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第一章 胎動編
【暗】捌ノ詩 ~五箇伝緊急会議~ [後]
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少し時は遡り……
[会議室]
八敷家当主の発言で会議室内は静寂が包むが、その静寂は長くは続かず程なくして破られた。
その静寂を破ったのはその場にいた誰でもない会議室の出入口を勢い良く開いた軍服を着た男性だった。
男性は血液の入ったバケツを頭の上でひっくり返されたかのように全身が出血で染まっており、五箇伝の面々を見るとよろめき、それを柊 津海季が受け止める。
「大丈夫ですか!?」
特に医療の知識のない津海季も男性の状態を見て容易く理解した。
致命傷だ……それも即死しないように計算された……。
「会議中……失礼しま……す……本部が……何者か……に……襲撃を……受けていま……す。」
男性は自分の死を受け入れているのだろう自分の知る情報を一つでも多く伝えようと声を捻り出す。いつの間にか津海季の隣には秦宮 朱里が片膝をついて男性の顔を覗き込んでいる。
「今際の時で悪いが真也、敵の数は?どんな力を持っていた?少しでも情報が欲しい。」
「て……ててて……」
何かを察したのか柊 楓が駆け津海季の襟を掴むと上に放り投げると同時に隊員の内側から皮膚を突き破り、数多の日本刀の刀身が近くに居た津海季と朱里、そして飛び込んできた楓を串刺しにしようと伸びてくる。その内1振りの切っ先が津海季の額を掠める。
「クッ……」
着地した津海季の額から溢れた暖かいものは周囲を伝いポタポタと地面に赤い雫を落とす。目に入った血が視界を赤く染め、津海季はそれを手で拭うため、袖で拭おうとした瞬間、
「津海季後方に跳べ!……ソイツから離れろ!」
「ダメだ間に合わない!」
霧恵と母である楓の声がその場に響き、次の瞬間津海季は楓に抱えられる。目に入った血を拭い取り、開いた瞳に写ったのは全身から日本刀が突き出し絶命した隊員の腹部が妙に盛り上がり、グチュグチュと音を立て内部に何かを蓄え膨らんでいく光景。楓は窓に向かって走る。そして……
「え、ちょっとお母さん何するの!?」
「いいから黙ってなさい舌噛みますよ!」
楓が津海季を担ぎながら窓ガラスに小さなナイフを投げ、それはガラスに突き刺さりヒビを入れる。
「やはり砕けないか」
楓は津海季を上に放り投げたうえで身体を捩らせ強烈な蹴りを繰り出す。蹴りはナイフの柄を捉え、さらに深々とガラスに突き刺りヒビを広げてゆく。楓は落ちてくる津海季をキャッチし再び肩に担ぎ、ヒビ割れたガラスに向かって駆け出す。
「お母さんヤバイヤバイ後ろのがもう破裂する!!」
「喋るな!!」
楓の叱責を受け津海季は両手で口を塞ぐ。程なくして身体を衝撃が駆け巡り肺の中の空気が全て外に出て一瞬呼吸困難に陥る。楓がヒビ割れたガラスに体当たりをしたのだろう。バリンという音と共に二人が空中に投げ出されるのとほぼ同時に爆音と共に隊員のものであろう血と臓物を撒き散らせ会議室諸共爆散する。
二人は遅れてきた衝撃波に煽られ体勢を崩し、楓に比べて小柄な津海季は楓の手元を離れ更に吹き飛ばされる。
楓は先端に鉤爪がついた縄の片方を建物に投げ外壁に、もう片方の先端についたクナイの様な小刀が津海季の左前腕を貫き、小刀の向きが変わる事で骨に引っかかり命綱となることで、津海季は地面に叩きつけられる最悪な事態を免れる。
「グッ……お母さんありが……」
左腕の痛みに耐えながら面を上げた津海季の目に飛び込んできたのはこちらを見下ろし、安堵の表情を浮かべる楓と、その頭上の瓦礫の影で蠢く何か。
その瞬間、津海季はある事に気付く。
━━声が出ない。
そして同時に違和感を覚える。楓の頭上で蠢く何かには一切気配がないのだ。遥か格上だろうと気配はある。それは幽霊だろうと怪異だろうと皆平等に存在する。しかし母の頭上にいるソイツには一切の存在感、いやこの状況の異物として第六感、第七感が判別できていないにもかかわらず、視覚だけがその何かの存在を認識している。
それはゆっくりといや、津海季が無意識に時間感覚を引き伸ばした時間感覚の中でようやく捉えられる速度で、それは人の形を構築していく。
程なくして首から上が黒いシルエットのように黒く塗りつぶされ目のある位置には紅く光る二つの光が灯る、白い軍服を見に纏った男性の姿を形成し、男の塗りつぶされた顔がゆっくりと津海季の方を向く。
咄嗟に視線を逸らす津海季であったが視界の端で目が合う。相手もそれに気付いたのだろう。男の塗りつぶされた顔に口と思しき赤い割れ目が顔の中心付近から両側に広がり、ガパッと開く。開いた割れ目から溢れる赤い光、そしてまるで笑を浮かべているかのごとく、その両端が釣り上がり、静かにこちらを見ている。まるで
「声を出せば殺す」
と言わんばかりに。
外から見れば一瞬かもしれない膠着状態の中、男の右手の平から黒い液体が流れ出し、真っ黒な刀を形成する。
最後の準備が整ったのだろう。深く身を屈めながら刀身を前方に掲げ、跳躍の構えを見せる。
「ダメだこのままじゃ、お母さんが殺されてしまう!!」
ピシッ……
心の叫びに呼応するかの如く津海季の中の何かにヒビが入り、イメージが脳内に流れ込んでくる。
「手印?そしてこれは……」
津海季は本能的に理解する。
これは私の……私だけのもの……例え命の前借りかもしれないけど……あの化物に一矢報いる力だ!!
右腕を上に伸ばし、自身の身体を支える左手と合わせ、ゆっくりと掌印を結ぶ。そして……。
「数多の刻を綴りて結ぶ䨩便、この身に纏いて歩みし軌跡、我は悉くを筆録する者なり……」
唱え終えた瞬間、蒼く淡い光を放つ数多の書籍や巻物、折り本が津海季の周囲に現れ津海季の周りをゆっくりと回る。
「陣地!!透縁視祓禳 筆録ノ覡改」
掛け声と共に津海季が男を見る男は目を見開き、先程より距離を取っていた。恐らく津海季の陣地を警戒したのだろう。見開かれた眼は真っ直ぐ津海季を見ている。
津海季は敵の狙いが母から自分に移った事に微かに安堵する。視界の端で先程出現した書物の頁が勝手にパラパラとめくれ、次々と色んな書物が閉じられていく。
そんな中、一つだけ見つけたと言わんばかりに頁が垂直に立ち開かれたまま書物があった。その書物はゆっくりと津海季の目の前に来て静止する。
津海季はこの後何をすれば良いか本能的に感じた。
ゆっくりと書物に伸ばした右手が触れた瞬間、書物は弾け津海季の脳内に書物に記されていた内容が流れ込んで来る。
「(ザザッ)も(ザー)い(ザザッ)の(ザザッ)……」
しかし霊障の類だろう。脳内に流れ込んだ情報には数多のノイズがはしり殆ど分からない。津海季はさらに集中する。まるで周りの時が止まっている感覚すら覚える。
「名すらも持たない(ザザッ)の尖兵……」
脳内で何度も繰り返される中でノイズは少しずつ薄れあと1ヶ所、この男が何に組しているのかの情報、そのノイズだけが全く取れない。身体中の全神経をこのノイズの除去にまわす。少しずつ視界が薄赤くなる。
ドロリッ……
頬を温かいものが伝いその一部が口に入る。血だ、眼からの流血、典型的な視る力の限界……。
しかしノイズは着実に薄れてゆく。
「禍夜廻」最後のノイズの下にはそう書かれていた。
気付けば手元には長く開かれ純白の空白が広がる折本と筆先に墨のついた毛筆。そして墨が注がれた硯が浮かんでいた。そのどれもが蒼く淡い色のオーラを纏っている。
津海季は筆を手に取り、折り本にサラサラと文字を書く。
「禍夜廻の尖兵、滅ぶべし」
下の方からこの世のものとは思えない絶叫が何重にも聞こえ、ふと下を見れば黒い影がまるで塵と化すかの如く消えてゆく。安堵の表情を浮かべるが……
ドクン……
津海季の心臓が一度大きく高鳴り口や鼻から血が吹き出す。
「え……?」
全身の力が抜け津海季の周りの書物もいつの間にか消えている。それは津海季の陣地が崩壊、そして限界を超えて陣地を展開したひずみであり、生命維持の危険域に突入した事を意味していた。
「どう……して……」
唖然とした表情を浮かべ、掠れる視界で男の方を見た津海季の目に飛び込んできたのは、まるで自分を嘲り笑うかの如くニタァと笑みを零す男。程なくしてソレは足場を蹴り、母の横を通過する。
ヒュン……風切り音が辺りに響くが男は意に介さず、コチラに居合の構えをしながら向かってくる。
こんな状況、普通なら年端も行かない少女は絶望の表情を浮かべるだろう。しかし津海季は微笑んだ。お前の負けだと言わんばかりに。
男は津海季の首を落とそうと刀を振るうも案の定、男の刃は津海季に届かなかった。津海季の首の寸前で刃はピタッと止まったのだ。驚きのあまり、男は初めて言葉を発する。
「なぜじゃ!!どうして身体が動かせない!!」
叫び声に近い声色の問、その答えは直ぐに帰ってきた。
「それはですね、貴方が私の横を通る時に細い糸を貴方の手足に引っ掛けておいたからですよ。」
「ふざけるな!!それは全く動けない理由にならぬ!!」
楓はやれやれと溜息をつき、話を続ける。
「全く動けない理由?そんなの決まっているでしょう。」
「は?」
男の首にスーと黒い線が入り黒い液体が流れる。程なくして線の場所から男の首がずれ、落下する。そして後を追うかのように頭を失った身体もバランスを崩し落ちていく。男が楓の横を通過した際、楓は男の首に刃を通していたのだ。
「既に繋がっていないからですよ。」
そう吐き捨てた楓に男は尚も何かを叫んでいたが落下していく中で次第に形が崩れ、地面に到達する頃には完全に消えていた。
楓は津海季の左手の縄を切り、津海季の命を救う為やむおえず貫通させた傷を布で縛り止血する。そして楓は津海季を抱きしめる。
「お母さん……私……」
「大丈夫、流石は私の娘ですね。」
「あ……ありが……とう……」
津海季は笑顔を浮かべ眠りに落ちる。津海季の寝顔を見て楓は微笑む。
「本当にたくましくなりましたね。津海季」
楓は津海季の頭をやさしく撫で、起こさないようにゆっくりと背負うと子守唄を口遊みながら、医療班のいる場所に歩みを進めた。
[???]
日ノ本より約500km離れた海上
ピシッ……パリンッ……
と音を立て、まるで硝子のヒビ割れの如く空間に亀裂が入る。
亀裂からは煤のように黒い蟲が溢れ出し、亀裂の周囲を漂う。そして……
亀裂から覗いた眞紅の瞳はあまりにも冷たく、そして物悲しい雰囲気を纏っていた。
[会議室]
八敷家当主の発言で会議室内は静寂が包むが、その静寂は長くは続かず程なくして破られた。
その静寂を破ったのはその場にいた誰でもない会議室の出入口を勢い良く開いた軍服を着た男性だった。
男性は血液の入ったバケツを頭の上でひっくり返されたかのように全身が出血で染まっており、五箇伝の面々を見るとよろめき、それを柊 津海季が受け止める。
「大丈夫ですか!?」
特に医療の知識のない津海季も男性の状態を見て容易く理解した。
致命傷だ……それも即死しないように計算された……。
「会議中……失礼しま……す……本部が……何者か……に……襲撃を……受けていま……す。」
男性は自分の死を受け入れているのだろう自分の知る情報を一つでも多く伝えようと声を捻り出す。いつの間にか津海季の隣には秦宮 朱里が片膝をついて男性の顔を覗き込んでいる。
「今際の時で悪いが真也、敵の数は?どんな力を持っていた?少しでも情報が欲しい。」
「て……ててて……」
何かを察したのか柊 楓が駆け津海季の襟を掴むと上に放り投げると同時に隊員の内側から皮膚を突き破り、数多の日本刀の刀身が近くに居た津海季と朱里、そして飛び込んできた楓を串刺しにしようと伸びてくる。その内1振りの切っ先が津海季の額を掠める。
「クッ……」
着地した津海季の額から溢れた暖かいものは周囲を伝いポタポタと地面に赤い雫を落とす。目に入った血が視界を赤く染め、津海季はそれを手で拭うため、袖で拭おうとした瞬間、
「津海季後方に跳べ!……ソイツから離れろ!」
「ダメだ間に合わない!」
霧恵と母である楓の声がその場に響き、次の瞬間津海季は楓に抱えられる。目に入った血を拭い取り、開いた瞳に写ったのは全身から日本刀が突き出し絶命した隊員の腹部が妙に盛り上がり、グチュグチュと音を立て内部に何かを蓄え膨らんでいく光景。楓は窓に向かって走る。そして……
「え、ちょっとお母さん何するの!?」
「いいから黙ってなさい舌噛みますよ!」
楓が津海季を担ぎながら窓ガラスに小さなナイフを投げ、それはガラスに突き刺さりヒビを入れる。
「やはり砕けないか」
楓は津海季を上に放り投げたうえで身体を捩らせ強烈な蹴りを繰り出す。蹴りはナイフの柄を捉え、さらに深々とガラスに突き刺りヒビを広げてゆく。楓は落ちてくる津海季をキャッチし再び肩に担ぎ、ヒビ割れたガラスに向かって駆け出す。
「お母さんヤバイヤバイ後ろのがもう破裂する!!」
「喋るな!!」
楓の叱責を受け津海季は両手で口を塞ぐ。程なくして身体を衝撃が駆け巡り肺の中の空気が全て外に出て一瞬呼吸困難に陥る。楓がヒビ割れたガラスに体当たりをしたのだろう。バリンという音と共に二人が空中に投げ出されるのとほぼ同時に爆音と共に隊員のものであろう血と臓物を撒き散らせ会議室諸共爆散する。
二人は遅れてきた衝撃波に煽られ体勢を崩し、楓に比べて小柄な津海季は楓の手元を離れ更に吹き飛ばされる。
楓は先端に鉤爪がついた縄の片方を建物に投げ外壁に、もう片方の先端についたクナイの様な小刀が津海季の左前腕を貫き、小刀の向きが変わる事で骨に引っかかり命綱となることで、津海季は地面に叩きつけられる最悪な事態を免れる。
「グッ……お母さんありが……」
左腕の痛みに耐えながら面を上げた津海季の目に飛び込んできたのはこちらを見下ろし、安堵の表情を浮かべる楓と、その頭上の瓦礫の影で蠢く何か。
その瞬間、津海季はある事に気付く。
━━声が出ない。
そして同時に違和感を覚える。楓の頭上で蠢く何かには一切気配がないのだ。遥か格上だろうと気配はある。それは幽霊だろうと怪異だろうと皆平等に存在する。しかし母の頭上にいるソイツには一切の存在感、いやこの状況の異物として第六感、第七感が判別できていないにもかかわらず、視覚だけがその何かの存在を認識している。
それはゆっくりといや、津海季が無意識に時間感覚を引き伸ばした時間感覚の中でようやく捉えられる速度で、それは人の形を構築していく。
程なくして首から上が黒いシルエットのように黒く塗りつぶされ目のある位置には紅く光る二つの光が灯る、白い軍服を見に纏った男性の姿を形成し、男の塗りつぶされた顔がゆっくりと津海季の方を向く。
咄嗟に視線を逸らす津海季であったが視界の端で目が合う。相手もそれに気付いたのだろう。男の塗りつぶされた顔に口と思しき赤い割れ目が顔の中心付近から両側に広がり、ガパッと開く。開いた割れ目から溢れる赤い光、そしてまるで笑を浮かべているかのごとく、その両端が釣り上がり、静かにこちらを見ている。まるで
「声を出せば殺す」
と言わんばかりに。
外から見れば一瞬かもしれない膠着状態の中、男の右手の平から黒い液体が流れ出し、真っ黒な刀を形成する。
最後の準備が整ったのだろう。深く身を屈めながら刀身を前方に掲げ、跳躍の構えを見せる。
「ダメだこのままじゃ、お母さんが殺されてしまう!!」
ピシッ……
心の叫びに呼応するかの如く津海季の中の何かにヒビが入り、イメージが脳内に流れ込んでくる。
「手印?そしてこれは……」
津海季は本能的に理解する。
これは私の……私だけのもの……例え命の前借りかもしれないけど……あの化物に一矢報いる力だ!!
右腕を上に伸ばし、自身の身体を支える左手と合わせ、ゆっくりと掌印を結ぶ。そして……。
「数多の刻を綴りて結ぶ䨩便、この身に纏いて歩みし軌跡、我は悉くを筆録する者なり……」
唱え終えた瞬間、蒼く淡い光を放つ数多の書籍や巻物、折り本が津海季の周囲に現れ津海季の周りをゆっくりと回る。
「陣地!!透縁視祓禳 筆録ノ覡改」
掛け声と共に津海季が男を見る男は目を見開き、先程より距離を取っていた。恐らく津海季の陣地を警戒したのだろう。見開かれた眼は真っ直ぐ津海季を見ている。
津海季は敵の狙いが母から自分に移った事に微かに安堵する。視界の端で先程出現した書物の頁が勝手にパラパラとめくれ、次々と色んな書物が閉じられていく。
そんな中、一つだけ見つけたと言わんばかりに頁が垂直に立ち開かれたまま書物があった。その書物はゆっくりと津海季の目の前に来て静止する。
津海季はこの後何をすれば良いか本能的に感じた。
ゆっくりと書物に伸ばした右手が触れた瞬間、書物は弾け津海季の脳内に書物に記されていた内容が流れ込んで来る。
「(ザザッ)も(ザー)い(ザザッ)の(ザザッ)……」
しかし霊障の類だろう。脳内に流れ込んだ情報には数多のノイズがはしり殆ど分からない。津海季はさらに集中する。まるで周りの時が止まっている感覚すら覚える。
「名すらも持たない(ザザッ)の尖兵……」
脳内で何度も繰り返される中でノイズは少しずつ薄れあと1ヶ所、この男が何に組しているのかの情報、そのノイズだけが全く取れない。身体中の全神経をこのノイズの除去にまわす。少しずつ視界が薄赤くなる。
ドロリッ……
頬を温かいものが伝いその一部が口に入る。血だ、眼からの流血、典型的な視る力の限界……。
しかしノイズは着実に薄れてゆく。
「禍夜廻」最後のノイズの下にはそう書かれていた。
気付けば手元には長く開かれ純白の空白が広がる折本と筆先に墨のついた毛筆。そして墨が注がれた硯が浮かんでいた。そのどれもが蒼く淡い色のオーラを纏っている。
津海季は筆を手に取り、折り本にサラサラと文字を書く。
「禍夜廻の尖兵、滅ぶべし」
下の方からこの世のものとは思えない絶叫が何重にも聞こえ、ふと下を見れば黒い影がまるで塵と化すかの如く消えてゆく。安堵の表情を浮かべるが……
ドクン……
津海季の心臓が一度大きく高鳴り口や鼻から血が吹き出す。
「え……?」
全身の力が抜け津海季の周りの書物もいつの間にか消えている。それは津海季の陣地が崩壊、そして限界を超えて陣地を展開したひずみであり、生命維持の危険域に突入した事を意味していた。
「どう……して……」
唖然とした表情を浮かべ、掠れる視界で男の方を見た津海季の目に飛び込んできたのは、まるで自分を嘲り笑うかの如くニタァと笑みを零す男。程なくしてソレは足場を蹴り、母の横を通過する。
ヒュン……風切り音が辺りに響くが男は意に介さず、コチラに居合の構えをしながら向かってくる。
こんな状況、普通なら年端も行かない少女は絶望の表情を浮かべるだろう。しかし津海季は微笑んだ。お前の負けだと言わんばかりに。
男は津海季の首を落とそうと刀を振るうも案の定、男の刃は津海季に届かなかった。津海季の首の寸前で刃はピタッと止まったのだ。驚きのあまり、男は初めて言葉を発する。
「なぜじゃ!!どうして身体が動かせない!!」
叫び声に近い声色の問、その答えは直ぐに帰ってきた。
「それはですね、貴方が私の横を通る時に細い糸を貴方の手足に引っ掛けておいたからですよ。」
「ふざけるな!!それは全く動けない理由にならぬ!!」
楓はやれやれと溜息をつき、話を続ける。
「全く動けない理由?そんなの決まっているでしょう。」
「は?」
男の首にスーと黒い線が入り黒い液体が流れる。程なくして線の場所から男の首がずれ、落下する。そして後を追うかのように頭を失った身体もバランスを崩し落ちていく。男が楓の横を通過した際、楓は男の首に刃を通していたのだ。
「既に繋がっていないからですよ。」
そう吐き捨てた楓に男は尚も何かを叫んでいたが落下していく中で次第に形が崩れ、地面に到達する頃には完全に消えていた。
楓は津海季の左手の縄を切り、津海季の命を救う為やむおえず貫通させた傷を布で縛り止血する。そして楓は津海季を抱きしめる。
「お母さん……私……」
「大丈夫、流石は私の娘ですね。」
「あ……ありが……とう……」
津海季は笑顔を浮かべ眠りに落ちる。津海季の寝顔を見て楓は微笑む。
「本当にたくましくなりましたね。津海季」
楓は津海季の頭をやさしく撫で、起こさないようにゆっくりと背負うと子守唄を口遊みながら、医療班のいる場所に歩みを進めた。
[???]
日ノ本より約500km離れた海上
ピシッ……パリンッ……
と音を立て、まるで硝子のヒビ割れの如く空間に亀裂が入る。
亀裂からは煤のように黒い蟲が溢れ出し、亀裂の周囲を漂う。そして……
亀裂から覗いた眞紅の瞳はあまりにも冷たく、そして物悲しい雰囲気を纏っていた。
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