買った男と買われた男

すいかちゃん

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第五話

離れられない

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将太が怜希の家を出てから3ヶ月という時が経った頃、岡野が訪ねてきた。
「こうやって話すのは、初めてだね」
穏やかに言われ、将太は戸惑いながらも頷いた。怜希の家にいた時、何度か顔を合わせたものの言葉を交わした事がない。親しげに怜希と言葉を交わす岡野に、将太はひそかに嫉妬していた。そんな気持ちを見透かしたような、岡野の余裕の笑みが将太には気に入らなかった。
「造園業をしているらしいね」
「…見習いですけどね」
慣れない仕事に困惑する事があるものの、それなりに充実した日々を過ごしていた。誰とも肌を重ねない日々は、将太にとってかなり新鮮だった。
「以前、怜希に頼まれて揚羽という娼婦を探したんだ。君の母親だったんだね」
「…そうです」
「会ったのかい?」
「いえ。会うのは、やめました」
教えられた住所に行くと、そこには幸せそうな母親の姿があった。2人の幼い子供達と笑っていた。それだけで、将太には十分だった。
「で、なんの用なんです?」
将太が警戒するのは無理もない話だ。わざわざ岡野が来た理由には、怜希が関係しているはずだ。
「今日は、頼みがあって来たんだ」
「頼み?俺にですか?」
「怜希が、過労で倒れたんだよ」
岡野の言葉に、将太は思考をストップさせた。
「君が家を出てから、寝ずに仕事していたらしい。食事もとらないし、水も飲まない。頼む。帰ってやってくれ」
岡野が鍵を将太の前に滑らせる。将太は、鍵を握ると上着も着ずに外へと飛び出した。
(怜希…っ)
何度も転びそうになりながら、将太は怜希の家に急いだ。離れれば忘れられると思っていたが、違った。会えない時間が長くなればなるほど、将太は怜希の事を思い出していた。一人で布団に寝ている時には、怜希の温もりが恋しかった。荒い息を吐きながら、将太は玄関を乱暴に開けた。
「怜希っ。怜希…っ」
寝室に行けば、青白い表情の怜希が寝ている。机には書きかけの原稿用紙と万年筆。
「…痩せたな」
顔を近づけて、穏やかな寝息にホッとした。ふと、枕元に原稿用紙が見える。こんな時なのに、執筆作業をしていたのだろうか。何気なく読んだ将太はドキッとした。そこには、怜希と自分の事が書いてあったのだ。

 物語は、スランプに陥った作家が歓楽街をさ迷うところから始まる。華やかなネオンに誘われ、作家は一人の男娼を見つけた。まるで獅子のような髪型と、均等のとれた筋肉。

『なんて美しい男なのだろう』

作家は、男娼の気高い眼差しに心を奪われた。客に媚びを売るわけでもなく、その眼差しはまっすぐ前を向いていた。その美しさは、まるで太陽のようだと作家は思った。憧れても手に入らない。そんな孤高の存在に思えたのだ。

『あの男が欲しい』

それは、作家が初めて抱いた気持ちだった。これまで喜怒哀楽に乏しく、何事にも執着を持たなかった作家。誰かを愛するなんて事は、これまでの人生で皆無だった。この想いが恋なのか、作家にはそれすらわからなかった。
だが、男娼が性交している姿を見た時に作家は確信した。
これが恋なのだと。

『自分だけのものにしたい』

それは、紛れもない独占欲だった。
新作のためだと偽り、作家は男娼に抱かれた。痛みと快楽がせめぎ合うなか、作家は幸福に満たされた。毎夜のように、作家は男娼に抱かれ満たされた。
だが、作家は気付いてしまった。どれだけ男娼を愛しても、2人の間には溝がある。

買った男と買われた男が、愛し合えるはずがない。

その現実は、作家を深く落ち込ませた。男娼は仕事として作家を抱いているだけなのだ。その現実を思い知らされ、作家は男娼を買った事を後悔した。
作家は、男娼を自由にしてやりたいと思った。愛していると言えない代わりに、せめて…。

そこで物語は終わっていた。将太は、気がつくと泣いていた。怜希の想いが、文字を通してジワジワと伝わってくる。自分達は両想いだったのだとわかり、将太は自分の行動を後悔した。勇気を出して伝えれば良かった。好きだと、離れたくないと…。そうしたら、きっと2人の関係は変わっていた。将太は眠る怜希に口づけすると、細くなった指を握り続けた。

(良い匂いがする)
鼻腔をくすぐる甘じょっぱい香りに、怜希の目蓋が開いていく。コトコトと音がして、バタバタという足音が響く。
「将太…?」
力が入らない身体をなんとか起こして、怜希が声をかける。数秒後。勢いよく襖が開いた。
「怜希っ。目、覚めたか?」
傍らに飛んでくる将太に、怜希は戸惑いながらも頷いた。なぜここにいるのかとか、今まで何していたとか、聞きたい事はいっぱいあるのに出てこない。
「大学芋、好きだったろ?すぐに用意する」
将太がいる。それだけで、怜希には嬉しかった。怜希は、何度も何度も頬をつねった。
「夢じゃ、ない」
ジワジワと嬉しさが広がってきて、怜希は涙を溢した。
その夜。
将太と怜希は、恋人同士として初めて身体を重ねた。
「なんか、照れるな」
将太が恥ずかしげに笑い、ゆっくりと唇を重ねる。
「…私もだ」
怜希は、らしくなく緊張している自分に気がついた。あれだけ肌を重ねたというのに、まるで初めての時のようだ。
「俺なんかが、お前を好きだって言っちゃいけない気がしたんだ」
将太の指が、怜希の全てに触れる。優しく、労るように…。
「俺は、汚れているから」
金のために男を抱き、時には抱かれる事もあった。口では言えないような淫らな行為も、数知れずしてきた。
「将太は、綺麗だ」
怜希が囁く。細い指が、将太の全てに触れた。
「私にとっては、綺麗過ぎて眩しかった」
無気力に生きてきた怜希にとって、必死に生きる将太はとても美しく見えた。
「愛している」
怜希の言葉が合図のように、将太が腰を進めた。
「んぁ…っ、あっ」
怜希を気遣うように、将太がゆったりと腰を動かす。激しい行為に慣れた怜希としては、かなりもどかしかった。
「あ…っ。将太、もっと速く…っ」
「ダメだ。まだ体調も戻っていないんだから」
首筋を吸われながら、前の果実を優しく揉まれ怜希はのけぞった。将太が僅かに腰を突き入れると、ゾクゾクとした快感が怜希を満たす。
「や、あっ、あ…っ」
ブルッと身体を震わせて、怜希が達する。
「ずいぶん早いな。久しぶりだからか?」
からかう口調に、怜希はポッと頬を赤らめた。
「う、うるさいっ。あ…っ」
将太が再びゆったりと腰を動かす。
結局、朝まで行為は続いた。
数ヵ月後。
霧島怜希の新作が書店に並んだ。
それは、作家と男娼が惹かれ合い永遠の愛を見つけるという純愛小説だった。



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