機械生命体に擬態した触手系人外に捕まってしまいました

青野イワシ

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第二十一話 ダイアリー

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 スタイロベートはコロッサスをと言い残し、俺を残して研究所から飛び去ってしまった。
 大した用ではないのですぐに戻る、暇なら研究所内を見物していてほしい、食料の備蓄もどこかに在るはずだ。
 展示室を去る前のスタイロベートが口走ったことをまとめるとこんな感じだ。
 どこか上の空というか、頭の中で全く違うことを考えながら俺の相手をしている、そんな風に見えた。
 いつもならちょっとは腹が立ったんだろうけど、事が事だ。
 俺だったらこの部屋にある展示物へ何発か蹴りを入れて怒りを発散させてたかもしれない。
 頑張って仕事してたら知らない間に計画はパア、実質的な死亡認定、同族は即エスケープ決めてる、こんな状況でも「怒りを通り越して呆れた」で済ませられるあいつに正直関心した。
 いや、あいつちょっとカッコつけなところあるし、見えないところで中身がめちゃくちゃ大暴れしてた可能性もあるけど。
 俺はこのまま順路に沿って展示室を回ろうかと思ったが、この星の文章が独特すぎて何がどういう経緯で展示されているのか分からないのでやめることにした。
 あまり気にしていなかったけど、会話も俺にチューニングしてたんだな、あいつ。
 マーキナーのスペックが高いのか、中のあいつが凄いのか。
 とりあえず俺は本能に従い、研究等のどこかにあるという備蓄食料を探す探検に出た。
 倉庫っぽいとこ探せばあるだろ、きっと。

 コロッサスのハックのせいか、眩しいくらいライトが点灯した研究所内は大体入り放題だった。
 気が滅入るのは、どこまでもどこまでも続く灰白色の回廊だ。
 今どこの扉を開けて、どこの角を曲がったのか忘れそうになるくらい、同じ景色が続いている。
 多分スタイロベートみたいな、マーキナーのを選ぶ奴が増えたんだろう、この建物も俺からしたら恐ろしいほど天井が高く、一部屋一部屋が広すぎた。
 業務用冷蔵庫みたいな金属の扉の前に立つと、俺を感知して扉はひとりでに開いてくれる。
 それはいいんだけど、問題は中だ。
 大体が夜逃げした後みたいな感じで、なんかの機械があったんだろうな、としか想像できない台座やチューブの束、空の巨大ポッドくらいしか俺を出迎えてくれなかった。
 いや、未知の海洋モンスターか飛び出てきて喰われるとか、そういうパニックホラーはごめんだけど、あまりにつまらないし、疲れる。
「飯も夜逃げ済みだったりして」
 静かすぎて淋しいので、思ったことを口にしてみる。
 勿論誰も返事はしてくれなかった。

 回廊の中央にあるエレベーターで何階層か降り、倉庫らしき部屋をしらみつぶしに探している時だった。
「お?」
 新しく開けた室内は、今まで見てきたものと少し毛色が違う。
「資料室、いや、サーバールームか?」
 独り言も増えてきた。ここに飯はなさそうだけど、なんか気になる。
 大型装甲車が悠々停車できそうな空間から、何本もの六角柱が生えている。
 俺の背丈の二倍はありそうな灰色のそれは電子部品で構成されているのか、ときたま表面に青く小さな四角い光を点滅させていた。
 部屋のもう半分には硝子のような素材できた透明な棚があり、中には何かよくわからない機材が飾られている。
 マーキナーの頭部を分解したような、マザーボードで作ったアートと言われたらしっくりくる謎物体だ。
 ハズレか。
 もう独り言にすら飽きた俺が部屋を出ていこうとすると、ケースの一番端にあったあるものが目に飛び込んできた。
「えっ」
 無意識に声が出る。
 だ。
 超旧型ラップトップ。
 どこが膝の上仕様なのか分からないほど厚ぼったい二つ折り。
 背面にはかつて地球で有名だった電子機器メーカーのロゴ。
 間違いない。
 これは俺の故郷からやってきたレリックだった。

 もう誰も戻ってこないなら、いいよな。
 俺は足を上げ、右足にすべての体重をぶつけるつもりでケースに蹴りを入れた。
 よかった。特殊な材質じゃない。
 俺が踏んだところから蜘蛛の巣状にひびが入り、二、三回続けて蹴るとついに穴が開いた。
 そこから手を伸ばしてラップトップをひったくる。挿しっぱなしの黒い充電ケーブルがだらりと宙に浮き、俺はそれを急いで巻き取った。
 これが展示室行きじゃないってことは、何かの実験で使っていたことになる。
 これはまだ動くのか。
 というか電源はどこだ。
 俺はラップトップを片手に部屋をうろうろすると、六角柱の一本からヴンと重たい軌道音が鳴った。
『アーカイブを閲覧しますか?』
 六角柱からにゅっとソケットが突き出てくる。
 俺を何、いや、誰と認識したんだろう。元の持ち主か。わからない。
 コロッサスがセキュリティシステムを根本からぶっ壊したのか、俺は何の確認もなく機械遺物の中身を確認できるようだった。

 ラップトップの中身は意味不明の言語が入った計算シートやそもそも開けないアプリばかりだった。
 中身も旧世代のまま、というわけではなさそうで、現地触手にがっつり弄られているようだ。
 その中でもひとつだけ見知ったマークのアイコンがある。
 手帳型のイラスト。メモか日記だろう。
 そこにカーソルを合わせてタップすると、あっさりと中身が表示された。
 俺でも読める、見知った言語。というか、俺か俺の同郷じゃないと読めないだろう。
 かつて地球には国があり、それぞれに言語も異なっていた。
 もしかしてろくにパスワードをかけていなかったのは、簡単に理解できるものじゃないからということなのか。
 俺は表示された私的すぎる文章を、若干申し訳ない気持ちで読み始めた。

 30 9 2443
 久しぶりに外出が許された。
 時化ているときは外出できないと、強く言われて部屋に閉じ込められていた。
 午後は釣りに出掛けた。
 廃材で作った割にはいい出来の竿と一緒に屋根へ上る。
 カルシフがついてきた。海に落ちて死んだら俺の責任になるからとか、ずっとそんなことを言っていた。
 魚影があるのに釣れず、やはり餌が必要というと、カルシフが自分の身体の先端を千切ってきた。
 すぐ生えるらしい。
 触手人(僕の命名)の生命力は恐ろしい。
 カルシフの触手を餌にしたら、海老に似た青紫の生き物がぶわっと寄ってきて、気味が悪かったので釣りをやめた。
 海老もどきはカルシフが食べた。
 僕も食べればよかった。

 3 10 2443
 カルシフがとても落ち込んでいた。
 また幼体が死んだ、とずっと言っていた。
 触手人にはよくあることらしい。
 でもカルシフは耐えられないと落ち込んでいた。
 あまりに可哀想なので、僕は体調が悪いと言い、夜間も看病してほしいと申請した。
 部屋に残ったカルシフと一緒に夜を過ごすことにした。
 僕に出来ることはそれくらいだ。

 《12 10 2443 ―18 2 2446 データ移行済 極秘研究資料認定のため閲覧不可》
 《19 2 2446 ―1 11 2448 データ移行済 極秘研究資料認定のため閲覧不可》

 13 1 2451
 新しい監視員は無口だ。
 僕のことを異星の原始動物みたいに扱う。
 冗談で「隠していたが、僕は体内に恐ろしいウイルスを持っている」と言ったら検査に回されてしまった。
 嘘をつくのはやめよう。
 カルシフは元気だろうか。
 彼の幼体が僕との面会を申し入れてきた。
 明日が楽しみだ。

 14 1 2451
 触手人は知能の成長がとてつもなく早いようだ。
 人間とは比べ物にならない。
 会いに来てくれた幼体は、カルシフそっくりの青い身体をしていた。
 最近機械生命体がいろんな星を飛び回って争っていると言っていた。
 アニメみたいでカッコいいな、僕の星でも昔そういうアニメが大人気だったと言ったら、子供だねと言われた。
 僕が子供のころ戦士型ロボットのパイロットになるのが夢だったと言ったら「ああいうのを動かせたら最強かもね」と言われた。
 ロマンがわかる。
 やっぱり僕の子だ。僕のDNAは一切入ってないんだけど。
 
《データが復元できませんでした》
 
「うーん……」
 床に胡坐を掻いて、文字通り膝の上にラップトップ置いていた俺は、他人様の日記の中身に何とも言えない唸り声をあげていた。
 殆ど穴抜け、しかも何やら重大そうな情報は抜き取られている。
 数少ない情報から分かるのは、この日記が書かれた当時はまだマーキナーが飛来する前だということ、ニンゲンにうっかり中出し黒歴史をやらかした触手の名前がカルシフということくらいだった。
 そして今思い出したんだけど、俺はこういう情報を元に連れてこられたんだった。
「閲覧不可、じゃねえんだよ」
 この余計なことまで記録してそうな日記の主だ。
 絶対ヤった時のこと書いてる。
 どうやったら無事で済むのか、そもそもケツ穴に幼体の卵かなんか突っ込まれて大丈夫だったのか、そこのところを教えてほしい。
「待てよ……?」
 研究もクソも無くなった今、俺がスタイロベートにケツ貸す理由も無くなった、のか?
 そう考え付いた途端、扉の向こうから硬く重い足跡が響いてきた。

 つづく
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