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王宮内乱編

第7話 折れそうな心

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 王妃様との心理戦を繰り広げて疲弊した私はベッドに身を投げ出して額に手の甲をつけてふうと息を吐く。
 まだ心臓がドクドクと鳴っていて、今更手が震えてきた。

「もう、なんでこんなことで怖がってんのよ」

 それに最近なんだか気落ちしていて、故郷の現代が、そして母が恋しくなっていた。
 仮にも一年婚約者だったエリク様に何も思われてなかった、愛してもらえてなかったってことにもなんとなく虚しさを感じる。
 そんなことから虚無感というか、愛情の不足を感じられて辛い。
 私はこれからどう生きればいいんだろう、なんて漠然とした不安に襲われる。

 ふと眠れずベッドから起き上がり、窓の外を眺めるとあることに気づく。

「あ、あの木。なんか家の近くの公園の木に似てる」

 そう思った私は夜着を羽織ってそっとドアを開けると、見つけた木のある裏庭にほうへと向かった。


「さむっ!」

 外はかなり寒くなってきており、風がほっぺにあたって痛い。
 そんな心の叫びを聞いていたのか後ろから声をかけられた。

「リーディア?」

 振り返るとそこにはユリウスがおり、彼もいつもと違って少しラフな格好をしていた。

「ユリウス様っ!」
「寒い中どうしたんですか、こんなところで」
「いえ、その。この木を見ていると懐かしくなって……」

 そう言いながら私は微かに残る秋の葉っぱが揺れるのを眺めていた。

「ここは私のお気に入りの場所で、この木を見るとなんだか落ち着くのです」

 そっと木の幹に触れると、目を閉じてユリウス様は語り始めた。

「この木は『聖樹』と呼ばれる王家の宝の一つです。初代の聖女が植えた神々しい木で、名前を“サクラ”というそうです」
「えっ?」

 サクラってあの『桜』?

「サクラはこの国でよくある木ですか?」
「いいえ、この国どころか、この世界には他にない唯一無二の木らしいです」
「──っ!」

 それってこの木が聖女によって植えられた……つまり現代から持ち込まれたものの可能性がある?

「その“サクラ”はもしかして春に淡いピンクの小さな花を咲かせますか?」
「おや、リーディア。よくご存じですね、聖女様だからでしょうか」

 やっぱりっ!
 間違いない。これは現代と同じ桜の木だ。ということは、聖女はもしかして同じ現代からやってきた人間?
 いきなりの転移で桜の木を持ってるわけないから、一度現代に戻ってまた来た?
 もしかして行き来できたんじゃない……?!

「どうしましたか、リーディア」
「いえ、ユリウス様。その、恥ずかしいのですが、ホームシックになっていたようでして」
「ほーむしっく?」
「家や母が恋しくなったのです。記憶を取り戻してもうすぐ一ヶ月。私は帰れるのだろうか、って」

 私がだんだん俯きがちに話していると、ユリウス様の足音が近づいてきてそして私の前で止まる。
 すると、私の頭を撫でてそれから急に私を優しく抱きしめた。

「──っ!」
「あなたは一人でよく耐えています。よくここまで我慢しましたね」

 その言葉だけでも私には十分すぎる優しさだったようで、思わず目の前の視界がぼやけてくる。

「あなたは本当に聖女のように清らかで美しい人です。でも、あなたはふと寂しい顔をするときがある」

 図星だった。
 ユリウス様は私を、私自身をよく見てくださっていて、それは愛情に飢えた私にとってすがりたい気持ちにさせる。

「私がいつかあなたを自由にし、そして……絶対に本当の笑顔が出せるようにしてみせます」
「ユリウス様……」

 そして、少しの沈黙の後に私をそっと自分から離すと、目を見て真剣な顔で言う。

「もし人目もはばからずに会うことができたら、その時はあなたと──────」

「え?」

 ユリウス様が少し照れて告げた言葉の最後は、風の声で私には届かなかった──



*****************************



【ちょっと一言コーナー】
ゆりえちゃんの自室は裏庭がちらっと見える場所で、この日庭師さんがめっちゃ刈り取った影響で見晴らしがよくなって見えやすくなってました(笑)


【次回予告】
寂しさを慰めてもらったユリエ。
そしてついに王妃との決戦の日が訪れる。
次回、『第8話 さて、覚悟はいいか』
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