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第一章 胎動編
【暗】 拾弐ノ詩 ~鬼札~
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日ノ本の夜景……北は蝦夷から南は琉球まで、夜を照らす都会の光が美しいイルミネーションのように輝いており、絶景である。
その景色を横目に太陰神は尚も高度をあげる。
次第に霊体はピキピキと凍てつき始め、程なくして空中停止を行いつつ太陰神は日ノ本を見下ろす。
「案山子が敗れたか……次はこの国の霊地脈ごと蹴り割ってやる……」
太陰神は既に先程大技を繰り出した高度の2倍、高度100kmに達していた。
「美しい……がこの景色も今夜までか……」
太陰神は少し日ノ本の夜景を嗜み、急降下を始める。しかし先程とは違いただ急降下するわけではない。前方に張った結界を足場に段階的に爆発的な加速、衝撃波と空力加熱による発火を伴いつつ、炎を纏い急降下していく。
赤い光を放ち、先程よりさらに巨大な大鴉の姿をした太陰神の姿は地上に居る者達、そして戦闘機にて総本部へ向けて飛行中の者達にも視認された。
空を見上げる粉雪似の女性、右手を赤い光にかざし目を細める。
「莫大な霊力を纏った爆弾……アレが勢いそのまま落ちれば総本部だけじゃない。日ノ本が崩壊しかねないですね……」
一方、戦闘機の中で最も前方を飛行する戦闘機……その操縦桿を握る女性はヘルメットの中で笑顔を浮かべ他の隊員に指示をする。
「こちら咲森、目視情報から鑑みるにアレが地上に落ちるのは非常に不味い、二号機と三号機は奴の気を逸らし時間を稼げ。一号機でアレのハブ役を貫く。オーバー」
通信を終えるのとほぼ同時に他機からの無線が入る。
「時雨隊長!死ぬ気ですか!?」
「もっと……命を大切にしましょうよ……」
時雨は笑顔を浮かべ他機へ尋ねる。
「私が死ぬと?あなた達本気で言ってるんですか?大丈夫私は死なない。五月雨も居るしね。」
操縦桿を握る時雨の背後、中学生位に見える少女が笑いながら
「みんな私なんかより戦場のお姉ちゃんのことを知ってるくせに弱音?死に場所ぐらい自分で決めれない程お姉ちゃんは弱いって?アハハハハ!!そんな訳ないじゃん!!ミスれば全員地獄行き!!さぁやろう時雨姉ちゃん!」
「ガハハハ同感だ五月雨ちゃん!あの時雨隊長が死ぬわけねぇわなw!颯、お前達三号機は右側、俺達は左側からだ絶対止めるぞ!」
「了解!!」
五月雨の声に鼓舞され二号機と三号機のパイロットが操縦桿を強く握り、二号機と三号機はそれぞれ速度を上げながら舵を切り、高度を下げてゆく。
「荒弥、あなたに一時的に指揮は託します」
「おう!了解した!!
「五月雨、遠隔からの神喰ミノ奉葬 へのハッキングはどうです?」
「いつでも行けるよ!時雨姉ちゃん」
「OK、音声繋いで。」
【紀伊第二支部】
神喰ミノ奉葬 内部……赤い照明に照らされ、緊急事態を知らせる警報が鳴り響く操縦席……
サジタリアスは目の前に表示された夥しい数の黒い画面を見ていた。その全てに「X」の白字が映し出されている。
「何だこれは!どうなっている!?」
程なくして走る足音と共に後方の扉が開かれ飛び込んできたのはジェミナイだった。
「外部からのハッキングです!神喰ミノ奉葬 全システムを乗っ取られました!!」
サジタリアスは驚愕の表情を浮かべる。
……プツン………
突然システムダウンにより使用出来ないはずの遠距離無線機器の電源が突然になり、ノイズが流れ始める。
…ザザッ…………ザーーーッ……
程なくしてノイズは小さくなると同時に通信が入る。
「ザザッ……から紀伊第二支部へ。数刻前こちらは神喰ミノ奉葬 の起動を確認した。霊力質から判断、今操縦席に居るのは天知……いやコードネーム「サジタリアス」だろう。コチラの指示に従え。チャンスは一度限り、確実に奴を仕留める必要がある。さもなければ総本部、いや日ノ本が壊滅する可能性も有り得る。」
「それは残念だな。敵味方分からないお前の指揮下に入るかどうかの判断材料が現時点では少なく決定出来ない。そればかりか神喰ミノ奉葬 へのハッキングを行っているお前達は間違いなく我々の敵と言える。それにどうやって暗部の最高機密である神喰ミノ奉葬 の事を知った?お前達は何者だ!」
少しの沈黙の後答えが返ってくる
「私達はレジスタンス。あなた達暗部の事は機密に至るまで深く存じ上げている。それを踏まえてあなた達と相容れない者達の集まりという認識で結構……」
サジタリアスは笑みを浮かべる。
「フッ……さっきお前は奴を仕留めると言った。我々暗部からしても、お前達レジスタンスからしても今総本部を襲撃している連中は敵という訳だ。いいだろう……今夜のみの共闘としようか」
「は!?何言ってるんですか!サジタリアス!!」
サジタリアスの予想外な答えに驚きを隠せず声を上げるジェミナイ。それをサジタリアスは笑顔を浮かべながら操縦席から身をよじらせジェミナイの額を軽くデコピンする。
「イタッ!何するんですか天知さん!」
「今夜限りの共闘でもいいじゃん。今回の案件は味方は多い方がいい。あとコードネームで呼びな、今はプライベートじゃないんだから」
赤面しながらプルプルと震えるジェミナイと、それを見てクスクスと笑うサジタリアス。
二人の様子を視界端の小モニター越しに見ている時雨も微笑みボソッと呟く。
「本当に二人とも変わりませんね……」
程なくサジタリアス《天知》はモニターに向き直る。
「指揮はそちらに任せる」
「心意気感謝します」
時雨の感謝の言葉と同時に神喰ミノ奉葬 の全システムが復旧する。
「フゥ………さて……やるか……」
サジタリアスは目を瞑り一度大きく深呼吸をしてから誤射防止の安全装置を解除し引き金に指をかける。
【日ノ本上空】
「颯、高度を少し上げ、速度を一定に維持しろ」
「了解」
時雨とサジタリアスが話している丁度その頃、山肌スレスレを飛行する二号機と三号機は高度を少し上げ横並びになる。
「霧墨姉妹、準備はいいか?」
荒弥はそう言いながら左手を上にあげて何やらハンドシグナルを行う。
荒弥の問に二号機と三号機、それぞれの後部座席に座る少女が返事を返す。
「……………………(電子音)」
「はい……大丈夫です……二号機は右側でいいんですよね……」
二号機に乗る黒髪の右側に白い花飾りをしてその手にはボードマーカーとホワイトボードを持った霧墨 壱華、そして三号機に乗る白髪の左側に黒い花飾りをして目を瞑った霧墨 弐葉。二人は姉妹であると同時に幼いながらも結界術専門の実力者なのだ。
彼女達をよく知る人々は皆、彼女達をこのように呼ぶ。『二人一柱の天才』と。その言葉の真意は片方だけでは他の者に劣ると言う訳では無い片方だけでも充分強いのだが彼女達が揃った場合、その戦力は異常としか言いようがないのだ。それには三つの理由である。
一つ目、共に長い時間を過した姉妹と言う関係上連携には事欠かない。
二つ目霊能力の性質が壱華が陰、弐葉が陽と対極に位置し二人揃えば陰陽系統を行使する事ができる。
この二つ目の理由は、本来起こりえないな事象である。
霊力質の陽と陰を混ざり合わせる事で規格外の効力を発揮する陰陽系統と呼ばれる系統が存在する。しかし通常は陽と陰が互いに弾き合い、もう一方から離れようとする斥力や術者の魂が少しずつ砕けていく摩耗が存在し、仮に無理矢理にでも1つの身体に双極の霊力質を宿した場合は互いの力が反発し、同時に魂が摩耗することで心身共に限界に陥る。
それは例え二人で行ったり、血を分けた兄弟姉妹で行ったりしても同じ結果になる。よってそもそも失敗時の代償が大きすぎる為それを行う者自体珍しい。
しかし彼女達は双子であり、二つの身体にそれぞれ陽と陰の霊力質を生れつき宿すと同時に互いが互いに重度の依存をしている。その双子と依存というイレギュラーは彼女達の身体に宿った霊力質の法則までもねじ曲げ代償がない行使を可能にした。それは20年前、最悪の厄災と呼ばれた死國事変の英雄、秦宮 杏子以来の逸材である。
そして三つ目、彼女達は互いに先天的に欠けた感覚を補い合っているのだ。壱華は聴覚と声帯に重度の障害を持ち、弐葉は視覚に重度の障害を持つ。彼女達は互いに手を繋ぎ情報共有を行う。勿論思考だけでなく壱華が見た景色や弐葉が聞いた音等は微弱な霊力の信号となり相手はそれを読み取る事で不自由の無い生活だけでなく、あたかも障がいなど無いかの如く戦場で動けるのだ。
霧墨壱華は左手を、霧墨弐葉は右手をそれぞれ片割れの方向に掌を向けて突き出し、もう片方の手で掌印を作る。
「兇禍陣地!斬殺呪相幣ノ紫糸」
突き出された掌から紫色のオーラが互いに向けてくねくねと揺れながら伸び、接触するとピンッと張る。それと同時に二号機は左方向、三号機は右方向に舵を切り暗部の総本部やや外側の上空を紫に光る糸を引きながら大きな円を描きつつ旋回する。彼女達の兇禍陣地である斬殺呪相幣ノ紫糸は通った場所がこれから行われる大技の枠となるのだ。
二号機と三号機はすれ違い紫色に光る円が完成すると同時に、まるでテニスのラケットのように網目状に細い紫色に光る糸が伸び、程なくして紫色に光る網を形成する。それを横目に二号機と三号機はほぼ垂直に急上昇を行い、形成された網も共に上昇する。
「なんだあれは……あの程度の術で朕を束縛できると考える者共の思考に片腹痛し、蹴り砕いてくれる」
紫糸と太陰神の距離がどんどん縮む中、太陰神は更に加速する。そしてクルッと足を下方向になるように身体の向きを変え、尋常ではない霊力が込められた右足を高々とあげる。前回と同じかかと落とし。しかし今回は速度が乗っている分、威力は桁違いである。
「禍夜戒陣!星天崩滅!!」
太陰神はかかとを振り下ろし紫糸と接触する。
地下から脱出し地上から空を見上げる霧恵達暗部隊員達然り、太陰神の氏子達然り、その全てを見た者達、一部始終を見た者達は皆一様に天から落ちてくる大鴉の勝利を予見し、衝突時の衝撃波に備えた。
しかし皆の予想とは裏腹に衝撃波は起こらなかった。そればかりか大鴉は紫糸の網をすり抜け尚も急降下している。
「他愛ない……鎧袖一触とはこの……」
嘲笑うかのように笑顔を浮かべ振り向く太陰神は紫糸を見て言葉に詰まり、突如口から黒い液体を吐く。
「何……が……」
次の瞬間、大鴉はまるでサイコロのように細切れになり空中で粉々になる。その光景を地上から見た者達は一様目を見開く。
霧墨姉妹に切り刻まれた太陰神だったが尚も再生しようと断面から黒い触手を他の霊片へと伸ばす。
「チッ……アレでも完全に倒せないか!今だ、咲森隊長!トドメを!!」
しかし荒弥の無線に時雨は答えない。
「咲森隊長どうしたんだ!」
一方その頃、時雨と五月雨は自分達が乗る戦闘機の右翼を見て硬直していた。二人の視線の先、右翼には白い服装をした女性が立っている。その脚はよく見ると鳥の足のように変形し戦闘機の外装に爪を突き刺し固定しながら片手を腰に当てている。
マッハ2の風圧の中直立不動で二人を見下ろしている。その白眼は漆黒に、そして瞳は赤く染まり、赤い波紋模様の1番外側の円環には黒い点々があり、その中を赤い光が蠢いている。まるで瞳が大量に存在するようだ。
「お初にお目にかかります足掻く者達よ」
その景色を横目に太陰神は尚も高度をあげる。
次第に霊体はピキピキと凍てつき始め、程なくして空中停止を行いつつ太陰神は日ノ本を見下ろす。
「案山子が敗れたか……次はこの国の霊地脈ごと蹴り割ってやる……」
太陰神は既に先程大技を繰り出した高度の2倍、高度100kmに達していた。
「美しい……がこの景色も今夜までか……」
太陰神は少し日ノ本の夜景を嗜み、急降下を始める。しかし先程とは違いただ急降下するわけではない。前方に張った結界を足場に段階的に爆発的な加速、衝撃波と空力加熱による発火を伴いつつ、炎を纏い急降下していく。
赤い光を放ち、先程よりさらに巨大な大鴉の姿をした太陰神の姿は地上に居る者達、そして戦闘機にて総本部へ向けて飛行中の者達にも視認された。
空を見上げる粉雪似の女性、右手を赤い光にかざし目を細める。
「莫大な霊力を纏った爆弾……アレが勢いそのまま落ちれば総本部だけじゃない。日ノ本が崩壊しかねないですね……」
一方、戦闘機の中で最も前方を飛行する戦闘機……その操縦桿を握る女性はヘルメットの中で笑顔を浮かべ他の隊員に指示をする。
「こちら咲森、目視情報から鑑みるにアレが地上に落ちるのは非常に不味い、二号機と三号機は奴の気を逸らし時間を稼げ。一号機でアレのハブ役を貫く。オーバー」
通信を終えるのとほぼ同時に他機からの無線が入る。
「時雨隊長!死ぬ気ですか!?」
「もっと……命を大切にしましょうよ……」
時雨は笑顔を浮かべ他機へ尋ねる。
「私が死ぬと?あなた達本気で言ってるんですか?大丈夫私は死なない。五月雨も居るしね。」
操縦桿を握る時雨の背後、中学生位に見える少女が笑いながら
「みんな私なんかより戦場のお姉ちゃんのことを知ってるくせに弱音?死に場所ぐらい自分で決めれない程お姉ちゃんは弱いって?アハハハハ!!そんな訳ないじゃん!!ミスれば全員地獄行き!!さぁやろう時雨姉ちゃん!」
「ガハハハ同感だ五月雨ちゃん!あの時雨隊長が死ぬわけねぇわなw!颯、お前達三号機は右側、俺達は左側からだ絶対止めるぞ!」
「了解!!」
五月雨の声に鼓舞され二号機と三号機のパイロットが操縦桿を強く握り、二号機と三号機はそれぞれ速度を上げながら舵を切り、高度を下げてゆく。
「荒弥、あなたに一時的に指揮は託します」
「おう!了解した!!
「五月雨、遠隔からの神喰ミノ奉葬 へのハッキングはどうです?」
「いつでも行けるよ!時雨姉ちゃん」
「OK、音声繋いで。」
【紀伊第二支部】
神喰ミノ奉葬 内部……赤い照明に照らされ、緊急事態を知らせる警報が鳴り響く操縦席……
サジタリアスは目の前に表示された夥しい数の黒い画面を見ていた。その全てに「X」の白字が映し出されている。
「何だこれは!どうなっている!?」
程なくして走る足音と共に後方の扉が開かれ飛び込んできたのはジェミナイだった。
「外部からのハッキングです!神喰ミノ奉葬 全システムを乗っ取られました!!」
サジタリアスは驚愕の表情を浮かべる。
……プツン………
突然システムダウンにより使用出来ないはずの遠距離無線機器の電源が突然になり、ノイズが流れ始める。
…ザザッ…………ザーーーッ……
程なくしてノイズは小さくなると同時に通信が入る。
「ザザッ……から紀伊第二支部へ。数刻前こちらは神喰ミノ奉葬 の起動を確認した。霊力質から判断、今操縦席に居るのは天知……いやコードネーム「サジタリアス」だろう。コチラの指示に従え。チャンスは一度限り、確実に奴を仕留める必要がある。さもなければ総本部、いや日ノ本が壊滅する可能性も有り得る。」
「それは残念だな。敵味方分からないお前の指揮下に入るかどうかの判断材料が現時点では少なく決定出来ない。そればかりか神喰ミノ奉葬 へのハッキングを行っているお前達は間違いなく我々の敵と言える。それにどうやって暗部の最高機密である神喰ミノ奉葬 の事を知った?お前達は何者だ!」
少しの沈黙の後答えが返ってくる
「私達はレジスタンス。あなた達暗部の事は機密に至るまで深く存じ上げている。それを踏まえてあなた達と相容れない者達の集まりという認識で結構……」
サジタリアスは笑みを浮かべる。
「フッ……さっきお前は奴を仕留めると言った。我々暗部からしても、お前達レジスタンスからしても今総本部を襲撃している連中は敵という訳だ。いいだろう……今夜のみの共闘としようか」
「は!?何言ってるんですか!サジタリアス!!」
サジタリアスの予想外な答えに驚きを隠せず声を上げるジェミナイ。それをサジタリアスは笑顔を浮かべながら操縦席から身をよじらせジェミナイの額を軽くデコピンする。
「イタッ!何するんですか天知さん!」
「今夜限りの共闘でもいいじゃん。今回の案件は味方は多い方がいい。あとコードネームで呼びな、今はプライベートじゃないんだから」
赤面しながらプルプルと震えるジェミナイと、それを見てクスクスと笑うサジタリアス。
二人の様子を視界端の小モニター越しに見ている時雨も微笑みボソッと呟く。
「本当に二人とも変わりませんね……」
程なくサジタリアス《天知》はモニターに向き直る。
「指揮はそちらに任せる」
「心意気感謝します」
時雨の感謝の言葉と同時に神喰ミノ奉葬 の全システムが復旧する。
「フゥ………さて……やるか……」
サジタリアスは目を瞑り一度大きく深呼吸をしてから誤射防止の安全装置を解除し引き金に指をかける。
【日ノ本上空】
「颯、高度を少し上げ、速度を一定に維持しろ」
「了解」
時雨とサジタリアスが話している丁度その頃、山肌スレスレを飛行する二号機と三号機は高度を少し上げ横並びになる。
「霧墨姉妹、準備はいいか?」
荒弥はそう言いながら左手を上にあげて何やらハンドシグナルを行う。
荒弥の問に二号機と三号機、それぞれの後部座席に座る少女が返事を返す。
「……………………(電子音)」
「はい……大丈夫です……二号機は右側でいいんですよね……」
二号機に乗る黒髪の右側に白い花飾りをしてその手にはボードマーカーとホワイトボードを持った霧墨 壱華、そして三号機に乗る白髪の左側に黒い花飾りをして目を瞑った霧墨 弐葉。二人は姉妹であると同時に幼いながらも結界術専門の実力者なのだ。
彼女達をよく知る人々は皆、彼女達をこのように呼ぶ。『二人一柱の天才』と。その言葉の真意は片方だけでは他の者に劣ると言う訳では無い片方だけでも充分強いのだが彼女達が揃った場合、その戦力は異常としか言いようがないのだ。それには三つの理由である。
一つ目、共に長い時間を過した姉妹と言う関係上連携には事欠かない。
二つ目霊能力の性質が壱華が陰、弐葉が陽と対極に位置し二人揃えば陰陽系統を行使する事ができる。
この二つ目の理由は、本来起こりえないな事象である。
霊力質の陽と陰を混ざり合わせる事で規格外の効力を発揮する陰陽系統と呼ばれる系統が存在する。しかし通常は陽と陰が互いに弾き合い、もう一方から離れようとする斥力や術者の魂が少しずつ砕けていく摩耗が存在し、仮に無理矢理にでも1つの身体に双極の霊力質を宿した場合は互いの力が反発し、同時に魂が摩耗することで心身共に限界に陥る。
それは例え二人で行ったり、血を分けた兄弟姉妹で行ったりしても同じ結果になる。よってそもそも失敗時の代償が大きすぎる為それを行う者自体珍しい。
しかし彼女達は双子であり、二つの身体にそれぞれ陽と陰の霊力質を生れつき宿すと同時に互いが互いに重度の依存をしている。その双子と依存というイレギュラーは彼女達の身体に宿った霊力質の法則までもねじ曲げ代償がない行使を可能にした。それは20年前、最悪の厄災と呼ばれた死國事変の英雄、秦宮 杏子以来の逸材である。
そして三つ目、彼女達は互いに先天的に欠けた感覚を補い合っているのだ。壱華は聴覚と声帯に重度の障害を持ち、弐葉は視覚に重度の障害を持つ。彼女達は互いに手を繋ぎ情報共有を行う。勿論思考だけでなく壱華が見た景色や弐葉が聞いた音等は微弱な霊力の信号となり相手はそれを読み取る事で不自由の無い生活だけでなく、あたかも障がいなど無いかの如く戦場で動けるのだ。
霧墨壱華は左手を、霧墨弐葉は右手をそれぞれ片割れの方向に掌を向けて突き出し、もう片方の手で掌印を作る。
「兇禍陣地!斬殺呪相幣ノ紫糸」
突き出された掌から紫色のオーラが互いに向けてくねくねと揺れながら伸び、接触するとピンッと張る。それと同時に二号機は左方向、三号機は右方向に舵を切り暗部の総本部やや外側の上空を紫に光る糸を引きながら大きな円を描きつつ旋回する。彼女達の兇禍陣地である斬殺呪相幣ノ紫糸は通った場所がこれから行われる大技の枠となるのだ。
二号機と三号機はすれ違い紫色に光る円が完成すると同時に、まるでテニスのラケットのように網目状に細い紫色に光る糸が伸び、程なくして紫色に光る網を形成する。それを横目に二号機と三号機はほぼ垂直に急上昇を行い、形成された網も共に上昇する。
「なんだあれは……あの程度の術で朕を束縛できると考える者共の思考に片腹痛し、蹴り砕いてくれる」
紫糸と太陰神の距離がどんどん縮む中、太陰神は更に加速する。そしてクルッと足を下方向になるように身体の向きを変え、尋常ではない霊力が込められた右足を高々とあげる。前回と同じかかと落とし。しかし今回は速度が乗っている分、威力は桁違いである。
「禍夜戒陣!星天崩滅!!」
太陰神はかかとを振り下ろし紫糸と接触する。
地下から脱出し地上から空を見上げる霧恵達暗部隊員達然り、太陰神の氏子達然り、その全てを見た者達、一部始終を見た者達は皆一様に天から落ちてくる大鴉の勝利を予見し、衝突時の衝撃波に備えた。
しかし皆の予想とは裏腹に衝撃波は起こらなかった。そればかりか大鴉は紫糸の網をすり抜け尚も急降下している。
「他愛ない……鎧袖一触とはこの……」
嘲笑うかのように笑顔を浮かべ振り向く太陰神は紫糸を見て言葉に詰まり、突如口から黒い液体を吐く。
「何……が……」
次の瞬間、大鴉はまるでサイコロのように細切れになり空中で粉々になる。その光景を地上から見た者達は一様目を見開く。
霧墨姉妹に切り刻まれた太陰神だったが尚も再生しようと断面から黒い触手を他の霊片へと伸ばす。
「チッ……アレでも完全に倒せないか!今だ、咲森隊長!トドメを!!」
しかし荒弥の無線に時雨は答えない。
「咲森隊長どうしたんだ!」
一方その頃、時雨と五月雨は自分達が乗る戦闘機の右翼を見て硬直していた。二人の視線の先、右翼には白い服装をした女性が立っている。その脚はよく見ると鳥の足のように変形し戦闘機の外装に爪を突き刺し固定しながら片手を腰に当てている。
マッハ2の風圧の中直立不動で二人を見下ろしている。その白眼は漆黒に、そして瞳は赤く染まり、赤い波紋模様の1番外側の円環には黒い点々があり、その中を赤い光が蠢いている。まるで瞳が大量に存在するようだ。
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