炎上したので蛇人だらけの島に左遷されました

青野イワシ

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赤星との生活

シャワー室の二人

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 健人は頬に添えられた手から、蛇人とは思えないほどの熱が伝わるのを感じた。
 目の前には、感慨深そうにこちらを見る赤ら顔の男がいる。
 鼻の先が触れ合いそうなほど、赤星の顔は近くにあった。
人間きみが本当に異動してくるって聞いて、嬉しかった。蛇人おれたちのこと嫌ってないヒトもいるんだって。だから、やっぱり帰るんじゃないかって、そう、思ってたけど……」
 赤星の右手が肌をなぞり、健人の首筋に添えられる。
──一体どうなってる。
 どうも挙動のおかしい赤星に、健人の脳は処理落ちしていた。
「今度は絶対、あんな目に遭わせない。だから、ずっと一緒にいよう」
 赤星の指が健人の顎を掬い、その顔を上へと向かせた。
 目の前に大きな影がさす。そこでようやく呪縛が解けた。
「ちょっと待った!」
 蛇腹の上で全身を引いた健人と、呆然とした赤星は同時にフリーズする。
 お互い、相手の行動が予想外過ぎたせいだ。
──酔ってる、酔ってるだけだ。赤星は泣き上戸のキス魔かもしれない。きっと動物映画の予告編で泣くタイプだ。だからこうなってる。
 仕事先で健人をニンゲンとして観察する者、話しかけてくるものが多すぎたせいか、まさか生島健人という個を見ている者がいるとは、当の本人は思いもしていなかった。
 そして、人間を筆頭にした多種族からの視線から解放された結果、蛇人の男もイイかもしれないという、仄かに芽生えていた意識が急速に育っていくことに困惑を覚えていた。
 酔いを醒ますにはどうするか。飲み会帰り、健人はいつも行っていた行動を思い出す。
 こうすれば、少しはシャキッとしたのだ。そのまま寝るための前準備にもなる。
 だから健人は深く考えず、提案してしまった。
「大分酔ってるし、シャワーでも浴びてくれば? 熱いのスッキリするし、な?」
 それを聞いた赤星は、ハッとしたあと、何故か壁を一瞥してから、意味深な笑みを浮かべた。
「あ……そうだよね。煩いと、迷惑になるね」
 何が、と言おうとした途端、健人の腹回りに蛇の胴体が巻き付き、その身を持ち上げた。
「シャワー、行こっか」
「いや一緒にっていう話じゃなくて、赤星君? おい、ちょ、力強っ!」
 
ʘ

 本当に嫌なら暴れればいい。
 居るのか居ないのか定かではないが、白間に助けを求めることも出来た。助けてくれるかはまた別の話だが。
 健人は赤星に引きずられるがまま、シャワーブースの前で逡巡していた。
 そして酔った赤星につきあっているのも、自分の中の好奇心が抑えられないからであることを、健人は薄々感じていた。
 酔った上の戯れなのか。自分は同僚の蛇人男とデキる・・・のか。そもそも蛇人はどうヤるのか。
 間違っても知的好奇心とは呼べないしろものが、健人の抵抗力を奪っている。
 健人の足首に尾の先を絡ませたまま、赤星は薄いスウェットの上着を脱ぎ去る。
 ぶ厚い筋肉に覆われた、肉感的な雄々しい上半身が露わになる。
 健人の視線に気づいたのか、赤星は照れくさそうにしながらも、健人のTシャツの裾に手を入れてきた。
「俺ばっかり、ずるいよ。生島君も早く脱いで」
 赤星の節くれだった指が直に健人の脇腹に触れた。そのままTシャツを捲りあげられ、健人の上半身もあらかた電灯の下に晒されることになった。
「あ、その」
 それは抵抗する最後の機会だった。
 俺は酔い醒ましにシャワーに行って来いと言っただけで、お前と入りたいとは言ってない。お前とそういう仲になりたいつもりじゃない。そう告げるための、最後の機会が今だった。
「……自分で脱ぐから、引っ張るなよ」
 それなのに、健人の口から赤星の行為を拒む言葉は出てこない。
 それは、健人がそういうこと・・・・・・をしても良いと思う程度には、赤星のことを好きであることの証明に他ならなかった。
 ただ、当事者だけが、まだ内心色々理由をつけて呑み込めていないだけだ。
 赤星の手をやんわりと跳ねのけた健人は、そのままパジャマ代わりの長袖シャツとジャージ姿を下着ごと引き抜き、洗濯籠の中に放った。赤星のスウェットの上にそれが重なる。
 健人は斜め上から自分の身体に刺さるような視線が注がれていることを、否が応でも感じずにはいられなかった。

 健人に背中を押されながら、赤星はシャワーブースの戸を開けることになった。
 赤星は途中、洗面台下の収納から急いでボトルを取り出し、それを宝物のように抱えて中に入っていく。
 ドレッシング容器にも似た半透明のボトルに健人は既視感を抱く。だが、とぼけてシャンプーか? と聞く元気も無かった。
もうそういう次元の話では無くなっていた。

 長い尾のある蛇人用シャワーブースは、健人一人で使うには広々としているが、さすがに赤星の尾がくるりと床を一周するように這わされると、圧迫感が増した。
 高い位置に取り付けられた、枯れた向日葵が首をもたげるような大きいシャワーヘッドも、赤星が居ると小さく見える。
 健人は温度調節用のハンドルを赤色が上に来るように回し、そのまま湯気立つ温水を赤星の頭上に降らせた。
「ちょっと熱くない?」
「これくらいじゃないとシャキッとしないだろ。本当に熱かったら下げていいけど」
「もしかして生島君、いつもこうしてた?」
「まあ、次の日も仕事ん時は、そうしてたかな」
「ふーん。じゃあ、このままでいいかな」
「なんだそれ」
 流れ出るが赤星の髪を湿らせ、肩から胸板まで流れ落ちてゆく。
 張りのある筋肉の溝をなぞるように温水の川が流れ、複雑な模様をした蛇の鱗までもを濡らして光らせた。
 それは健人の眼にも艶めかしく映った。
 これまで部活の合宿や修学旅行、社員旅行なんかで連れ立って共同風呂を利用したことは何度もある。
 少なからず、他種族だってその場にいた。
 その時にはこのような、腹の底からふつふつと湧き上がるような興奮は覚えたことが無い。
 何も感じなかったはずなのに、今は違う。
 なにやら居ても立っても居られないような感覚が興り、健人は思わず自分の腕をさすってそれを誤魔化した。
「ごめん、寒かったよね。はい、交代」
「あ、うん……」
 向かい合っていた赤星と入れ替わるようにして、健人は背中から湯に打たれた。
 全身に熱い湯が滴り落ち、興奮を覚え始めた身体の熱をさらに上げていくようだった。
 仰ぎ見れば、湯気を立ち昇らせ、頬を上気させたずぶ濡れの赤星が、熱の籠った眼で健人の肢体を舐めるように見つめている。
 特に、腰から下、股間周りを熱心に眺めているようだ。
 濡れた黒い陰毛が茂る下には、やや小ぶりな皮に包まれた男根と陰嚢がぶら下がっている。
 そうしてそれを見つめたまま、赤星は突拍子もないことを口走り始めた。
「やっぱりニンゲンってエロいね」
「は?」
「だって、チンポ丸出しで生活してるんだよね?」
「はぁ!? 服着てんだろ!」
 まるで露出狂種族のように言われた健人は、思わず大声になった。だが、赤星は全く意に介していないようだ。
「だからさ、布の下に、直にあるっていうのがさ、何か、ヤバいと思う」
「ヤバいのはそっちだろ」
「ヤバくないよ。身体ん中に収まってないんだよ? エロすぎるよ」
「じゃあ何、俺のことそんな風に見てたのか?」
 健人の言葉に赤星は、照れ隠しなのか濡れた髪をかき上げながら地肌を指先で掻いていた。
「いつもじゃないよ。スーツの時とか、たまに、たまにだよ」
 ──すげぇムッツリだったんだな、赤星は……。
 しかし、健人にもタイトな衣服の下にある乳や尻をこっそり目で追った経験が少なからずあるだけに、赤星を強く非難できなかった。
 同じ穴の狢だ。
 まさか自分が欲情される側になるとは思っていなかったが。
 そして健人がもう一つ分かったことは、赤星が異種族に興奮する、つまり人間フェチだということだった。
「もしかして、そういうのでヌいてんの? 人間着エロみたいなのとか、あんの?」
 赤星の目線が宙を泳ぐ。
 健人は答えを聞く前に正解を知ることになった。
「……古いのだけどね。まだこっちにニンゲンが来てた頃の。今は蛇人と絡んでるのレアなんだよ。誰もやってくれない」
 赤星の腕が健人の身体の脇を通り越し、シャワーのハンドルを摘まむ。
 キュッ、と栓の閉まる音が鳴り、頭上から降り注いでいた熱い湯が止まった。
 赤星はハンドルから手を離すと、空いた手をタイルへ這わせ、健人に身体を近づける。
 山のように隆起した胸板が迫るようだ。
「だからさ、生島君にヤってほしいことがあるんだ」
「な、なにを」
「蛇腹オナニー」
「……ちょっと意味わかんない」
「教えるよ。俺の身体でオナニーすればいいだけだから」
 ──なんだこの変態!?
 既に健人の知る温和で親切な同僚はどこにも居なかった。
 健人は固まっているうちに、赤星の両手で肩をしっかりと掴まれた。湿った掌が熱い。
「俺のこと色々聞いた生島君が悪いんだよ。シてくれるまで、ここから出さない」
 濡れた蛇の尾が、拘束具のように健人の脹脛を一周した。全く力が籠っていない。
 だが、その気になれば健人を簀巻きにするのは簡単だろう。
「それに、気持ちいいよ? 皆腰振ってイってたよ?」
「………動画の演技真に受けんなよ」
「じゃあ確かめさせてよ。気持ちいいのか、良くないのか。俺はニンゲンじゃないから分からないしね」
 いつになく強気な赤星に、健人は気圧されるばかりだ。
「いや、だから」
 濡れた背中に赤星の腕が回る。
「誰も見てないよ、俺以外、誰も。どんな恥ずかしいことしても。……たまにはいいんじゃないかな」
 するりと足の拘束が解かれる。
 その代わりに忍び寄っていた尾の先が健人の肉棒に伸ばされ、つぅ、と裏筋をなぞるように軽く触れてきた。
「う……」
 その感覚に、健人は思わず身震いする。
 その震の正体は、恐怖でも嫌悪でもない。
 快楽からくる熱い痺れだった。

 つづく
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