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天笠との生活
書き換えられる夜(前)
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二人はターミナル内のうどん屋で軽く食事を済ませた後、空港からタクシーに乗り目的地を目指した。
大荷物は出発空港から宿泊先に配送出来たため、夜にはホテルに着いているだろう。
みぞれも止み、ぐずついた天気ながら気軽な旅になるかと思った健人だったが、その予想はのっけから裏切られた。
「すいません。シートの上には、その、身体を乗せないで頂けると……」
アクリル板の向こうで運転手が迷惑そうに天笠の尾を見ている。
「ああ、はい。汚したりはしませんから」
天笠は気にした風もなく、尾を座席の下に折り重ねる。
「ごめん、車種指定すればよかった」
特に何も考えず一般的なセダンを掴まえた健人は、今更になって後悔した。
「気にしないでください。全然平気ですよ」
「しんどかったら俺の足の上に乗っけていいからさ」
「どちらまで」
今度は振り返らず、運転手が割って入ってくる。
「深草まで」
健人は一段声を低めて行先を告げた。
ʘ
数十分後、二人は大通りの路肩に停まった窮屈なタクシーから、みぞれで汚れた歩道へと脱出した。
都心ながら神社仏閣がより固まって一つの大きな公園となったようなそこは、常日頃から多くの参拝客と観光客でにぎわう場所だ。
すぐ近くには約一㎞にわたる商店街もあり、昔ながらの趣を残した店の連なりは何かの文化財に指定されていたと、健人は記憶している。
リノベーション店舗も盛んに出店するようになり、年寄と若者が入り交じる類を見ないスポットになっていた。
「本島の神様仏様には詳しくないのですが、こういう所はこっちにはありませんから」
出発前、観光ガイドを手にした天笠がまず最初に見せてきた頁がここだった。
「それに、ニンゲンの間でコレ流行ってるんですよね?」
「えーと……」
深草グルメと記された頁には、スクランブルエッグらしきものを挟んだ白いどら焼きに似た何かが映っている。
──なんだこれ。
蛇人島グルメに詳しくなった健人だったが、その知識が深まるのと相反して、本島の流行からは離れていく。
意図的に人間の話題を避けていたのもあって、健人はすっかり浦島太郎になった気分だった。
そういうわけで参拝後にふかサンドなるものを食べるという、修学旅行生のようなルートを辿ることになった二人だが、それすらもままならないことになった。
まず狭い。
横幅に関しては問題ないが、蛇人にとって混雑する観光地ほど進みにくいものは無かった。
手水をするときも賽銭を投げるときも、常に背後を詰まらせる栓のようになってしまう。
それに、いかにも毒蛇という警告標識カラーも人間と亜人達の眼を引いた。
健人は空港で耳にした、”なんでここにいるの”という嫌悪混じりの文句を周囲の生物全てが視線で訴えかけているかのような居心地の悪さを覚えた。
蛇人いる、と若い半獣人のグループが携帯を取り出し、天笠がそちらの方を向くと一向はこそこそと社殿の奥に姿を引っ込めた。
当の本人は何を考えているのか分からない仏頂面で「おみくじ引くのは止めますか」と言ったきりだった。
「ニンゲンの間でコレ流行ってるんですか、ホントに?」
「流行ってるって宣伝すれば流行る」
「口の中に貼りつくんですが」
「長い舌はどうした」
早々に神社から退散し寺には寄り付きもしないで商店街に来たが、年の瀬もあってか人通りも多く、天笠とゆっくり店を見て回るほどの余裕はなさそうだった。
進もうと思えば進めるが、また針の筵だろう。
神社にすぐ近い緑地公園のベンチに天笠を待たせ、健人は噂の食べ歩きグルメを買って帰ってきたのだが、その中身は誇大広告もいいところというほどの出来だった。
その後も観光お決まりのコース、東都スカイタワーに登ってみたはいいものの、満杯のエレベーターで天笠は三回尾を踏まれ、蛇人蟲人は犯罪者と信じ込んでいる家族連れに非常ボタンを押されそうになるなど、散々な目に遭った。
少しでも楽しもうと地上を見下ろせる硝子床まで来たはいいものの、天笠は尾の重量が分からない警備員に制止を喰らう始末だった。
「下、よく見えます? どうですか?」
「ちびりそう」
僕の代わりに立ってください、写真撮りたいです、と言われた健人だったが、若干高所恐怖症の気もあるため、全身を引きつらせながら人生で一番ぎこちないピースサインを掲げることとなった。
ʘ
「なんか、すげえ疲れた……」
まだ日は沈んでいないにもかかわらず、二人はホテルへと引き上げていた。
のびのび過ごしたいと奮発して取った和モダンの部屋で、天笠はぐったりする健人の横で悠々を尾を伸ばして見せる。
座卓の足に少し鱗が触れたが、痛くも痒くもなかった。
「気疲れしましたね。まさか、蛇人がこんなに嫌われてるとは思いませんでした」
分厚い座布団を枕に突っ伏す健人を横目に、天笠は部屋の隅にあった小さな茶箪笥から電気ケトルとアメニティの緑茶ティーバッグを取り出して茶の用意をしている。
「ごめん。しんどいのは俺じゃなくて、ふくま」
そこまで言って健人は口をつぐむ。
最近になってようやく教えてもらった下の名前を本人は好んでいない。
わざとらしく薄目でねめつけてくる天笠福丸巡査から視線を反らし、「しんどいのはフクだよな」と言い直した。
ここまではぎりセーフと聞いている。
「別に堪えてませんよ。確かに鱗ナシの拒否反応は予想以上でしたが。それに、色々分かったこともあって、来てよかったです」
ことり、と湯呑が座卓の上に置かれる音がする。
健人はのっそりと起き上り、自分の側に置かれた湯呑を手に取った。
「もう本島は僕らが住むようには作られてないんだってことがはっきりして、諦めもつきました」
座卓の上に頬杖をついて窓の外を見やる天笠の横顔からは全く感情が読み取れなかった。
不思議なことに、上半身は同じ造りであるはずだが、蛇人は黙ると一切表情が読めなくなる。
実に冷たく無感動で、まさに茂みに隠れて無音で何かを待っている蛇のようだ。
すっきりとした顔立ちの天笠は、余計にそれが強かった。
「諦めって、何を?」
「移住です。今多種族配置人事とかどこの省庁でもやってるじゃないですか」
「うん」
「だから、もしかしたら、なんて夢見てたんですが。まあ、ただの旅行に山ほど申請ステップがある時点で絶望的でしたね」
健人は軽い調子で話す天笠の眼の奥に、どこか暗いものを見つけた。
触らないほうが、いいだろうか。だが、知らんふりをするには、それは強すぎた。
「あそこから出たい?」
「たまには柳通交番のポリ公以外になりたかったんです。休みの日くらいは」
健人は何と言っていいか分からないまま、湯飲みを摩っている。
「あ、職務が嫌ってわけじゃないですよ。どちらかと言えば、大変楽しいです。憂さ晴らしな面が無いことも無いですが」
「俺があっちでニンゲンって呼ばれ続けてるのと、同じ感じかな」
「一緒かもしれませんね」
見知らぬ大勢の生物に囲まれていても、どこのだれか知られていなければ苦にならない。
蛇人島で匿名性を失って窮屈にしているのは自分だけと思い込んでいた健人だったが、天笠も同じように参っているとは思いもしていなかった。
「健人さんは、こっち戻ってきて、どうでした? 帰りたくなくなりましたか?」
寺で見なかったはずの仏像そっくりのアルカイックスマイルで、天笠が健人を見下ろす。
どこか高圧的な息苦しさを感じながらも、健人は正直に胸のうちを明かした。
「なんだか、俺の住む場所でもないな、って」
蛇人島に流されることを決めてから、あれだけ付き合いのあった人脈はぱったりと消え失せていた。
業界やネットの一部では悪い意味での有名人となり、他に本島の都会でやりたいことも見つけられない。
そして何より、不自由の中にも同僚と警官が味方になってくれているという安心感が健人の足を掴んで離さなかった。
それが依存であるのか、順応であるのか、健人にすら分からない。
ただ一つはっきりしてることは、健人が蛇人達から何が何でも離れたいとは毛ほども思っていないということだった。
「……そうですか」
健人の答えに、天笠はようやく表情を緩めた。
ʘ
またひそひそコソコソされながら食事を摂りたいとも思えず、二人はルームサービスで軽い夕食を済ませた。
一緒に頼んだビールグラスに残ったものをちびちび飲みながら、健人はかねてから疑問だったことを、ついに口に出してみた。
「あのさあ、やっぱ予約ミスった?」
「何がですか?」
すでに出来上がった赤ら顔の健人が、親指で背後を差す。
そこには琉球畳が一段せり上がったところに、大きなベッドが一つだけある。
「ツインとダブル、間違えたろ? 減点だぞー減点っ」
酔っ払い特有の鬱陶しい陽気さを見せる健人に、天笠は訝し気に眉根を寄せる。
「間違えてませんよ? きちんとダブルで予約しました」
「え、ええ!? そしたら一緒に寝ることになるじゃんか!」
「何が駄目なんですか」
「いやだって、フツーさあ」
「普通はわざわざツインにしないんじゃないんですか? それとも、ニンゲンは付き合っててもベッド二つじゃないといけないってルールがあるんですか?」
「は?」
──つきあってる?
気持ちのいい酔いが薄れるほどの驚きが健人の脳を刺激する。
「俺とフク、え? え?」
己と天笠の間を健人の人差し指が交互に移動する。
『その……個人的に、貴方をお護りしたいといいますか、力になれれば、と、思いまして』
健人の脳内に、少し前に受けた申し出が蘇ってくる。
──え? あれ告白だった? あれが!?
「そもそも、好きじゃなかったらデートしたり毎朝一緒に過ごしたりしませんよね」
「お? おぉ?」
引き締まった大きな身体が、座卓を押しのけて健人の目の前に迫る。
有無を言わさない口調に健人はたじろいだ。
まさか自分が勘違いをさせるような行動をとっているとは思わず、どうしたらいいのかまごつく。
あたふたしだしたニンゲンを逃がさないためか、蛇の尾が太腿に巻き付いた。
それに気を取られた健人が反射的に自分の右足に目線を落とす。
その隙に、天笠は無駄のない動作で健人の首筋に噛みついた。
つづく
大荷物は出発空港から宿泊先に配送出来たため、夜にはホテルに着いているだろう。
みぞれも止み、ぐずついた天気ながら気軽な旅になるかと思った健人だったが、その予想はのっけから裏切られた。
「すいません。シートの上には、その、身体を乗せないで頂けると……」
アクリル板の向こうで運転手が迷惑そうに天笠の尾を見ている。
「ああ、はい。汚したりはしませんから」
天笠は気にした風もなく、尾を座席の下に折り重ねる。
「ごめん、車種指定すればよかった」
特に何も考えず一般的なセダンを掴まえた健人は、今更になって後悔した。
「気にしないでください。全然平気ですよ」
「しんどかったら俺の足の上に乗っけていいからさ」
「どちらまで」
今度は振り返らず、運転手が割って入ってくる。
「深草まで」
健人は一段声を低めて行先を告げた。
ʘ
数十分後、二人は大通りの路肩に停まった窮屈なタクシーから、みぞれで汚れた歩道へと脱出した。
都心ながら神社仏閣がより固まって一つの大きな公園となったようなそこは、常日頃から多くの参拝客と観光客でにぎわう場所だ。
すぐ近くには約一㎞にわたる商店街もあり、昔ながらの趣を残した店の連なりは何かの文化財に指定されていたと、健人は記憶している。
リノベーション店舗も盛んに出店するようになり、年寄と若者が入り交じる類を見ないスポットになっていた。
「本島の神様仏様には詳しくないのですが、こういう所はこっちにはありませんから」
出発前、観光ガイドを手にした天笠がまず最初に見せてきた頁がここだった。
「それに、ニンゲンの間でコレ流行ってるんですよね?」
「えーと……」
深草グルメと記された頁には、スクランブルエッグらしきものを挟んだ白いどら焼きに似た何かが映っている。
──なんだこれ。
蛇人島グルメに詳しくなった健人だったが、その知識が深まるのと相反して、本島の流行からは離れていく。
意図的に人間の話題を避けていたのもあって、健人はすっかり浦島太郎になった気分だった。
そういうわけで参拝後にふかサンドなるものを食べるという、修学旅行生のようなルートを辿ることになった二人だが、それすらもままならないことになった。
まず狭い。
横幅に関しては問題ないが、蛇人にとって混雑する観光地ほど進みにくいものは無かった。
手水をするときも賽銭を投げるときも、常に背後を詰まらせる栓のようになってしまう。
それに、いかにも毒蛇という警告標識カラーも人間と亜人達の眼を引いた。
健人は空港で耳にした、”なんでここにいるの”という嫌悪混じりの文句を周囲の生物全てが視線で訴えかけているかのような居心地の悪さを覚えた。
蛇人いる、と若い半獣人のグループが携帯を取り出し、天笠がそちらの方を向くと一向はこそこそと社殿の奥に姿を引っ込めた。
当の本人は何を考えているのか分からない仏頂面で「おみくじ引くのは止めますか」と言ったきりだった。
「ニンゲンの間でコレ流行ってるんですか、ホントに?」
「流行ってるって宣伝すれば流行る」
「口の中に貼りつくんですが」
「長い舌はどうした」
早々に神社から退散し寺には寄り付きもしないで商店街に来たが、年の瀬もあってか人通りも多く、天笠とゆっくり店を見て回るほどの余裕はなさそうだった。
進もうと思えば進めるが、また針の筵だろう。
神社にすぐ近い緑地公園のベンチに天笠を待たせ、健人は噂の食べ歩きグルメを買って帰ってきたのだが、その中身は誇大広告もいいところというほどの出来だった。
その後も観光お決まりのコース、東都スカイタワーに登ってみたはいいものの、満杯のエレベーターで天笠は三回尾を踏まれ、蛇人蟲人は犯罪者と信じ込んでいる家族連れに非常ボタンを押されそうになるなど、散々な目に遭った。
少しでも楽しもうと地上を見下ろせる硝子床まで来たはいいものの、天笠は尾の重量が分からない警備員に制止を喰らう始末だった。
「下、よく見えます? どうですか?」
「ちびりそう」
僕の代わりに立ってください、写真撮りたいです、と言われた健人だったが、若干高所恐怖症の気もあるため、全身を引きつらせながら人生で一番ぎこちないピースサインを掲げることとなった。
ʘ
「なんか、すげえ疲れた……」
まだ日は沈んでいないにもかかわらず、二人はホテルへと引き上げていた。
のびのび過ごしたいと奮発して取った和モダンの部屋で、天笠はぐったりする健人の横で悠々を尾を伸ばして見せる。
座卓の足に少し鱗が触れたが、痛くも痒くもなかった。
「気疲れしましたね。まさか、蛇人がこんなに嫌われてるとは思いませんでした」
分厚い座布団を枕に突っ伏す健人を横目に、天笠は部屋の隅にあった小さな茶箪笥から電気ケトルとアメニティの緑茶ティーバッグを取り出して茶の用意をしている。
「ごめん。しんどいのは俺じゃなくて、ふくま」
そこまで言って健人は口をつぐむ。
最近になってようやく教えてもらった下の名前を本人は好んでいない。
わざとらしく薄目でねめつけてくる天笠福丸巡査から視線を反らし、「しんどいのはフクだよな」と言い直した。
ここまではぎりセーフと聞いている。
「別に堪えてませんよ。確かに鱗ナシの拒否反応は予想以上でしたが。それに、色々分かったこともあって、来てよかったです」
ことり、と湯呑が座卓の上に置かれる音がする。
健人はのっそりと起き上り、自分の側に置かれた湯呑を手に取った。
「もう本島は僕らが住むようには作られてないんだってことがはっきりして、諦めもつきました」
座卓の上に頬杖をついて窓の外を見やる天笠の横顔からは全く感情が読み取れなかった。
不思議なことに、上半身は同じ造りであるはずだが、蛇人は黙ると一切表情が読めなくなる。
実に冷たく無感動で、まさに茂みに隠れて無音で何かを待っている蛇のようだ。
すっきりとした顔立ちの天笠は、余計にそれが強かった。
「諦めって、何を?」
「移住です。今多種族配置人事とかどこの省庁でもやってるじゃないですか」
「うん」
「だから、もしかしたら、なんて夢見てたんですが。まあ、ただの旅行に山ほど申請ステップがある時点で絶望的でしたね」
健人は軽い調子で話す天笠の眼の奥に、どこか暗いものを見つけた。
触らないほうが、いいだろうか。だが、知らんふりをするには、それは強すぎた。
「あそこから出たい?」
「たまには柳通交番のポリ公以外になりたかったんです。休みの日くらいは」
健人は何と言っていいか分からないまま、湯飲みを摩っている。
「あ、職務が嫌ってわけじゃないですよ。どちらかと言えば、大変楽しいです。憂さ晴らしな面が無いことも無いですが」
「俺があっちでニンゲンって呼ばれ続けてるのと、同じ感じかな」
「一緒かもしれませんね」
見知らぬ大勢の生物に囲まれていても、どこのだれか知られていなければ苦にならない。
蛇人島で匿名性を失って窮屈にしているのは自分だけと思い込んでいた健人だったが、天笠も同じように参っているとは思いもしていなかった。
「健人さんは、こっち戻ってきて、どうでした? 帰りたくなくなりましたか?」
寺で見なかったはずの仏像そっくりのアルカイックスマイルで、天笠が健人を見下ろす。
どこか高圧的な息苦しさを感じながらも、健人は正直に胸のうちを明かした。
「なんだか、俺の住む場所でもないな、って」
蛇人島に流されることを決めてから、あれだけ付き合いのあった人脈はぱったりと消え失せていた。
業界やネットの一部では悪い意味での有名人となり、他に本島の都会でやりたいことも見つけられない。
そして何より、不自由の中にも同僚と警官が味方になってくれているという安心感が健人の足を掴んで離さなかった。
それが依存であるのか、順応であるのか、健人にすら分からない。
ただ一つはっきりしてることは、健人が蛇人達から何が何でも離れたいとは毛ほども思っていないということだった。
「……そうですか」
健人の答えに、天笠はようやく表情を緩めた。
ʘ
またひそひそコソコソされながら食事を摂りたいとも思えず、二人はルームサービスで軽い夕食を済ませた。
一緒に頼んだビールグラスに残ったものをちびちび飲みながら、健人はかねてから疑問だったことを、ついに口に出してみた。
「あのさあ、やっぱ予約ミスった?」
「何がですか?」
すでに出来上がった赤ら顔の健人が、親指で背後を差す。
そこには琉球畳が一段せり上がったところに、大きなベッドが一つだけある。
「ツインとダブル、間違えたろ? 減点だぞー減点っ」
酔っ払い特有の鬱陶しい陽気さを見せる健人に、天笠は訝し気に眉根を寄せる。
「間違えてませんよ? きちんとダブルで予約しました」
「え、ええ!? そしたら一緒に寝ることになるじゃんか!」
「何が駄目なんですか」
「いやだって、フツーさあ」
「普通はわざわざツインにしないんじゃないんですか? それとも、ニンゲンは付き合っててもベッド二つじゃないといけないってルールがあるんですか?」
「は?」
──つきあってる?
気持ちのいい酔いが薄れるほどの驚きが健人の脳を刺激する。
「俺とフク、え? え?」
己と天笠の間を健人の人差し指が交互に移動する。
『その……個人的に、貴方をお護りしたいといいますか、力になれれば、と、思いまして』
健人の脳内に、少し前に受けた申し出が蘇ってくる。
──え? あれ告白だった? あれが!?
「そもそも、好きじゃなかったらデートしたり毎朝一緒に過ごしたりしませんよね」
「お? おぉ?」
引き締まった大きな身体が、座卓を押しのけて健人の目の前に迫る。
有無を言わさない口調に健人はたじろいだ。
まさか自分が勘違いをさせるような行動をとっているとは思わず、どうしたらいいのかまごつく。
あたふたしだしたニンゲンを逃がさないためか、蛇の尾が太腿に巻き付いた。
それに気を取られた健人が反射的に自分の右足に目線を落とす。
その隙に、天笠は無駄のない動作で健人の首筋に噛みついた。
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