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第八話 潜入
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私が紳士的にフタウラ君へ手を差し伸べたとき、彼は盛大に顔をしかめてみせた。
「い、行くってどこに」
「勿論船です。この星から脱するための」
私の言葉に、フタウラ君が疑り深そうな眼差しで見上げてくる。
「本当にあるんだろうな、それ」
「はい。所有者は私ではありませんが」
「どういう事?」
「お恥ずかしいことに、私に一個人でスペースシップを所有できるほどの余裕はありません。ですので、文字通り便乗しようかと」
「つまり?」
「マーキナーの船を使います」
私は故郷からここに来るまでの間、幾度か機体を乗り換えている。
いずれも機械生命体としての生涯を閉じた抜け殻を利用した。
故郷から離れるときはスクラップのフリをし、資材運搬船に乗り込んだ。
バトルステージを開拓することに余念のないマーキナーも神ではない。
修理に必要な部品が製造できなければ、同胞の死骸から部品を失敬することもあるようだ。
そうして私は星々をめぐりつつ、死にかけや死んだマーキナーの身体に入り込んでは、密航を繰り返していた。
「アース行きの船に乗り込むのは大変でしたが、負傷者も多かったので助かりました。今の機体もここで現地調達したんですよ」
「もしかして、帰り道も同じようにしようと思ってるのか?」
「はい。この機体は偵察中に撃墜され、海に落下したものでした。私がスクラップから抜け出してこっそり食事を摂っている時に落ちてきたんです。これも運命ですね。この“彼”は現在行方不明者扱いです。なので実は生きていたんだよ、という感じでマーキナーの星間連絡船に乗り込みたいと思います」
「無理あるだろ!?」
「案外イケると思うんですよね。大丈夫、マーキナーを納得させるシナリオは考えてあります。この機体も私も潜入のプロですからね。スニーキングミッションと行きましょう」
「不安しかない……。あ、俺はどうなるんだよ。マーキナーの船がここを出る日まで、近くで隠れてろってこと?」
「まさか。君の搭乗スペースはきちんとあるじゃないですか」
私が胸部装甲を右手の拳で軽く叩くと、往生際の悪いフタウラ君は「げぇ」とか「嘘だろ」とか、しばらく喚いて私の周りをぐるぐる歩き回っていた。
フタウラ君は散々迷った挙句、私に乗ることを決めた。
彼に帰る場所も行く当てもなかったことが、フタウラ君の背中を押したようだ。
彼の少ない荷物を絡めとり、フタウラ君を胸部パーツ内、つまり私の身体に埋もれさせる。
『こないだみたいに変なことするなよ』
フタウラ君の声が装甲内に反射する。
「わかりました」
私も神ではないので痛覚はしっかりある。
フタウラ君よりタフでもしんどいものはしんどい。
それに、今からマーキナー所有の基地に潜入するのだ。
私はフタウラ君を弄りつつ機体を動かせるほど器用でもなかった。
すっかり乾いた機体の脚部ブースターは問題なく動いた。
私はフタウラ君を懐に収めたまま快調に曇天の空を飛ばす。
『もっとゆっくりできない?』
「大丈夫、ニンゲンが潰れるほどのGはかかりません」
『いやそうじゃなくて』
「怖いなら手を繋ぎましょうか?」
私は細分化させた触手の一端をフタウラ君の右手に這わせ、指と指の間に潜り込ませた。
手を繋ぐとはこれで合っているのだろうか。
ニンゲンには親しい同類の手を握り合う習慣があると聞く。
フタウラ君はしばらく何か言っていたが、私にまみれながら抵抗らしい抵抗をすることはなかった。
よかった、嫌われてはいないみたいだ。
しばらく飛ぶと、私の頭部へ耳障りな警告信号が流れ込んできた。
恐らく基地からだろう。
マーキナーは信号で私の身分を提示するよう求めてくる。
私はこの機体のIDとセキュリティーコードを発信した。
『なあ、随分かかってるけど、もう着いた?』
「そろそろです。私が見ているものを共有できたらよかったのですが」
『いいよ別に。ここぬめぬめしてるけど、寝ようと思えば寝られそうだったし、まだかかるなら寝ようかなって』
なんと図太い。
しかしニンゲンがこの星で繁殖した理由は、このような生命維持活動への欲求が強いからなのかもしれない。
「眠っていても構いませんが、すぐにマーキナーの基地です。会話はいったんやめましょう」
『えっ』
「そして、万が一私が分解されそうになった時、すぐに逃げられるよう起きていた方がいいと思います」
『怖いこと言うなよ。なあ、大丈夫なんだよな? な?』
「しー」
ニンゲンは唇の前に指を立て、息もれを出すことで相手に黙れというサインを送るらしい。
音だけで私の意図を理解してくれたフタウラ君は、不服そうに唸るとそれきり黙ってしまった。
ニンゲン同士のするコミュニケーションが通じたことに浮かれかけていた私だったが、眼下には面白みのない巨大建造物が広がっている。
マーキナーがニンゲンの軍駐屯地を奪取し、自らのものに改造した忌まわしい基地だ。
私はフタウラ君を抱えたまま、基地の第一ゲート前へと降り立った。
〈勇敢なる同志よ。よくぞ帰還した。ロスト中の偵察結果を報告してもらおう〉
頭部から受信した信号が全身に降りてくるこの感覚は、何時まで経っても慣れない。
強制的に脳へ文字を流し込まれているようだ。
私は野外で名も知らぬ灰色のマーキナー達に囲まれ、そこから一歩進み出た地位のありそうなマーキナーと会話していた。
元は滑走路だったのだろう。地面はダークグレーの舗装に消えかかった白いマーキングが施されている。
その奥に後付けされた基地は、景観や装飾という概念のない巨大な四角の寄り集まりだった。
なんてつまらない建物なのだろう。
フタウラ君に見せてあげたいくらいだ。
きっと私と同じ感想を抱いてくれるはずだ。
しかしそれより先に私にはやることがあった。
<報告内容は最重要機密である。本星に帰還し、本営へと直接伝達させてもらう>
私は兵士になったことがない。
傍受した信号を真似し、何とか言葉を絞り出す。
<理解不能。諜報部といえど君は私の指揮下にある。報告せよ>
言うと思った。
ニンゲンはマーキナーを無感情な冷血マシーンと思っているようだが、実は違う。
知的生命体である以上、一定の感情と自尊心を持ち合わせている。これが私の見解だ。
ニンゲン的に言えば、目の前のマッシブな彼は今怒っているのだ。
不正な処理を働いた異分子と認定される前に、彼らを黙らせなくては。
<作戦のため秘匿されていた情報を開示する。新たなIDを提示する>
海で拾ったいいもの。
それは死んだマーキナーのパーソナルデータを収めたコアだった。
〈AFOXL…〉
暗号化されたコールサインを発信。
一般兵機体は微動だにしないが、流石に本営情報へのアクセス権を僅かながら持っていそうな一機はどうも不服そうに口を噤んでいるように見えた。
〈本機は本営直下の特派員である。作戦名および活動記録の一切をアース派遣兵と共有することを許されていない。本機は明日本営へ向けて帰還することを命じられている。星間連絡船の手配を本日中に行うように。これは本営の命である〉
ああ疲れる。
とても無茶苦茶なことを言っているのは分かるが、命令で押し切りたいところだ。
〈……了解〉
私と同じく彼らに表情はない。
だが、渋々という気持ちだけは伝わってきた。
命令が通ったなら、ダメ押しでお願いをしてみよう。
〈本機のリペア用に独立したハンガーを用意してもらいたい〉
〈了解〉
これはすんなり通った。
本当にマーキナーの頭の中はわからない。
私は微動だにしないフタウラ君の体温を感じながら、寒々とした巨大建造物内へと足を踏み入れた。
つづく
「い、行くってどこに」
「勿論船です。この星から脱するための」
私の言葉に、フタウラ君が疑り深そうな眼差しで見上げてくる。
「本当にあるんだろうな、それ」
「はい。所有者は私ではありませんが」
「どういう事?」
「お恥ずかしいことに、私に一個人でスペースシップを所有できるほどの余裕はありません。ですので、文字通り便乗しようかと」
「つまり?」
「マーキナーの船を使います」
私は故郷からここに来るまでの間、幾度か機体を乗り換えている。
いずれも機械生命体としての生涯を閉じた抜け殻を利用した。
故郷から離れるときはスクラップのフリをし、資材運搬船に乗り込んだ。
バトルステージを開拓することに余念のないマーキナーも神ではない。
修理に必要な部品が製造できなければ、同胞の死骸から部品を失敬することもあるようだ。
そうして私は星々をめぐりつつ、死にかけや死んだマーキナーの身体に入り込んでは、密航を繰り返していた。
「アース行きの船に乗り込むのは大変でしたが、負傷者も多かったので助かりました。今の機体もここで現地調達したんですよ」
「もしかして、帰り道も同じようにしようと思ってるのか?」
「はい。この機体は偵察中に撃墜され、海に落下したものでした。私がスクラップから抜け出してこっそり食事を摂っている時に落ちてきたんです。これも運命ですね。この“彼”は現在行方不明者扱いです。なので実は生きていたんだよ、という感じでマーキナーの星間連絡船に乗り込みたいと思います」
「無理あるだろ!?」
「案外イケると思うんですよね。大丈夫、マーキナーを納得させるシナリオは考えてあります。この機体も私も潜入のプロですからね。スニーキングミッションと行きましょう」
「不安しかない……。あ、俺はどうなるんだよ。マーキナーの船がここを出る日まで、近くで隠れてろってこと?」
「まさか。君の搭乗スペースはきちんとあるじゃないですか」
私が胸部装甲を右手の拳で軽く叩くと、往生際の悪いフタウラ君は「げぇ」とか「嘘だろ」とか、しばらく喚いて私の周りをぐるぐる歩き回っていた。
フタウラ君は散々迷った挙句、私に乗ることを決めた。
彼に帰る場所も行く当てもなかったことが、フタウラ君の背中を押したようだ。
彼の少ない荷物を絡めとり、フタウラ君を胸部パーツ内、つまり私の身体に埋もれさせる。
『こないだみたいに変なことするなよ』
フタウラ君の声が装甲内に反射する。
「わかりました」
私も神ではないので痛覚はしっかりある。
フタウラ君よりタフでもしんどいものはしんどい。
それに、今からマーキナー所有の基地に潜入するのだ。
私はフタウラ君を弄りつつ機体を動かせるほど器用でもなかった。
すっかり乾いた機体の脚部ブースターは問題なく動いた。
私はフタウラ君を懐に収めたまま快調に曇天の空を飛ばす。
『もっとゆっくりできない?』
「大丈夫、ニンゲンが潰れるほどのGはかかりません」
『いやそうじゃなくて』
「怖いなら手を繋ぎましょうか?」
私は細分化させた触手の一端をフタウラ君の右手に這わせ、指と指の間に潜り込ませた。
手を繋ぐとはこれで合っているのだろうか。
ニンゲンには親しい同類の手を握り合う習慣があると聞く。
フタウラ君はしばらく何か言っていたが、私にまみれながら抵抗らしい抵抗をすることはなかった。
よかった、嫌われてはいないみたいだ。
しばらく飛ぶと、私の頭部へ耳障りな警告信号が流れ込んできた。
恐らく基地からだろう。
マーキナーは信号で私の身分を提示するよう求めてくる。
私はこの機体のIDとセキュリティーコードを発信した。
『なあ、随分かかってるけど、もう着いた?』
「そろそろです。私が見ているものを共有できたらよかったのですが」
『いいよ別に。ここぬめぬめしてるけど、寝ようと思えば寝られそうだったし、まだかかるなら寝ようかなって』
なんと図太い。
しかしニンゲンがこの星で繁殖した理由は、このような生命維持活動への欲求が強いからなのかもしれない。
「眠っていても構いませんが、すぐにマーキナーの基地です。会話はいったんやめましょう」
『えっ』
「そして、万が一私が分解されそうになった時、すぐに逃げられるよう起きていた方がいいと思います」
『怖いこと言うなよ。なあ、大丈夫なんだよな? な?』
「しー」
ニンゲンは唇の前に指を立て、息もれを出すことで相手に黙れというサインを送るらしい。
音だけで私の意図を理解してくれたフタウラ君は、不服そうに唸るとそれきり黙ってしまった。
ニンゲン同士のするコミュニケーションが通じたことに浮かれかけていた私だったが、眼下には面白みのない巨大建造物が広がっている。
マーキナーがニンゲンの軍駐屯地を奪取し、自らのものに改造した忌まわしい基地だ。
私はフタウラ君を抱えたまま、基地の第一ゲート前へと降り立った。
〈勇敢なる同志よ。よくぞ帰還した。ロスト中の偵察結果を報告してもらおう〉
頭部から受信した信号が全身に降りてくるこの感覚は、何時まで経っても慣れない。
強制的に脳へ文字を流し込まれているようだ。
私は野外で名も知らぬ灰色のマーキナー達に囲まれ、そこから一歩進み出た地位のありそうなマーキナーと会話していた。
元は滑走路だったのだろう。地面はダークグレーの舗装に消えかかった白いマーキングが施されている。
その奥に後付けされた基地は、景観や装飾という概念のない巨大な四角の寄り集まりだった。
なんてつまらない建物なのだろう。
フタウラ君に見せてあげたいくらいだ。
きっと私と同じ感想を抱いてくれるはずだ。
しかしそれより先に私にはやることがあった。
<報告内容は最重要機密である。本星に帰還し、本営へと直接伝達させてもらう>
私は兵士になったことがない。
傍受した信号を真似し、何とか言葉を絞り出す。
<理解不能。諜報部といえど君は私の指揮下にある。報告せよ>
言うと思った。
ニンゲンはマーキナーを無感情な冷血マシーンと思っているようだが、実は違う。
知的生命体である以上、一定の感情と自尊心を持ち合わせている。これが私の見解だ。
ニンゲン的に言えば、目の前のマッシブな彼は今怒っているのだ。
不正な処理を働いた異分子と認定される前に、彼らを黙らせなくては。
<作戦のため秘匿されていた情報を開示する。新たなIDを提示する>
海で拾ったいいもの。
それは死んだマーキナーのパーソナルデータを収めたコアだった。
〈AFOXL…〉
暗号化されたコールサインを発信。
一般兵機体は微動だにしないが、流石に本営情報へのアクセス権を僅かながら持っていそうな一機はどうも不服そうに口を噤んでいるように見えた。
〈本機は本営直下の特派員である。作戦名および活動記録の一切をアース派遣兵と共有することを許されていない。本機は明日本営へ向けて帰還することを命じられている。星間連絡船の手配を本日中に行うように。これは本営の命である〉
ああ疲れる。
とても無茶苦茶なことを言っているのは分かるが、命令で押し切りたいところだ。
〈……了解〉
私と同じく彼らに表情はない。
だが、渋々という気持ちだけは伝わってきた。
命令が通ったなら、ダメ押しでお願いをしてみよう。
〈本機のリペア用に独立したハンガーを用意してもらいたい〉
〈了解〉
これはすんなり通った。
本当にマーキナーの頭の中はわからない。
私は微動だにしないフタウラ君の体温を感じながら、寒々とした巨大建造物内へと足を踏み入れた。
つづく
応援ありがとうございます!
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