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第3章 飛躍編

第91話 未知の力

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 「行くよ、つばさ!」
「言われなくても!」

 国探側の前衛は凪風なぎかぜ大空そらの仲良し(?)コンビ。
 
 かけるはやはり好奇心が抑えられなかったのか、事前に凪風に七色ななしきの様子を聞いていたりしたが、凪風は「楽しみにしておいてよ」の一点張り。
 結局、こうして実際に試合を目にするまで、七色の力はお預けとなっていた。

 そして、当の七色が動く。

 胸の前で手を包むポーズを取っている彼女から、綺麗な声が響く。
 その声に応じるように出てきたのは、赤色の狐のシルエット。これは翔も目にしたのことがある。
 “こんちゃん”だ。

「こんちゃん、強化バフ

「こんっ!」

 七色の命令に可愛らしい鳴き声で答えると、前衛の凪風の大空の体が赤みを帯びた光で包まれていく。
 続いて、

「~~」

 全く別の声の音色を出す七色。

「!?」

 これは聞いたことがない音色。
 その内新たなものも出てくるだろう、と踏んでいた翔だったが、いきなりとは思いもしなかった。

 彼女の隣に現れるのは、上半身だけが具現化された、盾を持った兵士の様な白色のシルエット。

(チェス?)

 翔が自然とそう思い浮かべてしまう様なシルエットだ。

「へいくん、結界」

「へいっ!」

 相変わらず妙なネーミングセンスと、絶妙に噛み合った鳴き声(掛け声?)に意識を持っていかれそうになる翔だが、驚くべきはその効果。

「何度受けてもすごいね、これ」
「翔君や麗クラスじゃないと破れないでしょ」

 凪風と大空が苦笑いを浮かべるのも無理はない。
 それは、麗たちと同じチームであった三年生のむすびのお株を奪う様な、明らかにそれより上位の結界。
 透明なのに存在感がある、そんな不思議な結界だ。

 ただ、もちろんそれを黙って見ている関西側ではない。

「好き勝手させるか!」
「そうよ! 『中級魔法 炎球』」

 一人は長く、しなったなたのような武器を持って突っ込み、一人は『魔法』を唱える。

「……」

 だが一人、豪月よりも体格のいい大男は後方で黙ったままだ。 

 そんな関西側に相対あいたいするは凪風と大空。
 こちらの二人の武器はまさに“忍”のような小刀。
 関西側の長い鉈にはかなり不利だ。

「はっ!」

 小刀に有利を取れると考えたのか、鉈を持った男はこれ見よがしに鉈を振り回す。
 だが、

「なにっ!?」

「「……」」

 凪風と大空はその場から一歩も動くことなく、ただ静観する。
 彼らの周りに張られた結界が、いとも容易く鉈を弾いた。
 ついでに『魔法』も効かぬどころか、結界の前にして消失したかに見えた。

「やっぱりちょっと強すぎるわよねえ」
「今回ばかりは姉さ……大空さんと意見が合うよ」

 長い鉈はその範囲は大きいものの、一度攻撃が失敗すれば隙が生まれる。

「~~」

 その隙に、七色が詠唱。

(これは!)

 翔も聞いたことのある声の音色。
 初めてこの学校で華歩かほ夢里ゆりと戦った時に決めた最後の一撃、“ガオン”を呼ぶ音色だ。

「ガオオォォォ!」 

 七色の隣に青色のライオンのシルエットが出現。
 一度目にしたことのある翔は、ガオンの咆哮による光線の威力を十分わかっている。
 だが、それはあくまで入学したての段階。
 今ではそのさらに上をいく可能性は大いにある。

(どうなるんだ……?)

 しかし、そんな翔の期待を裏切り、彼女はここで初めて詠唱と命令以外の言葉を発した。

「やーめたっ」

「「「!?」」」

 七色が右手をサッ、と挙げたかと思えば、隣のガオンはその場にお座りした。

「ガオッ」

 体はゴツいが、誰がどう見ても可愛い。

「あの……七色さん?」

 これには国探側はあんぐり、関西側も「なんだ?」と疑問の表情を見せる。
 ただ、国探側に一人、周囲のリアクションとは似つつも全く違う事を思い浮かべた者が一人。

(今の、口癖って……嘘だろ?)

 翔だ。
 これまで、七色の強さを純粋に凄いと考える反面、幾度いくどもその未知の力に疑問を抱いていた。
 七色の職業ジョブ、“召喚士”なんてものは異世界には存在しないことも助力していたのだろう。

 そして、彼女の万能さ、その一つ一つの技、ついには今の彼女の言葉が決め手となり、それぞれの考えが一つの仮説に辿り着く。
 翔の中で、点と点がついに線でつながった感覚があった。

(シン、ファ……?)

 ありえない、考えられない。
 なぜならシンファの体はこの国探に存在するのだから。

「翔? 大丈夫か?」

 相当思い詰めたような顔をしていたのだろう。
 隣の副将席に座るれいが、翔に声を掛ける。

 その言葉で、少し冷静さを取り戻した翔。

「ああ……はい。大丈夫です」

(今は集中しなければ。これの次の次はおれの番なんだぞ。……でも)

 一度抱いた疑念はそう簡単に頭から離れない。
 そんな翔を嘲笑あざわらうかのように、七色は翔の方を向いてニコッと笑顔を向けた。

 もう少し楽しませてあげるよ、翔の頭の中にそんなメッセージがよぎる。 

「七色、どうした?」

 大空が当初のプランを崩した七色に疑問符を浮かべる。
 本来なら、ここでガオンの咆哮によるブレス、そして凪風と大空が畳み掛ける、そんな作戦だった。

 今なお関西側が絶賛攻撃中であるが、全く破壊される様子のない結界もあり、凪風と大空は後ろを振り返る余裕すらあったのだ。

「大丈夫?」

 凪風が声をかけるも、返ってくるのは今までの彼女とは全く違う反応。

「ええ、大丈夫よ」

「なんか……雰囲気変わった?」

 大空が指摘するのも無理はない。
 口調から立ち振る舞いまで、今まで無口であまり目立たない様相をしていた彼女が、今は何かから解放されたかのように、腰に手を当てて堂々と立っている。

「とりあえず前衛の二人やってくれない?」

「う、うん」

 凪風は七色のペースにまれてしまっている。
 まるで彼女の言いなりだ。

「じゃ、じゃあいくわよ翼!」

 うまく状況が読めないが、だからといって負けは許されない。
 凪風と大空はとにかく勝つことに気持ちを向ける。

「もう、いいのか?」

 そこで初めて口を開くのは関西側の大男。

「ええ、待ってもらって悪かったわね」

「「!?」」

 それに答えるのはまたも七色。
 凪風と大空も困惑しきっている。

 二人は繋がってる? 
 そんな疑念が晴れることはないが、忍ならではの精神力で無理やり体を動かす凪風と大空。

 決して破れる気配のない結界に、これ以上ない強化バフ
 元々能力を持ったコンビは、関西側の前衛を圧倒する。

「くっ! なんだ急に!」
「速い!?」

 二本の小刀から繰り出される高速のさばき。
 長い鉈をくぐり抜け、一気に鉈を持った男の目の前まで凪風が迫る。

「──!」

 小刀の持ち手の部分でコツン、と鉈を持った男の額の装備をつくと、男は衝撃でフラつく。
 凪風の速さから繰り出される突きは、その程度の威力ですら相手を崩す。

「はああっ!」

風三剣刃フォン・トゥリア・ラミナ

「──がはあっ!」

 凪風が潜って態勢を崩し、大空が仕留める。凪風の気持ちとは裏腹に、やはり最高のコンビネーションだ。
 しかし凪風の心境は複雑。

「その<スキル>持ってたのかよ……」

「麗が<三剣刃>持ってるからねー。パクっちゃった」

「ぐっ……!」

 最悪同じ<スキル>を持ってることは許せる、だがその過程とまで一緒となると思うところはある。
 ライバルであり姉のような存在、彼女に対してだからこそ抱く思いだろう。

「ふぬああああっ!」

「「!?」」

 そんな二人のほんのなごやかタイムを裂くように、関西側の大男が動いた。

「「しまっ──」」

 お互いの気持ちがお互いを向いているせいか、ほんわかしてしまった凪風と大空を襲うのは、まるで豪月の拳圧のような、確かな破壊力を持った咆哮。

「む?」

 その威力は、豪月も反応せざるを得ない程。

「ギャオオオオオッ!!」

「!」

 それをさらに読んだのが七色だった。
 油断していた二人を横目に、しっかりとガオンに合図を送っていた。

(うっそだろ、おい!)

 豪月と同等の咆哮、それを一瞬たりとも拮抗きっこうさせることなく、そのまま押し上げていく。

「どこまでいくんだ?」

 すぐ横で見守る凪風がそう声を漏らす余裕があるほど、七色のガオンが負ける気配はない。
 まさに圧倒的。

「が……あ……あ」

「諦めなさい。あなたに勝ち目はないわ」

 七色は使い魔であるガオンの咆哮であるのに対し、大男の攻撃は自らの声。
 召喚の理屈は分からないが、これを続けても七色へのダメージは一切ない。

 この事実が、大男を引かせるには十分だった。

「こちらの……負け……だ……」

 最後の声を振り絞り、国探を褒め称えることに使った大男。

 なんとか見せ場を作ることが出来れば、と後方でずっと声を溜めていたが、無念。
 関西側NO.3の実力者が、“未知の力”、そう言わざるを得ない七色の前に崩れた。
 もちろん、残りの魔法を使う者もこれでは負けるを認めるしかなかろう。

『第三試合、国立探索者学校の勝利!』

「「「わあああああ!!」」」

 不可思議な点を残す戦いとなったが、見ている側からすればハイレベルな攻防。
 と同時に、歓声が聞こえるのは主に国探側だ。
 それもそのはず、この時点で国探側は三勝0敗。勝利が決定したのだ。

「「「ありがとうございました!」」」

 それでも試合は続く。
 関西側にもまだ二人の強者を残すからだ。




 だが、翔はその不可解な点をぬぐい切れるわけもなく、帰ってきて早々に七色に尋ねる。

「七色さん。あなたは──」

 この後に返ってきたのは、思いもよらない答えだった。
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