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天笠との生活

夜明け前の職務質問-交番内

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 朝もやに溶けるようにして蛇人警官、天笠あまがさはぐったりとした人間を背負って交番へと戻った。
 短い道中、路地裏に伸びる影やビルの小窓から探るような視線が向けられていることに、抜け目のない天笠は気が付いていた。だが、誰も表に姿を現さない。
 当然だ。火中の栗など誰も拾いたくないだろう。
 このニンゲンを手引きした同族が出てくるだろうかと、わずかに期待していた天笠だったが、案の定、彼の歩みを止める者は居なかった。
 ──君は望が無いんだな。
 体重の全てを自分の背に預け、両腕をだらりと垂らしているニンゲンを背負い直すと、天笠は行儀の悪いことに尻尾の先で交番のガラス戸を開けた。

 ガラス戸の内側に貼り付けた”パトロール中です”と書かれた薄い看板をそのままにして、天笠は二階の休憩室に上がる。背中の荷物は終始モゴモゴと何かを呟いていた。
 極限まで毒液の注入を絞ったお陰か、受け答えできる程度の意識は残っていそうだ。
 天笠は襖を開け、音もなく分厚いカーテンの閉じた暗い和室に入り込む。
 壁のスイッチで天井の電灯を点けると、いつも通りのがらんとした広い畳敷きの部屋が広がっている。
 部屋の隅には雑に畳まれた布団と新聞や小冊子が乗ったちゃぶ台があり、少し前まで先輩警官が休んでいた形跡を残していた。
 しばらくは巡回から戻らないだろうし、戻ったところで
 ただ、天笠は玩具は独り占めして遊びたい性質を持ったまま大きくなった成蛇だった。
 
 官帽をちゃぶ台の上に置き、万が一に備えて防刃ベストと腰の装備諸々はそのままに、ニンゲンの身体を畳の上に転がす。
 薄目を開けたままのニンゲンは起き上がりたいのか、死にかけの小動物のようにもぞもぞと身体を揺すっていた。
「ポケットの中、見せてもらいますね」
 天笠はあくまで職務質問の続きとして、警察官の役割を保って振舞う事に決めた。
 その方が混乱なく事がなせるだろう。
 背を丸め、仰向けになったニンゲンのハーフパンツに手を伸ばす。
 不満そうな唸り声がしたが、天笠は一切無視してポケットの中から大型のスマートフォンと折り畳み財布をつかみ取った。
 防塵防水仕様のオリーブ色をしたハードケースに入ったそれや、均整の取れた身体つきを見るに、このニンゲンの雄は運動と野外活動が好きそうだと天笠は推察した。
 ──趣味が合いそうだ。早く脱がせたくなってきた。
 天笠はニンゲンの後ろ姿を見たときから募っていた劣情を窘めるように、咳払いをして自分を落ち着かせにかかった。
 スマートフォンの画面をタッチすると、パスコード入力を求められた。
 指紋や虹彩認証画面が出ないので、天笠はひとまずデバイスからの情報取得は後回しにすることにした。
 次は何の飾り気もない黒く薄い財布を開く。
 所持金六千二百二十七円也。
 あとは天笠の知らない店のポイントカードやクレジットカードが数枚。
 それに本島住民総合医療カードに、自動車運転免許証がカード入れのポケットにきっちりと収まっている。
 天笠は一番見慣れた免許証を取り出し、表面の情報を確認する。
 印刷や手触りからそれが偽造品である可能性は感じられない。
 生島健人いくしまけんと。それがこのニンゲンの名前だった。
 生年月日を見るに生島は天笠の四つ上で、恐らく三十路かその手前だろう。
 住所は本島東都24区内で、この島と比べるまでもない都会だ。
 優良ドライバー。裏面に特記事項なし。
 ──まともだ。
 なぜこの島に居るのか分からないくらい、何の変哲もないニンゲンだ。
 天笠が物心つく前までは、本島から逃げてきたり、殆ど売り飛ばされる同然で連れてこられたり、逆に蛇人の毒が基となる違法薬物を拵えるために入り込んできたりと、少なからず後ろ暗いニンゲンの姿が島内にあったという。
 それも蛇人・ニンゲン双方の警察機構が結託したによって、程度をわきまえなかった者たちは一掃されたと、天笠は警察学校で習っている。
 それがどこまでが本当の話か知る者は殆ど残されていないそうだが、彼にはどうでもよいことだった。
 どう見ても一般市民。短く派手さのない髪型は会社勤めを思わせる。
 ニンゲン特有の婚姻の輪が左手に無いので恐らく独身。
 まだ自由に外で遊びたい元気な雄。
 おまけに似顔絵作成が困難になるほど凡庸な顔立ちだ。
 ツチノコよりも希少なニンゲン相手に、天笠のやる気に火が付いた。

 天笠は身体検査と職務質問を同時並行して行うことに決めた。
 もちろん職務の効率化ではなく、百パーセント自分のためだ。
 焦点が定まり、知性が宿りつつある健人の瞳を確認すると、天笠は健人の脇の下に手を入れて抱き起こし、己と向き合うようにしてその身体を蜷局を巻いた警告標識カラーの胴体の上へと乗せた。
 強制的に蛇腹の上に跨る恰好にさせられ、胴体をしめ縄のような尾の先で腕ごと巻かれた健人は、再び身体の自由を奪われることになった。
「なんすかあ」
「まだお聞きしたいことがありまして。ご協力いただけますか」
「ええー。おれ、あさめし」
「すぐに済みますから」
 会話が成り立つことを確認した天笠は、内心ほくそ笑みながら続ける。
「どうしてこの島に来たんですか」
「んんー……」
「質問を変えます。答えてください。観光ですか」
「ちがう」
「ではお仕事ですか」
「そう」
「どんなお仕事なんですか」
「こーこく」
「広告?」
 不思議そうな顔を見せた天笠に、詳細な説明をしようにも酩酊状態の脳味噌が働かない健人はしばらく唸ったあと、視線を反らした。
  すると何やら見つけたようで、少し興奮した様子で「あれあれ」と顎をしゃくってみせた。
「俺たちが、つくってる」
 古ぼけたちゃぶ台の上には、折りたたまれたスポーツ新聞がある。
「新聞広告を作ってらっしゃる」
「ちがう。上、上」
 大分呂律がまともになった健人が、じれったそうに顎を動かした。
 ──フリーペーパーか。
 ある意味ローカル新聞よりも嘘が少ないと評判の配布物だ。
 飯屋の情報が多く、厄介な蛇人のたむろしない優良店を見分ける一つのバロメーターになっている。
「そうなんですね。わざわざこの島でお仕事を?」
「来たくて来たんじゃねーんだよぉ。でも辞めたら負けたかんじするからな!」
──何を言っているんだ。左遷か?
 とにかく、不本意であると言う事だけは天笠にも理解できる。
 だが、何をすればただの脆弱なニンゲン一人ぽっちを寄越すのか。
 好奇心に突き動かされた天笠は、さらに質問を重ねる。
「異動ですか。随分大胆な人事ですね」
 天笠の分かりやすい皮肉は、健人の怒りを瞬時に爆発させた。
「おお? バカにしてんのか? 俺はなんにも悪くないんだよ! アイデアは出したけど、俺が責任者じゃないって! それをさあ、さも先輩に指示されましたみたいなさあ!」
「ええと」
「最初に俺が協力してやった企画書と、最後、全然違うだろ! なあ!?」
「あー、その」
 ──一気に覚醒することもあるのか。
 堰を切ったように恨みつらみを吐き出し始めた健人に戸惑いつつも、天笠はじっと捉えた獲物の様子を観察した。
 酷く酔って管を巻いているようにしか見えない。記憶の連続性がどこまでのものか、天笠は適当に相槌を打ちながら測っている。
「俺じゃない! お巡りさんなら分かってくれるよな!? 俺は無罪なんだよおぉ!」
 蛇の尾で巻かれたまま上下に身体を揺するその姿は、駄々をこねる子供そのものだ。
 異種族とはいえ年上の雄がみっともなく喚いているのは、天笠の眼に滑稽かつ愉快なモノとして映った。思わず口の端が緩みそうになる。
「分かりました、分かりました。じゃあ、危険物を所持していないか、見ますから」
「ん? なんで」
「無罪かどうかハッキリするじゃないですか」
「なんだよ危険物ってよおーどこ見るんだよー」
 健人の頭の中で、過去にあった何らかのトラブルと現在の状態が交じり合っているようだと判断した天笠は、尤もらしい言葉を吐いてニンゲンを誘導しにかかった。
「服の中、見ますから。Tシャツめくりあげてもらっていいですか」
 腕ごと縛り上げていた蛇の尾の拘束が緩む。
「え、なんで。おかし」
「おかしくありません。身の潔白を証明したいんですよね?」
 天笠は間髪入れず健人の言葉を圧する。考える時間を与えてはいけないのだ。
「うーん」
「何か隠してるんですか」
「ないよ!」
「なら見せてください。全部」
「あーもーめんどくせーなー」
 天笠はぶつぶつ口答えをする健人の両手をそっと掴む。指の力はそれなりに戻っているようだ。
「はい、端っこ掴んで」
「なんで俺が……」
 これ見よがしに深い溜め息をつきながらも、健人はTシャツの裾を握る。
 そして決まりが悪そうに、鎖骨まで裾をたくし上げた。
 アンダーシャツは無く、薄っすら隆起する胸板と溝の走る腹筋が現れる。
 よく引き締まった、俊敏な野生動物を思わせる雄の身体だ。
 ──これは服を破くよりも、楽しいかもしれない。
 いい大人の意識を塗りつぶし、何の疑問も持たせないまま、意のままに操る。
 辱められているという認識がないまま、痴態を晒す。
 このニンゲン相手なら、そんな漫画のようなことも、実現させられるかもしれない。
 「じゃ、失礼します」
 天笠は朗らかな笑みの下に淫猥な衝動を隠しつつ、健人の身体に手を伸ばした。

 つづく
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