上 下
1 / 28

プロローグ

しおりを挟む
「ローゼマリー!!なによこの廊下っ! もっとしっかり拭きあげなさいっ! 水浸しじゃない!!」
「申し訳ございません、シスター」

 バケツに雑巾を浸して汚れを落としたあと、もう一度ぎゅっと絞って拭きますが、私の力ではなかなかしっかり水を絞れなくて床に水分が残ってしまいます。
 そんな様子を見たシスターは苛立ってバケツを蹴り上げると、そのまま「掃除をしておきなさいよ」と言い残して去っていきました。
 じんわりとまた木の板に水が入り込み、自分のまわりを見渡すとさっきよりも水浸し。
 これはまた一段と気合をいれて拭かなければなりませんね。
 ずれ落ちてきた服の袖を上げて雑巾でまた拭き始めます。

 ああ、今日もシスターを怒らせてしまったから食事はきっとなしですね。

 言われた通りに廊下を拭きあげてバケツを流し台にかけると、手を洗って自室へと戻ることにしました。

「ぐう~」

 はあ……。
 また空腹でお腹が鳴ってしまいますが、いつものことなので水でしのぐことにします。
 ああ、やっぱりここのお水は美味しいですね。
 私はベッドに横になると、そのまま疲れに負けるようにゆっくりと目を閉じました──


 次に私が気づいた時は明け方のような薄暗い感じの景色で、部屋のドアのほうを見ると、扉の隙間から何か明るい光が見えています。
 何か変だなと思ってベッドから降りて扉をあけました。

「──っ!!!!」

 目の前一面に炎が広がっていて、階段や隣の部屋のほうにも炎があり、私はどうしていいかわからなくなって足がすくんでへたり込んでしまいました。

「ど、どうしよう」

 火事だと気づいたのはその少し後で、シスターや他の子たちを呼んでも誰からも返事がありません。
 そして、私の記憶はここでぷつりと途切れました。



◇◆◇



 ふと目が覚めるとそこは見たことがないところでした。
 これはどこかのお屋敷でしょうか。
 白いカーテンのある窓に大きな本棚、机に椅子、天井には豪華な灯りもあります。
 私以外にも人がいらっしゃったようで、少し離れたところにいたメイドさんが私と目が合うと慌てて部屋の外に出て行かれました。

 数分後、ノックのあとで男のひとが二人部屋にいらっしゃいました。
 身なりがかなりよさそうな方なので、このお家のご主人さまでしょうか。

「よかった、目が覚めたんだね。私はフリード・ヴィルヘルト。ここは私の家だから安心して休むといい」

 そのお名前を聞き、私ははっとしました。
 フリード・ヴィルヘルト公爵さま──この地方の領主さまという偉い方です。
 もちろん実際に会ったことはございませんが、修道院にいた私でも名前くらいは知っています。
 ということはこの隣にいるお若い方は、ご子息でしょうか。

「私はラルス。何かあれば遠慮なく私にいって構わないからね」

 こうしてみると、かなりお二人は似ていて綺麗なサファイアブルーの瞳がそっくりです。
 ラルスさまは20歳くらいでしょうか? 大人びているのでもう少し上かもしれませんね。

「父上、医師の診断では幸い外傷はほとんど見当たらず、軽いやけどだけだと」
「そうか、よかった」

 公爵さまは優しく微笑むと、私に話しかけてきました。

「君がいた修道院は火事でなくなったんだ。シスターは行方不明で修道院の立て直し時期も決まっていない。だから、勝手なことをして申し訳ないが身寄りのない君を引き取らせてもらった」

 その言葉があまり理解できなくて少し私は首をかしげてしまう。
 そうすると、今度はラルスさまが話を始める。

「君は私の義理の妹になったし、いつでも頼ってほしい。でもまずはゆっくり休むことが先だね」

 そういってめくれていたシーツをまた私にかけなおしてくださる。
 つまり、私はこのお家の子になったということでしょうか?

 こんな素敵なお家の子に?

「遠慮はしないでくれ。そうだ、君はなんて名前なんだい?」

 そう言われて私は「ローゼマリー」と答えました。

 なのにお二人はきょとんとして私のほうをじっとみています。

「まさか」
「もしかして」

 公爵さまとラルス様は顔を見合わせて難しい顔をしています。

 お二人に私の名前は届きませんでした。


 私は声を失ってしまっていたのです──
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

年上の夫と私

ハチ助
恋愛
【あらすじ】二ヶ月後に婚礼を控えている伯爵令嬢のブローディアは、生まれてすぐに交わされた婚約17年目にして、一度も顔合わせをした事がない10歳も年の離れた婚約者のノティスから、婚礼準備と花嫁修業を行う目的で屋敷に招かれる。しかし国外外交をメインで担っているノティスは、顔合わせ後はその日の内に隣国へ発たなたなければならず、更に婚礼までの二カ月間は帰国出来ないらしい。やっと初対面を果たした温和な雰囲気の年上な婚約者から、その事を申し訳なさそうに告げられたブローディアだが、その状況を使用人達との関係醸成に集中出来る好機として捉える。同時に17年間、故意ではなかったにしろ、婚約者である自分との面会を先送りして来たノティスをこの二カ月間の成果で、見返してやろうと計画し始めたのだが……。【全24話で完結済】 ※1:この話は筆者の別作品『小さな殿下と私』の主人公セレティーナの親友ブローディアが主役のスピンオフ作品になります。 ※2:作中に明らかに事後(R18)を彷彿させる展開と会話があります。苦手な方はご注意を! (作者的にはR15ギリギリという判断です)

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

処理中です...