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第十四話 同胞

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 が現れたとき、私は全身が縮み上がりそうだった。
 体内にある水分全てが搾り取られ、カラカラの干物になってしまいそうだ。
「……誰?」
 私に抱えられたままのフタウラ君が心配そうに見上げてきた。
 なんとか平静を装いたいが、胸部装甲内の触腕が忙しなく蠢いてしまう。
「なぜ、貴方がここに」
「前に言ったじゃないか。この任務、変わってやろうかって」
 殆ど武装を外したマーキナーだが、ニンゲンにとって巨大で威圧的なことに変わりはない。
 無遠慮にずんずんと近づいてくるマーキナーにフタウラ君が身を引き、私の胸部装甲にぺったりと半身をくっつけた。
「おー、これが君のペットかあ。ニンゲンを選ぶ奴は少ないんだよな。変わってるな、キミ」
 彼が大きく平べったい腕部を伸ばし、かぎ爪の如く鋭い指をフタウラ君へと伸ばす。
「あの、怯えていますので、離れていただけますと」
「ええ? この顔威嚇じゃないのか?」
 フタウラ君、今どんな顔してるんだ。
 あと意地でも喋ってやるもんかって思っているんだろうな。フタウラ君には案外天邪鬼なところがある。
「なんだよ酷いな。俺もキミと同じ故障者リスト入りの可哀想な身の上だっていうのに、冷たいじゃないか」
「仰っている意味が分かりません」
「機械みたいな返答するなよ。俺達はだろう?」
 重そうな両手を広げた重量級のマーキナーがおどけて見せる。
 言動の何もかもがマーキナーらしくなく、不気味だ。
 暗い色調の機体カラーも相まって、私には彼が不幸を運ぶ死神にしか見えなかった。
「本当に、マーキナー……?」
 フタウラ君が訝し気な声を発する。
 私も同じことを思っていた。
だとも。識別番号もきちんとある。キミと同じ地球で製造したパーツを多く使ってるよ。通称機体名コロッサス。キミのご主人の・上官だ」
 コロッサスと名乗る真紫の巨人は子供を相手にするような態度でフタウラ君に接してきた。
「元?」
「元?」
 私とフタウラ君の声が重なる。
「ペットは飼い主に似るんだな。面白い。しかし迎えが来てしまった。作業員居住区まで運ばれてやろうじゃないか」
 遮光ガラスの向こうにマーキナーも格納できるコンテナのような輸送機がゆっくりと着陸するのが見えた。

「で、何から聞きたい?」
 薄暗い輸送機内は先ほど乗っていた船とさほど変わりがない。
 むき出しの部品や管が搭乗者のことなど考えていないと告げている。
 私は横長のフラットシートに腰かけ、太腿部分にフタウラ君を乗せてしっかりと両手でガードしつつ、コロッサスと向かい合った。
 フタウラ君も指の隙間から彼のことを注意深くうかがっているようだ。
 実際はすでに海底でスクラップと化している諜報員に気安く声をかけてくるこのマーキナーが一体何者なのか、彼のデータにさえ確かなことは残されていない。
 私の成りすましがどこまで通用するのか。
 私は十分に間をおいてから、一つの質問を発した。
「なぜこの星に来られたのですか?」
「キミと同じ仕事をしに来た。階級なんか捨てて、戦闘の無いところでやり直したかった。勿論キミにはキミのミッションがある。それに協力することが条件で、ガラクタ街に着任したというわけ。これでいいかな?」
 今乗っている輸送機は恐らく敵軍のものだろう。
 通称機体名コロッサスも偽名のようだ。
 どこで何を聞かれているのか分からない。
 コロッサスがはっきり私と同じくスパイ行為をしに来たと口にしないのはそのためであると判断した。
 しかしおかしいのは、なぜ一兵卒でもないマーキナーがここに降りてきたかということだ。
 “階級なんか捨てて”は本当のことだろう。
 何らかの目的で私もといこのスパイ作戦に追加投入されるよう働きかけ、実現させた。
 一体何を考えているのか。
 フタウラ君は常々、マーキナーを感情に乏しい冷血な殆ど機械と変わりない存在と評しており、そういう意味で表情や腹の内が読めないと言っていた。
 だが、目の前のコレは違う。
 私には彼がマーキナー族という大きな細胞の寄り集まり内で産まれた異常細胞に思えてきた。
「貴方ほどの方が戦地から離れるとは。信じられません」
「キミもそうだろ? 戦いが嫌になった。上の連中が言うところの、コア機能不全。リサイクルされないだけマシだ。それに、新兵器の組み立てに携われるなら間接的に戦闘をしているともいえる。俺達も辛うじて戦闘機械種族マーキナーとして生きていられるということだ」
「なんか、全部が違うな。さっきの連中と」
 フタウラ君が私だけに聞こえるよう、声を潜めてコロッサスと船内にいたペット連れのマーキナー達を比較する。
「ニンゲン君、キミ、今俺の悪口言ってただろ?」
「いえ。そのようなことはございません。貴方がとても溌剌しているということを話しておりました」
「溌剌、かあ。そんなこと初めて言われたよ。やっぱりここに来る同胞はどこか他とは違うな」
 フタウラ君の擁護をする私に怒るでもなく、コロッサスはのんびりと構えている。
 一体この機体の中身は何だ?
「詳しい身の上話はおいおいやろう。キミ達、腹減ってるんじゃないのか? 特に小さいキミ。まずは餌を買って帰ることからスタートだな」
 一貫して他種族生命体をワンランク下の存在と認識している所だけは、実にマーキナーだった。

 生臭い。
 ガラクタ街は文字通り廃材でできた街だった。
 機械生命体達の建築物なだけあって、装飾も面白みも皆無の長方形な住居と加工場ばかりだが、大小さまざまなそれが無秩序に続く街は、どこか鍾乳洞にも似ていた。
 その中でも道路に面した一角にはペットショップと生鮮食品取扱店が並び、陸に生息する有蹄類特有の匂いが漂っている。
「なんだよここ……」
 フタウラ君も独特の匂いに何度も鼻を鳴らしていた。
「俺のように加工エネルギーブロックで動かないだろ、キミは。ここはペットと単純作業が生きがいの半壊マーキナーの街だ。部品削ってもペットには良いもの食わせるのが慣例とデータにある」
 コロッサスがある店舗に近寄り、冷凍ケースの中を覗き込んだ。
「フタウラ君、君が食べられそうなものはありますか?」
「わかんねぇよ……何の肉なんだよアレ。それより、お前は」
 本当に小声で私の身を案じるフタウラ君がいじらしい。
 私の主食は主に甲殻類だが、水生生物の肉がここにあるのかさえ分からなかった。
「私のことは心配しないでください。蓄えはあります」
 私とフタウラ君が話していると、コロッサスが戻ってきた。
「少し値段はするが、雑食のニンゲンのために種類豊富な培養フード店が奥にある、と案内データに載っている。海の幸、山の幸。俺にはさっぱりだけど、には必要な栄養素なんだろ?」
 先ほどからずっと纏わりつく不快感と不信感の正体。
 それはやはり、こちらの動揺を観察するかのようなコロッサスの言葉だ。
 このマーキナーには分かっているのだ。
 私が外観通りの生物ではない、偽りの同胞だということが。
 それならばなぜ、泳がせているのだ。
 泳がせるなら泳がせるで、私の成りすましに感づいていることを匂わせてくるのはなぜだ。
 何もかもが謎のまま、私とフタウラ君は目的の店を目指す。
 我々はマーキナーと異なり、他者の血肉で生きながらえる生粋の有機生命体だからだ。
 私はしっかりとフタウラ君を抱えなおした。

 つづく
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