5 / 56
第一部
第5話 モーニングは甘く優しく
しおりを挟む
レオンハルトがコルネリアに想いを告げてから数日が経過した。
体力の低下が心配されたコルネリアは、最初こそ固形物もないスープのみの食事と水しか飲めなかったが、徐々に柔らかく煮た野菜や果物を口にできるまでに回復していた。
幸いにも彼女がヴァイス公爵家に来たすぐの数日以外は高熱になることもなく、身体も起こして歩き回れるようにまでなっている。
「コルネリア様、体調が落ち着かれてよかったですね」
「皆さんのおかげです、ありがとうございます」
この家に来てから世話をしていたメイドであるテレーゼが、コルネリアの食べた後の食器をワゴンに乗せながら言う。
黒髪を美しくまとめたテレーゼはコルネリアや女性の平均よりも少し高い身長で、それでいて細身のすらっとした体形。
食べ物を食べていなくてやせ細っているコルネリアの「細身」とはまた別で健康的に美しいラインをしている。
綺麗な方だな、なんてコルネリアは思っていたが、彼女は外見の美しさとは裏腹にそそっかしい一面もあった。
「あ、コルネリア様、申し訳ございません!! 私、食後にと思っていた紅茶をすでにいれてしまっていたようで、冷めてしまいましたっ!! すぐに入れ直してきます!」
わざわざそこまでしなくても飲めますよ、とコルネリアは彼女に言おうとしたのだが、彼女が去っていくスピードに追いつけないほどの慌てぶりで部屋を去っていく。
そしてその後すぐに廊下から、ガッシャンと何か皿が割れたような音がしてコルネリアは思わず顔を上げた。
────どうやら本日三枚目の皿を割ったようであった。
そんな甲斐甲斐しくもどこか危なっかしいテレーゼに世話をされていたコルネリアだったが、だいぶ動けるようになったため何か自分自身のことはできないかと部屋をうろうろとしてみる。
しかし、掃除や洗濯などの家事をおこなったことのない彼女にはどうすることもできずに立ち尽くしてしまう。
「コルネリア様? もう起きて大丈夫ですか?」
「はい、何かお手伝いをしようと思うのですが、何もできなくてどうしようかと」
「そんなっ!! 奥様にそのようなことはさせられませんっ!! わたくしどもにお任せくださいませ!!」
胸を張るようにして手をあててお任せあれといった感じで言うテレーゼは、あ、そうでしたといった感じで話を進める。
「レオンハルト様がダイニングに来てほしいと仰せでした」
「かしこまりました、すぐに向かいます」
そう言ってテレーゼに連れられてダイニングへと向かった。
ダイニングへ向かうとそこにはすでにレオンハルトが席についており、テーブルにはサラダやフルーツ、スープやパンなどの朝食が用意されていた。
そしてレオンハルトの左隣にコルネリアの分と思われる少し量が少なめの料理が並んでおり、テレーゼはそこの席にコルネリアを案内をする。
「おはよう、コルネリア」
「おはようございます、公爵様」
丁寧にお辞儀をしながらレオンハルトに朝の挨拶をすると、促されるままに席に着く。
目の前に広がる立派な料理を思わず端から端まで見てしまう。
豪華で嬉しかったからではない、食べきれるかどうか不安だったからだ。
「だいぶ食べられるようになったと聞いてね、今日は仕事も昼からだったから一緒に食べたかったんだ」
「かしこまりました」
そして二人は食事を食べ始めた…………のだが、コルネリアはスープを飲んだ後、そのまま手が止まってしまった。
どこか身体が痛むのだろうか、と心配するレオンハルトだったが、彼女が手を止めた理由はそこではなかった。
「どうかしたかい? 僕と食べるのが嫌だっただろうか」
「いえ、そうではないのです。その、何といいますか、食べ方がわからないものがありまして」
スプーンやフォークが使えないというわけではない。
彼女が「食べられない」と言うのはただ単に食事をするのではなく、「貴族として最良のマナーの上で」食事ができないと言っている。
レオンハルトは意図を汲んだようで、自分の持っていたスプーンを置いてフォークに持ちかえるとそのままサラダをコルネリアの口元に持っていった。
「……これは、どういうことでしょうか?」
「マナーなんて気にしなくていい。ほら、食べてごらん」
目の前に差し出されるサラダを食べていいのか、それはマナーとしてどうなのかと思ったが、主人であるレオンハルトがそのようにしているのだからそれを受け取るのが正しいと判断して口を開く。
「──っ!」
それまでの食事では蒸かした野菜のみであったが、新鮮な野菜と味気のあるドレッシングの存在がコルネリアの口いっぱいに広がる。
それがどうやらコルネリアの口に合ったようで、思わず目を大きく見開いて自分の目の前にもあるサラダを見つめる。
そしてその後、横にいるレオンハルトを見た。
「マナーはいいから、食べてごらん。僕は何も怒ったりしないから」
「はい……」
コルネリアはゆっくりとフォークを手に取ると、自分の目の前にある器に盛りつけられたサラダを食べ始める。
あたたかいスープにも、サクッと焼かれたパンにも驚いたが、自分の口の中で新鮮な野菜が瑞々しく感じて思わず顔が綻ぶ。
「よかった、少しずつでいいから好きなものを食べていいから」
「はい」
なんて贅沢なことだろうか、なんて食事は美味しいのだろうか、そんな風に思ったのは初めてのような気がした。
と同時に孤児院にいた頃を思い出して、なんだか少し心が動いた。
(シスターに、食べさせてもらったご飯……)
まだ幼く自分でうまく食べられなかった彼女は他の子供たちと一緒にシスターに食べさせてもらうことが多かった。
孤児院にいたのは2歳までだったからそのくらいは当然だろう。
忘れていた人の温かみを思い出して、コルネリアの心がドクンと一つはねた。
その後仕事に出かけたレオンハルトを見送ると、コルネリアは自室に戻って窓の外を眺める。
本もあまり読むことができない──文字の読み書きに苦手意識があった彼女は、本棚にあるたくさんの本を読むのではなく外にある草花を見つめて孤児院を思い出していた。
(孤児院にいた、私。よく外に遊びに出て……)
幼かった頃の記憶を手繰り寄せながらぼうっと外を眺める。
コルネリアが窓の外を眺めている頃、ヴァイス公爵家の玄関に一人の訪問者がやってきていた──
体力の低下が心配されたコルネリアは、最初こそ固形物もないスープのみの食事と水しか飲めなかったが、徐々に柔らかく煮た野菜や果物を口にできるまでに回復していた。
幸いにも彼女がヴァイス公爵家に来たすぐの数日以外は高熱になることもなく、身体も起こして歩き回れるようにまでなっている。
「コルネリア様、体調が落ち着かれてよかったですね」
「皆さんのおかげです、ありがとうございます」
この家に来てから世話をしていたメイドであるテレーゼが、コルネリアの食べた後の食器をワゴンに乗せながら言う。
黒髪を美しくまとめたテレーゼはコルネリアや女性の平均よりも少し高い身長で、それでいて細身のすらっとした体形。
食べ物を食べていなくてやせ細っているコルネリアの「細身」とはまた別で健康的に美しいラインをしている。
綺麗な方だな、なんてコルネリアは思っていたが、彼女は外見の美しさとは裏腹にそそっかしい一面もあった。
「あ、コルネリア様、申し訳ございません!! 私、食後にと思っていた紅茶をすでにいれてしまっていたようで、冷めてしまいましたっ!! すぐに入れ直してきます!」
わざわざそこまでしなくても飲めますよ、とコルネリアは彼女に言おうとしたのだが、彼女が去っていくスピードに追いつけないほどの慌てぶりで部屋を去っていく。
そしてその後すぐに廊下から、ガッシャンと何か皿が割れたような音がしてコルネリアは思わず顔を上げた。
────どうやら本日三枚目の皿を割ったようであった。
そんな甲斐甲斐しくもどこか危なっかしいテレーゼに世話をされていたコルネリアだったが、だいぶ動けるようになったため何か自分自身のことはできないかと部屋をうろうろとしてみる。
しかし、掃除や洗濯などの家事をおこなったことのない彼女にはどうすることもできずに立ち尽くしてしまう。
「コルネリア様? もう起きて大丈夫ですか?」
「はい、何かお手伝いをしようと思うのですが、何もできなくてどうしようかと」
「そんなっ!! 奥様にそのようなことはさせられませんっ!! わたくしどもにお任せくださいませ!!」
胸を張るようにして手をあててお任せあれといった感じで言うテレーゼは、あ、そうでしたといった感じで話を進める。
「レオンハルト様がダイニングに来てほしいと仰せでした」
「かしこまりました、すぐに向かいます」
そう言ってテレーゼに連れられてダイニングへと向かった。
ダイニングへ向かうとそこにはすでにレオンハルトが席についており、テーブルにはサラダやフルーツ、スープやパンなどの朝食が用意されていた。
そしてレオンハルトの左隣にコルネリアの分と思われる少し量が少なめの料理が並んでおり、テレーゼはそこの席にコルネリアを案内をする。
「おはよう、コルネリア」
「おはようございます、公爵様」
丁寧にお辞儀をしながらレオンハルトに朝の挨拶をすると、促されるままに席に着く。
目の前に広がる立派な料理を思わず端から端まで見てしまう。
豪華で嬉しかったからではない、食べきれるかどうか不安だったからだ。
「だいぶ食べられるようになったと聞いてね、今日は仕事も昼からだったから一緒に食べたかったんだ」
「かしこまりました」
そして二人は食事を食べ始めた…………のだが、コルネリアはスープを飲んだ後、そのまま手が止まってしまった。
どこか身体が痛むのだろうか、と心配するレオンハルトだったが、彼女が手を止めた理由はそこではなかった。
「どうかしたかい? 僕と食べるのが嫌だっただろうか」
「いえ、そうではないのです。その、何といいますか、食べ方がわからないものがありまして」
スプーンやフォークが使えないというわけではない。
彼女が「食べられない」と言うのはただ単に食事をするのではなく、「貴族として最良のマナーの上で」食事ができないと言っている。
レオンハルトは意図を汲んだようで、自分の持っていたスプーンを置いてフォークに持ちかえるとそのままサラダをコルネリアの口元に持っていった。
「……これは、どういうことでしょうか?」
「マナーなんて気にしなくていい。ほら、食べてごらん」
目の前に差し出されるサラダを食べていいのか、それはマナーとしてどうなのかと思ったが、主人であるレオンハルトがそのようにしているのだからそれを受け取るのが正しいと判断して口を開く。
「──っ!」
それまでの食事では蒸かした野菜のみであったが、新鮮な野菜と味気のあるドレッシングの存在がコルネリアの口いっぱいに広がる。
それがどうやらコルネリアの口に合ったようで、思わず目を大きく見開いて自分の目の前にもあるサラダを見つめる。
そしてその後、横にいるレオンハルトを見た。
「マナーはいいから、食べてごらん。僕は何も怒ったりしないから」
「はい……」
コルネリアはゆっくりとフォークを手に取ると、自分の目の前にある器に盛りつけられたサラダを食べ始める。
あたたかいスープにも、サクッと焼かれたパンにも驚いたが、自分の口の中で新鮮な野菜が瑞々しく感じて思わず顔が綻ぶ。
「よかった、少しずつでいいから好きなものを食べていいから」
「はい」
なんて贅沢なことだろうか、なんて食事は美味しいのだろうか、そんな風に思ったのは初めてのような気がした。
と同時に孤児院にいた頃を思い出して、なんだか少し心が動いた。
(シスターに、食べさせてもらったご飯……)
まだ幼く自分でうまく食べられなかった彼女は他の子供たちと一緒にシスターに食べさせてもらうことが多かった。
孤児院にいたのは2歳までだったからそのくらいは当然だろう。
忘れていた人の温かみを思い出して、コルネリアの心がドクンと一つはねた。
その後仕事に出かけたレオンハルトを見送ると、コルネリアは自室に戻って窓の外を眺める。
本もあまり読むことができない──文字の読み書きに苦手意識があった彼女は、本棚にあるたくさんの本を読むのではなく外にある草花を見つめて孤児院を思い出していた。
(孤児院にいた、私。よく外に遊びに出て……)
幼かった頃の記憶を手繰り寄せながらぼうっと外を眺める。
コルネリアが窓の外を眺めている頃、ヴァイス公爵家の玄関に一人の訪問者がやってきていた──
6
お気に入りに追加
586
あなたにおすすめの小説
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々
神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】
「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。
たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。
ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。
-----
西洋風異世界。転移・転生なし。
三人称。視点は予告なく変わります。
ヒロイン以外の視点も多いです。
-----
※R15は念のためです。
※小説家になろう様にも掲載中。
【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~
及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら……
なんと相手は自社の社長!?
末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、
なぜか一夜を共に過ごすことに!
いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる