機械生命体に擬態した触手系人外に捕まってしまいました

青野イワシ

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第七話 ボミング

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 いくら外観が立派でも中身がポンコツじゃ意味がない。
 結局触手は触手。思考能力も乗っ取ったマーキナーに依存してんだろ。脳みそ少なそうだもんな。
 家に帰るまで、俺はそう高を括っていた。

 収穫ゼロどころかロボ擬態キモ触手に身体を弄られた後ナンパされるという特大のマイナスが発生し、俺は精神も身体も限界だった。
 シャワーで妙につるつるした身体を洗い、残念な結果の収支をつけ、お世辞にも空気の巡りがいいとは言えない半地下の部屋で眠る。
 明日からまたジャンク探しだ。
 もちろん変態野郎との約束なんか守るつもりはない。
 一生待って干からびればいい。
 しばらく港湾エリアへ近づかないようにしよう。
 そう考えながらごわついたタオルケットにくるまって、眠気を受け入れていた。

 泥のように眠っていた俺をたたき起こしたのは、ポータブルデバイスが鳴らすアラーム音だった。
 ヒトを不快にさせるためだけに生まれてきたようなメロディーが爆音で流れ続ける。
 俺はひとり悪態をつきながら枕元に手を伸ばし、デバイスの画面を見る。
 それは企業からの緊急避難勧告だった。

 まだ空に星が残っている薄暗い明け方、外には家財を運び出すヒトの姿が目立った。
 マーキナーの戦闘エリアを予測し通知するシステムが次の戦闘エリアと判断したのは、俺の住むここだった。
 なぜ? という疑問と一緒に、前に言った俺の言葉が俺を刺してくる。
『こんなとこで銭貯めたって明日は地下都市ごとドン! かもしれないのに。健気だなー』
 俺はバカだ、あの触手ロボよりも。
 この辺一帯で立派な家を建てるやつなんかいない。
 儲かってそうなジャンク屋でさえ、廃墟に間借りした露店のような店構えだ。
 企業はぶ厚いシェルターの下に隠れている。
 マーキナーが飛来したが最後、俺たちは何もかも吹っ飛ばされてしまう。
 ここしばらくはマーキナーがヒトの居住地外で暴れることが多く、油断していた。
 あいつらもそれなりに配慮ってものがあるのかもしれないとさえ、思っていた節がある。
 そんなわけないだろ。
 どうして俺は金が貯まるまでここに住み続けられると思ってたんだろう。
 自分で自分を殴りつけたい気持ちでいっぱいだった。
 だけど、そんな自傷行為をしている暇さえない。
 あと十時間。
 企業の偵察ドローンに搭載されたAIの予測では、半日も経たないうちにマーキナーが飛来する。
 港湾エリアで敗北した陣営にとってはここがデッドラインなんだそうだ。
 知るか! 他人ん家の上でドンパチすんな!
 いったん地上に出てアラームが誤報でないことを確認した俺は、荷造りがてら新たな居住エリアをデバイスで検索する。
 廃都市にはいくつかインフラの通った仮住居が登録されている。
 それを整備かつ運営しているのは勿論企業達だ。
 こいつらはこういう時、商売人より公人めいた振る舞いをする。
 取引のある企業が持っている仮住居を抑えられないか登録サイトを覗いてみたが、そこには絶望的な文字しか表示されなかった。
 定員に達しました。
 受け入れはできません。
 あらゆる仮住居を検索しても、どこも同じ。
 中には企業社員登録情報を求められるものもあり、俺はすでにフリーランスの住処など最初から勘定に入ってなかったことを知った。

 金目のものをバックパックにまとめ表へ出ると、空は白み始めていた。
 ジャンク屋の装甲トラックが土煙を上げて走り去るのが見える。
 外をうろつく人影も減り、排気音を立ててどこかに向かう車の音だけが崩れかけた建物の隙間から聞こえては遠ざかっていく。
 俺は、俺はどこに行けばいい?
 どこでもいい、居住エリアに向かって空き家に住み着き勝手に電気と水道を引いてくることも、出来なくはない。
 でも見つかったが最後、リンチを受けて死ぬんだろうな。
 俺が見た目通りの完全サイボーグなら、大立ち回りの末に見逃してもらえたりするのかもしれない。
 だけど駄目だ。
 俺は完全な人間だから。
 ヘルメットを割られてみろ。
 未改造だとバレてみろ。
 切り売りされるか、それとも家畜以下か。あの触手の苗床になったほうがいいくらいの──。
 そこまで考えて、俺の身体がぶるりと震えた。
 スーツを着て暑いはずなのに、鳥肌と寒気が止まらない。
 もうここには誰もいない。
 そう思っていたが、廃材の寄せ集めで建てられたバラック小屋の影から、何かが揺れながら通りに姿を現した。
「おっほ。まだ、仲間が、いたとはねェ」
 茶色い防砂シートを被ったヒト型の生き物だ。
 顔は良く見えないが、しわがれた声からするにいい歳の男だろう。
 布から除く脚部はカバーが外れ、中の部品が露出している酷い有様だった。
 手にはスキットルに似た鈍色のボトルを持っている。
 メンテ代より酒代、しかも工業用アルコールに手を出した半壊サイボーグと見た。
 とにかく関わってはいけないタイプだ。
「あんたも宿無し。オレも宿無し。あと九時間三十二分五十二秒の命だ。一緒に飲もう」
「……。俺はアルコールじゃ動かないように造り直したんだ。ごめんな」
「いいよォ。またな。あの世で会おうな」
 よかった、攻撃的な酔っ払いじゃなくて。
 小屋の前でしゃがみ込んだおっさんを背に、俺は家の裏手にある半地下のガレージに向かう。
 とにかくここにいてはいけない。
 どこか、安全な。
 そこまで考えたところで、脳内に巨大な影がよぎった。
 スタイロベート。
 あいつ、あいつは……。
 焦燥感と虚無感で呆然としつつあった俺の心にかっと熱いものが宿った。
 
 港湾エリアまで無心で車を飛ばす。
 燃料の消費とか、そんなもんどうでもよかった。
 みんな逆方向へ逃げたのか、湾岸道路に車両の姿はない。
 まだ港にはマーキナーの残骸が転がってそうなもんなのに、流石の剥ぎ屋連中も住処を確保する方に走ったようだ。
 これがの差ってやつ?
 俺は生身であることを悟られないことばかり考えていて、バディも居なければ飲み友達もいなかった。
 別にそれでよかったんだ。俺の最終目標はここから居なくなることだったから。
 でも今回ばっかりはそれが仇になった。
 企業に籍があるやつは勿論、そいつらと深いパイプがあるやつは今回の戦線移動を前もって知っていたに違いない。
 警報を鳴らす前、信頼度に劣る情報でもアドバンテージは大きい。
 俺は車に乗り込む前、企業との取引アカウントを解約した。
 こんなもんに一銭だって払いたくない。
 そしてもっとムカつく奴がいる。
 すべてを見透かして泳がせていたような、マーキナーより性質の悪い生き物。
 絶対問い詰めてやる。

 俺があのドッグに到着したとき、奴は壁にもたれかかりながらアンニュイな様子で立っていた。
 まさに待ちぼうけを食らっているニンゲンの仕草で、それにもちょっとカチンときた。
 いや、遅刻したの俺だけど、ちょっと言わせてほしいことがある。
「お前、知ってたな!」
 コイツの前でサイボーグを気取る必要もない。
 よく声が通るようにヘルメットを外して声をかける。
 すると、マーキナーの姿をした変態は頭部の隙間から蜘蛛の眼みたいに沢山あるカメラアイをチカチカ点滅させて首を傾けた。
 いい加減その「なんですかぁ?」みたいなすっとぼけ仕草やめろ。可愛くないんだよお前は。
「知ってた、とは?」
「とぼけんな。お前、マーキナーの機能が使えんなら、あいつらのやりとり盗聴とかできんだろ?」
「フタウラ君には脱帽です。しかしなぜ感服するとヒトは帽子を脱ぐのでしょう」
「俺の質問に答えろよ。お前はマーキナーの戦線移動を知ってた。居住エリアに来ることも。なあ?」
 こくごはもうたくさんだ。
「その前に、どうしてそう思うのですか?」
「お前、というかその機体、戦闘特化じゃないだろ。武器もしょぼかった。お前が今操ってるのはマーキナーの中でも偵察要員だ。ステルス機能とか信号誤認機能とか、そういうの使ってここまで潜入してきたんだろ? 違うのか?」
 俺の言葉に、がん、がん、がん、と金属と金属がぶつかり合う硬い音をさせながら奴が拍手した。
 最高にムカつく。
「そこまで分かるなんて、フタウラ君、君は最高のパートナーです」
「お前さあ……。じゃあその最高のパートナーが流れ弾で死んでもいいのか? マーキナーが来るから安全なところを教えてあげるよ、が正解だろ!?」
「フタウラ君、何か忘れていませんか?」
「何が」
「私に嘘をついたじゃないですか」
「え」
「君の居住エリア、ランドマークのある旧市街地ではなかったんですか?」
 しまった……。
「君の言う通り、現在の私が乗るコレは偵察と斥候に用立てられていたようです。この辺の地形、ニンゲン居住エリア、敵軍駐屯地など様々な情報が記録されていました。君がすでにマーキナーの戦闘で破壊され、ニンゲンが寄り付かなくなった旧市街地に家があると言った時、私はすぐに嘘をつかれたと気づきました」
 カメラアイの点滅がゆっくりになった。
 怒ってんのか?
「あの時の君を詰問してもいい結果にならなかったでしょう。ですから、私は賭けに出ました。平たく言えば、君が現在の住処を失うと分かれば、私のところへ来ざるを得ないと思ったのです。私たちは運命で結ばれているので、きっとまた会えると思いました。よかったです」
 変態サイコ電波触手。
 こんなやつに俺は縋ろうとしてたのか。
 鉄の巨体が屈み、俺に右手を差し出してくる。
「さあ、一緒に行きましょう」

つづく
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