上 下
8 / 13

第8話 泡沫の淡い夢

しおりを挟む
 長い夢を見た──。

 昔の記憶。
 私が隠し里で一年育った後、屋敷で零様に再会した日の事。

『お名前はなんていうですか?』

 綺麗な赤い着物を着ていた綾芽様は私に尋ねられた。
 名前と年を言うと、綾芽様は嬉しそうにする。

『私は綾芽です。あなたのことは零様から聞いていました。年が近い女の子がいてくれて嬉しいです!』
 私の手を握ってなんとも激しくぶんぶん上下に動かす。
 勝手な想像で怖い女性をイメージしていたため、彼女の気さくな様子に驚いた。
 そんな彼女の後ろには零様の姿があり、彼は書物を読んでいてこちらに視線は向けていない。

『姫、そいつが戸惑っている』
『す、すみません……つい嬉しくなり……』

 しゅんとして俯いた彼女は、私に謝った。
 ああ、心が綺麗でなんて可愛らしい人なんだろう。
 それが私の綾芽様への第一印象だった。


 時が経って、私が妖魔専門護衛隊に入隊した後も、綾芽様は私にとても良くしてくださった。
 年が二歳しか変わらなかったのもそうだが、食べることが好きでよく三人でその話もした。

『凛っ! 今日の煮物みたいなの何?』
『あれは畑で採れた野菜と、あと豆腐を乾燥させて水に戻して煮たものです』
『豆腐なの……? すごい美味しかった……』
『私も好きです』
『美味しいわよね! あ、あと一緒に入ってた豆も美味しかったわ』
『食感が良いと料理番の方に伺いました』
『どうして零様は召し上がらないのですか?』
『味が好かん』
『それがいいのよ! ねえ~凛』
『はい! 私も味が好みです』

 そんな会話をしたこともあった。
 それでも、儀式が来るたびに思い知らされる。


『守護王と桜華姫の築き上げた栄華に、心より祝福いたします』

 貴族様が式典用の衣装に身を包んだ二人の前で、何百年も続く言ノ葉を捧げる。
 守護王は剣を、桜華姫は鏡を持って天を仰いだ。

『我らを守り給え』
『世に安寧をもたらし給え』

 二人がそれぞれ言い終わると、その場にいる全ての者が跪き祈りを捧げる。
 それを終えた後は、宴の始まりとなる。

『やはりお二人はこうして並んでいると、絵になりますな!』
『さすが偉大なるお方の生まれ変わりであらせられる!』

 二人へのいくつもの敬いの言葉に対して、零様は酒を飲んで何も言わない。
 綾芽様は一人一人にお礼を言って、笑顔を見せている。

 ああ、なんてお似合いな二人なんだろうか。
 護衛の一人として外から見ていた私は、いつもそう思っていた。

 今日のお召し物もかっこいいな……。
 そんな風に零様に視線を送ると、彼とうっかり目が合ってしまう。
 私は慌てて目を逸らしたけど、なんだか罰が悪くなって裏庭の方へと向かった。


 虫の声が聞こえて涼しい風が私の頬に当たる。
 先程、酔っぱらった貴族様に無理矢理飲まされたお酒で少しふらつく。

『あっ!』

 私は小石につまづいて転びそうになる。
 その時、私の腕を誰かが力強く引っ張った。

『零、さま……!』
『飲め』

 そう差し出された手にはお酒があり、私は首を左右に振った。

『い、いえ! その、もうこれ以上はお酒は……!』
『バカか。茶だ。よく見ろ』
『え……?』

 よく見ると、零様が手に持っているのは小さめのお湯呑みだった。
 受け取ると程よい温かさで、私は両手を温める。
 ありがたく一口飲むと、ゆっくりと体にお茶が染み渡っていく。

 すると、零様はそのまま去って行こうと私に背を向けた。

『あ、あの!』

 お礼を言いたくて手を伸ばしたその時、今度は石畳のわずかな隙間に躓いて、零様に勢いよく飛び込んでしまう。

『なっ!』

 そのまま私達は近くにあった池に落ちてしまった。
 幸いにも金魚が泳ぐ小さく浅い池だったが、私はおろか零様もずぶ濡れ……。
 私は池の中で正座しながら、必死に謝る。

『申し訳ございません! 私のせいでこのようなことに、すぐにお着替えを……』
『ふふ……』
『……へ?』
『ふははは! 俺を押し倒した上に池に落とすとはな、面白い』

 前髪をかきあげてこちらを見つめる姿は、不謹慎だったがドキリとするほどに美しく色っぽい。
 それが私が初めて見た零様の笑顔だった気がする──。


 すると、そんな記憶の世界が一気に暗くなる。
 目の前には仲睦まじそうに笑い合う零様と綾芽様の姿。

 そこに行こうとしても、私の足はとてもとても重くて動かない。

 行かないで……!

 私の後ろには大きな闇が迫っていて、いくつもの妖魔がひしめき合っている。
 その中から伸びた手が私を掴んだ。

「オマエハ……シアワセニナレナイ」
「──っ!!」

 とても低い妖魔の声で語りかけてくる。

「オマエハイラナイニンゲンダ」
「やめてっ!!!」
「オマエ……レイトムスバレナイ……ウンメイハ……オマエニナイ」
「そんなことわかってる!! わかっているの!!」

 そうして守護刀で妖魔の腕を振り払った瞬間、私は自分の部屋に倒れていた。
 びっしょりと汗をかき、息が乱れている。

 目の前には小さな妖気の渦があり、次第にそれは消えていった。
 妖魔によっての精神攻撃だと気づいたのは、夜が明けた頃だった──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)

白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」 ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。 少女の名前は篠原 真莉愛(16) 【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。 そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。 何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。 「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」 そうよ! だったら逆ハーをすればいいじゃない! 逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。 その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。 これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。 思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。 いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

旦那様の秘密 ~人も羨む溺愛結婚、の筈がその実態は白い結婚!?なのにやっぱり甘々って意味不明です~

夏笆(なつは)
恋愛
溺愛と言われ、自分もそう感じながらハロルドと結婚したシャロンだが、その婚姻式の夜『今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといい』と言われ、それ以降も夫婦で寝室を共にしたことは無い。  それでも、休日は一緒に過ごすし、朝も夜も食事は共に摂る。しかも、熱量のある瞳でハロルドはシャロンを見つめている。  浮気をするにしても、そのような時間があると思えず、むしろ誰よりも愛されているのでは、と感じる時間が多く、悩んだシャロンは、ハロルドに直接問うてみることに決めた。  そして知った、ハロルドの秘密とは・・・。  小説家になろうにも掲載しています。

それは絶対にお断りしますわ

ミカン♬
恋愛
リリアベルとカインは結婚して3年、子どもを授からないのが悩みの種だったが、お互いに愛し合い仲良く暮らしていた。3年間義父母も孫の事は全く気にしていない様子でリリアベルは幸福だった。 しかしある日両親は夫のカインに愛人を持たせると言い出した。 不妊や子供に関する繊細な部分があります。申し訳ありませんが、苦手な方はブラウザーバックをお願いします。 世界観はフワッとしています。お許しください。 他サイトにも投稿。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

処理中です...