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第10話

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 お兄さまに連れられて会場をあとにした私は、その足で自分の部屋に送り届けてもらいました。

「今日は疲れただろう。クリスタを呼んでくるから少し休むといい。そのまま寝てしまっていいからね」

 お兄さまはそう言って離れていこうとしました。
 どうしましょう。まだお兄さまと一緒にいたい……。
 そう思ったときにはもう私の右手は動いてしまっていて、お兄さまの袖をぎゅっと握って引き留めてしまいました。

「ん? どうかしたかい?」
「…………」

 お兄さまは怒るでも去るでもなく、私の目をじっと見つめて私の思いをくみ取ろうとしてくれています。
 傍にいてほしい、なんてわがままを思ってしまいお兄さまを困らせてしまいました。
 名残惜しいですが、ゆっくりと握った袖を離して笑顔を見せます。

 するとお兄さまは私の頭を優しくなでで、「もう少し一緒にいようか」と言ってくださいました。
 あまりに嬉しくてつい喜んでしまいました。
 その時、胸が大きくドクンッと飛び跳ねるようなそんな感覚がしたのです。



◇◆◇



 今日は冷えるからとお兄さまはホットミルクを入れてきてくださって、私に手渡します。

「さっきは嫌な思いをしただろう。ごめんね」

 私は静かに首を振って否定します。
 お兄さまが助けてくださったからどんなに心強かったか。

 ホットミルクで身体がだいぶあたたまってきた頃、私は思い出して自分の頭についている髪飾りを触って見せました。

「ん? ああ、母上の蝶の髪飾りだね。気に入ってくれたかい?」
「(ふんふん)」
「よかった。母上は私が小さな頃に亡くなってしまって、その形見は父上から譲ってもらったんだ」

 悲しい物語というより懐かしい思い出を語るようにお兄さまは話します。

「父上は仕事に真面目な人でね、なかなか家でも会うことがなくて。それでも時間を見つけては10分でも5分でも私や母上に会いに来てくれたんだ。だから母上が亡くなった時は父上も大層ふさぎ込んでしまってね」
「……」
「初めてだった。父上の泣く姿を見るのは。本当に母上のことが好きだったんだなって思ったよ」

 私は素敵なご夫婦だなと思いました。それをきちんと言葉にはできないですが、伝わればいいなと、私はお兄さまの手に自分の手を添えました。

「ローゼ?」
「(私が傍にいます)」

 きっと悲しかったのはお父さまだけではなかったはず。
 お兄さまも悲しくて、寂しくて、辛かったに違いありません。
 私にお母さまの代わりはできませんが、こうやって少しでも傍にいたら寂しくないのではないでしょうか。

「傍にいてくれるのかい?」
「(はいっ!)」
「ありがとう、ローゼ」

 私はお兄さまに気持ちが届いたことが嬉しくて、こんな夜がいつまでも続いたらいいのになと思いました。
 でも、私はお兄さまにこの時聞けなかったことがあります。


 お兄さまにはそんな風に好きな人はいるんですか?


 心の中でそんな質問が出て聞きたかったけれど、なぜそう思ったのかは今の私にはわかりませんでした──

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