千年夜行

真澄鏡月

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第一章 胎動編

【暗】 拾壱ノ詩 ~反旗~ (弐)

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 「お前はこの戦場には不要だ……霧恵ェェエエ工!!」

 ビリビリと空気が振動する。その覇気は広場の四隅に灯る灯籠の火を消し、闇が場に広がる。
 ふと案山子は後方に跳躍し闇に紛れ、いつの間にか粉雪の後方から差す光も無くなっている。

 ジョキンジョキン……!

 暗闇の中、鋏の開閉音が聞こえる。粉雪は辺りを見回すも案山子の姿はない。

 ジョキンジョキン……!

 ジョキンジョキン……!


音は徐々に大きく、より鮮明になり案山子の気配が接近してくるのを感じるが、未だに肝心の案山子の姿は見えない。霊力の発生源を感知しようにも

 ヒュン……と風を切り何かが粉雪の右頬を掠め、痛みと同時に掠めた頬が熱くなる。右手で頬に触れると生暖かいものが付着する。

 血だ。見なくても分かる。姿は見えないが確かにこの場には案山子は居る事の証明。

 しかし妙だ……。

 霧恵様は無理でも案山子は今の攻撃で間違いなく私を殺せたはずだ。なぜ私をその手に持つ巨大なハサミを用いて致命傷を与えてこないのか。頬を浅く切られただけ。理由があるのか?はたまた私に対して挑発のつもりかなのかは分からない。だが何かしらの制約があるのだとすれば其れを逆手に取ればこの場の活路が見つかるかもしれない。

「イッ……!」

 再びヒュン……と風きり音と共に粉雪の左太腿に痛みが走り、間を置かずに次の風きり音が聞こえ、右の上腕に痛みが走る。

 粉雪は考えていた。

「霧恵様はここからが本番と言った。しかし案山子と名乗る存在は䨩装變化れいそうへんげ前より攻撃力も感じる鬼気も段違いに弱い。そんな事はあるのか?先程から浴びせられる斬撃は全て自分の薄皮一枚しか切り裂けていない。今がチャンスなのでは?」

 粉雪は覚悟を決め光源を確保する為に先刻拾っていたランタンに火をつける。
 辺りがランタンに照らされた瞬間、粉雪の目の前に白い袴。

 ゆっくり視線を上げる粉雪の目に飛び込んで来たのは、案山子の両手に握られた留め具が外された巨大な裁ちバサミ。

 それはまるで西洋刀……いや今まで粉雪が生きてきた中で初めて見る形状の刃物、それを両の手に握り、その片方を振り上げながら粉雪を見下ろしている案山子の姿があった。

「あカりつケタなァァ!!」

「ヒィ……」

 粉雪は微かな悲鳴をあげ、咄嗟に……いや本能的に転がるように右側に飛び退く。

 ジョキン……

 振り下ろされた斬撃が前髪と頭頂部の毛を掠めパラパラと舞い落ちる。飛び退いた際粉雪は確かに見た。振り下ろされた片刃の裁ちバサミ以外に左右から一段と巨大な裁ちバサミの刃が迫ってきていた。横に回避していたら今頃……粉雪の脳に自分の死が過ぎる。

「危なかッ……」

 案山子は手をつき、立ち上がろうとする粉雪の下顎を裁ちバサミの峰で右へ弾く。その攻撃により粉雪の顎は脱臼、典型的な脳震盪おも誘発させ、粉雪の意識を奪い去る。

 試合ならここで勝負ありとなるだろうが今この場での戦いは一方的な蹂躙、それ以前に殺し合いである。勝敗は片方の死でのみ決まるのた。

 全身を宙に浮かされた粉雪の顔面に案山子は蹴りをいれる。しかし粉雪は無意識に蹴りと自身の顔の間に左掌を挟み込み左手を緩衝材の代わりにし致命傷を回避する。
 左掌の骨が碎ける音と激痛は粉雪の意識を引っ張り戻す。案山子は間髪入れず粉雪の顔を掴み地面に後頭部を叩きつける。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

「マグれガ……受け身は間に合ったようだな」

 粉雪はひとしきり悶絶したあと右手を地面につき、ゆっくり立ち上がる。そして右手を前に突き出し唱える。

天火ソワカ

 部屋の四隅に存在する灯籠に火が灯る。

「ナンの真似だ?」

 粉雪は何も答えず血塗れの顔で微かに笑みを浮かべる。

「なンダそノ笑顔ハ!!」

 案山子の猛攻。

 粉雪は抵抗する力も残っておらず、骨は碎け、口から血を吹き、内臓を潰され、裁ちバサミで切り落とされた肉片が周囲に撒かれる。

 完全なるボロ雑巾、生きているのが奇跡な程の傷、しかしそれでも両の瞳に宿った光、そして浮かべる笑みは失わない。

「その笑ミをヤメロォォォオオォオォオオオ」

 手に持つ裁ちバサミで粉雪を貫きトドメを刺そうと跳躍する案山子を見て粉雪はスっと右手の人差し指と中指を立てる。

 ザシュ……

「アッ……ガ……ッ……な……ナゼ……我の……身体が……貫カレ……テ……」

 粉雪の右手には小刀が握られており、その刃が案山子の胸に深々と突き刺さり刃を黒い液体が伝っている。程なくして案山子の霊装が音を立てて崩れ落ち、元の巫女の姿に戻る。

「身体……強化も……ハサミも……消えて……まさか!!」

 空間の四隅の灯籠を凝視する。灯籠には釘で刺された札が僅かな風にあてられ揺れている。

「術式解除の陣地形成符……即効性の符がなぜ遅れて…………な……!!」

 地面に飛び散った粉雪の血液や肉片、それらが地面に不細工な方陣を描いていたのだ。

「もう……おわり……貴方の……負けですよ……」

「ち……く……しょ……う……」

 喉を潰されほとんど出ない声で勝利宣言をしてから動かなくなった案山子を自分の上から退け、薄れゆく意識の中ゆっくりと立ち上がり扉に向かってよろめきながら歩く。

「………と……も……っ……だ……」

 ゆっくりと背後を振り向き理解する。背後からの声、そして消えていない案山子の霊体、粉雪が察するには十分な材料。

(こいつはまだ完全に倒れちゃいない‪)

「主よ!!我らが神よ!!もっと我に力を寄越せ!!」

 案山子は仰向けの状態で口や目から黒い液体を吹き出しながら叫ぶ。それはこの世に対する怒りや恨み、憎しみ、考えうる限り、いやそれ以上の負の感情が混ざり合い発露した結果。

 しかしその叫びは奇しくも届いてはいけない存在に届いてしまったのだ。

 程なくしてそれに応えるが如く何処からか微かな声が聞こえた。その直後、粉雪の身体は何者かの威圧に押し潰され、倒れ込んだ地面にも、亀裂が広がる。

「いいよ。物風情の語りに耳を貸す道理は無いが、奇しくも人の心が宿りし物……朕の力……その一欠片を授けよう。」

 一瞬視界が暗転し次に粉雪の目に飛び込んできた景色は大小様々なおびただしい数の錆びたハサミ、それは倒れ込んだ粉雪が逃げられぬように地面に深々と刺さり、四肢、腰、胸、首を固定している。

 少しでも動けば案山子に気付かれ、身体を細切れにされるだろう。

 そう本能的に理解した粉雪は極力身体を動かさず視線のみを風船の如く膨張変形していく案山子へと向けられていた。

 やがて案山子の姿は十倍ほどの大きさへと至り、程なく破裂する。

 雨のように降る赤黒い雨……

 割られたガラスのように砕け落ちる粉雪を拘束するハサミ達……

 そして先程とは別次元の威圧と押し潰されると錯覚するほどの鬼気……

 ゆっくりと立ち上がった案山子は少女、いや幼女と言っても遜色ない容姿に先程までの案山子とは打って変わり、シンプルな白装束に、モミアゲのみを伸ばしたボブカットの髪型。
 モミアゲにはシンプルな形の髪飾りが複数つけられており、それらは風もないのにユラユラと揺れている。

 不意に案山子は真っ白な右手を前に突き出す。突き出された手に握られたハサミは今までの裁ち鋏(洋鋏ようばさみとは違い和鋏わばさみが握られている。  
 よくよく見ると和鋏は左手にも握られており何か異質な胸騒ぎがする。

━━総本部地上━━

 澄夜は霊気の揺らぎを感じ取り、ふと地面を見る。

 案山子の契約と覚醒、それは暗部隊員だけでなく太陰神並びにその氏子達も察知し、一瞬臨戦態勢に入るが程なく再び命令通り活動を始める。

「哀れな……愛宕の雑兵よ禁忌にすら手を出すか……」

 澄夜はボソッと呟く。

「わぁ……強そうな霊気~」

 澄夜から数メートル離れた場所に瓦礫をまるで積み木の如く積み上げ作られたモニュメント。よくよく見ると瓦礫の間から人間の腕や足、肉塊が飛び出し、モニュメントを赤く染めている。

 その頂上には楽しそうな笑顔を浮かべながら座り、足を揺らす小夜がいた。

「小夜、今は行動中……ここには遊びに来たんではないのですよ。目的を忘れないで。」

「朕~虐殺には飽きた~ここの人間達、骨無さすぎて面白くな~い」

 澄夜は額に手を当て大きなため息をつき、言葉を続ける。

「小夜、あの上空に飛んで行った馬鹿の命令は聞かなくてもいいんですよ。我々の役目は虐殺ではない。宣戦布告とこの地に保管された呪具や呪物、霊具、あわよくば神具を取り返すことそれだけです。」

 それを聞いた小夜は目を輝かせる。

「御宝探しか~面白そう!! 澄夜行ってくる!」

「私は数刻後、先に隠世へと戻ります。では」

 小夜は十数メートルの高さのモニュメントから飛び降り地面に吸い込まれるように消える。澄夜は再び額に手を当て大きなため息をつく。

「本当にわかってるんだか……まぁ歳的には私より上だから大丈夫だろうけど……」

 澄夜は星空を拝み、少し目を細めて舌打ちをする。

「まっこと痴れ者風情が……」

 澄夜はボソッと呟き、近くの地面を刀で突き刺して瓦礫の下にてまだ息のある暗部隊員を一人、また一人と丁寧にトドメを刺していく。

━━総本部地下 地下██階 ━━

 案山子は右手の和鋏を握りものを切る動作をする。

 ベチャ……

「へ……?」

 地面には……粉雪の左手首が転がっていた。

「グッ……痛い……!痛ィィ……」

 突如として左の手首から先を失った衝撃、少し遅れてやってくる激痛。手首を切断された痛みとその事実が全身を駆け巡り、脳は自ずと悶絶すると言う選択肢を取る。
 しかし流石は戦闘員、すぐに正気に戻り咄嗟に持っていた紐で左上腕を締め上げて止血する。

 案山子は粉雪の悶絶する声を聞き少しずつ面を上げる。その顔は嘲笑うが如く口角が不気味につり上がった口、開かれた大きく見開かれた目、それらは共に穴のように漆黒に染まっている。

 スっと和鋏が握られた両手を前に突き出す案山子……

「哀れな物共……使い潰され果てる運命の軛……裁断せよ……解き放て……我らが 一切衆生いっさいしゅじょうの語りに耳を貸す道理は無い……。」

 案山子は両手に握られた和鋏をピンッと弾き、和鋏の腰と呼ばれる部分を両の小指に引っ掛け掌印を結ぶ。

「愛宕戒陣 刺死胎鋏蓮華ししじきょうれんげ

 地面、壁、至る所から和鋏の刃が生えてくる。

「次は外さない……」

 案山子はボソッと呟き和鋏を握り力を込める。

 ジョキン……
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