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第二部
第24話 消えない想い出~SIDEジル~
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突然、記憶を失ったジルは虚無感の中にいた。
ベッドで寝る自分を見ては、自分が何者なのかわからない恐怖心と、そして見えない先に思考が停止する、そんな感覚だった。
自分の左手に光る指輪を見て、頭を抱える。
「僕は、どれだけ大切なことを忘れてしまっているんだろう……」
恋人の存在さえ忘れてしまった自分に嫌気がさす。
そうしていると、ふと毎日献身的に訪ねてくれる彼女の笑顔が浮かんだ……。
「ソフィさん……」
幼馴染という彼女との思い出を最近は少しだけ思い出せるようになった。
幼いソフィが自分の隣で座り、一緒にピアノの連弾をする姿──
彼女がふと自分に笑いかけてきては、いつも声をかける。
『ジル、すごい! 私にもそれ教えて!』
いつも姉のようにどこか大人びていて……。
(本が好きな、彼女……)
少しずつ思い出してくる記憶の欠片を必死に手繰り寄せる。
目をつぶってその光景を思い出すように、静かに耳を澄ませた。
『ふふ、この本はね。実は300年前の本なんだけど、「しょはん」っていって同時の一番最初に書かれた本なの』
(そうだ、それで僕は……)
『ん? なんでそれがいいのかって? だって……』
「その人に会える気がするから……」
はっとするように顔をあげたジルは、鮮明に思い出された幼馴染の彼女のことを思い出す。
だが、ピースが足りない。
まだ足りない……。
そうしてジルは彼女との思い出を感じるため、そして何か手がかりがないかを探すために街にでた。
いつも行く本屋はCLOSEの看板がかかっており、先日訪れたときのようなに中に入って本を見ることはできなかった。
あとは、どこに行けば彼女との思い出を見つけることができるだろうか。
そうして問いかけたジルに後ろから声をかけた人物がいた。
「あら、ジル様?」
「──? ヴィヴィアさん?」
彼女はその本屋の現在の店主であり、先日もソフィと訪ねたときに世話になっていた。
一人でフラフラとしているところを不審に思ったのか、彼女はジルに尋ねる。
「今日はお一人ですか?」
「はい……ソフィのこと。思い出したんです。幼馴染だった時の事、だけど何か忘れている気がして……」
思い出せない自分を責めるように顔をしかめるジルの姿を見たヴィヴィアは、彼に近くのカフェで医師の自分と話をしてみないか、と提案した。
ジルは静かに頷いた──
店員が運んできた紅茶を飲みながら、ヴィヴィアは彼に負担をかけないように少しずつ問いかける。
「ソフィ様は素敵なひとですね。二人はいつから一緒なんですか?」
「本当に生まれたときからのようなものです。家も仲良く……それで、よくお互いの家を行き来して遊んで」
「そうなんですね。ソフィ様はお優しい方だと祖母からもうかがっておりました」
「はい、本当に思いやりがあって、だけど、だからこそ気を遣いすぎてしまう……」
段々饒舌になっていく彼の話をうんうんと静かに頷きながら聞く。
ピアノをしたこと、本の物語について教えてもらったこと。
「僕はいつも彼女に教えてもらってばかりで。でも、そんな彼女が……いつしか……」
「──?」
少しずつ小さくなる声。
やがて、先程までの饒舌さは消え、彼は黙って紅茶に浮かぶ自分の姿を見つめた。
「ソフィ……僕の幼馴染で……」
その表情と話している言葉の端々から、ヴィヴィアは”その時”が近いと判断して何も言わずに見守る。
(頑張ってください、ジル様。あなたの力で、あなた自身のことは思い出すんです。もう少し……)
その時、ふとジルは自分の指輪が目に入った。
『ソフィ、君が他の男と婚約した時、幼い頃からソフィが好きだった僕はとても苦しかった。でももう今は君の婚約者は僕だ。誓うよ、君を一生かけて守り、愛します。だから……』
頭の中に自分の声が響いてきて、それと同時に一気に記憶の波が流れ込んでくる。
激しい吐き気と頭痛に眩暈がしそうになる……。
「ジル様っ!」
「ソフィ……僕は……僕と……っ!!」
その瞬間、全てのピースがカチリとはまったような音がした。
そう、その言葉の続きを思い出したジルは、ヴィヴィアのほうを見つめた。
「ヴィヴィアさん、ありがとう」
「……思い出したんですね」
「はい、全て」
ジルは穏やかな表情を浮かべる。
「さあ、彼女の元に行ってあげてください」
「はい、また二人で本屋に行きます。その時はソフィの好きな童話を仕入れて置いていただけると」
「ふふ、かしこまりました。ぜひ、お待ちしております」
ジルはヴィヴィアに別れを告げると、急いでルノアール邸へと馬車を走らせる。
(あの言葉の続きをもう一度……)
もう一度、彼女に言いたい……!
ベッドで寝る自分を見ては、自分が何者なのかわからない恐怖心と、そして見えない先に思考が停止する、そんな感覚だった。
自分の左手に光る指輪を見て、頭を抱える。
「僕は、どれだけ大切なことを忘れてしまっているんだろう……」
恋人の存在さえ忘れてしまった自分に嫌気がさす。
そうしていると、ふと毎日献身的に訪ねてくれる彼女の笑顔が浮かんだ……。
「ソフィさん……」
幼馴染という彼女との思い出を最近は少しだけ思い出せるようになった。
幼いソフィが自分の隣で座り、一緒にピアノの連弾をする姿──
彼女がふと自分に笑いかけてきては、いつも声をかける。
『ジル、すごい! 私にもそれ教えて!』
いつも姉のようにどこか大人びていて……。
(本が好きな、彼女……)
少しずつ思い出してくる記憶の欠片を必死に手繰り寄せる。
目をつぶってその光景を思い出すように、静かに耳を澄ませた。
『ふふ、この本はね。実は300年前の本なんだけど、「しょはん」っていって同時の一番最初に書かれた本なの』
(そうだ、それで僕は……)
『ん? なんでそれがいいのかって? だって……』
「その人に会える気がするから……」
はっとするように顔をあげたジルは、鮮明に思い出された幼馴染の彼女のことを思い出す。
だが、ピースが足りない。
まだ足りない……。
そうしてジルは彼女との思い出を感じるため、そして何か手がかりがないかを探すために街にでた。
いつも行く本屋はCLOSEの看板がかかっており、先日訪れたときのようなに中に入って本を見ることはできなかった。
あとは、どこに行けば彼女との思い出を見つけることができるだろうか。
そうして問いかけたジルに後ろから声をかけた人物がいた。
「あら、ジル様?」
「──? ヴィヴィアさん?」
彼女はその本屋の現在の店主であり、先日もソフィと訪ねたときに世話になっていた。
一人でフラフラとしているところを不審に思ったのか、彼女はジルに尋ねる。
「今日はお一人ですか?」
「はい……ソフィのこと。思い出したんです。幼馴染だった時の事、だけど何か忘れている気がして……」
思い出せない自分を責めるように顔をしかめるジルの姿を見たヴィヴィアは、彼に近くのカフェで医師の自分と話をしてみないか、と提案した。
ジルは静かに頷いた──
店員が運んできた紅茶を飲みながら、ヴィヴィアは彼に負担をかけないように少しずつ問いかける。
「ソフィ様は素敵なひとですね。二人はいつから一緒なんですか?」
「本当に生まれたときからのようなものです。家も仲良く……それで、よくお互いの家を行き来して遊んで」
「そうなんですね。ソフィ様はお優しい方だと祖母からもうかがっておりました」
「はい、本当に思いやりがあって、だけど、だからこそ気を遣いすぎてしまう……」
段々饒舌になっていく彼の話をうんうんと静かに頷きながら聞く。
ピアノをしたこと、本の物語について教えてもらったこと。
「僕はいつも彼女に教えてもらってばかりで。でも、そんな彼女が……いつしか……」
「──?」
少しずつ小さくなる声。
やがて、先程までの饒舌さは消え、彼は黙って紅茶に浮かぶ自分の姿を見つめた。
「ソフィ……僕の幼馴染で……」
その表情と話している言葉の端々から、ヴィヴィアは”その時”が近いと判断して何も言わずに見守る。
(頑張ってください、ジル様。あなたの力で、あなた自身のことは思い出すんです。もう少し……)
その時、ふとジルは自分の指輪が目に入った。
『ソフィ、君が他の男と婚約した時、幼い頃からソフィが好きだった僕はとても苦しかった。でももう今は君の婚約者は僕だ。誓うよ、君を一生かけて守り、愛します。だから……』
頭の中に自分の声が響いてきて、それと同時に一気に記憶の波が流れ込んでくる。
激しい吐き気と頭痛に眩暈がしそうになる……。
「ジル様っ!」
「ソフィ……僕は……僕と……っ!!」
その瞬間、全てのピースがカチリとはまったような音がした。
そう、その言葉の続きを思い出したジルは、ヴィヴィアのほうを見つめた。
「ヴィヴィアさん、ありがとう」
「……思い出したんですね」
「はい、全て」
ジルは穏やかな表情を浮かべる。
「さあ、彼女の元に行ってあげてください」
「はい、また二人で本屋に行きます。その時はソフィの好きな童話を仕入れて置いていただけると」
「ふふ、かしこまりました。ぜひ、お待ちしております」
ジルはヴィヴィアに別れを告げると、急いでルノアール邸へと馬車を走らせる。
(あの言葉の続きをもう一度……)
もう一度、彼女に言いたい……!
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