千年夜行

真澄鏡月

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第一章 胎動編

漆ノ詩  ~禍夜廻の使者~ [前]

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 砂煙が舞っている。先程休息を取っている最中、何かが落ちてきたのだ。
 ソレは砂煙の中横たわっている。

 砂煙の中から漂ってくる霊力、霊気は間違いなく、先程私達が太刀打ち出来なかった大禍津姫だがなにか妙だ。先程と比べてあまりにも弱々しい。この数刻で何があったのか……ほんの数分前に下から込み上げた規格外の威圧の何か関係もありそうだ……

「華寅様は傷に障ります。この悪霊は私達が相手します。夏野里いけますか?」

「あぁなんとか……」

 夏野里は脇腹を押えながら立ち上がる。

「私と夏野里は攻撃手、天知は狙撃兼華寅様の護衛で行く。ここが踏ん張り所です!」

「はい!」

 秦宮と夏野里は駆け出しながら抜刀、砂煙に飛び込もうとする。しかし何かにぶつかり後方に仰け反る。

「なんだ!壁!?」

「見えない壁がありますね。しかも私達の顔の高さにピンポイントに……」

 二人とも鼻血を垂らしながら少し距離を置く。

「もう一体なにか来るぞ」

 夏野里の声と共に砂煙が揺らぎスタッと何者かが着地する音が聞こえる。

「あらあら皆様お揃いで」

 砂煙の中から黒子装束に身を包んだ小柄な少女が現れる。その瞬間その場にいた皆が本能的に自覚する。

 コイツはヤバい……と

 しかし華寅だけは少し違う反応をした。

 少女の声に聞き覚えがある気がする……いや気の所為か……

 そんなちょっとした違和感だった。

 少女は暫く考える様な仕草をしながら右往左往し、何をするか決まったのかパンッと柏手を打ち

「そうだ。今から私と遊戯をしましょう。」

 少女はクスクスと笑いながら拍手を始める。

「お前は何者なんだ……」

 夏野里は警戒を解かずに恐る恐る少女に尋ねる。

「私?私は木通アケビ神死穢かむまかるさわりの「立夏」の真名持ち、神穢弍拾肆節の一人だよ。神死穢かむまかるさわりはね人に仇なす隠世三大勢力の一つ。そして退穢庁の前身……倭国直属呪術暗殺部隊わこくちょくぞくじゅじゅつあんさつぶたいだった清凛隊の生みの親です。退穢庁の皆さんお見知り置k……」

 秦宮と夏野里がアケビに斬り掛かる。二人の刃はアケビの首を捉えたと思われたが刃が湾曲し、アケビの首に当たらない、

「な!空間が湾曲している!?」

「構うな!相手の能力ごと斬り捨てる!」


「無駄ですよ。貴方達人間じゃ私に倒すことはおろか触れることすら出来ない……」

 アケビは夏野里の肩に手を置き笑顔で呟く。とほぼ同時にドスッと木の枝がアケビの胸に刺さる。その枝は華寅の袖から伸びていた。

「はぁ……はぁ……人の太刀が届かぬのなら神の太刀はどうだ…………」

 華寅は息を切らせながら少し笑みを浮かべる。アケビは口からゴポッと黒い液体を垂らし自分の胸に突き刺さった枝をしばらく撫でた後、華寅の方を向き、再度自分に突き刺さった枝を撫でる。

「流石ですね華寅様、あの方が興味を持つだけはありますね。でも……」

 アケビに突き刺さった枝がズブズブと少女の中に呑まれ始める。

「なっ!」

「詰めが甘いのも昔から変わってませんね。」

 枝はアケビの身体にどんどん呑まれ、華寅は少しずつアケビの方に引っ張られる。華寅は秦宮の方を見て命令する。

「秦宮!私の腕を切り落とせ!早く!」

「華寅様……失礼します!!」

 秦宮は覚悟を決め刃を振り下ろす。

 ガッ……

 刃が通らない。尋常ではない硬さだ。夏野里がこちらに走ってくる。

「秦宮、刀に力入れとけ!行くぞ!」

 夏野里は跳躍し空中で宙返りをしながら足を突き出す。そして秦宮の刀に全体重をのせた踵落としをお見舞する。

 ザンッ……

「グッ……助かった……」

 華寅は息を切らせながら座り込む。

「あら、腕を切り落として逃れましたか」

 ふとアケビは踵を返し、倒れているもう一人に近づいて踏みつける。

「いい加減起きなさい。」

「……」

 アケビは少しイラッとしたのだろう。頭を掴み持ち上げ大禍津姫の両頬を何度もビンタする。

「……うっ……」

 アケビは意識を取り戻した大禍津姫を足元に投げ捨てる。

「……!」

「仕事ですよ大禍津姫。勝てば解放、負ければ消滅。遊戯の本番を始めましょう。」

 アケビは大禍津姫の背後に飛び退き合唱の掌印を結ぶ。

禍夜廻陣まがやかいじん……」

 そして跳躍し右手をくるっひっくり返し両手を横に突き出す。

暗闇ノ迷宮 MAZE OF DARKNESS

 アケビを中心に黒い闇が広がり大禍津姫と秦宮達を呑み込む。

「結界術!?しかもこの質量……結界術の精鋭が数百人で行うレベルの術式をたった一人で!?」

 夏野里はアケビの術式を分析し愕然とする。

 夜の都会の街並みを再現するかの如くビルや道路を模した建造物が出現し、光の灯らぬ街並みが構築されてゆく。
 少し遅れて強い風が吹き抜け、アケビの黒子頭巾と顔布が舞い上がり、素顔が顕になる。それを見た華寅は目を見開き言葉にならない声を漏らす。アケビは夜の街並みで最も高いビルの屋上にスタッと着地し、結界内唯一の光源である赤黒い月を背にして秦宮達を見下ろす。

「どうしたんですか華寅さ……」

 目が暗闇に慣れてきた秦宮達もアケビの素顔を見て、その異様さに硬直する。

 アケビの瞼は縫われ、右頬には鳥居に逆さ五芒星の刺青が施されている。そして何よりも髪型が若干違うもののアケビの容姿は華寅に瓜二つなのである。

「え……あれは華寅様?そんなわけ……だって後ろに華寅様がいるじゃん……」

「は……母上なのですか……?」

 華寅は自身の母親の顔を知らない。目が発達した頃にはその隣には梔子が居た。華寅は何度か自身の母の事を梔子に聞いた事もあった。その度に梔子は悲しい声色で

「君はここに捨てられた」

 と言った。華寅は察していた。梔子は自分に隠し事をしていると。
 華寅の最古の記憶は歌声だった。母に背負われ陽の光の中歩いた記憶……母は歌をよく歌ってくれた……。

 
 華寅が放ったその一言はその場に居た全員をさらに驚愕させる。だがこの場の誰よりも驚愕したのは華寅だろう。千年探し続けた自分の母が目の前にいるのだ。

 華寅はゆっくりと立ち上がりアケビの元にフラフラと歩いてゆく。

「ダメだ!華寅様!」

 華寅は尚も歩みを進める。そして二人の距離がある程度縮まると、華寅の足元からビルが伸び、いとも容易くアケビのいるビルの屋上へ辿り着く。アケビは両腕を広げ華寅を抱きしめる。抱きしめられた華寅はアケビの腕の中で泣き崩れる。

「華寅……寂しかったよね……長い間私を探してくれたんですね……」

「うん……」

 アケビは右手で華寅の頭を撫でる。

「私……凄く頑張ったんだよ……」

「うんうん、すごい頑張ったんだね。流石私の娘。」

「私……色んな人と出会っては別れ、共に時を過ごして……それでも母上や梔子姉様を探して……やっと見つけた……」

「本当にすごく頑張りましたね。もう頑張らなくてもいいんですよ。」

「え?どうし……」

 ドスッと音と共に華寅の背中からアケビの右腕が突き出す。そしてアケビの掌に握られている物……それは緑色に輝く宝珠……華寅の依代……いや華寅そのものであった。

「ゆっくりと私の中で悠久の夢を見るがいい」

 アケビはそれを引き抜く。

「華寅様!!」

 三人の叫びは虚しく、宝珠を失った華寅の身体は石化する。そしてそのままビルから落下し、地面に衝突して砕ける。アケビは華寅から抜き出した宝珠を手の上で転がしている。

「貴様!愛娘の想いを踏みにじるか!」
 
 ブチギレた秦宮がアケビに向かって走。居合の構えからスペアの刀を抜刀する。

 ガインッ……

 秦宮の刃が何かに弾かれる。

「お前達の相手……私……これ……神死穢かむまかるさわりの命令……絶対……行かせない……」

 大禍津姫肆号はまるで操り人形の様に立ち上がりいつの間にか握られた刀を振るう。その両の眼は別々の方向を見ている。明らかに異様だ。

 一瞬にも満たない僅かな隙、思考の為に生じる刹那の反応の遅れ、秦宮が大禍津姫の目の異様さに気を取られた瞬間……既に大禍津姫の刀身が右脇腹にくい込んでいた。

 ガギンッ!

 ドスッ!

 夏野里がすんでのところで大禍津姫の刃を弾き、腹部に回し蹴りを入れビルの壁へ吹き飛ばす。

「ぼさっとすんな!秦宮!」

 夏野里のげきが飛ぶ。

 一瞬の隙を見逃してくれるほど相手は甘くは無い。秦宮は頬を叩き気合いを入れ直す。
 
 華寅が太刀打ちできなかった先程の化け物ほどじゃない。見た目や霊力は先程の存在に似てさえいるが、比べれば動きは遥かに鈍く、霊力も弱体化している。
 しかしそれでも凄まじく強い、大禍津姫と呼ばれるのは伊達では無いのだ。

 大禍津姫は糸に吊るされているように不気味に立ち上がり、手をパンと叩く。

「夏野里!天知!なにか来ます!備えて!」

 大禍津姫は両腕を左右に突き出し、時計回りに回し胸の前で十字に組む。

「陣地……癲鑒門くるいきょうもん

 何処からか出現した姿見を受け止める一瞬の隙を秦宮と夏野里は見逃さず一気に大禍津姫に接近する……が……視界がグリンッと回り途中で転倒する。それを見て大禍津姫は不敵な笑みを浮かべこちらに走ってくる。

「三半規管が弄られた!?」

「いや違う全ての感覚が上下左右反転させられた!天知!奴の手に持つ姿見を狙撃せよ!」

「はい!」

 天知は手持ちのライフルで姿見を狙撃するが弾丸は姿見の中へ消える。

「ダメです!取り込まれます!」

 悲鳴に等しい声色で叫ぶ天知を横目に秦宮はぐちゃぐちゃの感覚で立ち上がり応戦しようと小刀を構える。
 
 ふと秦宮のポケットが熱くなる。恐る恐る発熱する物を取り出すと、それは数刻前に華寅から貰った木で作られた輪だった。秦宮は微かなの希望を信じてそれを突き出す。

 

[少し時間は遡り厄災外殻周辺]

 特務部隊やその場の隊員は悲愴に包まれていた。

「バカ!全員揃ってこその特務隊だろ……クソ……」

 リブラが横たわるアクエリアスの遺体の胸倉を掴み涙を流しながら叫ぶ。それを横目に

「リブラ……今はその時じゃないだろ。」

「何言いやがるんだ!バイシーズ!」

 リブラはバイシーズに飛びつき胸倉を掴むがバイシーズの目から流れる涙を見て握る手が緩む。

「泣きたいのは俺も同じだ……今は任務達成を優先しろ……」

 ふとサジタリアス天知の腕輪が熱くなる。

「まさか!」

 サジタリアス天知は数年前に華寅から加護を付与した腕輪を貰っていた。その時の記憶がフラッシュバックする。



「これが熱くなったら私が追い詰められてるという事だ。そして……」

 腕輪がほのかな白いオーラに包まれる。

「白く光った時はもう一つの腕輪と境界トンネルで繋がった状態という事だ。そうなった場合は天知……貴方が主攻撃手として特務全員による総攻撃をゲートにぶち込め!頼んだよ」



 サジタリアスは胸に手を置き

「華寅様それが今なのですね……特務総員!今から総力をこの腕輪の中の境界トンネルにぶち込む!協力しなさい!」

 その場の全員に命令する。命令から10分もし無いうちに特務全員が配置に着く。     

 ジェミナイが先頭に立ち、サジタリアス天知が後方にてライフルを構え、残りは二人の間に横並びで立つ。

「恐らく……いやアクエリアスが目が合っただけで殺されるほど格上の化物だ!チャンスは1回きり、確実に仕留めろ!」

「はい!」

 先頭のジェミナイが両手で手印を結び両手の平を地面につける。

「陣地!掃滅陣界!!」

 ジェミナイの頭上に巨大な茅の輪が出現する

 二人以外の特務隊員はシュバババと霊符を高速で受け渡し符陣を形成してゆく。そして程なく符は地面から吹き抜ける風に巻き上げられ空中で十五本の太い釘形成する。

「外法 冥符禍神封釘めいふまがかみふうてい

 その釘は徐々に加速しつつ茅の輪を潜り蒼白い光を纏って腕輪の中に吸い込まれる。

 そしてサジタリアス天知は自分の愛銃にヴェルゴ達が命懸けで持ってきた白髪を込めたライフル弾を込め、愛銃の名前を呼ぶ」

「十数年ぶりのノーリミット狙撃です……私の全霊力を込めますが耐えてくださいね。カウス・ボレアリス……」

 サジタリアス天知は釘が腕輪に吸い込まれてから深呼吸をして3つ数えてからトリガーを引く。打ち出された弾頭は空気を抉り、周りに衝撃波を放ちながら茅の輪を潜り腕輪の中に消える。

 「はぁ……はぁ……」

 サジタリアス天知は息を切らせその場に座り込む。

「華寅様……あとは任せました。」



[暗闇の迷宮内]

 暗部陣営には四つの偶然が重なる奇跡が起こっていた。

 一つ、大禍津姫肆号が使った陣地癲鑒門くるいきょうもんは元来大禍津姫捌号の術式である。よってサジタリアスの放った弾頭は必中必壊の効果を示す。

 二つ、大禍津姫の分霊達はその霊体構成の90%は同一である。よってサジタリアスの放った弾頭は必中し、必殺とはいかずとも致命傷にほど近い効力を発揮する。

 三つ、アケビが禍夜廻陣まがやかいじんにより空間を隔てる際、華寅の腕輪も同時に取り込んでいた。よって本来結界の入退所が不可能な最強クラスの結界に外部アクセス可能な境界トンネルを開いてしまった。

 そして四つ、大禍津姫肆号神死穢かむまかるさわりの操り人形と化した事によりアケビを守ろうと突き出された腕輪の前に立った。

 腕輪から飛び出した巨大な封釘が次々と大禍津姫肆号の右掌、右前腕、右上腕、左掌、左前腕、左上腕、右足背、右脛、右大腿、左足背、左脛、左大腿、左胸、首、眉間を貫きそれぞれの釘から文字が這い出し大禍津姫肆号を覆い、その場に拘束する。

「な……んだ……身体が……動かない……しかも……術式がどれも……発動しない……これは……封印……?そもそもこんな……符術の釘……刺さるはずが……ない……のに……」

 ジェミナイの術式は触れている間相手の高等神術や禍夜廻陣まがやかいじん等を除く術式の強制解除する。先程ジェミナイは陣地で茅ノ輪を生み出し、その輪を潜った物に自身の術式を付与した。それにより、大禍津姫肆号の防御術式が無効化され、人体より容易く貫ける強度まで叩き落とされたのだ。

 そして封釘に続き境界トンネルを通じてくる物……必中必致命傷のサジタリアスの放った弾頭……大禍津姫肆号は本能的に察知していた。

 次に来るアレはヤバいと……

「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」

 大禍津姫肆号の叫び声が空間を揺らし、封釘をギシギシと軋ませながら少しずつ秦宮に近づく。特務数人がかりの符術ですら完全にその場に拘束できない程の執念、秦宮がかざす腕輪を破壊せんと手を伸ばす。

「ハァァァ!!」

 夏野里が刃を振り下ろし大禍津姫肆号の首を捉えるが狂わされた感覚では弱体化しているとはいえ大禍津姫肆号の首をねれない。

「ちくしょう!」

「まだです!」

 夏野里の恨み節をかき消すように天知がヨタヨタと走りながら叫び、自分のライフルで夏野里の刀を上から殴る。

 ザシュッ……ドンッ……コロコロ……

 大禍津姫肆号の首が身体から切り離され宙を舞い地面を転がる。しかしその場にいた三人は分かっていた。大人の見た目の首を刎ねた所でふたまわりほど小柄な本体が中にいると。案の定大禍津姫肆号の腹部が一、二回膨らんだ後、裂けて中なら封釘に刺された少女が這い出てくる。その姿は秦宮には少し笑っているように見えた。そして尚も秦宮の持つ腕輪に手を伸ばし叫ぶ。

「邪魔だ!どけぇ!」

 大禍津姫肆号が自分の外殻の腹を裂くのにかかった微かな時間的ロスが運命を分けた。
 大禍津姫肆号が腕輪に触れる寸前、中からサジタリアス天知の弾頭が飛び出し周りの空間ごと伸ばされた 大禍津姫肆号の左腕を消し飛ばし、胸部に大きな風穴を開け、背後の陣地 癲鑒門くるいきょうもんが崩壊する。  
 程なくして大禍津姫肆号を拘束する十五本の封釘が何かに呼応して一層蒼白く輝く。

「ま゛さ゛か゛こ゛れ゛は゛!」

「天知さん、天知弓華さん」

「え?誰?」

 凄まじい光景を少し離れた位置から呆然と眺めていた天知に誰かが話しかける。

「私はコードネームサジタリアス、22年後の貴方です。」

「は?……え!?」

 驚きを隠せない天知にサジタリアスは続ける。

「時間が無いので荒業で行きます。少し貴方の身体を借りて潜在能力を解放します。凄まじい負荷なので耐えてくださいね」

 次の瞬間、天知の意志とは無関係に身体が勝手に動く。ライフルからスコープを外し、右の親指を少し噛み、血の滲んだ親指で手前から銃口にかけてなぞり、ボソッと呟く。

「射殺せ……射手神の天鉾……解き放て……カウス・ボレアリス」

 天知の足元から凄まじい霊力が噴き上げ蒼白い光の柱を形成する。天知はそれに包まれる。

「後のことは自ずと分かるはずだよ頑張ってね」

「はい!」

「いい子だ。娘にも爪の垢を煎じて飲ませたいよ。」

 サジタリアスの声はクスッと笑い蒼白い光と共に消える。

「あれは天知……なのか……」

 夏野里は呆気に取られる。

 光の柱から出てきた天知の髪は白く染まり、瞳は紅の光を放っている。天知は数歩前に歩き、涼しい顔で照準を大禍津姫肆号に向ける。
 
 天知の変貌を少し離れた位置から感じ取ったアケビの縫い閉じられた瞼が少し開き波紋模様の瞳が覗く。

「あの幼い暗部隊員……確か天知でしたっけ……まさかこんな隠し球を……面白いじゃないですか……」

 アケビは不気味な笑顔を浮かべる。


 ふと両肩に誰かが手を置く。

「まぁ待て、せっかく神器を解放したんだ大技で決めよう」

「そうだよ!カウス頭いい!」

 いつの間にか背後に立っている少年少女を見て天知は言葉を漏らす。

「誰ですか?」
 
 少年少女はそれを聞き驚きのあまりズッコケる。

 そしてすぐさま起き上がり天知に詰め寄る。

「さっきの流れで気付かないのか!?」

「もしかして弓華ちゃんは天然ちゃんなの?」

「天然……なのですか?」

「自覚ないんだ!天然じゃん!」

 少女は笑い転げている。それを横目に少年は自己紹介を始める。

「俺はカウス。そこで笑い転げてる脳味噌お花畑はボレアリス。俺達は君のライフル、神器カウス・ボレアリスの神霊の様なものさ。はい自己紹介終わり、早くカタをつけるぞ」

「え?相手ほとんど動けないのにですか?」

 カウスは苦笑いをうかべ右を指さす。天知はカウスの視線の先を見るとアケビが袖から太い枝を伸ばし、今まさに天知を殺そうと跳躍しカウスの結界に激突した瞬間であった。アケビはカウスの結界に張り付き笑みを浮かべながら少しずつ結界に侵入してくる。

「音すら軽く置き去りにする身体能力、このアケビとかいう小娘化け物か……しかも俺の結界を破壊するでもなく、弾かれるでもなく、術式吸収して自身の識別を書き換えながら入ろうとしてくるとは戦いや術式に精通してやがるな。」

 カウスは拳を固め、アケビの腹に重い一撃を入れ吹き飛ばす。

「やったの?」

 天知の問にカウスは首を横に振る

「ただ吹っ飛んだだけだ、今のをノーガードで受け、咄嗟にこっちの腕を壊すとは……」

 カウスの右腕に光の漏れるヒビが入る。

「尋常じゃない硬さだ……手応えからして恐らくものの10分もしないうちに戻ってくるだろう……俺はアケビと呼ばれる禍神には過去に一度遭遇してるが……直接戦うのは初だな。俺の想定の5倍は規格外……長期戦に持ち込まれたら確実に負けるな……ボレアリス何してるいつまでも笑い転げてないでやるぞ!」

「はぁーい」

 カウスが天知の右肩、ボレアリスが天知の左肩に手を乗せると、それぞれカウスには白い右の片翼が、ボレアリスには黒い左の片翼が現れる。と同時に天知の目や鼻、口から鮮血が流れる。

「狙う場所はわかっているな(ね)」

「はい!十五本の封釘ですね!」

上出来だ正解です!」

 そして三人は息を合わせ唱える。

終式神無封陣しゅうしきかんなふうじん虚無界ゲヘナ!」

 ボレアリスが左手を上に掲げ手刀の手印を作り振り下ろす。と同時に大禍津姫肆号の数メートル背後の扉が出現しギィィと音を立てて開く。扉の中は光すら吸い込む真の闇が広がっている。

「よ゛……よ゛せ゛!」

「永遠の虚空に落ちろ亡霊」

 天知は引き金を引く。放たれた弾頭は数多のビル群を豆腐のように貫き封釘の1本に当たり跳弾し、それぞれの封釘にあたりながら最後に眉間の封釘で跳ね、サジタリアスが貫いた風穴の中心、完全に壊しきれなかった大禍津姫肆号の核を射抜く。

 ジャラジャラジャラジャラ……

 大禍津姫肆号に刺さった封釘から黒い鎖が出現し、扉の先に伸びてゆく。鎖はどんどん引っ張られ程なくピンッと張り詰めると大禍津姫肆号の身体は引きずられてゆく。

「い゛や゛た゛!あ゛そ゛こ゛た゛け゛は゛!!せ゛め゛て゛お゛ま゛え゛た゛け゛て゛も゛み゛ち゛つ゛れ゛に゛!」

 大禍津姫肆号は秦宮に狙いを済ませ手に持つ刀を振り上げる。

「死゛ね゛ぇ゛!」

「オネェサンアブナイ!」

 足音と共に大禍津姫と秦宮の間に誰かが飛び込む。大禍津姫肆号の凶刃は飛び込んできた存在を一刀両断する。

「た゛れ゛た゛か゛し゛ら゛な゛い゛か゛み゛ち゛つ゛れ゛に゛て゛き゛た゛!!」

 ふと大禍津姫肆号は切り捨て崩れ落ちた存在の顔を見て目を見開く。

「お゛ま゛え゛は゛!」

 それはニッコリと笑顔を浮かべ、そして叫ぶ。

「陣地!女神の悪戯ゴッデスジョーク!ダガ、ミカタカラノジュツシキハ、キョカシナイ!!」

 そして戦場は白い光に包まれた。
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