千年夜行

真澄鏡月

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第一章 胎動編

漆ノ詩  ~禍夜廻の使者~ [後]

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「陣地!女神の悪戯ゴッデスジョーク!ダガ、ミカタカラノ術式ハ、許可シナイ!!」

 戦場が白い光に包まれ、鎖の音は耐えず響いている。

 しばらくして光が弱まり、秦宮達の目に飛び込んできたのは両断され、踏ん張る力を失いどんどん虚無への扉に引きずられる大禍津姫肆号の姿とそれを見下ろす金髪の少女だった。
 大禍津姫肆号は必死に右手の指を地面に突き刺し、虚無へ呑まれんと必死で抵抗している。アメリアは暫くそれを眺めた後、ナイフを取り出し残された 大禍津姫肆号の右腕切り落とす。

「!?……ア゛メ゛リ゛ア゛・ハ゛ス゛ク゛ート゛!!我゛は゛せ゛っ゛た゛い゛も゛と゛っ゛て゛く゛る゛か゛ら゛な゛」

 大禍津姫肆号はそのまま虚無の扉の中に引きずり込まれ、程なくして虚無の扉はバタンと閉まる。それを見たアメリアはボソッと呟く。

「アッチハ虚無ダヨ、戻ッテコレルワケナイジャン。」

 そこ声色はその場にいる存在全ての背筋に悪寒を感じさせた。しばしの沈黙の後口を開いたのは天知だった。

 「誰!?」

 秦宮と夏野里が放ったその言葉を聞き少女は振り返る。

「エット……ワタシハ、暗部特務部隊所属アメリア・バスクード大佐デス。」

 ポリポリ頭を掻きながら答えるアメリアに夏野里は詰め寄る。

「いや、私が知る限りアメリア・バスクードって特務隊員は居なかった!ふざけてるのか?いやまさか我々の敵か?」

「イヤイヤイヤイヤ!ワタシハ正真正銘特務隊員デスヨ!」

 夏野里に刀を突きつけられたアメリアはあたふたとしながら手取り足取りで答える。

「多分その人が言ってること本当だと思いますよ。おそらく22年後の特務隊の方です。」

 天知は秦宮の手から腕輪を取るとアメリアの方に向ける。すると程なくして腕輪の中から声が聞こえる。

「あ!アメリア!良かった生きてた!」

「リブラサン、ワタシハ大丈夫ヨ」

 アメリアは腕輪に向かって軽く手を振る。

「…………!秦宮さん!対象アケビが急激接近中!距離1600!グッ……」

 夏野里は頭を抑えながら報告をする。天知はそれを聞き広場を飛び出し近くの出来るだけ高いビルの屋上に上りライフルを構えスコープを覗く。アケビは顔に影を落としながらこちらに向かって凄まじい速度で接近してきている。ふとアケビもこちらに気付いたのだろう顔を上げる。

「ヒィッ!」

 天知は小さな悲鳴をあげる。アケビの顔は真顔だった。感情すら読み取れないほど冷たい顔。そして何よりも両瞼を縫った糸が切られ開かれていた。開かれた瞼の下、赤黒い波紋模様の瞳が天知を見つめる。

 天知の右肩をカウスは2回叩き話しかける。

「奴の威圧に屈服するな。動けなくなるぞ。」

 カウスの檄に天知は両頬を叩き気合いを入れ直す。

「今の君はまだ未熟だ。この強大な力に振り回され、使ってるだけでも心体共にすり減らす危険な状態で、もってあと二発……それ以上打つと間違いなく君は死ぬか、一生寝たきりだろう……次の相手はさっきの奴のように鈍くも脆くもない。よく狙ってここぞと言うタイミングで放て。」

「はい!」

 しかしアケビは突然、地面に沈むように消える。天知はスコープを覗きながら消えた周辺を探す。ふと天知の背後の床が盛り上がる。

「……!ボレアリス!背後だ!」

「分かってるよ。カウス!」

 ボレアリスは飛び出してきたアケビの腕と襟を掴み背負い投げをする。しかしまるで水に投げ込んだかのような感覚を残しアケビは床に沈むように消え、再び三人の死角から出現、カウスとボレアリスが天知にアケビの攻撃が届くギリギリで防ぐ。その速度は天知には全く追えず、舞い散る火花のみ視界に写る。
 ボレアリスが床に叩きつけられ、追撃せんとアケビはかかと落としを繰り出す。

「ゲッ……ヤバ!」

 カウスは天知を小脇に抱え隣のビルに飛び移る。アケビの踵はボレアリスの腹部に直撃、バギャと内臓が潰れる音と共にボレアリスは血を吹き階下へ床を砕きながら落下して行く。そして程なく、ビルも倒壊し、ボレアリスは生き埋めとなる。

「チッ……これじゃあ僕は死ねないじゃないか!!」
 
 下から怒りに満ちた声が響く。
 ガラガラと瓦礫の山からボレアリスが這い出てくる。

「なんだよ……今度こそ……今度こそ死ねると思ったのに……もっと強ェ一撃来いよ禍夜廻ィィィ!!」

 一通り叫ぶと近くにあった一際巨大な瓦礫を持ち上げて軽く上に投げ、蹴りあげる。
 蹴り上げられた瓦礫は天知とカウスのいるビルに飛び移ろうと跳躍したアケビに直撃し打ち上げる。
 打ち上げられたアケビは瓦礫と自分の結界の内壁に挟まれ黒い液体を吐く。アケビは落下しながら考えていた。

「あの女付喪神なんなんだ……さっきのかかと落としは間違いなく上位付喪神でも消滅レベルの威力だったはず……」

 ふと落下地点を見てアケビは息を呑む。

 ボレアリスがビルをかけ登って来ている。いやそれはどうでもよかった。問題はボレアリスが持ってるもの……十数階建てのビルだ。ボレアリスはビルの外壁に指をめり込ませ、まるで野球のバットかのように振りかぶる。

「こいつ正気か!?」

 ふとアケビは余所見をして舌打ちをする。

「……チッ……」

 ボレアリスは降ってくるアケビの一瞬の隙にタイミングを合わせフルスイングでビルの外壁に叩きつける。

「しまっ!」

「場外ホームランだ~!!……あれ?」

 ボレアリスは当たりを見回すがアケビは居ない。ボレアリスは少し不満そうな顔をして手に持つビルをポイッと投げ捨てる。

 カウスはボレアリスとアケビの戦いを見ながらアケビの縮地術を分析していた。

「まさかこの空間の闇全てが縮地術の出現ポイントなのか……」

 カウスの足元からアケビがヌッと上半身のみ出現させ、カウスと天知の足を切り落とそうと手に持つ刀で横薙ぎする。

「カウス!足元!」

 ボレアリスの声を聞き、カウスは天知を小脇に抱え跳躍し、ギリギリで回避する。  
 ふと視界の端に赤黒い霊力の柱を捉える。それは先程まで天知がいた広場から伸びているようだ。。

「残念。この隠世の闇全てが我ら禍夜廻まがよまわしの縮地術の対象だよ。それに向こうは向こうで始まったみたいですね。」

 アケビは着地し少し考えてから意外な提案をしてくる。

「天知弓華とその付喪、あっちの増援に行ってはどうでしょう。結局貴方達は私に殺されますが3対1では理不尽でしょう。そこで私と貴女方の戦いは一時休戦、あっちが終わり次第あっちの生き残りを含めて続きをやりましょう。」

 カウスは何かを言おうとした天知の口を手で押さえ

「あぁ……そっちの方がありがたい……ボレアリス行くぞ!」

「はぁ~い」

 ボレアリスはやや不満そうな顔をするとビルから飛び降りる。

「え……まさか!」

 カウスは天知を小脇に抱えたままビルの屋上から飛び降りる。

「うわああぁぁぁぁああぁぁ!!」

 天知の絶叫がこだまする。



 三人を見送りアケビは口の中でクチュクチュと舌の上で何かを転がしペッと吐き出す。吐き出された物はコッと音を立てて床に転がる。それはアケビの歯だった。アケビは右手で口を拭い笑みを浮かべて呟く。

「化け物が……」





[少し時間は遡り広場]


 天知の向かったビルが倒壊する。

「は!?ビルが倒壊した!?」

 三人は急いで倒壊したビルに近づく。すると瓦礫の下から声がする。

「チッ……これじゃあ僕は死ねないじゃないか!!」
 
 瓦礫の下から怒りに満ちた声が響く。
 ガラガラと瓦礫の山からボレアリスが這い出てくる。

「なんだよ……今度こそ……今度こそ死ねると思ったのに……もっと強ェ一撃来いよ禍夜廻ィィィ!!」

 一通り叫ぶと近くにあった一際巨大な瓦礫を持ち上げて軽く上に投げ、蹴りあげる。そして辺りを見回し近くの16階建てのビルに近づき、壁に蹴りを入れる。少し移動しては蹴りを入れグルっとビルを一周してから壁に張り付きビルを持ち上げようとする。

 ビルはビキビキと音を立てながら少しずつ浮き始める。

「持ち上げた!?」

 秦宮は驚きの声を上げる。それを横目にボレアリスはビルの外壁に腕を突っ込みそしてあろうことかその隣のビルの外壁を16階建てのビルを頭の上に掲げながら駆け上がる。

「いやいやおかしいでしょ!!」

 秦宮のツッコミが入る。

「アメリアさん、夏野里、敵は天知の方に行ったようです。援護に行きますよ」

 しかし夏野里は頭と胸を押えて膝から崩れ落ちる。

「夏野里!大丈夫!?」

「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 夏野里は悶絶している。秦宮とアメリアは駆け寄るが、夏野里は2人を静止する。

「来るな!私から離れろ……!」

「どうして!?」

「もうすぐ私は……」

 ちょうどそのタイミングで少し離れた位置にボレアリスが投げ捨てたビルが落下し、爆音と共に瓦礫に変わる。それにより、夏野里が言った言葉は二人には伝わらなかった。

 夏野里は顔に影を落としボソッと呟く。

「秦宮……その刀で私を斬首して……私が私でなくなる前に……」

 秦宮は無言で夏野里に近づき刃を向け一言。

「お前は誰だ」

 それを聞いた夏野里は秦宮をギロっと睨み口角を釣り上げニタァと不気味な笑顔を浮かべる。

「あ~あ……バレちゃった」

 両手のひらを数回握っては開いてを繰り返し

「流石は訓練や実践経験で育んだ肉体だ~。指の先までしっくり来る感じです。うふふふ……アハハ八八ノヽノヽノヽ!!」



[???階層 大禍津姫の城]

 玉座に座る少女が笑みを浮かべ立ち上がる。

「秦宮 杏子の肉体では無いが肆号の活躍で暗部上位隊員の肉体は我が手に落ちた。奴の肉体も時間の問題じゃ。さぁ総員洒落こもうじゃないか!」

 全ての大禍津姫の分霊の霊体が崩れるように消え、残った様々な色の微かな光を放つ魂は少女に取り込まれてゆく。程なくして全ての分霊を取り込んだ少女は自分の胸に手を当て唱える。

「陣地……反魂術……呪巣躯奪じゅそうくだつ

 少女の足元に赤く光る陣が形成され、少女は黒焦げで横たわる捌号の前まで歩くと捌号の胸に手をかざす。

「哀れな小娘……」

 捌号から何かを奪い取った大禍津姫は陣の中へ消える。


 後に残されたのは大禍津姫が貼った赤い陣。そして、秦宮達との激戦で引き分けるが秦宮の投げたケラウノスにより、全身を焼かれ、おそらく大禍津姫の本体からも役立たずと見捨てられた分霊。大禍津姫捌号……またの名を藤原綾芽……初代倭国直属呪術暗殺部隊わこくちょくぞくじゅじゅつあんさつぶたい兼、倭国朝廷親衛隊封印班隊員。

「あぁ……ヤツらは行ってしまわれた……アレらを解き放つ準備が出来たのか……」

 綾芽は仰向けになり黒焦げの右手を上に突き出す。

「……華寅様……申し訳ございま……せん……役目……果たせ……なく…………て………………」

 藤原綾芽……千年前、京の大厄災のおり、たった一人隠世に残り、ある封印の守り人として身を捧げた少女。隠世の穢れに千年以上身を沈めても、大禍津姫に取り込まれその分霊と成り果てても、自身の自我も記憶も全て失っても

「あの封印だけは何人たりとも触れさせまい」

 という本能だけである封印を守り続けてきた傑物。

 いつの間にか綾芽の黒焦げの腕が白い透き通るような綺麗な肌になっている。

「はは……最期に自我と記憶、だけでなく生前の姿が戻って……くるとは……華寅様……私の想い……懺悔……は届き……まし…………た………………k……………」

 綾芽は笑みを浮かべながら力なくその手は地に伏す。


 
[???]



「お姉ちゃん泣いてる。」

「晃樹、何言ってるの?」

 少女は自分の顔を触れる。確かに弟が言うように自分の顔には幾重にも涙が流れている。

「本当だ。でも何故だろう悲しくも無いのに……?」




[木通の禍夜廻陣内]

 夏野里の体は赤黒いオーラに包まれ、両側に赤黒いの霊力の塊が浮かび、背中からは左右二対ずつの赤黒い炎で形成された羽が出現する。そして目と口から血が流れ始める。

「エハハハハハハ!大禍津姫様顕現けんげんを祝う血塗られた宴の始まりだ!ヒィヤッハハハハハ!まずは顕現を祝して狼煙と行こうじゃないか!」

 夏野里大禍津姫は右手に赤黒い霊力の塊を形成し上に打ち上げる。それはアケビの結界内殻に当たり消失する。

「狼煙がかき消された?ふざけんじゃねぇぞ!!」

 ブチ切れ一気に霊力を高めた夏野里大禍津姫のオーラは赤黒い光の柱を形成する。オーラはアケビの結界の内殻と衝突し、ヒビを入れる。それをビルの屋上から見ていたアケビは少し驚き考える。

「私の結界にヒビが入った?いや大禍津姫にそんな技量は無いはず…………あらそういう事ですか。大勢穢の教主様。いや█████よ。」

 アケビの結界の一部が崩壊し、外の橙色の光が差し込む。
 夏野里大禍津姫はビルの外壁をかけ登り屋上から結界の崩壊部分に向けて跳躍する。

「逃げられます!アメリアさん打ち落とせますか?」

「ムリ……ワタシキンセツ近接

 どんどん近づいてくる結界の外、夏野里大禍津姫は悪意の籠った笑みを浮かべていた。が……突然飛び込んできた二人の人影、その小柄な方の人影が持つ金槌で殴り落とされる。

「ババア……邪魔……私ここ……入りたいのに出て……くるな。」

「テメェ!」

 夏野里大禍津姫は広場の中央に落下し砂埃をあげる。二人の人影はスタッと着地し、アケビの方を見る。

「アケビ姉ちゃん……お久しぶり……です……」

「お師匠お久しぶりでございます。御息災でありましたか。結界を破った罰は如何様に」

 アケビは微笑み小さく手を振る。

「憑黄泉……別に罰などありませんよ。悪霊や禍神、怪異にとって自由にやる事がたった一つの規律ルールです。」

「ありがとうございます!」

 砂埃が徐々に晴れ「壱」と書かれた顔布をする幼い少女巫女と黒い巫女装束に「憑」と書かれた顔布をする大人の女性が立っている。

「シ……鎮女……何故ココニ……マサカワタシヲ追ッテ来タノカ……」

「あら……暗部のカタコトお嬢さん……さっきぶりですね……私のデコピン……受けて生きてる……なんて大したもの……です……」

 どっちもカタコトなんだけどねっと心の中でクスッと笑った秦宮は再び臨戦態勢に入る。

 ゆっくり立ち上がった夏野里の姿をした夏野里大禍津姫は秦宮の目には追えない速度で鎮女の胸ぐらを掴み、宙ずりにする。

「鎮女お前……何故私の邪魔をする!」

「そんなの……決まってるじゃん……邪魔だから……」

 鎮女は手に持つ金槌で夏野里大禍津姫の左頬を殴る。

「効かないな!」

「咎打……衝打……」

 夏野里大禍津姫は遅れてきた衝撃に吹っ飛ばされる。

「あ?気安く私に……その穢い手で……触れるな……ゴキブリが……」

 鎮女は夏野里大禍津姫に追撃に追撃を重ね一方的に蹂躙してゆく。ふと遠くから声が聞こえ、鎮女は手を止める。


 天知達が秦宮達に合流する。

「何があったんですか!?夏野里さんは?」

 天知の問に秦宮は少し間を置いて答える。

「夏野里は……大禍津姫に憑依された……」

「え……」

 天知は時間が止まったような感覚に襲われる。

「今仲間割れなのか、おそらく大勢穢の序列2位の鎮女が大勢穢の序列1位の大禍津姫を叩きのめしてる。」

「鎮女が居るの!?」

 突然ボレアリスが嬉しそうに会話に入ってくる。

「ボレアリス待て!ってもう居ないし……」

 カウスは顔に手を当て大きなため息をつく。

「カウスさん大丈夫ですか?」

「あぁ俺は大丈夫だが……始まるぞ。」

 秦宮と天知は首を傾げる。

「規格外の大乱闘が……」


 その頃ボレアリスは鼻歌を奏でながら鎮女に向かって走っていた。そして馬乗りになり、大禍津姫を金槌で殴っている鎮女を見つけると跳躍し叫ぶ。

「やっと見つけた!安倍咎女あべのとがめ!いや現存世界最古の大悪霊!その首狩らせてもらおうか!」

 鎮女はギロっとボレアリスを睨みニッコリ笑う。

「望むところ……です。」

 ボレアリスは宙返りをしつつカカト落としをする。それを鎮女は右手一本で防ぎ、ボレアリスの足を掴み地面に叩きつける。  
 ボレアリスが叩きつけられた地面は大きなクレーターができ、ボレアリスはペッと血を吐く。
 鎮女は近くのビルを蹴り折り、肩に担ぎ跳躍する

「こんなもの?土御門露子つちみかどつゆこ!さっきお姉さんにやったおかえし!!」

 鎮女はビルをクレーターに刺す。ビルが刺さったクレーターの下からはボレアリスの大声が響く。

「その名は捨てた!僕はボレアリスだ!!」

 ボレアリスはビルを蹴り上げる。それを容易く躱して足場にし、ボレアリスに向かって跳躍する。

「単純……相変わらずの脳筋……考えの予想は簡単に出来る。」

「誰が脳筋だ~!」

 ボレアリスは地面を踏み砕き、数百メートルある地面だったものを二つ掴むと、まるで手で蚊を潰すように鎮女を挟み込むが数秒で瓦礫は砕け中から鎮女が飛び出してくる。ボレアリスはそれを右のストレートで地面に殴り飛ばし着地、鎮女も受身を取り互いに距離をとり、二人同時に掌印を結ぶ。

土御門流天鎧術つちみかどりゅうてんがいじゅつ 露ノ華巫女つゆのはなみこ

禍夜廻流獄鎧術まがよまわりりゅうごくがいじゅつ 血染メ紅霞ちぞめべにがすみ

 双方霊装に身を包み、更に戦闘は激化する。




 一方秦宮達は……

「あれに巻き込まれるなよ死ぬぞ」

「当たり前でしょ!!」

 カウスの発言に秦宮はツッコミを入れる。
 ふと夏野里大禍津姫がよたよたとこちらに歩いてくる。
 
「はぁ……なんだアイツら化物すぎる……」

 秦宮は小刀を夏野里大禍津姫に向け、斬り掛かるが、「憑」と書かれた顔布をする女性の悪霊が軽々と受け止める。

「秦宮杏子、もう兇禍神地すら使えない。あなたは既に限界を超えている。」

 その発言とともに秦宮は腹部に凄まじい衝撃を受け悶絶する。

「ほら私が軽く蹴っただけでこれですよ」

 夏野里大禍津姫は悶絶する秦宮に近づき首を掴み宙ずりにし、苦しむ秦宮を笑みを浮かべ眺めている。天知は夏野里大禍津姫に照準を合わせトリガーに指をかける。

「ダメだ今打てば秦宮も巻き込むぞ。」

「くっ……」

 カウスは天知の肩に手を置き制止する。

「おい憑黄泉!このゴミをお前の陣地内に閉じ込めろ。」

「あ?なにいってんのゴキブリが……」

 憑黄泉は夏野里大禍津姫に悪態をつき、ふとアケビを見る。アケビは頷き親指で首を切る仕草をする。

「でも私も暗部の連中がウザイ事もあるしいいよ」

 憑黄泉は懐から扇を取り出しバッと開く。そして扇を横に倒すと秦宮の背後に扉が出現し、扉はゆっくり開く。扉からは赤い光が漏れ、数多の悲鳴が聞こえる。憑黄泉はトコトコと秦宮に近づき耳元で呟く。

「あの先はね~地獄じゃないよ。地獄にすら下れない咎人が送られる世界、冥獄界って言うんだ~せいぜい頑張れ~」

 扉の中からは数多の黒い手が伸び秦宮の体を掴む。その手はあまりにも熱く秦宮の皮膚を焼く。夏野里大禍津姫は秦宮から手を離す。

「私まで引き摺りこまれたくないからな」

「夏野里呼吹!!そんな奴に支配されるな戻ってこい!!」

 秦宮は夏野里大禍津姫に向けて叫ぶ。

「無駄だと言うのに愚かだな……」



 パシっ……




 秦宮の腕が掴まれる。掴んだのは夏野里大禍津姫だった。

「……は……」

「コイツ意識を取り戻しやがった!」

 夏野里は震えるもう片方の手で秦宮のネックレスを器用に外し、秦宮を門とは逆方向に投げる。

「天知!アメリア!」

天知とアメリアは秦宮を受け止め、それを確認した夏野里は秦宮のネックレスを前にかざす。ネックレスの一番大きな飾り、その先端は鋭利な形をしており、冥獄界の赤い光に照らされキラリと光る。

「みんな……後は頼んだ……」

「何をするつもりだ!夏野里!」

 夏野里の口が微かに動き笑みを浮かべネックレスの飾りを掲げる。

「やめろ!夏野里!!」

 秦宮の叫びに夏野里は少し目を細め左胸にネックレスを突き刺す。

「秦宮は私の親友だ……返してもらおうか……」

「チクショウ!暗部のゴ……」

 大禍津姫は言葉に詰まる。夏野里はそれを意に返さずゆっくりと歩みを進め、冥獄界の入口へ立ち秦宮達を振り返る。その頬を一筋の涙が伝う。

「全てテメェの差し金か!まs……」

 大禍津姫の叫び声は業火に呑まれかき消されながら冥獄界へと落ちてゆく。秦宮は咄嗟に夏野里の手を掴もうと走ろうとするが、天知とアメリアに止められる。それでも秦宮は涙を流しながら手を伸ばす。少しずつ閉まりゆく冥獄界の扉は非情にもバタンっと重い音を立てて閉まる。

「クソォォォ!私は自分を慕う隊員すら守れないのか!!」

 パチパチパチパチ……

 拍手の音が聞こえる。そちらを向くとやや紫がかった長めの黒髪の女性が拍手をしながら近づいてくる。



「自己紹介をしましょう。私は瑠璃るり。纏う真名は「悪意」で禍夜廻の夜将をやらして頂いてますわ。以後お見知りお気をって言ってもあなた方はここで死ぬのでした。いやぁそれにしてもいいもの見せて貰いましたわ暗部諸君。友情とは大したものです。まさか大禍津姫に取り込まれたお嬢さんが肉体の支配権を奪い返して、あの大禍津姫を道連れに冥獄界へ身を投げるとは……あまりに愚かで不甲斐ない救いようの無さに瑠璃は涙を禁じえませんわ。」

 瑠璃はそう言うと満面の笑みを浮かべ拍手をしている。

「この野郎!!」

 秦宮は立ち上がり瑠璃を殴ろうと振りかぶるも憑黄泉に足を引っ掛けられ転倒する。

「無理してはいけないわよ。せっかく貴方の親友が命を賭して守った命、親友の想いを無下にするのはいただけませわ。それに面白いものを見せてもらった事、そしてお手伝い頂いた御礼です。今から起こる事を見てから死んで下さいませ。」

「お手伝い……だと……?いつ私達がお前達の手伝いをした……!」

 瑠璃は顔布を少したくし上げニタァと笑みを浮かべる。

「あら、自覚無かったんですの?あなた方は我らを手伝ってくれたじゃないですか。この冥獄界の扉の封印を解くための準備……私達が苦戦し千年なしえなかった三つの項目をあなた方はこの短期間に成してくれたじゃないですの。」

「何を言って……」

 秦宮の反応に瑠璃は更にニタァと笑い、秦宮の前髪を引っ張りあげ顔を覗き込む。

「まず一つ目は大禍津姫の捌号分霊、彼女の実質的な無力化。捌号分霊が貼った最強クラスの術式にて今この場所、アケビ様の結界の外に広がる橙の提灯が灯る和風作りの祭祀場は千年間何人たりとも入れない絶界でした。しかしあなた方は彼女を打ち倒し、実質的に無力化して頂けましたわ。」

「なんですって……」

 絶句する秦宮達を更に追い込むように瑠璃は話を続ける。

「二つ目は神山明美を今から始まる儀式を防ぐ為に動く捌号分霊から奪い、あろう事かこの祭祀場に連れてきました。それでも準備が整っただけ、儀式には膨大な生贄が必要です。儀式自体は始まらなかったのですわ。」

 瑠璃は秦宮の髪を離し、扉の方へ少し歩きクルンと身を翻し、手を叩く。

「そして極めつけは先程の夏野里さんだっけ?が大禍津姫という凄まじく膨大な数の霊魂を内包する燃料として、共に冥獄界へ飛び込んだ事!アハハ!始めるまであと数百年かかると思われていたこの儀式が超時間短縮!今まさに始まろうとしていますわ!!」


「ねぇ!あなた達がそんなにズタボロになって血反吐を吐いて必死に足掻いて仲間の死体すら踏み台にして……それが今全部無駄……いや?全部私達を手助けしていたと知ってどんな気持ち?ねぇ言いなさい!!お姉さんが聞いてあげますわ!」

 バキッと音と共に秦宮の人差し指が折られる。痛みに必死に耐える秦宮を見て瑠璃は満足気に嘲笑いながら少し舞い、冥獄界の扉を指さす。

 次の瞬間、背後から瑠璃の胸が貫かれる。

「ケハッ……なんなんですのこれは……髪!?」

 瑠璃を貫いた髪の毛は正面の大きな扉の僅かな隙間から伸びてきている。髪の毛は瑠璃をゆっくり持ち上げ扉に引き寄せる。

「お許しください梔子様!!」

 瑠璃がそう叫んだ瞬間、数多の髪の毛の束が瑠璃の体を内部から突き破る。ピクッピクッと痙攣する瑠璃を髪の毛は巨大な口を形成しその中に落とす。

 暫くの咀嚼音と瑠璃の身体が噛み砕かれ、辺りにバリッボリッグシャという音を響かせる。一通り瑠璃の霊体を咀嚼した後髪の毛はゆっくり扉の隙間へ戻ってゆく。

 髪が消えた扉の前、いつの間にか白髪を靡かせ白い着物に白い花の簪をつけた少女が立っている。少女は冥獄界の扉を撫でバッと両手を横に突き出す。すると冥獄界の扉とよく似た形の扉が左右に二つずつ4つ出現する。

 何かヤバいと直感した秦宮は身を起こそうとする。

「こうべを垂れてつくばえ」

 アケビの声と共に秦宮は地面に押さえつけられる。

「冥土ノ土産に教えてあげます。あの少女が二代目梔子クチナシ……現禍夜廻の首領です。」

 憑黄泉の発言は秦宮達にはそんな事どうでもよかった

 二代目クチナシが立つ正面の一際大きな扉……その中の存在と厚い扉越しで目が合った気がした。生物の本能が最大音で警報を鳴らす。

「あの扉の先に居る存在が解き放たれたら世界が終わる。」

 と……。

 
 いつの間にか周りには凄まじい数の人影が居る。男性の姿をした者は片膝をつき頭を垂れ、女性の姿をした者は両手でスカートの端を持って少し上げ片足を後ろに引いてお辞儀をしている。

「オシロイの姿が見えませんね……仕方ありません。始めましょう。現世うつしよを隠世の穢れと鮮血で染め上げる。史上最悪の大厄災を……。」

 クチナシと呼ばれた少女は人差し指と中指を立て空中に五芒星を描く。

「開け、開け、開け」

 少女の詠唱と共に五つのうち真ん中を除く四つの扉が軋みながらゆっくりと開き始める。

「此岸彼岸の⻔扉を破らばすなわち死生顛倒ししょうてんどうす」

 ガギンッと音と共に全ての扉に数多の鎖が現れる。恐らく黄泉の存在がこの存在達は冥獄界から出さないように足掻いているのだろう。クチナシは右手を上げる。

「目覚めよ!禍夜廻神!急急如律令!」

 クチナシは右手を振り下ろすとそれぞれの扉の鎖を断ち切れる。そしてゆっくりと開かれた扉からは尋常ではない呪いと怨嗟をはらんだ霊気が溢れ出てくる。

「おせぇぞ!二代目ぇ!」

 一番右の扉から白髪に斎服さいふくに身を包んだ男がゆっくりと出てくる。それとほぼ同時にボロボロの巫女服を着た白髪をポニーテールにした少女が1番左の扉から顔を出す。

「いいではないかね、永劫の冥獄界の最下層から引っ張りあげてもらったんだ、感謝せぬは無作法だと思うがね」

 二人が扉をくぐると扉は消える。そして互いに向かい合わせで跪く。

 程なくして左右から二番目真ん中の扉の両隣の扉が軋みながら開かれてゆく。

「二代目……まさか我らを呼ぶとは……」

「千歳の獄はいと苦しゅう御座いました」

 中からは白髪の男女が出てくる。その容姿は何処となくカウスとボレアリスに似ており、その眼は漆黒のように黒く、赤い波紋模様が折り重なった模様をしている。

「チッまさかアイツらまで脱獄するのか……」

 背後からカウスの声が響く。

 しかし中央の最も大きな扉は開かれない。恐らく冥獄界で最も危険な存在……コイツだけは脱獄させてたまるかという強い意志を感じる。
 ドゴンッと数度何かが向こう側からぶつかる音が聞こえる。程なくして中央の扉は勢いよく開かれ巨大な半透明の狐が顔を出す。巨大な狐の形をしたオーラ、その奥から何者かが少しずつこちらに歩いて来ている。全身を赤黒い鎖で拘束され鎖は扉の奥へ伸びている。時折引きづられ少し冥獄界へ引き戻されるが着々とこちらに進んでくる。近づいてきて気づく。この人物は女性だと……そしてこの少女を縛る鎖は千や二千ではない。髪の毛の1本1本からも鎖が伸びている。今現に数百万、下手をすれば数千万の獄卒達と綱引きをしている状態なのだ。少女は扉の縁に手をかけてゆっくり出てくる。

「おおおぉぉぉぉぉん!!」

 冥獄界の悲鳴にも感じられる叫び声が響き、冥獄界の鎖を引きちぎりながら少女は隠世の地に足をつける。その瞬間少女を縛っていた鎖が全て崩れ、同時に少女の呪詛と怨嗟、憎しみこの世に存在しえる全ての悪意と負の感情が降り混ざった威圧、そして微かな幸福感が襲う。辺りを見ると全ての人影が全て平伏している。

 その日、日ノ本の人間を除く神、神使、式神、モノノ怪、怪異、幽霊、果ては感の鋭い動物達その全てがある方向をむき平伏したという。しかしそれは敬意や礼賛の感情からでは無い。本能的に平伏しなければ、強者には頭を下げ許しを乞う生物としての本能である。

 少女は長い黒髪に前髪の右側の一部が赤く、意外にも普通の瞳をしている。少女は口を開く。

「クチナシ……千年の報告を聞きましょうか……」


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