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第一話 ヤドカリ
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久々に旧商業エリアへ足を運ぶと、天高くそびえていた筈の高層ビルがぽっきり折れていた。
折れた、というより切断されたと言った方が正しいのかもしれない。
高さ三百三十メートルもあった古のランドマークタワーは、その半分を削り取られ、青みがかった窓ガラスは粉々に砕け散っていた。
でも、可哀想なのはそいつだけじゃない。
銃弾でハチの巣になったやつ、砲撃で大穴を開けられたやつ、何かに押しつぶされて粉々になったやつ。
ここら辺のビルはみんな死んでいた。
昔道路だった道には粉塵が積もり、標識という標識は全て叩き伏せられている。
ここが何という地名でこの先何キロメートル進めばどこに行けるのか、もう誰も知らない。
でもそんなことはどうでもいい。
大事なのは“今”だ。
ここで小競り合いがあったのは間違いない。
頼むよ、腕の一本でも落としといてくれよ。
機械生命体の亡骸を拾って生活している身としては、奴らのほどよい不幸を願う毎日だった。
この星はかつて水の惑星と呼ばれていた、らしい。
じゃあ何で地球っていうんですか? と質問すると「そういうのを屁理屈っていうんだ」と老人に怒られた記憶がある。
俺がナチュラリスト・コロニーで産まれたころには、既にこの星はマーキナーのバトルステージになっていた。
辛うじてヒトの形をした鉄の巨人。
それがマーキナーだ。
体長約七メートル。
今は市街戦特化で小型化もしているらしい。
大昔のニンゲンはAIが暴走してロボットが反逆し人類に牙をむく話が好きだったみたいだけど、残念なことに地球はマーキナーがもたらす圧倒的な破壊力でボロボロにされてしまった。
マーキナー曰く、わざとではない。補給のために寄ったら邪悪な敵軍が攻撃を仕掛けてきたのでやむを得ず応戦したらこうなったとのこと。
今はもうどんな軍があって何のために戦っているのか、地表を這うアリと化した俺達には分からなかった。
ウン十億いた人類の大半は消え、生き残ったニンゲンに残されたのは砂漠と汚い海と廃都市くらい。
でも生き汚いニンゲンたちは、過酷な環境に適応するため、サイバネティクスを駆使して体の殆どを機械化して生きながらえている。
これじゃあどっちが機械生命体なのか分からないけど、本家はそんなことどうでも良さそうだった。
まあ確かに、ヒト型に擬態するミジンコが発見されましたって言われても、学者以外は「へえ」としか言わないと思う。
そんなわけで哀れな人類は廃都市やわずかな水源に身を寄せ合って暮らしているわけだが、やっぱり問題になるのは身体のことだった。
マーキナーに死者を悼むという慣習はない。
奴らは動力源の核というやつがダメになると死を迎えるそうだ。
例えば鉄の土手っ腹にミサイルを撃ち込まれて風穴が開いたら、そいつは仲間からジャンクへ格下げになる。
奴らは泣いたり怒ったり花を手向けたり坊主を呼んだり墓穴を掘ったり一周忌に親族で集まって献杯なんかしない。
まだ点滅するカメラアイを踏みつけ、次の攻撃に備えるんだ。
血も涙もない。
俺はどうかと思うな。
生命体名乗ってるなら、カメラアイからオイル流す機能くらい搭載したほうが良いと思う。
でもその冷血漢共のお陰で俺達も心置きなく死体拾いが出来ている。
壊れたマーキナーの部品を剥ぎ取り、卸すのが俺の仕事だ。
危険、きつい、高収入。
これが次世代の3K。
明日死んでもいいやつ、俺と一緒にマーキナーをバラそうぜ!
連絡待ってます。
「これ何に使えると思う?」
「ま、溶かせば何とかなるだろ」
天井が吹き飛んだ雑居ビルの一階に幌を張った簡易ジャンク屋には、所狭しと機械の内臓が積まれている。
この店の売れ筋は脚部の関節とカメラアイ。
ジャンク屋のオヤジもそうだけど、大半のサイボーグは膝関節に問題を抱えてる。あと眼。
太腿と両腕がデザート明細の部品に置き換わっている髭面のオヤジは、俺からブレードの破片を受け取ると、それを大事そうにぼろ布で包んだ。
「いやー、まさかこのご時世に刃物とはねー。マーキナーにもサムライスピリッツがあんのかな?」
「サムライ?」
聞きなれない単語を耳にしたオヤジが双眼鏡のような丸いカメラアイをキュルキュルと絞った。
いけね。しゃべりすぎた。
「あー、なんか、昔カタナっていうブレードで戦う剣士がいた国があったらしいよ」
「へえ」
「いやあ、手術するときさ、そっちの方のヒトですねって言われて。まあもう脳みそくらいしか生身じゃないから、確かめようがないんだけど」
俺はパワードスーツのヘルメットを撫でながら笑い声をあげる。
困ったら笑ってごまかす、これが一番。
「まあな、フタウラなんてナマエ、俺も聞いたことねぇしな」
オヤジは俺のファミリーネームが言いにくいようだ。
「今更ルーツに思いをはせても無駄だね。それより、その金属片が幾らになるかが重要だ。高性能サムライボーグは維持費もかかるんだよ」
俺は三分の一だけ本当のことを口にする。
なんでもぶった切れそうなあの金属片の値打ちが気になる点だ。
「こいつは店に並べてても仕方ねぇからな。明日企業技師の回収車が来るから、その時次第だなあ」
「いっつも安く買い叩くんだよな、あいつら。こんなとこで銭貯めたって明日は地下都市ごとドン! かもしれないのに。健気だなー」
これも嘘。
俺は喉から手が出るほど金が欲しい。
金が無ければ、船にも乗れない。
それから俺ははぎ取った腕部のパーツをオヤジに売渡し、埃っぽい露店街を歩いてねぐらに帰った。
「あ˝ぁ……」
元は金持ちの家の車庫だったらしい半地下の居住スペースに帰った俺は、ヘルメットを外して深く呼吸をした。
もう蒸れて蒸れて熱い。
体に装着した煩わしい機械の鎧も剥ぎ取り、手作りの鎧かけへそれを置く。
深緑色の鎧を脱いで、汗にまみれた生身の身体をごわついたタオルで拭った。
いくら筋力増強アシストがあるとはいえ、ごつくて重いスーツを一日中着ているのは窮屈で仕方ない。
いっそ本当に体を機械化すれば、この煩わしさからも解放されるのかもしれないが、それは俺のポリシーに反する。
手つかずの生身であること。
それがヒトとして生きていると言えることだと、俺は強く教わってきたし、俺も強くそう思っている。
あとちょっとの辛抱だ。
金が貯まったら、星外連絡船に乗り込む。
マーキナーがまだ汚し尽くしていないハイセアン惑星で、俺は真の生命として伸び伸び生きるんだ。
そのためには、もうしばらく全身換装サイボーグのふりをして生きていかなきゃならない。
俺は企業が宣伝のために配給している栄養素練りこみ朝食クッキーという食える粘土をかじりながら、デバイスで家計簿をつけていた。
フリーランス剥ぎ屋の辛い所は、常にチームで回収作業に当たれないところだ。
ジャンク屋で知り合った数人と行動を共にすることもあるけど、それはデカい山が出現したときくらい。
俺がハリボテを被った生身のニンゲンであることを知られたくはなかったし、分け前も減る。
まあ昔は企業が大人数でマーキナー漁りをしようと企んでたようだ。
だけどマーキナー側が、状態のいいジャンクを改造してニンゲンがマーキナーに搭乗するのでは? と危ぶんだようで、彼らも仲間の死体は程よく損壊させた後、ウロチョロするアリに一撃くれてやることも多かったという。
そんなわけで今は少人数でコソコソやるのが鉄則になってしまった。
企業も手塩にかけて製造した製品や人員が一瞬で溶けるのは割に合わないと思ってか、俺らみたいな民間の剥ぎ屋からパーツを買い付けるようになった。
いいね。これが経済活動だ!
少し前に企業がマーキナー達の自立無人兵器に似せた偵察ドローンを開発し、戦闘が起こった場合通信で知らせてくれるようになってる。
勿論利用料を払って。
あいつらは俺以上の守銭奴だ。
最近マーキナー達は港湾エリアや巨大海上都市あたりで暴れているようで、お宝が海に没していると専らの噂だった。
金のある剝ぎ屋チームは潜水艇があるらしいけど、俺は陸路オンリー。
あんまりおいしく無いけど、ドッグのなれの果てに墜落する可哀想なやつがいることを願って装甲バンを走らせることしかできない。
あいつら飛べるけど、水中戦はできないよな?
リアル背水の陣ってやつなのか。
どっちもがんばれ。程よくやられろ。水上ステージから落ちるな。俺んとこに落ちてこい。
そんなことを想いながら、俺はいつも厚ぼったい雲で覆われている港湾エリアへ車を走らせていた。
一体何が入っていたのだろうか。
横倒しになって錆尽くしたコンテナの山に潜みながら、俺はマーキナー達の戦闘を見守る。
ブースターを吹かして飛ぶマーキナーが、轟音と共に空中戦を繰り広げていた。
ドッグのどこかに潜んでいたのだろう、遠距離から赤い一筋の光が空を貫く。
「ナイスぅ」
レーザーキャノンの使い手は灰色に塗装された鉄巨人のヘッドショットに大成功。
神エイムと思いかけたが、あいつら、頭潰されても平気なんだった。
カメラが死んだだけで。
灰色はどうもヤケクソと言った様子で両肩に背負っていた無骨な箱を展開した。
複数の砲塔が扇状になり、そこから一斉に橙の火の玉が弾ける。
敵も味方も関係ねえって言ってそうだ。
頭部を失った灰色はどデカい花火を打ち上げ、そのまま急速に海面へ落下する。
大きな着水音が聞こえたが、こっちはそれどころじゃない。
砲弾が次々にコンテナを襲い、耳をつんざくほどの爆発音をあちこちで響かせていた。
下手に逃げると直撃しそうだ。
俺はコンテナの影で蹲り、砲弾の霰が消えるのを待つ。
こんな調子だから剝ぎ屋の寿命は短い。
幸い、俺のいるエリアに着弾はなかったものの、あちこちで煙が上がって石油製品の燃える嫌な臭いが立ち込めていた。
もうマーキナーが飛ぶ音も、長距離砲の軌跡もない。
「くっそ」
骨折り損のくたびれ儲け。
燃料費がマイナス。
半分分かってたことだけど、やっぱり手ぶらは厳しい。
すっかり静かになったごちゃごちゃの港で、海面が見える埠頭まで足を伸ばした。
なんか浮かんでないかな。
あの灰色はコアを撃ち抜かれてはいなかった。
パーツをぽろぽろ零しながら港に這い上がった可能性だってある。
勿論これが俺にとって都合のいい妄想なことは分かっていたが、稼ぎが減っていた俺は簡単にあきらめて帰ることが嫌になっていた。
「あー汚ったね」
青緑色をした海に透明度などない。
これじゃ溜池と一緒だ。
割れたアスファルトのギリギリに立ち、海面を見渡してみても、白い泡を立てるさざ波しか見当たらなかった。
帰るか……。
俺が踵を返そうとしたその瞬間、それはゆっくりと海の中から浮上する。
「お?」
デカくて黒い塊が、ぐんぐんと海面へ迫ってくる。
なんだ!?
もうこの海にシャチやイルカは住んでいない。あいつらは空想上の生き物になった。
これは動物じゃ、ない。
海面を覗き込んでいた俺は思わず後ずさる。
それと同時に派手な水しぶきを上げて、巨大な影が海中から出現した。
────機械生命体!
ブルーブラックの装甲に覆われた鉄の巨人が灰色の岸に手をかけ、勢いよく埠頭に降り立つ。
腰を抜かして尻もちをつく俺を、マーキナーは静かに見下ろした。
半円状の兜を被り、横一文字に開けられた覗穴の奥には、まるで蜘蛛の眼のように寄り集まった複数のカメラアイが橙色に輝いている。
死んだ。
でも死にたくない。
俺は咄嗟に両手を上げ、降参のポーズを取っていた。
つづく
折れた、というより切断されたと言った方が正しいのかもしれない。
高さ三百三十メートルもあった古のランドマークタワーは、その半分を削り取られ、青みがかった窓ガラスは粉々に砕け散っていた。
でも、可哀想なのはそいつだけじゃない。
銃弾でハチの巣になったやつ、砲撃で大穴を開けられたやつ、何かに押しつぶされて粉々になったやつ。
ここら辺のビルはみんな死んでいた。
昔道路だった道には粉塵が積もり、標識という標識は全て叩き伏せられている。
ここが何という地名でこの先何キロメートル進めばどこに行けるのか、もう誰も知らない。
でもそんなことはどうでもいい。
大事なのは“今”だ。
ここで小競り合いがあったのは間違いない。
頼むよ、腕の一本でも落としといてくれよ。
機械生命体の亡骸を拾って生活している身としては、奴らのほどよい不幸を願う毎日だった。
この星はかつて水の惑星と呼ばれていた、らしい。
じゃあ何で地球っていうんですか? と質問すると「そういうのを屁理屈っていうんだ」と老人に怒られた記憶がある。
俺がナチュラリスト・コロニーで産まれたころには、既にこの星はマーキナーのバトルステージになっていた。
辛うじてヒトの形をした鉄の巨人。
それがマーキナーだ。
体長約七メートル。
今は市街戦特化で小型化もしているらしい。
大昔のニンゲンはAIが暴走してロボットが反逆し人類に牙をむく話が好きだったみたいだけど、残念なことに地球はマーキナーがもたらす圧倒的な破壊力でボロボロにされてしまった。
マーキナー曰く、わざとではない。補給のために寄ったら邪悪な敵軍が攻撃を仕掛けてきたのでやむを得ず応戦したらこうなったとのこと。
今はもうどんな軍があって何のために戦っているのか、地表を這うアリと化した俺達には分からなかった。
ウン十億いた人類の大半は消え、生き残ったニンゲンに残されたのは砂漠と汚い海と廃都市くらい。
でも生き汚いニンゲンたちは、過酷な環境に適応するため、サイバネティクスを駆使して体の殆どを機械化して生きながらえている。
これじゃあどっちが機械生命体なのか分からないけど、本家はそんなことどうでも良さそうだった。
まあ確かに、ヒト型に擬態するミジンコが発見されましたって言われても、学者以外は「へえ」としか言わないと思う。
そんなわけで哀れな人類は廃都市やわずかな水源に身を寄せ合って暮らしているわけだが、やっぱり問題になるのは身体のことだった。
マーキナーに死者を悼むという慣習はない。
奴らは動力源の核というやつがダメになると死を迎えるそうだ。
例えば鉄の土手っ腹にミサイルを撃ち込まれて風穴が開いたら、そいつは仲間からジャンクへ格下げになる。
奴らは泣いたり怒ったり花を手向けたり坊主を呼んだり墓穴を掘ったり一周忌に親族で集まって献杯なんかしない。
まだ点滅するカメラアイを踏みつけ、次の攻撃に備えるんだ。
血も涙もない。
俺はどうかと思うな。
生命体名乗ってるなら、カメラアイからオイル流す機能くらい搭載したほうが良いと思う。
でもその冷血漢共のお陰で俺達も心置きなく死体拾いが出来ている。
壊れたマーキナーの部品を剥ぎ取り、卸すのが俺の仕事だ。
危険、きつい、高収入。
これが次世代の3K。
明日死んでもいいやつ、俺と一緒にマーキナーをバラそうぜ!
連絡待ってます。
「これ何に使えると思う?」
「ま、溶かせば何とかなるだろ」
天井が吹き飛んだ雑居ビルの一階に幌を張った簡易ジャンク屋には、所狭しと機械の内臓が積まれている。
この店の売れ筋は脚部の関節とカメラアイ。
ジャンク屋のオヤジもそうだけど、大半のサイボーグは膝関節に問題を抱えてる。あと眼。
太腿と両腕がデザート明細の部品に置き換わっている髭面のオヤジは、俺からブレードの破片を受け取ると、それを大事そうにぼろ布で包んだ。
「いやー、まさかこのご時世に刃物とはねー。マーキナーにもサムライスピリッツがあんのかな?」
「サムライ?」
聞きなれない単語を耳にしたオヤジが双眼鏡のような丸いカメラアイをキュルキュルと絞った。
いけね。しゃべりすぎた。
「あー、なんか、昔カタナっていうブレードで戦う剣士がいた国があったらしいよ」
「へえ」
「いやあ、手術するときさ、そっちの方のヒトですねって言われて。まあもう脳みそくらいしか生身じゃないから、確かめようがないんだけど」
俺はパワードスーツのヘルメットを撫でながら笑い声をあげる。
困ったら笑ってごまかす、これが一番。
「まあな、フタウラなんてナマエ、俺も聞いたことねぇしな」
オヤジは俺のファミリーネームが言いにくいようだ。
「今更ルーツに思いをはせても無駄だね。それより、その金属片が幾らになるかが重要だ。高性能サムライボーグは維持費もかかるんだよ」
俺は三分の一だけ本当のことを口にする。
なんでもぶった切れそうなあの金属片の値打ちが気になる点だ。
「こいつは店に並べてても仕方ねぇからな。明日企業技師の回収車が来るから、その時次第だなあ」
「いっつも安く買い叩くんだよな、あいつら。こんなとこで銭貯めたって明日は地下都市ごとドン! かもしれないのに。健気だなー」
これも嘘。
俺は喉から手が出るほど金が欲しい。
金が無ければ、船にも乗れない。
それから俺ははぎ取った腕部のパーツをオヤジに売渡し、埃っぽい露店街を歩いてねぐらに帰った。
「あ˝ぁ……」
元は金持ちの家の車庫だったらしい半地下の居住スペースに帰った俺は、ヘルメットを外して深く呼吸をした。
もう蒸れて蒸れて熱い。
体に装着した煩わしい機械の鎧も剥ぎ取り、手作りの鎧かけへそれを置く。
深緑色の鎧を脱いで、汗にまみれた生身の身体をごわついたタオルで拭った。
いくら筋力増強アシストがあるとはいえ、ごつくて重いスーツを一日中着ているのは窮屈で仕方ない。
いっそ本当に体を機械化すれば、この煩わしさからも解放されるのかもしれないが、それは俺のポリシーに反する。
手つかずの生身であること。
それがヒトとして生きていると言えることだと、俺は強く教わってきたし、俺も強くそう思っている。
あとちょっとの辛抱だ。
金が貯まったら、星外連絡船に乗り込む。
マーキナーがまだ汚し尽くしていないハイセアン惑星で、俺は真の生命として伸び伸び生きるんだ。
そのためには、もうしばらく全身換装サイボーグのふりをして生きていかなきゃならない。
俺は企業が宣伝のために配給している栄養素練りこみ朝食クッキーという食える粘土をかじりながら、デバイスで家計簿をつけていた。
フリーランス剥ぎ屋の辛い所は、常にチームで回収作業に当たれないところだ。
ジャンク屋で知り合った数人と行動を共にすることもあるけど、それはデカい山が出現したときくらい。
俺がハリボテを被った生身のニンゲンであることを知られたくはなかったし、分け前も減る。
まあ昔は企業が大人数でマーキナー漁りをしようと企んでたようだ。
だけどマーキナー側が、状態のいいジャンクを改造してニンゲンがマーキナーに搭乗するのでは? と危ぶんだようで、彼らも仲間の死体は程よく損壊させた後、ウロチョロするアリに一撃くれてやることも多かったという。
そんなわけで今は少人数でコソコソやるのが鉄則になってしまった。
企業も手塩にかけて製造した製品や人員が一瞬で溶けるのは割に合わないと思ってか、俺らみたいな民間の剥ぎ屋からパーツを買い付けるようになった。
いいね。これが経済活動だ!
少し前に企業がマーキナー達の自立無人兵器に似せた偵察ドローンを開発し、戦闘が起こった場合通信で知らせてくれるようになってる。
勿論利用料を払って。
あいつらは俺以上の守銭奴だ。
最近マーキナー達は港湾エリアや巨大海上都市あたりで暴れているようで、お宝が海に没していると専らの噂だった。
金のある剝ぎ屋チームは潜水艇があるらしいけど、俺は陸路オンリー。
あんまりおいしく無いけど、ドッグのなれの果てに墜落する可哀想なやつがいることを願って装甲バンを走らせることしかできない。
あいつら飛べるけど、水中戦はできないよな?
リアル背水の陣ってやつなのか。
どっちもがんばれ。程よくやられろ。水上ステージから落ちるな。俺んとこに落ちてこい。
そんなことを想いながら、俺はいつも厚ぼったい雲で覆われている港湾エリアへ車を走らせていた。
一体何が入っていたのだろうか。
横倒しになって錆尽くしたコンテナの山に潜みながら、俺はマーキナー達の戦闘を見守る。
ブースターを吹かして飛ぶマーキナーが、轟音と共に空中戦を繰り広げていた。
ドッグのどこかに潜んでいたのだろう、遠距離から赤い一筋の光が空を貫く。
「ナイスぅ」
レーザーキャノンの使い手は灰色に塗装された鉄巨人のヘッドショットに大成功。
神エイムと思いかけたが、あいつら、頭潰されても平気なんだった。
カメラが死んだだけで。
灰色はどうもヤケクソと言った様子で両肩に背負っていた無骨な箱を展開した。
複数の砲塔が扇状になり、そこから一斉に橙の火の玉が弾ける。
敵も味方も関係ねえって言ってそうだ。
頭部を失った灰色はどデカい花火を打ち上げ、そのまま急速に海面へ落下する。
大きな着水音が聞こえたが、こっちはそれどころじゃない。
砲弾が次々にコンテナを襲い、耳をつんざくほどの爆発音をあちこちで響かせていた。
下手に逃げると直撃しそうだ。
俺はコンテナの影で蹲り、砲弾の霰が消えるのを待つ。
こんな調子だから剝ぎ屋の寿命は短い。
幸い、俺のいるエリアに着弾はなかったものの、あちこちで煙が上がって石油製品の燃える嫌な臭いが立ち込めていた。
もうマーキナーが飛ぶ音も、長距離砲の軌跡もない。
「くっそ」
骨折り損のくたびれ儲け。
燃料費がマイナス。
半分分かってたことだけど、やっぱり手ぶらは厳しい。
すっかり静かになったごちゃごちゃの港で、海面が見える埠頭まで足を伸ばした。
なんか浮かんでないかな。
あの灰色はコアを撃ち抜かれてはいなかった。
パーツをぽろぽろ零しながら港に這い上がった可能性だってある。
勿論これが俺にとって都合のいい妄想なことは分かっていたが、稼ぎが減っていた俺は簡単にあきらめて帰ることが嫌になっていた。
「あー汚ったね」
青緑色をした海に透明度などない。
これじゃ溜池と一緒だ。
割れたアスファルトのギリギリに立ち、海面を見渡してみても、白い泡を立てるさざ波しか見当たらなかった。
帰るか……。
俺が踵を返そうとしたその瞬間、それはゆっくりと海の中から浮上する。
「お?」
デカくて黒い塊が、ぐんぐんと海面へ迫ってくる。
なんだ!?
もうこの海にシャチやイルカは住んでいない。あいつらは空想上の生き物になった。
これは動物じゃ、ない。
海面を覗き込んでいた俺は思わず後ずさる。
それと同時に派手な水しぶきを上げて、巨大な影が海中から出現した。
────機械生命体!
ブルーブラックの装甲に覆われた鉄の巨人が灰色の岸に手をかけ、勢いよく埠頭に降り立つ。
腰を抜かして尻もちをつく俺を、マーキナーは静かに見下ろした。
半円状の兜を被り、横一文字に開けられた覗穴の奥には、まるで蜘蛛の眼のように寄り集まった複数のカメラアイが橙色に輝いている。
死んだ。
でも死にたくない。
俺は咄嗟に両手を上げ、降参のポーズを取っていた。
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