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「悪いが、君を愛することはない。政治の道具であることを黙って了承するような女に気を許すつもりはない」
彼は冷たい言葉でフェリシアにそう告げた。
フェリシアはか細い手を彼に重ねながら、美しいブロンドの髪を静かに揺らして微笑んだ。
「オリヴァー様、私は構いません。愛されようなどと傲慢なことも望みません。静かにあなた様の邪魔にならないように過ごさせていただければそれで十分です」
初夜のベッドの上でそのような言葉が交わされた。
この結婚はいわゆる政略結婚である。
クライン王国第一王子であるオリヴァー・ローゼクラインと、その隣国のデュヴィラール王国第二王女フェリシア・リズ・デュヴィラールの結婚は、両国の友好のためにおこなわれた。
元々海域戦争で敵同士であった両国は、現国王同士も仲が悪かった。
しかしながら、戦争に疲弊した兵たちの嘆願によって休戦となり、そのまま両国は和平を結ぶことになったのだ。
その友好の証として、フェリシアとオリヴァーの結婚が実現した。
フェリシアとオリヴァーが結婚してから半年が経ったが、二人の仲が近づくことはなかった。
食事や寝所を共にはしているものの、夫婦が楽しく会話をすることはない。
「今日は遅くなる。先に寝ておいて構わない」
「かしこまりました」
このような決まり文句が毎日毎日繰り返されるだけ。
フェリシアは彼の仕事に干渉をすることもなく、式典などの国家行事に共に参加するのみでそれ以外は必要最低限の人付き合いしかしなかった。
そんな時だった、彼が戦地入りすることが決まったのは──。
「戦地、ですか?」
「君と結婚すると決まった数日前に、王国南部で小さな戦争が始まった。相手はかつてこの国を裏切った者たちだ。父上はすぐにこのクーデターは終結するだろうと考えているようだが、、私の部下の調査も踏まえると、恐らく二年はかかるだろう」
「そう、ですか……」
フェリシアはなんと答えたらいいのかわからなかった。
「ご武運を祈っております」
「ああ」
そう言うのが精いっぱいだった。
政略結婚とはいえ、新婚の身で夫を戦争に送り出すことになるとは、とフェリシアは悲しく思う。
(ご無事でいてほしい……)
たとえ政略結婚での夫婦だとしても、彼には死んでほしくはない。
そのように心の中で思っていたフェリシアは、突然オリヴァーに名前を呼ばれる。
「フェリシア」
(久々に名前、呼ばれた……)
身支度をしながら彼はフェリシアに告げる。
「もし、俺が戦地から戻ってこなければ、好いた男と結婚しろ」
「え?」
「国に帰っても、この国でそのままいても構わない。父上には、俺が死んだ時に君が好きな男と結婚できるようにと離婚届も預けてある。俺ができるのはそれくらいだ」
「オリヴァー様……」
(こんな会えなくなる最後の日に、彼ともっと話したいと思うなんて……)
そう思った彼女は、オリヴァーに気持ちを伝える。
「必ず、ここに戻ってきてください。無事で」
その言葉に彼は何も言わず、戦地へと向かっていった。
*****
オリヴァーが戦地へと向かった日から、一年が経過した。
初めはクーデターの勢いに押されていたオリヴァーたちだったが、徐々に兵糧が尽きてきたクーデター側が弱体化していった。
結果として、オリヴァーの見立てよりも早く戦争が終わり、クーデター鎮圧は目前となっていた。
フェリシアは戦況を聞くと、急いで自室の片付けを始めた。
(早く……)
彼女は今までお世話になった道具を隅から隅まで綺麗に掃除し、そして世話をしてくれた侍女たちへの手紙を書いた。
そして、最後にもう一通手紙を書くと、それらを机の上に置いて引き出しから短刀を取り出す。
(きっと私は殺される、その前に自分で……)
フェリシアは短刀を自分の胸に向かって刺そうとした。
その時だった。
彼女の腕は逞しく力強い手で掴まれており、びくともしない。
(え……)
振り返ると彼女の動きを止めていたのは、オリヴァーだった。
「オリヴァー様、戦地にいるはずじゃ……」
「はあ、はあ……間に合ってよかった」
オリヴァーは彼女の腕から短刀を取り上げた。
(どうして……)
「全て聞いた。君が嫁いできた、本当の理由を──」
「もう知ってしまったのですね」
「ああ。君の父君の策略だったのだな」
「その通りです。我が父、デュヴィラール国王が裏でクーデターを扇動しておりました」
***
フェリシアとオリヴァーの結婚式前日のこと──。
「お父様、今なんて仰いましたか?」
「何度も聞き返すな。今から半年後にクライン王国でのクーデターを扇動する。恐らく戦地で指揮を執るのは、軍神と名高き第一王子であるオリヴァーだろう。お前はそいつが戦地に向かうその日、オリヴァーを殺せ」
フェリシアは自分の父親のあまりに惨い計画を聞いて、恐ろしくなった。
「半年経てばこちらも戦支度が整う。クーデターで混乱したクライン王国を一気に叩き潰す。そして、奪う」
「なっ! 和平は!? 和平はどうなるのですか!?」
「あんなものは時間稼ぎに決まっているだろう。誰があんな国なんかと……この時のためにクライン王国に不満を持つ者たちを集めて……あはははは! 自国の者同士で争い、なんと醜いよのう!」
フェリシアの父親の下卑た笑い声が響き渡る。
そのような計画を聞き、フェリシアは黙ってはいなかった。
「私は……私は、オリヴァー王子を殺すために嫁がされるのであれば、クライン王国へは行きません!」
フェリシアが部屋を後にしようとした時、衛兵たちが扉の前に立ちはだかった。
「どきなさい!」
フェリシアがそう叫ぶも、衛兵たちはその命令を聞かずに扉を塞いでいた。
部屋に閉じ込められた彼女に、彼女の父親がにやりと笑いながら告げる。
「フェリシア、お前が行かなければ大好きなお前のお姉様が死ぬぞ」
「なっ!」
フェリシアの姉であるクラリスは体が弱く、外に出ることが叶わなかった。
そんな姉の代わりに政務をおこない、そしてそんな自分に優しく「ありがとう」と伝えてくれる姉が大好きだった。
「お姉様を人質にするというのですか!?」
「ああ、あいつは体も弱く政略結婚にも使えないしな、どうせ……」
フェリシアは父親のその先の言葉がわかってしまった。
『用済みだ』
非常な父親の言葉が耳に届く。
姉のクラリスは体が弱いために、そしてフェリシア自身も王宮内でのある噂によって冷遇されていた。
『フェリシア第二王女は、国王の子ではない』と。
デュヴィラール国王と王妃の仲が悪くなったきっかけがその噂であった。
国王は王妃が浮気をして子を成したと信じて疑わず、フェリシアを自分の子ではないと思っていた。
長年冷めた関係にあった国王と王妃は互いに干渉し合わず、そして国王は王妃の相談なく第二王妃と娶った。
そうして先日、国王と第二王妃の間には第一王子が生まれ、国王はこの王子を寵愛してフェリシアと彼女の姉を冷遇していたのだ。
「さあ、どうする。わしは一向に構わんぞ。お前が死のうが、クラリスが死のうが」
フェリシアは唇を噛みしめ、そして手を強く握りしめた後、国王に告げる。
「お姉様には手出しはしないでください。絶対に、絶対に」
「ああ、わかった」
フェリシアが父親の交渉に応じると、彼は満足そうに笑った。
こうして、フェリシアはオリヴァーに嫁ぐ日を迎えたのである。
***
膝をつき、むせび泣きながらフェリシアはオリヴァーに謝罪する。
「申し訳ございません。オリヴァー様……私は、私は……あなたの命を……」
オリヴァーは何度も何度も謝る彼女の傍に跪いて聞く。
「でも、あの日私はあなたを殺す事ができなかった。どうしてもできませんでした……罪のないあなたを卑怯に後ろから刺すことなど……」
「クーデターを扇動している誰かが裏にいることはわかっていた。しかしそれが君の父上であることを突き止めるのに、時間を有してしまった」
それともう一つ、というようにオリヴァーを言葉を続ける。
「君の姉上と母上はすでに裏からデュヴィラール王国を脱出させて、こちらの国境に入ったところだと部下から聞いている。姉上は体が弱いと伺っているから、彼女の体に負担が少ないように細心の注意を払っているから安心しろ」
「姉上も、お母様も生きていらっしゃるのですか!?」
「ああ、国王と第二王妃はクーデターに加担した罪で我が軍が捕らえているが、君の姉上と母上は無関係で罪がないことは確認している。こちらの国で保護することになった。幼い王子は我が父が面倒を見るとのことだ」
オリヴァーの報告を聞いて、フェリシアは顔を覆って涙を流す。
(よかった……よかった……)
「君のことだから、自分が俺を殺さなかったことで姉も死んだと思い込んだのだろう? それで命を断とうとした。違うか?」
フェリシアは何も言えずに黙って頷いた。
後片付けされた部屋、そして机に置かれた複数の手紙。
オリヴァーは手紙に自分宛のものがあることに気づき、静かに開いて読んだ。
文章は短いものだったが、彼の心を大きく動かす。
そんな彼の背に向かい、フェリシアは頭を下げながら言う。
「我が父の罪、そしてあなたを殺そうとしたこと、どんな罰でも受けます。どうか私とは離婚をして、あなたの好きな方と一緒になって幸せになってください」
しばしの沈黙が訪れた後、彼は告げる。
「離婚はしない」
「え……」
そう言うとフェリシアの目の前に跪いて、彼女の頬に手を添えた。
「正直なところ、先程まで君と離婚をしようと思っていた。その方がお互いのためだと思ったからだ。だが、君の手紙を読んで気が変わった」
彼の手にはフェリシアがしたためた手紙があった。
「君のことを知りたくなった。君ともう一度やり直したくなった」
「オリヴァー様……」
「もう一度、夫婦として……いや、恋人としてから始めてくれないだろうか?」
フェリシアの頬を涙が伝う。
その涙を彼は優しく拭って笑った。
「あなた様の笑顔を初めて見ました。素敵な笑顔ですね」
「君の笑顔も、可愛いと思った」
二人はそう言って笑い合った──。
『オリヴァー様へ
あなたと食事をするのが、好きでした。
あなたの傍で眠ると、安心できました。
もっとあなたの素顔を知りたいと思いました。
もし叶うなら、
来世ではあなたと出会って恋をしてみたいです。
フェリシア』
彼は冷たい言葉でフェリシアにそう告げた。
フェリシアはか細い手を彼に重ねながら、美しいブロンドの髪を静かに揺らして微笑んだ。
「オリヴァー様、私は構いません。愛されようなどと傲慢なことも望みません。静かにあなた様の邪魔にならないように過ごさせていただければそれで十分です」
初夜のベッドの上でそのような言葉が交わされた。
この結婚はいわゆる政略結婚である。
クライン王国第一王子であるオリヴァー・ローゼクラインと、その隣国のデュヴィラール王国第二王女フェリシア・リズ・デュヴィラールの結婚は、両国の友好のためにおこなわれた。
元々海域戦争で敵同士であった両国は、現国王同士も仲が悪かった。
しかしながら、戦争に疲弊した兵たちの嘆願によって休戦となり、そのまま両国は和平を結ぶことになったのだ。
その友好の証として、フェリシアとオリヴァーの結婚が実現した。
フェリシアとオリヴァーが結婚してから半年が経ったが、二人の仲が近づくことはなかった。
食事や寝所を共にはしているものの、夫婦が楽しく会話をすることはない。
「今日は遅くなる。先に寝ておいて構わない」
「かしこまりました」
このような決まり文句が毎日毎日繰り返されるだけ。
フェリシアは彼の仕事に干渉をすることもなく、式典などの国家行事に共に参加するのみでそれ以外は必要最低限の人付き合いしかしなかった。
そんな時だった、彼が戦地入りすることが決まったのは──。
「戦地、ですか?」
「君と結婚すると決まった数日前に、王国南部で小さな戦争が始まった。相手はかつてこの国を裏切った者たちだ。父上はすぐにこのクーデターは終結するだろうと考えているようだが、、私の部下の調査も踏まえると、恐らく二年はかかるだろう」
「そう、ですか……」
フェリシアはなんと答えたらいいのかわからなかった。
「ご武運を祈っております」
「ああ」
そう言うのが精いっぱいだった。
政略結婚とはいえ、新婚の身で夫を戦争に送り出すことになるとは、とフェリシアは悲しく思う。
(ご無事でいてほしい……)
たとえ政略結婚での夫婦だとしても、彼には死んでほしくはない。
そのように心の中で思っていたフェリシアは、突然オリヴァーに名前を呼ばれる。
「フェリシア」
(久々に名前、呼ばれた……)
身支度をしながら彼はフェリシアに告げる。
「もし、俺が戦地から戻ってこなければ、好いた男と結婚しろ」
「え?」
「国に帰っても、この国でそのままいても構わない。父上には、俺が死んだ時に君が好きな男と結婚できるようにと離婚届も預けてある。俺ができるのはそれくらいだ」
「オリヴァー様……」
(こんな会えなくなる最後の日に、彼ともっと話したいと思うなんて……)
そう思った彼女は、オリヴァーに気持ちを伝える。
「必ず、ここに戻ってきてください。無事で」
その言葉に彼は何も言わず、戦地へと向かっていった。
*****
オリヴァーが戦地へと向かった日から、一年が経過した。
初めはクーデターの勢いに押されていたオリヴァーたちだったが、徐々に兵糧が尽きてきたクーデター側が弱体化していった。
結果として、オリヴァーの見立てよりも早く戦争が終わり、クーデター鎮圧は目前となっていた。
フェリシアは戦況を聞くと、急いで自室の片付けを始めた。
(早く……)
彼女は今までお世話になった道具を隅から隅まで綺麗に掃除し、そして世話をしてくれた侍女たちへの手紙を書いた。
そして、最後にもう一通手紙を書くと、それらを机の上に置いて引き出しから短刀を取り出す。
(きっと私は殺される、その前に自分で……)
フェリシアは短刀を自分の胸に向かって刺そうとした。
その時だった。
彼女の腕は逞しく力強い手で掴まれており、びくともしない。
(え……)
振り返ると彼女の動きを止めていたのは、オリヴァーだった。
「オリヴァー様、戦地にいるはずじゃ……」
「はあ、はあ……間に合ってよかった」
オリヴァーは彼女の腕から短刀を取り上げた。
(どうして……)
「全て聞いた。君が嫁いできた、本当の理由を──」
「もう知ってしまったのですね」
「ああ。君の父君の策略だったのだな」
「その通りです。我が父、デュヴィラール国王が裏でクーデターを扇動しておりました」
***
フェリシアとオリヴァーの結婚式前日のこと──。
「お父様、今なんて仰いましたか?」
「何度も聞き返すな。今から半年後にクライン王国でのクーデターを扇動する。恐らく戦地で指揮を執るのは、軍神と名高き第一王子であるオリヴァーだろう。お前はそいつが戦地に向かうその日、オリヴァーを殺せ」
フェリシアは自分の父親のあまりに惨い計画を聞いて、恐ろしくなった。
「半年経てばこちらも戦支度が整う。クーデターで混乱したクライン王国を一気に叩き潰す。そして、奪う」
「なっ! 和平は!? 和平はどうなるのですか!?」
「あんなものは時間稼ぎに決まっているだろう。誰があんな国なんかと……この時のためにクライン王国に不満を持つ者たちを集めて……あはははは! 自国の者同士で争い、なんと醜いよのう!」
フェリシアの父親の下卑た笑い声が響き渡る。
そのような計画を聞き、フェリシアは黙ってはいなかった。
「私は……私は、オリヴァー王子を殺すために嫁がされるのであれば、クライン王国へは行きません!」
フェリシアが部屋を後にしようとした時、衛兵たちが扉の前に立ちはだかった。
「どきなさい!」
フェリシアがそう叫ぶも、衛兵たちはその命令を聞かずに扉を塞いでいた。
部屋に閉じ込められた彼女に、彼女の父親がにやりと笑いながら告げる。
「フェリシア、お前が行かなければ大好きなお前のお姉様が死ぬぞ」
「なっ!」
フェリシアの姉であるクラリスは体が弱く、外に出ることが叶わなかった。
そんな姉の代わりに政務をおこない、そしてそんな自分に優しく「ありがとう」と伝えてくれる姉が大好きだった。
「お姉様を人質にするというのですか!?」
「ああ、あいつは体も弱く政略結婚にも使えないしな、どうせ……」
フェリシアは父親のその先の言葉がわかってしまった。
『用済みだ』
非常な父親の言葉が耳に届く。
姉のクラリスは体が弱いために、そしてフェリシア自身も王宮内でのある噂によって冷遇されていた。
『フェリシア第二王女は、国王の子ではない』と。
デュヴィラール国王と王妃の仲が悪くなったきっかけがその噂であった。
国王は王妃が浮気をして子を成したと信じて疑わず、フェリシアを自分の子ではないと思っていた。
長年冷めた関係にあった国王と王妃は互いに干渉し合わず、そして国王は王妃の相談なく第二王妃と娶った。
そうして先日、国王と第二王妃の間には第一王子が生まれ、国王はこの王子を寵愛してフェリシアと彼女の姉を冷遇していたのだ。
「さあ、どうする。わしは一向に構わんぞ。お前が死のうが、クラリスが死のうが」
フェリシアは唇を噛みしめ、そして手を強く握りしめた後、国王に告げる。
「お姉様には手出しはしないでください。絶対に、絶対に」
「ああ、わかった」
フェリシアが父親の交渉に応じると、彼は満足そうに笑った。
こうして、フェリシアはオリヴァーに嫁ぐ日を迎えたのである。
***
膝をつき、むせび泣きながらフェリシアはオリヴァーに謝罪する。
「申し訳ございません。オリヴァー様……私は、私は……あなたの命を……」
オリヴァーは何度も何度も謝る彼女の傍に跪いて聞く。
「でも、あの日私はあなたを殺す事ができなかった。どうしてもできませんでした……罪のないあなたを卑怯に後ろから刺すことなど……」
「クーデターを扇動している誰かが裏にいることはわかっていた。しかしそれが君の父上であることを突き止めるのに、時間を有してしまった」
それともう一つ、というようにオリヴァーを言葉を続ける。
「君の姉上と母上はすでに裏からデュヴィラール王国を脱出させて、こちらの国境に入ったところだと部下から聞いている。姉上は体が弱いと伺っているから、彼女の体に負担が少ないように細心の注意を払っているから安心しろ」
「姉上も、お母様も生きていらっしゃるのですか!?」
「ああ、国王と第二王妃はクーデターに加担した罪で我が軍が捕らえているが、君の姉上と母上は無関係で罪がないことは確認している。こちらの国で保護することになった。幼い王子は我が父が面倒を見るとのことだ」
オリヴァーの報告を聞いて、フェリシアは顔を覆って涙を流す。
(よかった……よかった……)
「君のことだから、自分が俺を殺さなかったことで姉も死んだと思い込んだのだろう? それで命を断とうとした。違うか?」
フェリシアは何も言えずに黙って頷いた。
後片付けされた部屋、そして机に置かれた複数の手紙。
オリヴァーは手紙に自分宛のものがあることに気づき、静かに開いて読んだ。
文章は短いものだったが、彼の心を大きく動かす。
そんな彼の背に向かい、フェリシアは頭を下げながら言う。
「我が父の罪、そしてあなたを殺そうとしたこと、どんな罰でも受けます。どうか私とは離婚をして、あなたの好きな方と一緒になって幸せになってください」
しばしの沈黙が訪れた後、彼は告げる。
「離婚はしない」
「え……」
そう言うとフェリシアの目の前に跪いて、彼女の頬に手を添えた。
「正直なところ、先程まで君と離婚をしようと思っていた。その方がお互いのためだと思ったからだ。だが、君の手紙を読んで気が変わった」
彼の手にはフェリシアがしたためた手紙があった。
「君のことを知りたくなった。君ともう一度やり直したくなった」
「オリヴァー様……」
「もう一度、夫婦として……いや、恋人としてから始めてくれないだろうか?」
フェリシアの頬を涙が伝う。
その涙を彼は優しく拭って笑った。
「あなた様の笑顔を初めて見ました。素敵な笑顔ですね」
「君の笑顔も、可愛いと思った」
二人はそう言って笑い合った──。
『オリヴァー様へ
あなたと食事をするのが、好きでした。
あなたの傍で眠ると、安心できました。
もっとあなたの素顔を知りたいと思いました。
もし叶うなら、
来世ではあなたと出会って恋をしてみたいです。
フェリシア』
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