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第8話 泡沫の淡い夢
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長い夢を見た──。
昔の記憶。
私が隠し里で一年育った後、屋敷で零様に再会した日の事。
『お名前はなんていうですか?』
綺麗な赤い着物を着ていた綾芽様は私に尋ねられた。
名前と年を言うと、綾芽様は嬉しそうにする。
『私は綾芽です。あなたのことは零様から聞いていました。年が近い女の子がいてくれて嬉しいです!』
私の手を握ってなんとも激しくぶんぶん上下に動かす。
勝手な想像で怖い女性をイメージしていたため、彼女の気さくな様子に驚いた。
そんな彼女の後ろには零様の姿があり、彼は書物を読んでいてこちらに視線は向けていない。
『姫、そいつが戸惑っている』
『す、すみません……つい嬉しくなり……』
しゅんとして俯いた彼女は、私に謝った。
ああ、心が綺麗でなんて可愛らしい人なんだろう。
それが私の綾芽様への第一印象だった。
時が経って、私が妖魔専門護衛隊に入隊した後も、綾芽様は私にとても良くしてくださった。
年が二歳しか変わらなかったのもそうだが、食べることが好きでよく三人でその話もした。
『凛っ! 今日の煮物みたいなの何?』
『あれは畑で採れた野菜と、あと豆腐を乾燥させて水に戻して煮たものです』
『豆腐なの……? すごい美味しかった……』
『私も好きです』
『美味しいわよね! あ、あと一緒に入ってた豆も美味しかったわ』
『食感が良いと料理番の方に伺いました』
『どうして零様は召し上がらないのですか?』
『味が好かん』
『それがいいのよ! ねえ~凛』
『はい! 私も味が好みです』
そんな会話をしたこともあった。
それでも、儀式が来るたびに思い知らされる。
『守護王と桜華姫の築き上げた栄華に、心より祝福いたします』
貴族様が式典用の衣装に身を包んだ二人の前で、何百年も続く言ノ葉を捧げる。
守護王は剣を、桜華姫は鏡を持って天を仰いだ。
『我らを守り給え』
『世に安寧をもたらし給え』
二人がそれぞれ言い終わると、その場にいる全ての者が跪き祈りを捧げる。
それを終えた後は、宴の始まりとなる。
『やはりお二人はこうして並んでいると、絵になりますな!』
『さすが偉大なるお方の生まれ変わりであらせられる!』
二人へのいくつもの敬いの言葉に対して、零様は酒を飲んで何も言わない。
綾芽様は一人一人にお礼を言って、笑顔を見せている。
ああ、なんてお似合いな二人なんだろうか。
護衛の一人として外から見ていた私は、いつもそう思っていた。
今日のお召し物もかっこいいな……。
そんな風に零様に視線を送ると、彼とうっかり目が合ってしまう。
私は慌てて目を逸らしたけど、なんだか罰が悪くなって裏庭の方へと向かった。
虫の声が聞こえて涼しい風が私の頬に当たる。
先程、酔っぱらった貴族様に無理矢理飲まされたお酒で少しふらつく。
『あっ!』
私は小石につまづいて転びそうになる。
その時、私の腕を誰かが力強く引っ張った。
『零、さま……!』
『飲め』
そう差し出された手にはお酒があり、私は首を左右に振った。
『い、いえ! その、もうこれ以上はお酒は……!』
『バカか。茶だ。よく見ろ』
『え……?』
よく見ると、零様が手に持っているのは小さめのお湯呑みだった。
受け取ると程よい温かさで、私は両手を温める。
ありがたく一口飲むと、ゆっくりと体にお茶が染み渡っていく。
すると、零様はそのまま去って行こうと私に背を向けた。
『あ、あの!』
お礼を言いたくて手を伸ばしたその時、今度は石畳のわずかな隙間に躓いて、零様に勢いよく飛び込んでしまう。
『なっ!』
そのまま私達は近くにあった池に落ちてしまった。
幸いにも金魚が泳ぐ小さく浅い池だったが、私はおろか零様もずぶ濡れ……。
私は池の中で正座しながら、必死に謝る。
『申し訳ございません! 私のせいでこのようなことに、すぐにお着替えを……』
『ふふ……』
『……へ?』
『ふははは! 俺を押し倒した上に池に落とすとはな、面白い』
前髪をかきあげてこちらを見つめる姿は、不謹慎だったがドキリとするほどに美しく色っぽい。
それが私が初めて見た零様の笑顔だった気がする──。
すると、そんな記憶の世界が一気に暗くなる。
目の前には仲睦まじそうに笑い合う零様と綾芽様の姿。
そこに行こうとしても、私の足はとてもとても重くて動かない。
行かないで……!
私の後ろには大きな闇が迫っていて、いくつもの妖魔がひしめき合っている。
その中から伸びた手が私を掴んだ。
「オマエハ……シアワセニナレナイ」
「──っ!!」
とても低い妖魔の声で語りかけてくる。
「オマエハイラナイニンゲンダ」
「やめてっ!!!」
「オマエ……レイトムスバレナイ……ウンメイハ……オマエニナイ」
「そんなことわかってる!! わかっているの!!」
そうして守護刀で妖魔の腕を振り払った瞬間、私は自分の部屋に倒れていた。
びっしょりと汗をかき、息が乱れている。
目の前には小さな妖気の渦があり、次第にそれは消えていった。
妖魔によっての精神攻撃だと気づいたのは、夜が明けた頃だった──。
昔の記憶。
私が隠し里で一年育った後、屋敷で零様に再会した日の事。
『お名前はなんていうですか?』
綺麗な赤い着物を着ていた綾芽様は私に尋ねられた。
名前と年を言うと、綾芽様は嬉しそうにする。
『私は綾芽です。あなたのことは零様から聞いていました。年が近い女の子がいてくれて嬉しいです!』
私の手を握ってなんとも激しくぶんぶん上下に動かす。
勝手な想像で怖い女性をイメージしていたため、彼女の気さくな様子に驚いた。
そんな彼女の後ろには零様の姿があり、彼は書物を読んでいてこちらに視線は向けていない。
『姫、そいつが戸惑っている』
『す、すみません……つい嬉しくなり……』
しゅんとして俯いた彼女は、私に謝った。
ああ、心が綺麗でなんて可愛らしい人なんだろう。
それが私の綾芽様への第一印象だった。
時が経って、私が妖魔専門護衛隊に入隊した後も、綾芽様は私にとても良くしてくださった。
年が二歳しか変わらなかったのもそうだが、食べることが好きでよく三人でその話もした。
『凛っ! 今日の煮物みたいなの何?』
『あれは畑で採れた野菜と、あと豆腐を乾燥させて水に戻して煮たものです』
『豆腐なの……? すごい美味しかった……』
『私も好きです』
『美味しいわよね! あ、あと一緒に入ってた豆も美味しかったわ』
『食感が良いと料理番の方に伺いました』
『どうして零様は召し上がらないのですか?』
『味が好かん』
『それがいいのよ! ねえ~凛』
『はい! 私も味が好みです』
そんな会話をしたこともあった。
それでも、儀式が来るたびに思い知らされる。
『守護王と桜華姫の築き上げた栄華に、心より祝福いたします』
貴族様が式典用の衣装に身を包んだ二人の前で、何百年も続く言ノ葉を捧げる。
守護王は剣を、桜華姫は鏡を持って天を仰いだ。
『我らを守り給え』
『世に安寧をもたらし給え』
二人がそれぞれ言い終わると、その場にいる全ての者が跪き祈りを捧げる。
それを終えた後は、宴の始まりとなる。
『やはりお二人はこうして並んでいると、絵になりますな!』
『さすが偉大なるお方の生まれ変わりであらせられる!』
二人へのいくつもの敬いの言葉に対して、零様は酒を飲んで何も言わない。
綾芽様は一人一人にお礼を言って、笑顔を見せている。
ああ、なんてお似合いな二人なんだろうか。
護衛の一人として外から見ていた私は、いつもそう思っていた。
今日のお召し物もかっこいいな……。
そんな風に零様に視線を送ると、彼とうっかり目が合ってしまう。
私は慌てて目を逸らしたけど、なんだか罰が悪くなって裏庭の方へと向かった。
虫の声が聞こえて涼しい風が私の頬に当たる。
先程、酔っぱらった貴族様に無理矢理飲まされたお酒で少しふらつく。
『あっ!』
私は小石につまづいて転びそうになる。
その時、私の腕を誰かが力強く引っ張った。
『零、さま……!』
『飲め』
そう差し出された手にはお酒があり、私は首を左右に振った。
『い、いえ! その、もうこれ以上はお酒は……!』
『バカか。茶だ。よく見ろ』
『え……?』
よく見ると、零様が手に持っているのは小さめのお湯呑みだった。
受け取ると程よい温かさで、私は両手を温める。
ありがたく一口飲むと、ゆっくりと体にお茶が染み渡っていく。
すると、零様はそのまま去って行こうと私に背を向けた。
『あ、あの!』
お礼を言いたくて手を伸ばしたその時、今度は石畳のわずかな隙間に躓いて、零様に勢いよく飛び込んでしまう。
『なっ!』
そのまま私達は近くにあった池に落ちてしまった。
幸いにも金魚が泳ぐ小さく浅い池だったが、私はおろか零様もずぶ濡れ……。
私は池の中で正座しながら、必死に謝る。
『申し訳ございません! 私のせいでこのようなことに、すぐにお着替えを……』
『ふふ……』
『……へ?』
『ふははは! 俺を押し倒した上に池に落とすとはな、面白い』
前髪をかきあげてこちらを見つめる姿は、不謹慎だったがドキリとするほどに美しく色っぽい。
それが私が初めて見た零様の笑顔だった気がする──。
すると、そんな記憶の世界が一気に暗くなる。
目の前には仲睦まじそうに笑い合う零様と綾芽様の姿。
そこに行こうとしても、私の足はとてもとても重くて動かない。
行かないで……!
私の後ろには大きな闇が迫っていて、いくつもの妖魔がひしめき合っている。
その中から伸びた手が私を掴んだ。
「オマエハ……シアワセニナレナイ」
「──っ!!」
とても低い妖魔の声で語りかけてくる。
「オマエハイラナイニンゲンダ」
「やめてっ!!!」
「オマエ……レイトムスバレナイ……ウンメイハ……オマエニナイ」
「そんなことわかってる!! わかっているの!!」
そうして守護刀で妖魔の腕を振り払った瞬間、私は自分の部屋に倒れていた。
びっしょりと汗をかき、息が乱れている。
目の前には小さな妖気の渦があり、次第にそれは消えていった。
妖魔によっての精神攻撃だと気づいたのは、夜が明けた頃だった──。
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