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第三話 イミテーション

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 俺が謎の機械生命体マーキナーに出会ってから、小一時間も経っていないと思う。
 その間で、本当に意味の分からないことばかり起きている。
 水中活動をしないはずのマーキナーが海から上がってくる。
 人類と会話をしないはずのマーキナーが俺に話しかけてくる。
 そして俺は今、身体の何割が機械でないのか知りたいという謎の主張をされ、巨大なハンドガンを突き付けられ、パワードスーツを脱ぐように脅されている。
 この青黒い鉄の巨人は、最初から俺が肉を残したニンゲンであることを知っているかのような口ぶりだった。
 咄嗟にいつもの嘘をついてみたけど、バラしてやってもいいんだぞって意味の脅しが加わっただけだった。
 やっぱマーキナーって冷血だな。
 俺は大人になってから初めて他人の前で素顔を晒した。
 廃乾ドックの中は潮の匂い漂うひんやりとした空気が流れていて、それは俺の鼻を通って直接体の中まで染み入ってくる。
 ヘルメットのシールド越しではない景色は、思った以上に灰色だった。
 目の前のデカい奴だけは別だけど。
「おー……。ニンゲンの顔ですね」
 マーキナーはバイザーの奥にある無数のカメラアイをチカチカさせながら、どこか嬉しそうな声を上げた。
 ヘルメットの奥から馬の頭とか、不定形のスライムとか出てきたらぶっ放されてたんだろうか。
 コイツの狙いがよく分からない。
「あの、素顔出したんだから、それ下ろしてくれない?」
 嬉しそうな様子を見せつつも銃口をこちらに向けることをやめるそぶりを見せないマーキナーが怖い。
「いえ、私は君がニンゲンかどうかを確認したいのではなく、何割が自然のままの肉体なのかを確認したいのです。それが叶うまでこのままです。次は、胴体の装備を外してください」
「ひとつ、いい?」
「はい」
「俺が本当に首から下は全部機械だって言ったら、どうする?」
「……。分解してみます。そこまでハイスペックなら、痛覚も切れるでしょう。確認後は元通り組み立てますからご安心を。こう見えて細かい作業は得意なんですよ」
 ヤバい。
 マーキナーは感情の欠落した戦闘機械集団というのは本当らしい。
「そ、その、なんでそこまでするっていうか、逆に俺が全然サイボーグじゃないって思うの何で?」
 ずっと思ってたけど、コイツは最初から俺の中身を見透かしてるようで、ちょっと、いや結構キモかった。
 スキャンとかで見えてるんだろうか。なら脱げとか言わないでほしいんだけどな。
 俺の問いかけに、マーキナーはいっちょ前に「うーん」と悩む素振りを見せた。
 そして、俺が一切予想していなかった答えを投げつけてきた。
「勘、ですかね」
「勘!?」
 勘? 直感? シックスセンス的な?
 マーキナーが使うとは思えない言葉に、俺の脳みそがフリーズした。
「あ、いや、予測です。統計学から算出した結果です。ニンゲンっぽいなあって」
 なんだこのアホアホ回答は。
 ぽいとか言うな。
 こいつ、本当にマーキナーなんだろうか?
 でも、今問い返している余裕はない。
 ふざけたことを言っているが、いまだに一ミリも銃口はブレずに俺の頭を狙っている。
 中身はともかく、こいつの持ち物だけは本物なことは、今までずっとマーキナーの持ち物を漁っていた経験から分かっていた。
「何でもいいけど、俺ののことは誰にも言わないでくれると助かる」
「ここには知り合いもいませんからお喋りする相手もいないので安心してください。でも、どうしてですか? 犯罪者か何かですか?」
「俺、前科ないよ」
 俺は脇腹や肘のつなぎ目を押し、パワードスーツの連結部分を解除していく。
 俺の鎧は多少筋力補助の役目はあっても、殆どイミテーションだ。
 肩、腕、胴、背中と部品を取り外してゆき、少し汗で湿った薄手のインナーが露わになる。
 とにかくスーツの中は蒸れるので、極力薄いものを着ていたかった。
「もう分かってんだろうけど、俺、一切弄ってないよ」
「それは、つまり、百パーセント天然ニンゲンということですか?」
 ヒトを牛肉みたいに言うな。
 バイオ牛だって今は貴重だな、そういえば。
「そうだよ。……もしかして、マーキナーのあいだでも流行ってんのか、無改造生物売買」
 こいつらは戦闘するために領地取り合いをするのが生きがいで、それ以外興味がないと勝手に思っていた。
 けど、今最悪の事態に陥っているのかもしれないと気が付いたとき、全身の汗がすっと温度を失って冷えた気がした。
「売買? いいえ。マーキナーは他の有機生命体に興味はないと思います。興味がないので、どこの星もをバトルステージにするだけだと、私は考えています」
「じゃあ何でアンタは俺の生身割合なんか知りたいんだよ!?」
「個人的なことです。今はとにかく下も脱いでもらえますか? 無理やり脱がせて足を折りたくはないので」
「……」
 俺の背中に悪寒が走った。
 海沿いの冷えた空気に汗が冷やされたからじゃない。
 もしかして、マーキナーの中でも突然変異って生まれるんだろうか。
 戦闘以外に興味を持つ、変態製造ラインがあったりするんだろうか。
 俺は黙ってレガース部分を外し、部品との摩擦を避けるためのロングスパッツと靴下を変異個体の前にさらした。
 ただ黒いインナーで覆われただけの身体が、本当に頼りないと思ってしまった。
 もう俺を守ってくれるものは何もない。
 できるならその辺のジャンクの影に身を隠したかったが、それより先にマーキナーの手が俺に伸びていた。
「やめろっ!」
「暴れないでください。うっかり潰したら大変です。ちょっと触って確認するだけですから」
 ハンドガンを仕舞ったマーキナーは、片手で俺を掴むと、もう片方の手の指で俺の腹や顔をつついてくる。
 奴なりに最大限に力を抜いているんだろうけど、それでも鋼鉄の指先でグイグイ押されるのは結構きつかった。
「おおー、柔らかい。君はまだ若い個体ですね。造形も悪くはないです」
「さっきからちょいちょい失礼だよな」
「失礼?」
 ヤケクソになった俺の独り言をマーキナーが拾って首をかしげている。
 生まれてはじめて言われた、みたいな仕草に腹が立った。
 七メートル弱の男声マッシブ戦闘機械生命体がする“きょとん”はあざとさより不気味さの方が勝る。
「何が目的なのか分かんないけど、もう十分だろ……。あんたの知的好奇心を満たしてやったんだから、下ろしてくれよ」
 俺はできるだけ哀れっぽく聞こえる声色で懇願してみたが、デカブツの反応は芳しくない。
「私はニンゲン観察をするために、君に装備を外してほしいと頼んだわけではないのです」
「じゃあ何で」
 マーキナーの口は重い。
 まあ俺と同じ口なんかついてないんだけど。
「私は一族の命運をかけ、私の運命を探しに来ました。きっと君がそうなのだろうと九割程思ってはいるのですが、浅ましい私はまだ他も探した方がいいのでは、君に秘密を打ち明けるのは時期早々なのでは、と考えてしまうのです」
 何を言っているのか全く分からない。
 そしてマーキナーは俺を解放する気もなさそうだ。
 噂だけど、外宇宙には悪意を持った生命体が星々に向けて毒電波を流し続けていると聞く。
 こいつもソレで中の機器が狂っちゃったのかもな。
 それはそれでピンチすぎる。
 俺はどうしたらいいんだ。
「やはり君のような完全無改造生物は少ないのでしょうか」
「そりゃそうだろ。改造済みからしたら俺らは珍獣だよ、珍獣」
 ただ珍しいだけならいい。
 ずっと生身でいることは、それだけでリスキーだった。
「珍獣……」
「なに、ニンゲンがサイボーグになるまでの昔話とか無改造主義者たちの末路とかを講義しなくちゃいけない感じ? その辺でマーキナーが戦ってるのに?」
 相変わらずマーキナーの表情は読めない。
 ニンゲンと同じような皮膚もなければ目鼻口も異なる。
 騎士の兜みたいな頭部に着けられた覗穴の向こうから、いくつかの光が点滅するだけ。
「詳しい事情は分かりませんが、つまり君は無改造であることを隠して生きている。柔らかい生身を殻に押し込めて、俺は全身改造済みだぞ、と見せかけながら」
「嫌な言い方するなあ……」
 端的にまとめられて、ちょっとムカつく。
 かっこつけでやっているわけではないんだ。
 そのとき、機械部品であるはずのカメラアイが、まるで笑ったように優しい光を発した気がした。
「そうですか。君は私と同じですね」
「は?」
 マーキナーは酷く感じ入った様子の声を発する。
 そしてゆっくりと俺を地面に下ろすと、片膝をついて屈んだまま俺に頭部を寄せてきた。
「君が秘密を話してくれた代わりに、私も君に秘密を見せます」
 いや別に話したくてそうしたわけじゃなくて。
 俺がためらいがちにマーキナーを見上げると、奴は自分の胸部装甲に手をかけた。
 そこは本来ならマーキナーのコアが格納されている重要な部分だ。
 昔見た、生命体ではないロボット兵器のアニメで言えば、大体パイロットが居る部分だ。
 バキッ、と不吉な音をさせ、マーキナーは胸部装甲を剥す。
 外開きのドアのように開かれた中身を、至近距離で見せつけられた。
 そこには機械部品もコアもコックピットもない。
 装甲の中には、赤黒い触手がみちみちに詰まっていた。

 つづく
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