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雄牛獣人護衛(1)
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悔しい。
悔しくて腸が捩じれそうだ。
アークブルグ王国魔道院首席卒業の僕でも出来ないことが、この世にはいくつもあるということが悔しい。
今ならなぜ父上が魔道院の研究職に僕を推薦せず、家から追い出すようにして冒険者になるよう勧めてきたのか、解る気がする。
『ノアマン、お前には足りないものがある。魔道院で教えられるものだけが魔術ではない。旅をしなさい、ノアマン。これは家命だ。お前が自分だけの魔術を得て人として成長するまで、跡取りとは認めん』
卒業証書を片手にこれを聞いたときは、普段冷静な僕も思わず館に火を放ちたくなったものだ。
勿論我慢したが。
いつだったか、このことをエーリクに話したところ、彼は大笑いをしていた。
『お前でもガキみたいな癇癪起こすことあるんだな』
『やめてください、僕は実際に火炎魔法を放ったりしていません』
『そうかよ。いやあ、その時の顔、見てみたかったなあ』
『何故ですか?』
『普段スカしてる首席サマがレッドオーガみたいになるとこ、珍しいだろ』
『なんてことを言うのです。小隊の頭脳たるこの僕が冷静さを失ってはお終いですからね』
迷宮内に出来た異空間の森で、焚火を囲みながらそう話していたことが遠い昔のように思える。
もう彼は僕のパーティーには居ない。
それどころか、僕の周りには誰も居ない。
やむを得ずエーリクがパーティーから抜けると、僕達の旅はままならなくなった。
僕とローザは主に魔術での攻撃を、アディーは魔族の仕掛ける罠の解除や宝の鑑定を主な仕事としており、遠くから弓を射って援護してくれるものの、肉弾戦は不得手だった。
体力自慢で剣技に優れたエーリクが前衛として魔物を引き付けてくれていたからこそ、僕らは呪文詠唱の時間を確保することが出来たのだ。
あるダンジョンで、エーリクは世にも怖ろしい呪いにかかった。
触れたものを錆びの浮く鉄くずに変えてしまう呪いだ。
質の悪いことに、その呪いは常時発動するわけでは無く、ふとした時に起こるのだった。
まず、エーリク自慢の剣が錆び、宿屋の枕が錆び、手にしたパンが錆び、彼は満足に日常を送れなくなっていった。
そんな状態をアークブルグ王国魔道院首席卒業の僕が放置するわけがない。
僕は昼夜問わず解呪の術式を考え、時には冒険者街にある胡散臭い魔導書露天商の本さえ買い、なんとかエーリクの呪いを解こうとした。
だが、どうしてもうまく行かなかった。
こんなことがあるのか。
父の言葉が甦る。
魔道院で教えられるものだけが魔術ではない。
認めたくはなかった。
死力を尽くしても及ばない領域があることを、父は教えたかったのかもしれない。
だが、こんな形で知りたくはなかった。
このままだとうっかり僕達を錆び屑にするから、とエーリクは僕達の元から去ることを告げられた時、僕は怒って館に火を放とうとした時以上に暴れまわりたくなって仕方なかった。
自分自身に火をつけて、消えてしまいたい。
魔物の魔術に負け、仲間を治してやれず、僕にできるのは僅かな手切れ金を渡して、治療師を探すという彼を見送ることだけ。
自らがちっぽけな存在であることを突き付けられるのは、この上ない屈辱だった。
このままで終わるわけにはいかない。
この僕が解呪できなかったものを、その辺の術者が解けるはずがない。
彼のためにも、そして僕の為にも、解呪の方法を探し出してみせる。
✡
冒険者街の隅にある、打ち捨てられた武器貯蔵庫の中で、僕はろうそくの明かりを頼りに作業を始めた。
僕は独自に考案した召喚陣を描いた紙を床に広げ、欠けた煉瓦を重石替わりに四隅へ置いておく。
父上が見たら、邪教に堕ちたかと泡を吹くかもしれない。
魔道院では決して教えないだろう、邪道も邪道、危険な魔術だ。
だが、思いつく限り、これが最適解だった。
あの場所へたどり着くには強大な力が必要だ。
──魔物の力が。
僕は新鮮な牛乳を入れた鉢を魔法陣の中央に置き、召喚魔術の呪文を唱える。
何者にも負けない、屈強な戦士が欲しい。
たとえ実体のないアレすら殴り倒せるような、強い強い戦士だ。
僕の思いに応えてくれたのか、血文字で描いた魔法陣から紫色の光が発せられた。
……成功だ!
僕は飛び上がりたい気持ちを抑え、目の前に像を結ぶ真っ黒な影を注視した。
「あれ……?」
大きく膨れた影は、いまや天井にすら届きそうなほどだ。
その影が寝起きのような、どこか呆けた低い声を響かせる。
三日月型の巨大な角がついた、黒い毛並みの牛頭。
短く切り落とした黒い鬣が頭髪のように生えている。
大きな鼻が突きだした牛の顔は厳めしいが、よく見れば丸みを帯びた目は愛嬌があると言っていいのかもしれない。
だが、そんなものを吹き飛ばすくらい、首から下は雄々しかった。
半裸で皮の腰巻とサンダルしか身に着けていない魔物の身体は、黒く短い体毛に覆われている。
魔物は僕の二倍ありそうな偉丈夫で、胸板は筋肉で山のように隆起していた。
しっかりと引き締まった腹には深い溝が走っている。
腕も脚も僕とエーリクのものを束ねても勝てないくらい太く、棍棒のように膨れて逞しかった。
「どこだ、ここ……?」
牡牛は気が動転しているのか、僕の存在を無視して周囲を見回している。
僕がとてもわざとらしく咳をしてみると、牡牛は「おわぁ」と間の抜けた声を出した。
「よくぞ僕の喚び出しに応じてくれました。僕の名前は」
「なんだあオマエ、ニンゲンかあ? このダンジョンは工事中だぞ? どっから入ってきた?」
「人の話は最後まで聞いてください。この僕が君を召喚したのです」
「んん? オレ、休憩してたはずなんだけどなあ」
「そんなことはどうでもよろしい。今大事なのは、召喚主である僕の魔力によって、今君がここに居るということです。分かりますか?」
「んお?」
牡牛は背を丸めながら僕を見下ろして首をかしげている。
……どうやら彼はあまり物事を深く考えない性質のようだ。まあいい。
「今、僕の魔力を受け取った君には僕の願いを叶える義務がある」
「何言ってんだオマエ」
「契約成立したから君はここに居るんだろう!?」
「はあ? ケイヤク?」
ブンブンと音がすると思ったら、牡牛が尻尾を揺らす音だった。
不機嫌なのだろうか。僕にはわからない。
「とにかく、僕の言う事を聞いてくれたらそれでいいんだ!」
僕としたことが、久々に大きな声をだしてしまった。
だが、牡牛は全く気にしていない様子で、腕組みをして更に首を傾けている。
「オマエ、オレに何の仕事をさせたいんだ?」
ようやくまともに会話が進んだ気がする。
僕は姿勢を正すと、彼に目的を告げることにした。
「君には、死霊を殴り殺してもらいたい」
つづく
悔しくて腸が捩じれそうだ。
アークブルグ王国魔道院首席卒業の僕でも出来ないことが、この世にはいくつもあるということが悔しい。
今ならなぜ父上が魔道院の研究職に僕を推薦せず、家から追い出すようにして冒険者になるよう勧めてきたのか、解る気がする。
『ノアマン、お前には足りないものがある。魔道院で教えられるものだけが魔術ではない。旅をしなさい、ノアマン。これは家命だ。お前が自分だけの魔術を得て人として成長するまで、跡取りとは認めん』
卒業証書を片手にこれを聞いたときは、普段冷静な僕も思わず館に火を放ちたくなったものだ。
勿論我慢したが。
いつだったか、このことをエーリクに話したところ、彼は大笑いをしていた。
『お前でもガキみたいな癇癪起こすことあるんだな』
『やめてください、僕は実際に火炎魔法を放ったりしていません』
『そうかよ。いやあ、その時の顔、見てみたかったなあ』
『何故ですか?』
『普段スカしてる首席サマがレッドオーガみたいになるとこ、珍しいだろ』
『なんてことを言うのです。小隊の頭脳たるこの僕が冷静さを失ってはお終いですからね』
迷宮内に出来た異空間の森で、焚火を囲みながらそう話していたことが遠い昔のように思える。
もう彼は僕のパーティーには居ない。
それどころか、僕の周りには誰も居ない。
やむを得ずエーリクがパーティーから抜けると、僕達の旅はままならなくなった。
僕とローザは主に魔術での攻撃を、アディーは魔族の仕掛ける罠の解除や宝の鑑定を主な仕事としており、遠くから弓を射って援護してくれるものの、肉弾戦は不得手だった。
体力自慢で剣技に優れたエーリクが前衛として魔物を引き付けてくれていたからこそ、僕らは呪文詠唱の時間を確保することが出来たのだ。
あるダンジョンで、エーリクは世にも怖ろしい呪いにかかった。
触れたものを錆びの浮く鉄くずに変えてしまう呪いだ。
質の悪いことに、その呪いは常時発動するわけでは無く、ふとした時に起こるのだった。
まず、エーリク自慢の剣が錆び、宿屋の枕が錆び、手にしたパンが錆び、彼は満足に日常を送れなくなっていった。
そんな状態をアークブルグ王国魔道院首席卒業の僕が放置するわけがない。
僕は昼夜問わず解呪の術式を考え、時には冒険者街にある胡散臭い魔導書露天商の本さえ買い、なんとかエーリクの呪いを解こうとした。
だが、どうしてもうまく行かなかった。
こんなことがあるのか。
父の言葉が甦る。
魔道院で教えられるものだけが魔術ではない。
認めたくはなかった。
死力を尽くしても及ばない領域があることを、父は教えたかったのかもしれない。
だが、こんな形で知りたくはなかった。
このままだとうっかり僕達を錆び屑にするから、とエーリクは僕達の元から去ることを告げられた時、僕は怒って館に火を放とうとした時以上に暴れまわりたくなって仕方なかった。
自分自身に火をつけて、消えてしまいたい。
魔物の魔術に負け、仲間を治してやれず、僕にできるのは僅かな手切れ金を渡して、治療師を探すという彼を見送ることだけ。
自らがちっぽけな存在であることを突き付けられるのは、この上ない屈辱だった。
このままで終わるわけにはいかない。
この僕が解呪できなかったものを、その辺の術者が解けるはずがない。
彼のためにも、そして僕の為にも、解呪の方法を探し出してみせる。
✡
冒険者街の隅にある、打ち捨てられた武器貯蔵庫の中で、僕はろうそくの明かりを頼りに作業を始めた。
僕は独自に考案した召喚陣を描いた紙を床に広げ、欠けた煉瓦を重石替わりに四隅へ置いておく。
父上が見たら、邪教に堕ちたかと泡を吹くかもしれない。
魔道院では決して教えないだろう、邪道も邪道、危険な魔術だ。
だが、思いつく限り、これが最適解だった。
あの場所へたどり着くには強大な力が必要だ。
──魔物の力が。
僕は新鮮な牛乳を入れた鉢を魔法陣の中央に置き、召喚魔術の呪文を唱える。
何者にも負けない、屈強な戦士が欲しい。
たとえ実体のないアレすら殴り倒せるような、強い強い戦士だ。
僕の思いに応えてくれたのか、血文字で描いた魔法陣から紫色の光が発せられた。
……成功だ!
僕は飛び上がりたい気持ちを抑え、目の前に像を結ぶ真っ黒な影を注視した。
「あれ……?」
大きく膨れた影は、いまや天井にすら届きそうなほどだ。
その影が寝起きのような、どこか呆けた低い声を響かせる。
三日月型の巨大な角がついた、黒い毛並みの牛頭。
短く切り落とした黒い鬣が頭髪のように生えている。
大きな鼻が突きだした牛の顔は厳めしいが、よく見れば丸みを帯びた目は愛嬌があると言っていいのかもしれない。
だが、そんなものを吹き飛ばすくらい、首から下は雄々しかった。
半裸で皮の腰巻とサンダルしか身に着けていない魔物の身体は、黒く短い体毛に覆われている。
魔物は僕の二倍ありそうな偉丈夫で、胸板は筋肉で山のように隆起していた。
しっかりと引き締まった腹には深い溝が走っている。
腕も脚も僕とエーリクのものを束ねても勝てないくらい太く、棍棒のように膨れて逞しかった。
「どこだ、ここ……?」
牡牛は気が動転しているのか、僕の存在を無視して周囲を見回している。
僕がとてもわざとらしく咳をしてみると、牡牛は「おわぁ」と間の抜けた声を出した。
「よくぞ僕の喚び出しに応じてくれました。僕の名前は」
「なんだあオマエ、ニンゲンかあ? このダンジョンは工事中だぞ? どっから入ってきた?」
「人の話は最後まで聞いてください。この僕が君を召喚したのです」
「んん? オレ、休憩してたはずなんだけどなあ」
「そんなことはどうでもよろしい。今大事なのは、召喚主である僕の魔力によって、今君がここに居るということです。分かりますか?」
「んお?」
牡牛は背を丸めながら僕を見下ろして首をかしげている。
……どうやら彼はあまり物事を深く考えない性質のようだ。まあいい。
「今、僕の魔力を受け取った君には僕の願いを叶える義務がある」
「何言ってんだオマエ」
「契約成立したから君はここに居るんだろう!?」
「はあ? ケイヤク?」
ブンブンと音がすると思ったら、牡牛が尻尾を揺らす音だった。
不機嫌なのだろうか。僕にはわからない。
「とにかく、僕の言う事を聞いてくれたらそれでいいんだ!」
僕としたことが、久々に大きな声をだしてしまった。
だが、牡牛は全く気にしていない様子で、腕組みをして更に首を傾けている。
「オマエ、オレに何の仕事をさせたいんだ?」
ようやくまともに会話が進んだ気がする。
僕は姿勢を正すと、彼に目的を告げることにした。
「君には、死霊を殴り殺してもらいたい」
つづく
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