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第1話 旅立ちの日

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 『十五才になったらわしを追いかけて来い』

 それがおじいちゃんの残した言葉だった。

 そして、今日で僕は十五才。 
 課せられた試験もクリアした。
 
 だから、僕はおじいちゃんを追いかける。

「立派な探索者になるために!」







<三人称視点>

 とある辺境の村、山奥。

「グルルルルル……」

 大自然の中、うなるような声を出す一匹の魔物がいる。
 何十メートルという巨大な体を誇る『熊』のようだ。

「グオオオオオオオオォォォ!!」

 まさに天地を揺るがす咆哮ほうこうだ。

 さらに、熊は前方へ一直線にけ出す。
 どうやら狙いを定めたようだ。

 標的はおおかみか、龍か。
 ──否、ひとりの少年。

「ほっ!」

 ふいに聞こえたのは、全く緊張感のない少年の声。
 熊に比べればあまりに小さいその体が、突進を軽々しく受け止める。

「甘いぞっ!」
「グオォ!?」

 少年は熊の足をひょいっと持ち上げる。
 そしてそのまま、後ろにり返った。

「うおおおおおーっりゃ!」
「グオオオオオオオオ!?」

 ドガアアアアアという轟音ごうおんひびき渡った。 
 少年がえびりような姿勢で、熊の頭を後方の地面へ叩きつけたのだ。

「最後も僕の勝ちっ!」

 彼の名は──『エアル・クオーレ』。
 この辺境の村で生まれ育ち、今日で十五才になる少年である。

「グギャゥ……」

 熊は「いてて」と頭を抑えながら立ち上がる。

 実は、巨大な熊とエアルは友達同士。
 ただの“プロレスごっこ”だったようだ。

「ほら。みんなも出ておいでー」

 エアルは、呼び掛けるようにぴゅ~いと指笛を鳴らす。
 すると、周りから巨大な魔物達がぞろぞろと出てくる。

「グギャアア!!」
「ヴオオオオ!!」
「バオオオオ!!」

 だが、どの魔物も巨大で獰猛どうもうな見た目をしている。
 その強さは計り知れない。

 しかし、あくまでこの中のボスは──少年エアル。

「僕がいなくても、みんな仲良くするんだよ」
「「「ギャーイ」」」

 エアルの言いつけに、魔物たちはそろって手を上げた。
 見る者が見れば、腰を抜かしてひっくり返るような光景だろう。

「じゃあ僕は行くからね」
「「「ギャゥ……」」」

 魔物たちは肩を落とす。

 今日この日、エアルは村を旅立つのだ。
 
 おじいちゃんを追いかけるため。
 おじいちゃんのような立派な『探索者』になるため。

 つまり、ここの魔物とはお別れである。

 そして、エアルは先程の巨大な熊へ手を差し出す。

「“クマジロー”はみんなのことをよろしくね」
「グォ!」

 クマジローと呼ばれる巨大な熊は、魔物の中で一番強いのだろう。
 最後にプロレスごっこをしたのも、両者なりの餞別せんべつのようだ。

「そんな顔しないで。また帰ってくるからさ」
「「「ギャイギャーイ」」」

 魔物達は「バイバーイ」と手を振って見送る。
 そうして、別れのあいさつをしたエアルは、そのまま山を下った。




「ただいまー、おばあちゃん」
「おかえり。エアル」

 山を下り、エアルはふもとの家に帰ってきた。
 出迎えてくれたのはおばあちゃんだ。

 普段は、エアルとおばあちゃんの二人で暮らしている。
 おばあちゃんはエアルにニッコリ笑いかけた。

「エアル、お友達にあいさつは済ませたのかい」
「うん。さっきね」

 会話をしながら、エアルは大きな大きなバッグを持ち上げた。
 旅の支度をした荷物だ。

「もし“あの人”に会うようなことがあったら、よろしく言っておいてくれ」
「わかったよ。おばあちゃん」

 おばあちゃんともあいさつを交わし、エアルはいよいよ家の扉を開ける。

「じゃあ行ってくる!」
「また帰ってくるんだよ。行きの馬車も間違えずにね」
「うん!」

 こうして、エアルは村を旅立った。




「……ふっ」

 エアルが去った後、おばあちゃんは物思いにふけっていた。
 頭の中でよみがえるのは、エアルが幼い頃の記憶だ。

 当時、この村にはエアルのおじいちゃんがいた。
 彼の職業は『探索者』だ。

 ──探索者。
 未知の財宝、未知の力を求め続ける者のこと。
 彼らはあらゆる“未知”を探し求め、日々ダンジョンに潜っている。

「遺伝とでも言うのかねえ」

 そんなおじいちゃんの血を色濃く受け継ぎ、エアルもまた未知にせられた。
 おじいちゃんが語る話に好奇心を抱き、強くあこがれるようになったのだ。

「それにしても……」

 おばあちゃんは、ふと山奥に目を向ける。
 麓と山奥の中央には、大きな扉が存在する。
 
 扉の先に広がるのは──『ダンジョン』。
 エアルが先程、あいさつを済ませてきた魔物たちの巣窟そうくつだ。

「エアルの奴、明らかに才能があふれておる」

 その難易度は──SSSランク。
 世界で数えるほども存在しない、最も高難易度・・・・・・なダンジョンである。
 SSSランクを攻略したという話は未だかつてない。

 ならば当然、その中に生息する魔物たちも強い。
 百体以上いる魔物たちは、最低でもAランクを下らないだろう。

「いや、あふれすぎじゃわボケ」

 だがエアルは、そんな魔物たちを強さで従えた。
 SSSランクダンジョンをただの遊び場にしていたのだ。
 はっきり言えば、純粋な“化け物”である。

「あの人もこれは予想外じゃろう……」

 あの人とは、エアルのおじいちゃんのこと。
 おじいちゃんは、エアルが探索者になりたいことを聞いていた。
 同時に、光る才能も見出していたのだ。

 ならばと、エアルに試練を出した。
 それは『あのダンジョンの魔物を一体・・でも倒すこと』。
 才能があるエアルであれば、十五才までに一体は倒せるだろうと踏んだのだ。

「そのはずが、気が付けば大将だからねえ……」

 まさかエアルがここまで光る原石とは思わなかっただろう。
 おばあちゃんも目を細める他ない。

「おかげで、結局言えずじまいじゃわい」

 しかし、エアルは知らない・・・・

 山のダンジョンが、SSSランクであることも。
 魔物たちが全てAランクオーバーであることも。
 自分があまりにも突出しすぎている力の持ち主であることも。

 ある日突然、『わーい魔物の友達ができたよー』などと言ってきた手前、真実を告げることができなかったのだ。

「ふっ。まあいいわい」

 思い出せば笑ってしまうような日々だ。
 今となっては懐かしくすら思える。 

「その立派な姿を、おじいちゃんに見せてくるんだよ」

 こうして、鍛えられすぎたド田舎者のエアル。
 彼が大都会で名をせる物語が幕を開ける──。




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