ガチムチ激強人外が一般人間に言いそうなことカルタ

青野イワシ

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【あ】慈悲深いかもしれないガチムチ天使×どんくさい道具屋の倅(前)

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 外は怖い。
 ねばねばした水の塊みたいな化物とか、脚が沢山ある巨大な虫とか、角の生えた大蛙とか、街を囲む城壁の外はおっかないモンでいっぱいだ。
 それもこれも最近近くの渓谷に魔物の親玉みたいなのが棲みついたせいらしい。
 ここは大陸屈指の城塞都市だから、北の村みたいにヒトが魔物に襲われた事件はまだない。
 王様も兵隊を差し向けて親玉狩りに必死になってるけど、噂では兵隊が返り討ちにあったとか……。
 荷馬車にも護衛と武装が必要になるくらい、街の外は荒れていた。
 道具屋うちは遠く離れた山間の農家から仕入れてる薬草も多いし、特に治療院に卸せなくなったら大変だ。
 だから誰かが早く何とかしてくれるよう、朝起きたら天の精霊神様に祈ってたんだ。
 それが良くなかったのかもしれないな。
 あの知らせが来るまで、俺はずっと俺以外の誰かが厄介ごとを解決してくれるもんだと思い込んでいた。

 ✜

『天のお告げです。古の勇なる血筋がこの災厄を打ち滅ぼすと、啓示を受けました』
 気が触れているのではないかと噂されている天精霊教会の大司教が、また王様にとんでもないことを吹き込んだと、城下町ではその話で持ち切りだった。城の衛兵たちの口はけっこう軽い。
 夢で神の御使みつかいが現れ、かつて御使いの力を借りて魔を退けた英雄の子孫がこの地に居る。その者がはびこる魔物を一掃するだろうと告げたと、そう熱弁したんだと。
 俺も親父もお袋も、いや、街の住人全員、大司教の言葉を信じていない。
 そんな有名な一族が居たら今頃そいつが王様だ。いかれた爺さんの言葉を信じるような奴が玉座を温めていることもなかっただろうよ、って具合に。
 でも困ったことに、王様は学者の学者とか預言者とか聖職者とか、そんなのをかき集めて勇者様の子孫探しを始めちゃったんだな。
 そうして、厳正なる・・・・調査の結果、ウチがその家系だって白羽の矢が城から飛ばされてきた。

「冗談じゃありませんよ! 見たらわかるでしょう! ここがナントカの英雄がやってるような店に見えますか!?」
「アンタ落ち着いてっ」
 色んなものが詰め込まれた棚を背にして、カウンターから身を乗り出しそうなほどに激昂する親父の腕を、お袋が必死に掴んでいる。
 カウンターの向こうではピカピカの兜に紋章入り制服を着た近衛兵が、眉を下げながらも冷たい口ぶりで手元の手紙を読み上げている。
「宮廷魔術師と、えー、大司教と、あー、その他学者の見解により、店主エラードが英雄エーレンフリートの玄孫の兄の子の……とにかく、血筋だということが判明した。若い倅がいることは分かっている。支度を整え、宣託の通りに魔物討伐へ出立するように」
 嘘だろ。
 お袋の後ろからこっそり成り行きを見守っていた俺の心臓が跳ねた。
「うちのぼんくら息子が出来るのは店番くらいですよ! 魔物退治なんかとんでもない」
 ひでえなあ。でもその通りだ。
「これは王の勅命だ。武器も防具も城で支給する。私と一緒に来てくれ」
 鋭い視線がカウンターの奥を隠す帳、つまり俺の方に向けられる。
 やっぱり王様付きの騎士っていうのは一味違うようだ。怖い。
 迫力に負け、俺は肩を丸めてのそのそと親父の横に立つ。
 難しそうな顔をした同い年くらいの若めの男が、俺の顔を真っすぐ見据えた。
「……いくら出ますか」
「生きて帰ってこられたら、好きな褒美をねだるといい」



 全身が重い。
 着慣れない分厚い鉄の鎧が俺の身体にずっしり圧し掛かる。
 精霊教会が祈りを込めたと渡してきた武器は、ずっしりと重い鉄球付連接棍棒モーニングスターだ。
 こんなもの、振り回したことないぞ。
 俺は食料と水を地図を入れた革袋を背負い、草木もまばらな荒野を一人彷徨っていた。
 普通はさ、隊列を組んで出発するもんだよな。
 でも、エーレンフリートは独りで旅立った、英雄の力が復活しない、とかよく分からない理由で本当に一人で外に放りだされてしまったんだ。
 王様と大司教以外の城の住人は、物凄く気の毒そうな顔をして俺を送り出してくれた。
 もし逃げるなら西の街がいいぜ、と普段すまし顔の門衛が金貨まで握らせてくれたんだ。
 俺だって逃げたいよ。
 でも親父とお袋と店が心配だ。もし逃げたことがバレたら、どうなるだろう。
 しばらく歩いて汗だくのはずなのに、ぞっと背筋が寒くなった。
 魔物の親玉は山羊頭の悪魔との話だし、もう森の方に行って野生の山羊をどうにか掴まえて頭だけもらってくしかないだろう。魔獣化してそうなのを倒せば……倒せるんだろうか。
 そうやって悩みながらうろうろしていたから、俺は岩陰から此方を狙っているヤツに気付くことができなかった。
 目の前にさっと影が差す。
 何だ、と思った瞬間には、胸元に強烈な一撃が撃ち込まれた。
 仔牛くらいある大蛙が赤茶けた岩を上って、そのまま俺目掛けて飛び降りてきたんだ。
 しかも頭を下げて、目と目の間に生えた紫色の角で俺の左胸を突き刺そうとしてくる。
 がつん、と金属同士がぶつかる音が響く。
 俺はそのまま仰向けで大蛙に押しつぶされる。
 蛙はその大きさから考えられないほど重い。熊に乗られたみたいだ。
 みしみしと金属板と俺の骨が軋む。
「う˝っ……!」
 鳩尾を潰され、息が出来ない。
 ひっくり返った先に見たのは、気味の悪い青緑の皮膚。
 そしてその向こうに同じように岩をよじ登って飛ぼうとする化け蛙達。
 死ぬ。
 押しつぶされて、死ぬ。
 喉を突かれて、死ぬ。
 指すら動かせないまま、俺の頭が真っ白になる。
 俺の顔めがけ、青緑の膨れた腹が飛んでくる。頭を潰す気か……!
 俺は咄嗟にぎゅっと目を瞑る。
 だが、最後の時はやってこなかった。
 しかも、いきなり身体が軽くなったかと思うと、ブン、と何か重いものが空を切る音がする。
 それに続けて、グエッゲエッと醜いうめき声がする。
「もう大丈夫ですよ」
 優しげな低い男の声が聞こえる。
 恐る恐る目を開けてみると、ガタイのいい男が俺の顔を覗き込んでいた。
 しかも、ただの男ではない。身の丈と同じくらい大きな白い羽を生やしている。
 ──俺、死んだのか。
 全身の力が抜ける。俺が最後に見たのは、驚いた顔で俺に手を伸ばす男の姿だった。

 つづく
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