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第五話 コミュニケーション

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 俺はなんてバカだったんだろう。
 人間同士でさえ分かり合えないのに、宇宙人と健全なやりとりなんかできるわけない。
 見た目はマーキナー、中身は激キモ謎触手生命体に取り込まれ、好き放題されたと思ったら、次にされたのは自己紹介だった。
 あなたのおなまえは? をする順番がおかしいだろ。あんなことしといて。
 どういう目的なのかわからないけど、俺の口ん中に触手を突っ込んできたり、チンポ扱いてきたり、挙句の果てにケツまで掘ろうとしてきた奴は、俺が何を言っても「どうかしましたか?」といった感じのすっとぼけをかましてくる。
 この星の文明が一度ぶっ壊れて、ぎりぎり残った無法地帯で暮らす俺たちにもルールはある。
 他人の物を盗ったらいけないとか、いいよって言われてないのに穴にちんちんもどきを突っ込むとか、そういうのはダメなんだよ。わかるか?
 でも、このマーキナーですらない何かに俺たちのルールを説いても意味ないんだろうな。
 ほんとインベイダーの振る舞いなんだけど、こいつの何がキモいって、自分のことをとても礼儀正しい生命体を思っていそうなところだ。
「スタイロベート?」
 聞きなれない名前だ。名前というより、何かの形容詞に思える。
地球アース風に訳すとそうなります」
 これだ。俺優しいだろ? と言いたげなこの感じ。
 ガワだけデカロボなのに、妙に生々しい返答。
 人間と喋ってるときの、無意識に含まれた感情が匂ってくる。
 なんとなくだけど、こいつは正真正銘のイキモノだと感じた。
「呼びにくければスタイでもスターでも構いません。あ、スターと呼ばれるのはちょっと恥ずかしいですね。特別輝くヒトという意味で使われているんですよね?」
 お前さあ、そのでスターはないだろ。暗黒星雲のほうが似合ってる。どっちも恥ずかしいけど。
 スターというのも、俺にとっては古語だった。
「聞いたことない」
「そうですか。それで、君の名前は?」
 しつこいな。
 薄着の上にこいつの粘液でびっちょびちょになった体から急速に熱が引いていく。
 俺は一つくしゃみをした。
 名乗りたくない。
 でも、お前なんかに教えてやらねーという子供じみた真似もできない。
 今の俺は武器も防具もない、弱い肉の塊だったからだ。
 偽名でいいか。
 でも、なぜかそれをすると一生偽名で呼ばれ続けそうという予感が頭によぎった。
 そんなのどっちでもいいのに。
「……フタウラ」
「フタ・ウラ?」
「違う。分けない」
「そうですか。フタウラ。どのような意味を持っていますか?」
 二浦。漢字で書くとこうなる。
 周りで使ってるやついないけど。
「二個の、入江っていうか、海岸っていうか、そんな感じ。よく知らないけど」
 なんで俺は震えながらこいつに苗字のこと説明してるんだろ。
 あと、死んでも下の名前は教えてやらない。
 これが俺ができる最後の抵抗だった。
 情けない。
 
「フタウラ君。唐突ですが、君は安全検査に合格しました。私と一緒に来てもらいます」
「ちょっと理解できない」
「ここで会ったが百年目、ということです」
「それずっと探してた敵にいう言葉なんだけど」
「えっ、あ、そうなのですか?」
 もしかしてこいつ、すげーバカなのか?
 バカが超高性能機械生命体の体と火力をもって動いてんのか?
 俺はいろんな意味で泣きたくなった。
「俺にわかるように説明してくれよ。あとスーツ着ていい? 寒い」
「わかりました説明します。スーツの着用は上半身だけにしてください。そこに燃料がありますから、寒ければ焚火をしてください。点火は手伝います」
 こいつ、俺が逃げることを想定してやがる。
 本当に読めない寄生体だ。

 かろうじて燃えそうな廃材を集め、錆びてはいたが中身の残ったオイルライターで火をつけた。
 骨董品も骨董品だが、電子部品が不足したときにある地域で復権したらしい。
 ここで避難生活をしていた人間は一体何者だったのだろう。
 携帯用コンロや寝袋を放りだして逃げたところを見ると、金はあるがろくでもない身の上だったようだ。
 その辺に白骨化して寝てなきゃいいけど。
 全然癒されない汚い焚火の前に、俺はアンダーウェアのまま三角座りをした。
 逃げられないのなら、濡れたままスーツを着ることもない。
 奴は俺の横に俺と同じポーズで座ってきた。
「――で、なんで俺があんたと一緒に行かなきゃいけないんだよ。というかどこに? その前に何モンなんだ?」
「私に興味があるようですね。うれしいです」
 頼む、質問に答えてくれ……。
「私はあるハイセアン惑星から来た、そうですね、君たち風にいうと海洋生物の一種です。目的地は私の故郷です。なぜ君を連れていくかというと、大雑把に言えば繁殖のためです。お分かりいただけたでしょうか」
 分かるわけねーだろタコ。タコ寄生虫。
 火にあたっているのに、俺の寒気は止まらない。
 とにかくマーキナーの面で繁殖という言葉を使うのが恐ろしく似合っていなかった。
「繁殖って……その……」
「我々は今、絶滅の危機に瀕しています。幼体は成体となる前に弱り、適合した殻を選ぶことなく死んでいきます。私は専門外なのですが、研究によると幼体はある一定期間、有機生命体の体内で保護すると生存率が上がるのだそうです」
 待て。待ってくれ。聞きたくない。
「この結論に至るまでのサーガはおいおい説明しますが、ニンゲンの体内が一番適していると、同胞は判断しました。ですので、ニンゲンの生まれ故郷にやってきたわけです」
 わけです、じゃねえんだよ。
「あのさ、その、俺は男で、その、雄で、そういう、なんていうか」
 言葉が出ない。言ってはいけない何かが喉に刺さっている。
「我々は雌雄同体です。ちなみに私は吐精するときの感覚が一番好きなので、雄か雌かと聞かれたら雄だと思います」
 知るか。きっしょ。絶滅しろ。
「ニンゲンにとっては大変失礼な発言だと思いますが、我々はニンゲンの器官内のスペースがあれば、それで十分なのです」
「え?」
「俗な言い方ですが、穴があればそれでいいといいますか」
 クズ過ぎる。
 ギャラクシークズ。
 ヤリチンでも言葉選ぶぞ。 
 何がスターだ、いい加減にしろ。
「そんな顔しないでください。私は性欲だけで動いているわけではありません。これからの未来を共に歩める運命のヒトを探しに来たのです。どうか私と一緒に来てください。あの惑星を救えるのは、君しかいないのです」
 小さい頃、寝る前に思い描いていた夢がある。
 夢というか、妄想。
 神々しい美人で超巨乳の女神様とかが、お願い! この星を救って! と俺に頼んでくる。
 俺はわけもわからないまま別の世界に連れてかれて、いろんな女の子から惚れられちゃって、困ったなーみたいな感じで……。
 でも俺に救いを求めてきたのは、機械生命体のフリした射精大好きヤリチン触手生物だった。
「嫌だ……」
「はい?」
「絶対嫌だ……」
 こんな奴の苗床になるなら、死んだほうがマシだ。
 切腹ってどうやる。知らない。
 頼む、本物のマーキナー。
 どうかこの偽物を撃ち抜いてくれ。
 俺が焚き火の前でダンゴムシのように丸くなって現実逃避をしていると、頭上からうーんだのえーとだの、いかにも困ってますという声が聞こえてきた。
「あの、体を乗っ取ったりとか、二度と動けなくなるとか、そういうことは無いです。君たちの繁殖方法とそう変わりはありません。君の場合、結構・・便秘が続いたあとに排せ──」
「もう黙ってくれよ!」
 想像したくないことのオンパレードだ。
 下ネタには二種類あると思うが、どっちの要素もある話を知らないやつからされる事ほどキツいこともない。
「あとさぁ、何で俺がフリー前提で話すんだ!? 俺にも家族がいるとか考えないのか!?」
「はあ。居ても居なくても構いません。あまり多くは運べませんが、希望するなら一緒に行きましょう。向こうで新たなパートナーも見つかるでしょう」
 こいつ……!
 この寄生野郎と会ってから、ずっと引っかかっている違和感のようなものの正体を今ハッキリと感じ取れた。
 恐ろしいまでの自己中心主義。
 こいつは俺と会話していない。
 俺に自分の都合を通知しているだけだ。
 だから俺がイエスでもノーでもどうでもいい。
 やることは変わらない。
 俺が無駄な抵抗をするかしないか、それだけ。
 俺は生まれて初めて人間であることを悔しく思った。
 改造なんか真っ平だ。
 それはもう俺じゃない。
 ずっとそう思ってきたのに、機械生命体を操る化け物に舘内できないこの身体が今は憎かった。
「それでご家族は何名」
「いねぇよ」
 実際居ないが、居たとしても言わない。
 だれが変態触手に触らせるか。
「本当ですか? これを機に一族郎党アース脱出するのも良いアイデアだと思いますが」
「あーそー。天国の親父とお袋は喜ぶかもな。こんな機械まみれの汚染惑星はアースじゃないって口癖だった」
「……。御愁傷様です」
 こいつに良心があるのか無いのか。
 とにかく今の言葉でこいつがマーキナーの成れの果てでないことは確実だ。
 出自に偽りなし。
 最悪だ。

 服は大体乾いた。
 でも、俺の心の内はどろどろのままだ。
 奇跡的にスーツを装着してフルパワーでここを走り抜けたとしても、絶対に追いつかれる。
 俺に選択肢は無いのに、何故かこいつは俺の意思でこいつに従って欲しい素振りを見せ続けていた。
「君にとっても悪い話ではないはずです。現地民の君には仏の顔も三度まででしょうが」
「釈迦に説法、って言いたいのか?」
「多分それです」
 こいつ何で地球のこと学習したんだ?
 あと通じるやつも少ないぞ、それ。
「現在、マーキナーの主戦場はアースです。ニンゲンが掘り起こしてない化石燃料、天然ガス、核の修復に使える化学プラント。彼らがここから中々出ていかないのも納得です。少なく見積もってもあと百年超は彼らのイクサが続きます。この星が本当に枯れるまで」
「どうしてそんなことが分かるんだ」
「私の星も同じ目に遭いました。生憎、ミニ・ネプチューンに近い水の星でしたので、彼らはとっとと出ていきましたが」
「……」
 こいつらも被害者だったのか。
 そして侵略者の死体を動かして生きている。
 俺達の一歩先をいってる、かなりヤバいネクロマンサーかもしれない。
「君はこのままマーキナーに怯えながら暮らすのですか? 私は知っています。星外連絡船で多くのニンゲンがここを離れたことを。君もそうしたいのではないですか?」
 そうだ。
 その通り。
 アホみたいな金額の乗船チケットを買うために、危険な剥ぎ屋をやっている。
 正直ジジイなっても貯められるかどうか怪しい。
 貨幣価値は一定じゃないし、マーキナーが暴れれば暴れるほど船は出づらくなる。
 流れ弾で撃ち落とされる確率が上がり、値段もどんどん跳ね上がる。
 運命・・の変態触手に嬲られるか、機械生命体に踏み潰されるか。
 俺は人生の岐路に立たされていた。

 つづく
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