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第六話 住処

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 フタウラ君の挙動は実に愉快だ。
 我々には表情というものが無いため、彼が眉間に皺を寄せたり、眦と吊り上げたり、大口を開けたりする様は見ていて飽きない。
 笑顔という友好的な表情をいまだ見られていないことだけが残念だ。
 仲が深まればいずれ見せてくれるだろう。
 何しろ天文学的な低確率で出逢った我々だ。
 仲良くならないわけがない。
 それに、私が言葉遣いを誤るたびに訂正してくれるところを見ると、彼は律儀な世話焼きであり、出逢ったばかりの私を気遣う優しさも持ち合わせているようだ。
 彼と私はとても似ている。
 孤独であり、硬い外殻がないと生きていけない。
 今は文化的な差異でうまくかみ合っていないが、私たちはすぐに打ち解けられるだろう。
 私たちは主人公であり英雄であり救世主であり、とにかく運命の二人だからだ。

「俺だって地球ここから出られるならそうしたいよ。でもさあ、知らない星に連れてかれて触手の苗床になるくらいなら、ここでくたばったほうがマシだ。説得してくれるだけ良心があるんだろうけど、俺は行けない」
 彼は大気を汚す煙が立ち上る焚火の前で、怒りとも悲しみともつかない顔で私の誘いを断った。
「フタウラ君、君は勘違いをしています。我々はマーキナーと違い、他種族を尊重するコモンセンスを持ち合わせています。私は野生動物を生け捕りに来たハンターではありません。ともに次世代を担う運命のパートナーを探しに来たのです」
 フタウラ君は凄い。
 顔を顰めるだけで、一言も発さずに「お前は何を言っているんだ」を表現できるのだから。
 私の顔はカメラアイを多く搭載しているものの、表情筋に相当するギミックが全くない。
 今度改造でもしてみようか。
「難しかったですか? 少しお待ちください」
 私は学習し、頭部メモリーに保存した情報からこの地に最適なスラングを見つけ出す。
 コアに癒着した私の身体は、毛細血管のように伸びた触手と電子部品とが交じり合い、電気信号を通じてマーキナーの機能を引き出せるようになっている。
 無論、本家のように高度なことはできないが。
「コン、婚活、という言葉に置き換えられます。いかがですか?」
「婚活触手ロボってなんだよ……」
 なんだ、と言われても困る。
 私はただ、私と故郷を幸せにしたいだけだ。無論一緒に暮らすパートナーもだ。
「まずさ、いきなり出てきた奴に捕まえられて、一緒に故郷の星に行こうっていわれて頷くバカいるか? それに、大事なパートナー候補の身体弄りまくった後に言うのかよ! 婚活なんかもう滅びてるけど、だとしてもお前ハズレ中のハズレだからな!」
「パートナー候補が危険種であるかどうかを検査することの何が問題なのですか?」
「あぁもう……お前地球向いてないよ……」
 フタウラ君がその辺に落ちていた染みのある古びた布を焚火の中に投げ入れる。
 古臭い油の匂いが私たちの間に漂った。

「どうやってここまで来たか知らないけど、帰るあてがあるんだろうな? 船とかあんの?」
「星間連絡船に搭乗する帰還ルートはあります」
「ふうん」
 フタウラ君は萎びた雑草のように投げやりな態度だ。
 しかし私には分かる。地球脱出というまたとない機会に、彼の心が大きく揺さぶられていることを。
「私の故郷は多くの水源を湛えた静かな星です。勿論ニンゲンが暮らせる生命居住可能領域ハビタブルゾーンも十分にあります。同族の繁殖をお手伝いしていただくだけで、自然豊かで静謐な生活が送れます」
「自然豊か、ね」
 フタウラ君の顔から表情が消えた。
 彼が何を考えているのか全く読み取れない。
「……騙されたつもりで乗ってやってもいいよ」
「本当ですか」
「ただし、着の身着のままってわけにもいかないしなー。俺だって持ってきたい物の一つや二つあるし」
「大型の物はさすがに」
「デバイスと着替えくらいだよ。あのさ、明日またここに集合でいい? 荷物まとめてくるから」
「明日、ですか」
「何? 俺が逃げると思ってる? これから一緒に過ごす大事なパートナー候補のこと信用できない? そんなんじゃこの先やってけないよ?」
「……」
 もし私がニンゲンだったなら、彼の動作や口調から嘘の匂いを検知できるのだろうか。
「構いません。明日の現時刻にここで待っています。ちなみに君の居住地はどこですか? もし遅れそうなら迎えにいきます」
「マーキナーの恰好で来られても困るんだけど……」
 彼は私に大まかな居住エリアを話してくれた。
 残念ながら、私にはその情報が嘘だと分かる。
 私が今暮らしているマーキナーが調査した生命体居住エリアとかなり離れたポイントだ。
 かつてニンゲンが暮らした高層建築の残骸しかない。今はマーキナーの戦闘エリアかつ墓場である。
 彼は知らないのだ。
 ニンゲンの居住地が割れていて、かつ数少ないことに。
 フタウラ君は私の話に興味があるフリをして、この場を切り抜けようという結論に至ったようだ。
 その事実にコアと融合した最奥の触手が絡まって引きちぎられる思いがした。
 だが、運命は定まっているから運命と言える。
 
 マーキナーの暗号通信を傍受した私は、彼の申し出を快く受け入れた。
 
 翌日。
 私は廃乾ドッグ内でフタウラ君を待っていた。
 夜は海中に潜り、マーキナー達の哨戒をやり過ごすついでに食事も摂った。
 汚染された海でも逞しく生きるエビや小魚はそれなりの味だったが、文句ばかりも言っていられない。
 それに、海中ではいいものをいくつも拾えた。
 海水の透明度が高ければ、ここも私の故郷とそう変わらなかっただろう。
 そう思いながら砂の上で眠りについた。
 そして海風に撫でられながら今、彼を待っている。
 待ち合わせがこんなに胸躍るものだとは思いもしなかった。
 ひとつ、通常の待ち合わせと異なるのは、待ち人がここに来る気がなさそうだったということだ。
 しかし、フタウラ君は私を裏切らないだろう。
 これは第六感からくる妄想ではなく、根拠があってのことだ。
 もしかするとフタウラ君はここまでの道中、あの世へ旅立ってしまうかもしれない。
 私が彼を守ろうとしても力になれるどころか、いい的になって、かえって彼の迷惑になるだろう。
 ただひたすらにフタウラ君の無事を祈り、待つ。
 その行為が儀式めいた神聖なものに感じられ、私は厳かな気持ちで壁に背を預けていた。
 
 昼前、約束の時間から約一時間ほど遅れてフタウラ君は姿をみせた。
 彼はパワードスーツで全身を覆い、その背には黒いバックパックを背負っている。
 私は「待った?」や「今来たとこ」というやりとりをしてみたかったのだが、それはフタウラ君に阻まれてしまった。
 フタウラ君はヘルメットを外すや否や、顔中に流れる汗もそのままで私に詰め寄る。
「お前、知ってたな!」
 おや。
 一体何のことでしょう。

 つづく
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