1 / 6
【あ】慈悲深いかもしれないガチムチ天使×どんくさい道具屋の倅(前)
しおりを挟む
外は怖い。
ねばねばした水の塊みたいな化物とか、脚が沢山ある巨大な虫とか、角の生えた大蛙とか、街を囲む城壁の外はおっかないモンでいっぱいだ。
それもこれも最近近くの渓谷に魔物の親玉みたいなのが棲みついたせいらしい。
ここは大陸屈指の城塞都市だから、北の村みたいにヒトが魔物に襲われた事件はまだない。
王様も兵隊を差し向けて親玉狩りに必死になってるけど、噂では兵隊が返り討ちにあったとか……。
荷馬車にも護衛と武装が必要になるくらい、街の外は荒れていた。
道具屋は遠く離れた山間の農家から仕入れてる薬草も多いし、特に治療院に卸せなくなったら大変だ。
だから誰かが早く何とかしてくれるよう、朝起きたら天の精霊神様に祈ってたんだ。
それが良くなかったのかもしれないな。
あの知らせが来るまで、俺はずっと俺以外の誰かが厄介ごとを解決してくれるもんだと思い込んでいた。
✜
『天のお告げです。古の勇なる血筋がこの災厄を打ち滅ぼすと、啓示を受けました』
気が触れているのではないかと噂されている天精霊教会の大司教が、また王様にとんでもないことを吹き込んだと、城下町ではその話で持ち切りだった。城の衛兵たちの口はけっこう軽い。
夢で神の御使いが現れ、かつて御使いの力を借りて魔を退けた英雄の子孫がこの地に居る。その者がはびこる魔物を一掃するだろうと告げたと、そう熱弁したんだと。
俺も親父もお袋も、いや、街の住人全員、大司教の言葉を信じていない。
そんな有名な一族が居たら今頃そいつが王様だ。いかれた爺さんの言葉を信じるような奴が玉座を温めていることもなかっただろうよ、って具合に。
でも困ったことに、王様は学者の学者とか預言者とか聖職者とか、そんなのをかき集めて勇者様の子孫探しを始めちゃったんだな。
そうして、厳正なる調査の結果、ウチがその家系だって白羽の矢が城から飛ばされてきた。
「冗談じゃありませんよ! 見たらわかるでしょう! ここがナントカの英雄がやってるような店に見えますか!?」
「アンタ落ち着いてっ」
色んなものが詰め込まれた棚を背にして、カウンターから身を乗り出しそうなほどに激昂する親父の腕を、お袋が必死に掴んでいる。
カウンターの向こうではピカピカの兜に紋章入り制服を着た近衛兵が、眉を下げながらも冷たい口ぶりで手元の手紙を読み上げている。
「宮廷魔術師と、えー、大司教と、あー、その他学者の見解により、店主エラードが英雄エーレンフリートの玄孫の兄の子の……とにかく、血筋だということが判明した。若い倅がいることは分かっている。支度を整え、宣託の通りに魔物討伐へ出立するように」
嘘だろ。
お袋の後ろからこっそり成り行きを見守っていた俺の心臓が跳ねた。
「うちのぼんくら息子が出来るのは店番くらいですよ! 魔物退治なんかとんでもない」
ひでえなあ。でもその通りだ。
「これは王の勅命だ。武器も防具も城で支給する。私と一緒に来てくれ」
鋭い視線がカウンターの奥を隠す帳、つまり俺の方に向けられる。
やっぱり王様付きの騎士っていうのは一味違うようだ。怖い。
迫力に負け、俺は肩を丸めてのそのそと親父の横に立つ。
難しそうな顔をした同い年くらいの若めの男が、俺の顔を真っすぐ見据えた。
「……いくら出ますか」
「生きて帰ってこられたら、好きな褒美をねだるといい」
✜
全身が重い。
着慣れない分厚い鉄の鎧が俺の身体にずっしり圧し掛かる。
精霊教会が祈りを込めたと渡してきた武器は、ずっしりと重い鉄球付連接棍棒だ。
こんなもの、振り回したことないぞ。
俺は食料と水を地図を入れた革袋を背負い、草木もまばらな荒野を一人彷徨っていた。
普通はさ、隊列を組んで出発するもんだよな。
でも、エーレンフリートは独りで旅立った、英雄の力が復活しない、とかよく分からない理由で本当に一人で外に放りだされてしまったんだ。
王様と大司教以外の城の住人は、物凄く気の毒そうな顔をして俺を送り出してくれた。
もし逃げるなら西の街がいいぜ、と普段すまし顔の門衛が金貨まで握らせてくれたんだ。
俺だって逃げたいよ。
でも親父とお袋と店が心配だ。もし逃げたことがバレたら、どうなるだろう。
しばらく歩いて汗だくのはずなのに、ぞっと背筋が寒くなった。
魔物の親玉は山羊頭の悪魔との話だし、もう森の方に行って野生の山羊をどうにか掴まえて頭だけもらってくしかないだろう。魔獣化してそうなのを倒せば……倒せるんだろうか。
そうやって悩みながらうろうろしていたから、俺は岩陰から此方を狙っているヤツに気付くことができなかった。
目の前にさっと影が差す。
何だ、と思った瞬間には、胸元に強烈な一撃が撃ち込まれた。
仔牛くらいある大蛙が赤茶けた岩を上って、そのまま俺目掛けて飛び降りてきたんだ。
しかも頭を下げて、目と目の間に生えた紫色の角で俺の左胸を突き刺そうとしてくる。
がつん、と金属同士がぶつかる音が響く。
俺はそのまま仰向けで大蛙に押しつぶされる。
蛙はその大きさから考えられないほど重い。熊に乗られたみたいだ。
みしみしと金属板と俺の骨が軋む。
「う˝っ……!」
鳩尾を潰され、息が出来ない。
ひっくり返った先に見たのは、気味の悪い青緑の皮膚。
そしてその向こうに同じように岩をよじ登って飛ぼうとする化け蛙達。
死ぬ。
押しつぶされて、死ぬ。
喉を突かれて、死ぬ。
指すら動かせないまま、俺の頭が真っ白になる。
俺の顔めがけ、青緑の膨れた腹が飛んでくる。頭を潰す気か……!
俺は咄嗟にぎゅっと目を瞑る。
だが、最後の時はやってこなかった。
しかも、いきなり身体が軽くなったかと思うと、ブン、と何か重いものが空を切る音がする。
それに続けて、グエッゲエッと醜いうめき声がする。
「もう大丈夫ですよ」
優しげな低い男の声が聞こえる。
恐る恐る目を開けてみると、ガタイのいい男が俺の顔を覗き込んでいた。
しかも、ただの男ではない。身の丈と同じくらい大きな白い羽を生やしている。
──俺、死んだのか。
全身の力が抜ける。俺が最後に見たのは、驚いた顔で俺に手を伸ばす男の姿だった。
つづく
ねばねばした水の塊みたいな化物とか、脚が沢山ある巨大な虫とか、角の生えた大蛙とか、街を囲む城壁の外はおっかないモンでいっぱいだ。
それもこれも最近近くの渓谷に魔物の親玉みたいなのが棲みついたせいらしい。
ここは大陸屈指の城塞都市だから、北の村みたいにヒトが魔物に襲われた事件はまだない。
王様も兵隊を差し向けて親玉狩りに必死になってるけど、噂では兵隊が返り討ちにあったとか……。
荷馬車にも護衛と武装が必要になるくらい、街の外は荒れていた。
道具屋は遠く離れた山間の農家から仕入れてる薬草も多いし、特に治療院に卸せなくなったら大変だ。
だから誰かが早く何とかしてくれるよう、朝起きたら天の精霊神様に祈ってたんだ。
それが良くなかったのかもしれないな。
あの知らせが来るまで、俺はずっと俺以外の誰かが厄介ごとを解決してくれるもんだと思い込んでいた。
✜
『天のお告げです。古の勇なる血筋がこの災厄を打ち滅ぼすと、啓示を受けました』
気が触れているのではないかと噂されている天精霊教会の大司教が、また王様にとんでもないことを吹き込んだと、城下町ではその話で持ち切りだった。城の衛兵たちの口はけっこう軽い。
夢で神の御使いが現れ、かつて御使いの力を借りて魔を退けた英雄の子孫がこの地に居る。その者がはびこる魔物を一掃するだろうと告げたと、そう熱弁したんだと。
俺も親父もお袋も、いや、街の住人全員、大司教の言葉を信じていない。
そんな有名な一族が居たら今頃そいつが王様だ。いかれた爺さんの言葉を信じるような奴が玉座を温めていることもなかっただろうよ、って具合に。
でも困ったことに、王様は学者の学者とか預言者とか聖職者とか、そんなのをかき集めて勇者様の子孫探しを始めちゃったんだな。
そうして、厳正なる調査の結果、ウチがその家系だって白羽の矢が城から飛ばされてきた。
「冗談じゃありませんよ! 見たらわかるでしょう! ここがナントカの英雄がやってるような店に見えますか!?」
「アンタ落ち着いてっ」
色んなものが詰め込まれた棚を背にして、カウンターから身を乗り出しそうなほどに激昂する親父の腕を、お袋が必死に掴んでいる。
カウンターの向こうではピカピカの兜に紋章入り制服を着た近衛兵が、眉を下げながらも冷たい口ぶりで手元の手紙を読み上げている。
「宮廷魔術師と、えー、大司教と、あー、その他学者の見解により、店主エラードが英雄エーレンフリートの玄孫の兄の子の……とにかく、血筋だということが判明した。若い倅がいることは分かっている。支度を整え、宣託の通りに魔物討伐へ出立するように」
嘘だろ。
お袋の後ろからこっそり成り行きを見守っていた俺の心臓が跳ねた。
「うちのぼんくら息子が出来るのは店番くらいですよ! 魔物退治なんかとんでもない」
ひでえなあ。でもその通りだ。
「これは王の勅命だ。武器も防具も城で支給する。私と一緒に来てくれ」
鋭い視線がカウンターの奥を隠す帳、つまり俺の方に向けられる。
やっぱり王様付きの騎士っていうのは一味違うようだ。怖い。
迫力に負け、俺は肩を丸めてのそのそと親父の横に立つ。
難しそうな顔をした同い年くらいの若めの男が、俺の顔を真っすぐ見据えた。
「……いくら出ますか」
「生きて帰ってこられたら、好きな褒美をねだるといい」
✜
全身が重い。
着慣れない分厚い鉄の鎧が俺の身体にずっしり圧し掛かる。
精霊教会が祈りを込めたと渡してきた武器は、ずっしりと重い鉄球付連接棍棒だ。
こんなもの、振り回したことないぞ。
俺は食料と水を地図を入れた革袋を背負い、草木もまばらな荒野を一人彷徨っていた。
普通はさ、隊列を組んで出発するもんだよな。
でも、エーレンフリートは独りで旅立った、英雄の力が復活しない、とかよく分からない理由で本当に一人で外に放りだされてしまったんだ。
王様と大司教以外の城の住人は、物凄く気の毒そうな顔をして俺を送り出してくれた。
もし逃げるなら西の街がいいぜ、と普段すまし顔の門衛が金貨まで握らせてくれたんだ。
俺だって逃げたいよ。
でも親父とお袋と店が心配だ。もし逃げたことがバレたら、どうなるだろう。
しばらく歩いて汗だくのはずなのに、ぞっと背筋が寒くなった。
魔物の親玉は山羊頭の悪魔との話だし、もう森の方に行って野生の山羊をどうにか掴まえて頭だけもらってくしかないだろう。魔獣化してそうなのを倒せば……倒せるんだろうか。
そうやって悩みながらうろうろしていたから、俺は岩陰から此方を狙っているヤツに気付くことができなかった。
目の前にさっと影が差す。
何だ、と思った瞬間には、胸元に強烈な一撃が撃ち込まれた。
仔牛くらいある大蛙が赤茶けた岩を上って、そのまま俺目掛けて飛び降りてきたんだ。
しかも頭を下げて、目と目の間に生えた紫色の角で俺の左胸を突き刺そうとしてくる。
がつん、と金属同士がぶつかる音が響く。
俺はそのまま仰向けで大蛙に押しつぶされる。
蛙はその大きさから考えられないほど重い。熊に乗られたみたいだ。
みしみしと金属板と俺の骨が軋む。
「う˝っ……!」
鳩尾を潰され、息が出来ない。
ひっくり返った先に見たのは、気味の悪い青緑の皮膚。
そしてその向こうに同じように岩をよじ登って飛ぼうとする化け蛙達。
死ぬ。
押しつぶされて、死ぬ。
喉を突かれて、死ぬ。
指すら動かせないまま、俺の頭が真っ白になる。
俺の顔めがけ、青緑の膨れた腹が飛んでくる。頭を潰す気か……!
俺は咄嗟にぎゅっと目を瞑る。
だが、最後の時はやってこなかった。
しかも、いきなり身体が軽くなったかと思うと、ブン、と何か重いものが空を切る音がする。
それに続けて、グエッゲエッと醜いうめき声がする。
「もう大丈夫ですよ」
優しげな低い男の声が聞こえる。
恐る恐る目を開けてみると、ガタイのいい男が俺の顔を覗き込んでいた。
しかも、ただの男ではない。身の丈と同じくらい大きな白い羽を生やしている。
──俺、死んだのか。
全身の力が抜ける。俺が最後に見たのは、驚いた顔で俺に手を伸ばす男の姿だった。
つづく
1
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。
真面目な部下に開発されました
佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。
※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。
救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。
日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。
ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。
良縁全部ブチ壊してくる鬼武者vs俺
青野イワシ
BL
《あらすじ》昔々ある寒村に暮らす百姓の長治郎は、成り行きで鬼を助けてしまう。その後鬼と友人関係になったはずだったが、どうも鬼はそう思っていなかったらしい。
鬼は長治郎が得るであろう良縁に繋がる“赤い糸”が結ばれるのを全力で邪魔し、長治郎を“娶る”と言い出した。
長治郎は無事祝言をあげることが出来るのか!?
という感じのガチムチ鬼武者終着系人外×ノンケ百姓の話です

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる