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第一部

第6話 ある公爵様の訪問

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 テレーゼはノックをして慌てた様子でコルネリアの部屋に入ると、ベッドの上に座っていた彼女に訪問者のことについて早口で言い始める。

「コルネリア様っ! 実はアスマン公爵がいらっしゃっているのですが、いかがいたしましょうか」
「え? 公爵様が?」

 公爵という言葉を聞いて偉い人だとすぐに判断した後、脳内ではすぐに自分はどうすればいいのだという思いがよぎる。
 いつも対応していたであろうレオンハルトも今しがた仕事に出たばかりで、彼の側近と聞いているミハエルもいない。
 家の中には「ヴァイス公爵夫人」という立場である自分と使用人たちしかおらず、どのように対応すれば良いのかと考えた。
 コルネリアは息を切らせながら自分に公爵の訪問を報告したテレーゼの背中をさすって落ち着かせると、廊下のほうへと向かう。

「コルネリア様?」
「ひとまずご用件を伺いにまいりましょう。緊急事かもしれません」

 貴族生活の少ないコルネリアだったが、昔教会のシスターが訪問者を歓迎していたことを思い出し、自分もひとまず来客の対応をすることにした。
 しかし、彼女にとってそれからの時間は苦いものとなる──


 アスマン公爵はヴァイス家の執事の案内で応接室に通され、青いベルベット生地のソファに腰をかけて待っていた。
 コルネリアはドレスの裾を持って挨拶をすると、そのまま公爵の向かいに座る。
 執事はアスマン公爵の前、そしてコルネリアの前に紅茶を置くと、そのままコルネリアの少し後ろに控えるように立った。

「お初にお目にかかりますなあ、ご夫人」
「ご挨拶が遅くなりました、コルネリアと申します」

 表情もなく真っすぐにアスマン公爵を見つめて名を名乗ると、公爵はそれは優雅に紅茶の香りを嗅いでゆっくりと飲み始める。
 かなり年を召しているのか、杖を横に携えており、髭を整えながらコルネリアを品定めするように見つめてくる。
 普通の令嬢であればそこまでまじまじと見つめられて、しかも少々眉をひそめながら嫌なものでも見るかのようにされると居心地が悪いが、コルネリアにとっては特に何の不快感もなかった。
 それほど彼女の感情の欠け落ちは残ってしまっている。

「ヴァイス公爵はいらっしゃらないのだろうか」
「夫は仕事で王宮に出ております」
「いつ頃戻られるのかな?」
「私にはわかりかねます」

 コルネリアはここに来て数日であったし、レオンハルトもまだ仕事から帰る時間などを詳細に教えてはいなかった。
 彼女の負担をなるべく軽くしたいという思いからであったが、今回はそれが仇となったのだ。

「北方の領土権利の申請書について伺いたいのだが」
「私にはわかりかねます、申し訳ございません」
「この紅茶は北方のものかね?」
「……」

 答えを持ち合わせておらずごくりと喉を鳴らして焦ってしまったコルネリアだったが、すぐ後ろに控えていた執事が言葉を発する。

「アスマン公爵の仰る通り、そちらは北方の今年流通が始まった茶葉でございます」
「そうかっ! 私は紅茶にうるさくてな、あそこの茶葉は時期にこだわっているんだが、さすがだなヴァイス公爵は」
「主人に伝えておきます」
「ああ、それに比べて……」

 そう言いながらなんとも文句を言いたげな、蔑んだ目でコルネリアを見つめるアスマン公爵は、ため息を大きくついて髭を触る。

「ご夫人はこの家のことを何にも知らないといいますか、先ほどから話していてもなかなかその、学がないというか」

 「出来損ないの妻」とはっきり言われた気がした。
 申し訳ございませんと何度も謝るしかなく、その様子を痛々しそうに執事も見て合間合間にコルネリアを擁護してくれるが、アスマン公爵の嫌味は止まらない。

「あの有名な聖女様だったと伺いましたが、思ったほどでなく普通のご令嬢のようで」

 コルネリアは何も言い返せず、黙って俯きがちになりながら、公爵の口攻撃が止まるのをただひたすらに待つ。

「ああ、ヴァイス公爵も落ちましたな」

 その言葉を聞いた途端にドクンとコルネリアの鼓動がはね、そして血の気が引いていく。
 もうそこから彼女の意識はほぼなく、何度も繰り返されるレオンハルトへの悪口や嫌味を聞いて手を震わせていた。



◇◆◇



 アスマン公爵が帰って数時間後、レオンハルトが邸宅に戻ってきた。
 執事から仔細を聞き、その足でコルネリアがいる部屋へと向かう。

「悪かったね、アスマン公爵が来ていたんだって?」
「はい、後日またいらっしゃるとのことでした」
「そうか、突然の対応を任せて申し訳なかったね」

 外は雨が降ってきていたようでコートや髪についていた雨粒を払うようにして雫を取っている。
 そんなレオンハルトには背を向けて立っていたコルネリアが彼のほうに振り向き、言葉を発した。

「いえ、とんでもございません。それよりも私から一つ公爵様によろしいでしょうか?」
「ああ、なんだい」

 レオンハルトはコルネリアから珍しく問いかけが来たことに対して内心少し喜んでしまっていた。
 彼女が感情を表に出すことはほぼないに等しいし、それに彼女のためにできることがあるのであれば、なんでもしてやりたいと思っていたからだ。


「離婚して頂きたいのです」

 コルネリアの冷静で冷たい言葉が、レオンハルトの淡い期待すらも打ち砕いた──
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