7 / 14
第7話 新しい生活と新たな幕開け
しおりを挟む
ディナーを終えたフィーネは、リンに自室に案内されていた。
「こちらがフィーネ様のお部屋でございます」
「これが、私のお部屋なのですか……?」
フィーネはあまりの部屋の広さに戸惑ってしまう。
(こんな広いお部屋をいただいていいのでしょうか?)
近くにあったベッドのシーツを触ると、それはふわふわとあたたかい。
(いい香りがします、お日様みたい……)
日当たりもよく、窓の外を覗くと庭師がちょうど庭の手入れをしていたところで、彼がフィーネに向かってお辞儀をした。
本棚には伯爵家にいた頃にも見たことがないような量の本が並んでいる。
「フィーネ様、気に入っていただけましたでしょうか?」
「はいっ! ありがとうございます、リンさん!」
「リンで問題ございません」
「え?」
「私はフィーネ様にお仕えする身です。そのように呼ばれてしまうのは恐れ多い事でございます」
すると、そう言うリンに対してフィーネは少し考えた様子になり、そしていい案を思いついたようにポンと手を叩くと、笑顔でリンの手を握る。
「では、こういうのはどうでしょう? 私とあなたはおともだちなので『リン』と呼ばせてもらうのは」
「おともだち……」
「はいっ! 主従ではなくおともだちとして接してくださいませんか?」
その言葉に少し困ったように目をきょろきょろさせて息を飲むと、リンは問いかける。
「フィーネ様はそれをご希望ですか?」
「ええ、もちろん今すぐでなくていいんです! でも、なんだかそんな特別扱いは慣れてなくて……」
フィーネは居所が悪いようにそわそわする。
それを見たリンはまた深くお辞儀をして伝えた。
「フィーネ様が素敵な方だと身をもって分かりました。誠心誠意尽くさせていただきます」
「え!? そんな、普通です!!」
オズの知らないところでまたしてもお辞儀合戦が繰り広げられた──。
◇◆◇
フィーネがふと目が覚ますと、ぼんやり人の陰が見えた。
(だれ……?)
それは次第にはっきりと形になっていき、ようやくそれが昨夜ディナーを共にした人だと気づく。
「うわっ!」
「しっっっつれいね!!! そんなお化けみたような声出さなくてもいいじゃない!」
ぷんすかといった様子で拗ねる様子は、昨夜もみたエルゼの仕草そのものだった。
昨日よりもドレスが普段着寄りになっており、そしてメイクも心なしか落ち着いている。
(大奥様がいらっしゃるってことは、何かした?)
そう思い、フィーネは恐る恐るエルゼに尋ねる。
「何か粗相でもございましたでしょうか?」
「なんで?」
「なんでと申されましても、その、私の部屋に朝早くからいらっしゃるということはよっぽどのことかと」
「何言ってるの、もうお昼よ?」
「え……?」
時計を見ると、そこには13時すぎの針が見える。
慌ててフィーネは飛び起きると、夜着のままベッドの上で正座してエルゼに謝罪をする。
「申し訳ございません、大奥様! 私のようなものが寝坊をしてしまい……」
ベッドに頭をめり込ませながら謝罪をするフィーネの顔を優しくあげて、口元に人差し指をあてる。
「ダメよ、『私のような』なんて言葉を使っちゃ。レディはもっと胸張って堂々として、そして強く生きなさい」
フィーネにはその言葉がなにより心に沁みた。
今まで虐げられるだけの日々だった自分の人生に大きな光が差したような、そんな気がした。
「さ、これからは一つフィーネちゃんにやってほしいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「公爵夫人教育」
「え?」
フィーネ自身すっかり忘れていたのだ。
自分を買った主人、そして夫となる人物が公爵だということを──。
「でも私マナーがまだ慣れなくて……」
「大丈夫よ! 私とリンで教えるから!」
エルザはそう言ってえっへんという感じに嬉しそうに、そして誇らしく胸を叩く。
リンに目を移すと、彼女はおしとやかにお辞儀をして無言の返事をする。
「でもお二人ともお忙しいのでは……」
「大丈夫よ! 私は暇だもの!」
「わたくしはフィーネ様専属侍女でございますので」
二人の心強い返事を聞いて、フィーネはふと馬車での彼の言葉を思い出した。
『君は公爵夫人として苦労をするかもしれない』
『はい、覚悟しております』
『でも君には僕を含めて味方がたくさんいる』
『味方?』
『いずれわかるよ』
馬車でのオスヴァルトの言葉の意味がようやくわかったフィーネは、エルゼとリンの顔を見て思う。
(味方……私には、今の私には味方がいる。とても嬉しいこと。光栄なこと。ならば……)
フィーネは二人を交互に見ながら部屋中に響き渡る声で言う。
「やらせてください! ご指導お願いいたします!!」
その言葉にエルゼとリンは顔を見合わせて微笑み、エルゼはフィーネの肩を上げてその翡翠色の目をしっかり見つめて言った。
「一か月後にこの屋敷であなたのお披露目パーティーが開かれるわ。それまでにマナーをきちんと理解して身につけること。いいわね?」
「はいっ!」
その威勢のいい返事にエルゼは嬉しそうに微笑みながら、手を叩きながら告げる。
「私の指導は厳しいわよ~! 覚悟しなさい!!」
「よ、よろしくお願いいたします!」
こうして公爵夫人教育の日々が幕を開けた──。
「こちらがフィーネ様のお部屋でございます」
「これが、私のお部屋なのですか……?」
フィーネはあまりの部屋の広さに戸惑ってしまう。
(こんな広いお部屋をいただいていいのでしょうか?)
近くにあったベッドのシーツを触ると、それはふわふわとあたたかい。
(いい香りがします、お日様みたい……)
日当たりもよく、窓の外を覗くと庭師がちょうど庭の手入れをしていたところで、彼がフィーネに向かってお辞儀をした。
本棚には伯爵家にいた頃にも見たことがないような量の本が並んでいる。
「フィーネ様、気に入っていただけましたでしょうか?」
「はいっ! ありがとうございます、リンさん!」
「リンで問題ございません」
「え?」
「私はフィーネ様にお仕えする身です。そのように呼ばれてしまうのは恐れ多い事でございます」
すると、そう言うリンに対してフィーネは少し考えた様子になり、そしていい案を思いついたようにポンと手を叩くと、笑顔でリンの手を握る。
「では、こういうのはどうでしょう? 私とあなたはおともだちなので『リン』と呼ばせてもらうのは」
「おともだち……」
「はいっ! 主従ではなくおともだちとして接してくださいませんか?」
その言葉に少し困ったように目をきょろきょろさせて息を飲むと、リンは問いかける。
「フィーネ様はそれをご希望ですか?」
「ええ、もちろん今すぐでなくていいんです! でも、なんだかそんな特別扱いは慣れてなくて……」
フィーネは居所が悪いようにそわそわする。
それを見たリンはまた深くお辞儀をして伝えた。
「フィーネ様が素敵な方だと身をもって分かりました。誠心誠意尽くさせていただきます」
「え!? そんな、普通です!!」
オズの知らないところでまたしてもお辞儀合戦が繰り広げられた──。
◇◆◇
フィーネがふと目が覚ますと、ぼんやり人の陰が見えた。
(だれ……?)
それは次第にはっきりと形になっていき、ようやくそれが昨夜ディナーを共にした人だと気づく。
「うわっ!」
「しっっっつれいね!!! そんなお化けみたような声出さなくてもいいじゃない!」
ぷんすかといった様子で拗ねる様子は、昨夜もみたエルゼの仕草そのものだった。
昨日よりもドレスが普段着寄りになっており、そしてメイクも心なしか落ち着いている。
(大奥様がいらっしゃるってことは、何かした?)
そう思い、フィーネは恐る恐るエルゼに尋ねる。
「何か粗相でもございましたでしょうか?」
「なんで?」
「なんでと申されましても、その、私の部屋に朝早くからいらっしゃるということはよっぽどのことかと」
「何言ってるの、もうお昼よ?」
「え……?」
時計を見ると、そこには13時すぎの針が見える。
慌ててフィーネは飛び起きると、夜着のままベッドの上で正座してエルゼに謝罪をする。
「申し訳ございません、大奥様! 私のようなものが寝坊をしてしまい……」
ベッドに頭をめり込ませながら謝罪をするフィーネの顔を優しくあげて、口元に人差し指をあてる。
「ダメよ、『私のような』なんて言葉を使っちゃ。レディはもっと胸張って堂々として、そして強く生きなさい」
フィーネにはその言葉がなにより心に沁みた。
今まで虐げられるだけの日々だった自分の人生に大きな光が差したような、そんな気がした。
「さ、これからは一つフィーネちゃんにやってほしいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「公爵夫人教育」
「え?」
フィーネ自身すっかり忘れていたのだ。
自分を買った主人、そして夫となる人物が公爵だということを──。
「でも私マナーがまだ慣れなくて……」
「大丈夫よ! 私とリンで教えるから!」
エルザはそう言ってえっへんという感じに嬉しそうに、そして誇らしく胸を叩く。
リンに目を移すと、彼女はおしとやかにお辞儀をして無言の返事をする。
「でもお二人ともお忙しいのでは……」
「大丈夫よ! 私は暇だもの!」
「わたくしはフィーネ様専属侍女でございますので」
二人の心強い返事を聞いて、フィーネはふと馬車での彼の言葉を思い出した。
『君は公爵夫人として苦労をするかもしれない』
『はい、覚悟しております』
『でも君には僕を含めて味方がたくさんいる』
『味方?』
『いずれわかるよ』
馬車でのオスヴァルトの言葉の意味がようやくわかったフィーネは、エルゼとリンの顔を見て思う。
(味方……私には、今の私には味方がいる。とても嬉しいこと。光栄なこと。ならば……)
フィーネは二人を交互に見ながら部屋中に響き渡る声で言う。
「やらせてください! ご指導お願いいたします!!」
その言葉にエルゼとリンは顔を見合わせて微笑み、エルゼはフィーネの肩を上げてその翡翠色の目をしっかり見つめて言った。
「一か月後にこの屋敷であなたのお披露目パーティーが開かれるわ。それまでにマナーをきちんと理解して身につけること。いいわね?」
「はいっ!」
その威勢のいい返事にエルゼは嬉しそうに微笑みながら、手を叩きながら告げる。
「私の指導は厳しいわよ~! 覚悟しなさい!!」
「よ、よろしくお願いいたします!」
こうして公爵夫人教育の日々が幕を開けた──。
13
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる