
その速さに驚きかけた巡だったが、クルの大きな口を見てその考えも消えていく。
やろうと思えばハンバーガーなど一口だろう。
クルは石像のように微動だにしない。
竜人には刺激が強すぎたとか?
ジャンクフードはヒトでいうところの合法ドラッグのようなもの、とクルが説明していたことを思い出す。
まさか、本当にトんでる……?
巡は恐る恐る白い巨像へ声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
気づかわしげで頼りない声に竜の眼が開く。
「凄まじい」
「はい?」
「この世全ての背徳を食物化したようだ」
大げさだなぁ。
だが、クルは至って真剣のようだ。
目線の先に石畳に影を作る巨樹を見据え、悟りを開いたかのような厳かな口調で続ける。
「何事も過ぎれば毒だ」
「そうですね」
「人間種の中で、油や砂糖をマイルドドラッグと呼ぶ者もいるそうじゃないか」
「はぁ」
初耳だ。
「今日のことは早く思い出にするよう努めよう。舌が覚える前にね」
クルはどこか満足そうに遠い目をしている。
そんな様子に、巡はあることを口にするのが心苦しい。
だが、勝手に持って帰るわけにもいかない。
「あのー、ポテトとコーラ、どうします?」
あぁ、と小さな溜め息が聞こえる。
罪深きものはまだ残っているのだ。
「食べよう。そうだ、私は腹を括ったはずだ……」
天を仰ぐ竜人を横目に、巡はコーラの入ったカップとほんのり温かい紙袋を取り出す。
揚げ物特有の油の匂いが二人の間に広がる。
クルはそれを神妙な顔で受け取った。
竜人の脳は既にK.O寸前なのかもしれない。
クルは機械的に袋の中の大ぶりなポテトを口に運び、ストローからコーラを吸い上げている。
その間、彼はずっと無言だった。
苦痛なのだろうか。
いや、砂糖と油とデンプンとスパイスと塩にめちゃくちゃにされて嬉しいのかもしれない。
巡にとってこのコーラとポテトは、大手バーガーチェーンと比べて凝っているように感じられた。
クラフトコーラは薬膳の風味があり、ハーブソルトがかかったポテトはほっくりして重たくない。
それも先ほど食べたモンスターバーガーのお陰でそう感じるだけかもしれないが。
クルにとってはこれもジャンクか。そう考えると妙に切ない。
氷の少ないコーラを一気に吸っていると、隣からがさがさと紙が擦れる音がする。
見ると、クルが油の染みた包み紙を大きな手で丁寧に折っているのが見えた。
暇だと箸袋で箸置きを作るタイプなんだろうか。
巡は初めてクルの人となりについて考え始めていた。
空き容器と紙ごみをバッグの中に仕舞うと、もうやることがない。
まだ午前中の休日、この後どこに行くか。
いつ解放されるか不明だったため、予定という予定も立てられていない。
まあいいや、手当があるんだ、無駄じゃない。
巡はじゃあそろそろ、と解散を申し出ようとした。
だが、立ち上がったクルの方が早く口を開く。
「折角来たんだ、腹ごなしに散歩でもしないか?」
「あっ、いいですね。折角ですもんね」
ここで断ることが出来るヤツが居たら知りたい。
巡はバッグを手に取って立ち上がる。
すると、クルが「私が持とう」とバッグの持ち手を掴んできた。
「いやいや、とんでもない、僕が持ちます」
ゴミをお上に持たせられるか。
「友人に何もかも押し付けるような私ではない」
そうだ、メシ友とか言ってたな。でも真に受けるのは……。
「いやーそのー」
「貸しなさい」
「ハイ」
およそ友とは思えない口ぶりだが、巡は素直に従った。
クルは黒いバッグの紐を調節し、肩にかけると巡に右手を差し出してきた。
「改めて礼を言おう。君が協力してくれなければ、このような体験は出来なかっただろう」
「いや、そんな」
一々仰々しいなあ。澄まし面してるけど何にでも感動するタイプなのか。竜人ってほんとわかんねえ。
マナーとして、巡は差し出された手を握った。
ビジネス上のハンドシェイク。
それ以上でもそれ以下でもないスキンシップ。
海の外よりもたらされた規範。
巡にはいささか抵抗がある。潔癖なわけではない。
肌の触れ合いでコミュニケーションをはかる家で育たなかっただけだ。
ひんやりとした硬く大きな手が、巡の手を包み込む。まるで大人と子供だ。
軽く手を握られた後、どちらともなく竜の手とヒトの手が離れた。
心臓に悪い。
だが、巡の心臓に休まる暇はなかった。
隣に並んだクルが、全く自然な動きで再度巡の手を取ったからだ。
「外洋式庭園のほうに行こうか」
「あ、はい」
なんで。
巡の頭はフリーズする。
まるでいつもそうしていると言わんばかりの、流れるような動作だった。
また右手にひんやりとした逞しいものを感じながら、巡は絵葉書に描かれたような緑の中を、大きな竜人と連れ添って歩くことになってしまった。
──異種族間の諍いはすべて無知から来るものである。
名前は忘れたが、かなり昔の哲学者だか詩人だかが言ったらしい。
巡はクルの手を振りほどけない。
雇い主のご機嫌を損ねるような真似は出来ないということもあるが、それ以前に竜人の価値観が分からない。
巡がまだ中学生のころ、卒業式で別れの挨拶をクラスメイトとしている時の苦い思い出がよみがえる。
教室で殆ど会話したことのない鳥獣人の女子に、涙ながらに羽の生えた両手を広げられたのだ。
思春期で、男で、他の眼もあって、巡はハグに応じることが出来なかった。
そこからが厄介で、大泣きした彼女を囲んだクラスメイト達に酷くなじられることになったのだ。
謝りなよ人間男、の話はあるあるネタとして鉄板だろうが、それから巡が同窓会に呼ばれることは一度もなかった。
開催されているのかさえ不明だ。
大人になってからハグの拒否が、彼女らにとって死ぬほど失礼で侮辱的な対応だったと知ることになるが、もうどうしようもない。それはずっとトラウマとして巡の心に残り続けている。
それから極力他種族との交流は避けるようにし、仕事上で必要になれば、やってはいけないことを検索して対応していた。
だが、今手を繋いできている竜人は、社会の中でも希少種だ。
プライベートでの付き合い方マニュアルは、残念ながらネットでは拾えなかった。
だから今、友の手を振り払うことがどれほどいけないことなのか、巡には分からない。
巡が何も言わず尾を左右に振りながらのしのしと横を歩く巨体を見上げると、クルはにこやかな顔つきで見下ろしてきた。
「随分暖かくなってきたね」
「そうですね」
鼻歌でも漏れそうなほど、楽し気で柔らかな声色。ご機嫌のようだ。
お友達とお手々を繋いでお散歩なんて、幼稚園以来だ。記憶にもないが。
竜人は大人同士でするんだろうか。
巨樹が作るトンネルを抜けると、今度は枝葉が曲がりくねった低木に挟まれた道が続く。
見通しも良くなり、高い生垣に囲われた手の込んだ庭園が見えてくる。
その先には、寄り添う人間種の男女らしき人影があった。
これやっぱ、違うんじゃ……。
デート。
そんな言葉が脳裏によぎる。
いや、メシ友だから。飯奢って貰って、というか契約だから金も貰って……これじゃパパ活じゃねーか!
「どうかしたかい?」
クルは足を止め、眉間に深い皺を寄せた巡の顔を覗き込んできた。
「いや、その、ちょっと胃もたれが」
「そうか。君には悪いことをしたね。向こうまで行けばベンチがあるから、そこで少し休もう」
クルは巡を励ますかのように、左手にほんの僅かな力を入れ、繋いでいる巡の手を軽く握る。
「次は、もっと君の負担にならないようなものにするよ」
「いや全然そんなお気になさらず」
次。
次もあるのか。
そうして巡はクルと手を繋いだまま、しばらく園内で過ごす羽目になった。
つづく
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