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第一部

第1話 少女は今日も幽閉されている

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「この役立たずがっ!!」
「──っ! 申し訳ございません」

 少女は殴られた自分の頬や乱れた淡いピンクの長い髪を気にすることなく、今目の前にいる父親に謝罪をする。
 その力なき声は地下牢の冷たい冷たい壁へと虚しく消えていくだけ──


「次しくじったらこの程度じゃすまないからなっ!!」
「かしこまりました……」

 彼女の父親は牢屋の鍵を閉め、コツコツと靴を鳴らして入り口の扉を荒々しく開けるとそのまま出て行った。

 その様子を見て、彼女は冷たい床についた顔をそっとあげて小さな小窓から差し込むわずかな光を眺める。
 虚ろでどこに視点が合っているのかわからないような、そんな様子の彼女の瞳はひどく濁っていた。
 この少女の名前はコルネリア・ルセックという。



 15年前──。

 長年子に恵まれなかったルセック伯爵と伯爵夫人が教会からある聖女をもらいうけた。
 その聖女はわずか2歳にしてわずかながらも傷の治療をしたことから、聖女の中でも数百年に一人の逸材と言われていた。

「この子にしましょう! 淡いピンクの髪で可愛いわ!」
「ああ、聖女としての力も申し分ないし、きっと我が家に幸福をもたらしてくれるだろう」

 そうしてこの2歳の聖女は引き取られた。

 コルネリアは傷の治療に加えて、泥水を浄化したり、伯爵が当時患っていた肺の病も治してしまった。
 彼女は「天才だ!」「素晴らしい!」と大事にされ、伯爵夫妻にそれはそれは可愛がられることになる。

 しかしある日、無情にもその愛は終わりを迎える。

「なんでできないんだ!!!」
「ごめんなさい……おとうさま、できないんです」
「そんなわけないだろっ!! 早く浄化しろっ!」
「できないの……」
「このっ!!!」

 コルネリアは伯爵からぶたれてその場に倒れ込む。
 頬を触ると赤く腫れて痛いという感情が彼女を襲う──

 なぜかコルネリアが3歳になった頃、突如として聖女の力が発揮できなくなった。
 そのことに焦りを覚えた伯爵は彼女を毎日殴ったり、何度も無理矢理泥水を浄化させようと水に彼女の顔を沈めたりもした。
 伯爵がここまでコルネリアの聖女の力を発揮させようとしていたのには、ある理由があった。

 コルネリアが家に来たことで、伯爵は医師よりも莫大な金で治療を請け負うようになった。
 さらにコルネリアに浄化させた水を「聖水」としてこれまた金で売っていたのだ。
 ルセック伯爵家のもとには、多くの金を持った貴族が集まり彼女の力を頼った。
 結果、ルセック伯爵家は莫大な富を得たわけだが、コルネリアが突如聖女の力を失ってしまったがゆえに伯爵家は困る。

 なんとか伯爵は、今日は聖水は売り切れてしまったやら、治療の予約がいっぱいだとか言い逃れを繰り返してごまかしていた。
 それと同時に聖女の力を早く出すようにとコルネリアに迫るが、彼女は4歳になっても5歳になっても力を出せなかった。

 しびれを切らした伯爵は彼女を虐待するようになり、そしてついに地下牢に入れて幽閉してしまった。


 こうしてコルネリアは5歳から今まで地下牢で過ごすことになったのだ。
 それは彼女にとって生まれてから覚えた感情を日々失っていくことになった。

 そしてコルネリアの感情は欠け落ちてしまった──



◇◆◇



 そんないつもの幽閉される日々は突然終わりを迎えた。

「おいっ!」
「なんでしょうか」
「お前に身請け話がきた。こい」

 そういってコルネリアの意思も聞かず、無理矢理そのやせ細った腕を引っ張って地下牢から出る。

「──っ!」

 彼女は12年ぶりに日の光を浴びて、身体を思わずびくりとさせる。
 そんな様子も気にせず、引きずるように伯爵は玄関のほうへと彼女を連れていく。


 玄関にはすでに馬車の用意がされていて、伯爵はコルネリアをその中に乱暴に放り込む。

「お前みたいなやつでも何も持たなくていいと言ってくださっている、お前はそのまま公爵様のところへ向かえ」
「かしこまりました」

 コルネリアはその「公爵様」のところに行けばいいのだとだけ理解をし、返事をする。
 馬車の扉が閉まり、馬が走っていく。


 初めて乗った馬車にも特に何の疑問も持たず、おとなしくコルネリアは座っている。
 変わりゆく景色を眺めるでもなく、身なりを整えるわけでもなく、ただただ馬車に揺られ乗っているだけ。

 そうして数時間乗った馬車は日が落ちる頃に公爵邸へと着いた。

 馬車の扉がゆっくり開くとそこには執事……ではなくとても身なりのいい男性がいた。

「いらっしゃい、こちらへ」
「かしこまりました」

 いつものように無表情で返事をしながらも、ふと彼の声に惹かれてコルネリアは顔をあげた。
 シルバーの髪が目を引いたが、それよりもサファイアブルーのキラキラと輝く目に吸い込まれそうになる。
 ゆっくりと彼は微笑むと、コルネリアの頬に手をあてて少し撫でた。


「おかえり、コルネリア」


 この人はどうして自分に「おかえり」と言うのか、コルネリアはよくわからず首をかしげた──

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