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第二話
君をこんなに愛するなんて・・・
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鼻をくすぐる甘い卵焼きの香りに、恭介はゆっくりと目を覚ました。手を伸ばして、横にあるはずの温もりを探す。だが、わずかに残り香を感じるだけでそこには誰もいなかった。恭介は、ハッと目を開けて慌てて起き上がった。
(今朝も、間に合わなかったか)
枕元に置かれた浴衣を羽織ると、恭介は居間へと急いだ。ちゃぶ台には、美味しそうな朝食が並んでいる。
和哉の腕前は日に日に上達して、今では料亭に出しても恥ずかしくない腕前になっている。
台所へ向かい、味噌汁を作っている和哉を後ろからそっと抱き締める。
「き、恭介っ。危ないってば・・・っ」
慌てて振り向いた和哉の、その愛らしい唇をすぐに塞ぐ。和哉はジタバタと暴れたものの、やがて諦めたのか恭介のしたいようにさせてくれた。
2人だけの結婚式を終えて、1ヶ月が経とうとしている。
「なぜいつも横にいないんだ?」
「なぜって、朝食の準備が・・・」
「昨夜も、あんなに無理をさせたのに」
恭介の手が、そっと和哉の腰の辺りを触った。それだけで、昨夜の行為を思い出し和哉はみるみる真っ赤になった。そんな初々しい様子が、なんともいえず可愛らしい。少し前まで、彼が男娼だったなんて誰も想像できないだろう。
「は、恥ずかしい事を言うなよなっ」
浴衣の隙間から、チラチラと和哉の肌が見え隠れする。恭介は、すぐにでも触れたい衝動をグッと押さえた。でなければ、おそらく和哉は1日中布団から出られなくなってしまうだろう。
「ふざけてないで、早く朝飯食えよ。遅刻すっぞ」
和哉は、浴衣の上から身体をまさぐる不埒な手をピシッと叩いた。そして、朝食の準備へと戻った。
高校で英語教師をしている恭介は、朝はかなり忙しいのだ。
朝食を食べ終えた恭介が、弁当を片手に家を出る。その背中をいつものように和哉が見送っていれば、急に恭介が駆け寄ってきた。
「どうかしたのか?」
「忘れ物」
チュッと軽く唇に触れるだけの口づけをして、恭介は足早に駆けて行く。残された和哉はあたふたと辺りを見回した。
「誰かに見られたら、どうすんだよ」
文句を言いながらも、その口許には笑みが浮かんでいる。世間体を考えて、和哉は恭介の親戚という事にしてある。年も離れているし、顔も童顔だからバレる事はないだろう。和哉は、朝から晩まで恭介に愛された。こんなに愛されていいのだろうかと思うぐらい、心も身体も濃厚に・・・。
だが、辛い事もあった。2人の関係を言わなくてはならない相手がいる。それは、恭介の両親だ。恭介は、実家に和哉を連れていき正々堂々と和哉を正式に花嫁にすると言った。大学で教授をしているという父親は激怒し、物静かな母親は泣き崩れた。恭介は、家族から縁を切られてしまったのだ。
恭介はたいした事はないと言ってくれたが、和哉としては心苦しい。それは、単に2人が男同士だからではない。和哉が男娼をしていた過去を持つからだ。
背中に罵倒を浴びる恭介を、もう見たくはなかった。
恭介は和哉の両親にも挨拶がしたいと言ってきたが、それは後日という事になった。
「そろそろ、洗濯しなきゃ」
和哉にできる事は、妻として恭介を支える事だ。料理をしたり、掃除や洗濯をして恭介の帰りを待つ。ただそれだけなのに、なぜかとても幸せだった。
大木友華という女性が訪れたのは、ある雨の日だった。本来なら、恭介はこの友華と婚礼を挙げるはずだった。婚礼を前にして唐突に姿を消した友華だが、義兄の家にいたらしい。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
疲れた顔で一礼した友華は、和哉を見ると驚いた顔をした。
「まるで、鏡を見ているようですわ」
和成をジロジロと眺めてから、友華が笑う。違うのは髪の長さと、化粧をしているかしてないかぐらいだ。
「お名前を、教えてくださいますか?」
「・・・和哉、です」
友華の声や口調はとても大人びていた。
「花嫁姿を見たかったですわ」
コロコロと友華が笑う。とても嬉しそうに。これまで、和哉は友華を勝手に悪い女だと思っていた。婚礼目前で逃げ出し、恭介を困らせた悪い女だと。だが、実際に会ってみると友華はとても優しそうで、ワガママという印象はなかった。
「今日は、恭介さんにお詫びをしに参りました」
友華は持参した包み紙を置くと、その場に正座をし深々と頭を下げた。
「この度は、私のために申し訳ありませんでした」
平謝りする友華に、恭介も和哉も戸惑うばかりだ。
「ですが、誤解なさらないでください。恭介さんが悪いわけではないのです」
友華は、何度も自分のせいだと繰り返した。そんな友華を、恭介は優しく宥めた。
「元々、私とあなたはこの結婚に乗り気ではなかった。それだけの事です」
「・・・ありがとうございます」
友華は、やっと顔を上げてくれた。
「お義兄様の家にいたとか?」
「はい。私のワガママなのです」
友華は、僅かな躊躇いを見せた後にポツリと呟くように言った。心なしか、表情が暗くなった気がして、和哉は彼女が婚礼を逃げ出したのには深い理由があったのだと理解した。ふと、友華が恭介と和哉を交互に見る。
「もしかすると、お2人は?」
「先日。結婚をしました」
恭介がサラリと告げる。慌てて和哉が止めようとするが間に合わなかった。友華は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、非難するような事はなかった。
「お2人が、羨ましいです」
友華は、帯留めに付いている琥珀色の宝石にそっと触れた。まるで、恋人の腕に寄り添うように。
「友華さん。もしかして、好きな人がいるの?」
「・・・います。でも、夫婦にはなれない人なんです」
友華は寂しそうにそれだけ言うと帰っていった。
友華は、これから離縁された女性としてろくな縁談もこないだろう。もしかすると、一生を独身で過ごすかもしれない。和哉には、帰っていく後ろ姿がひどく寂しそうに見えた。
「どうかしたのか?」
風呂上がりに縁側で涼んでいれば、恭介が大福と芋羊羹を運んできた。
「もしかして、友華さんの土産?」
「『蜜月堂』という和菓子屋のものらしいね」
最近話題の和菓子屋で、なんでも長蛇の列ができているらしい。和哉はすぐに大福を頬張ると、その甘さを堪能した。そして、自分の憶測を伝える。
「・・・友華さんの好きな人って、お義兄さんなんじゃないかな」
「どうしてそう思う?」
「だって、夫婦になれない関係なんて限られているから」
だとしたら、自分達よりも難しい選択をしたのかもしれない。和哉は、去っていく時の友華の後ろ姿を思い浮かべた。
恭介は、和哉を膝の上へと乗せるとその背中をさすった。
「和哉が落ち込む事はないよ」
「・・・オレはガキじゃねーぞ」
「わかってるよ。僕の可愛いお嫁さん」
「やめろよ。その言い方・・・、んっ」
恭介は和哉に深く口づけると、甘い餡がする舌を堪能した。高い塀に囲まれているため、庭先で不埒な事をしても誰にも見られない。互いに浴衣を脱がしあい、月夜の下で濃厚に交わった。
「いいのか?センセが、こんな事して・・・っ、あっ」
恭介の膝を跨がった和哉が、背中を反らしながら甘い声を上げる。恭介は、プッと膨らんだ乳首を吸いながら、互いの繋がった部分を指で愛撫した。
「わっ。そこ、触るな・・・、あっ」
和哉の中がキュッと締まった。
「知らなかった。センセがこんなにスケベだなんて」
「教師だって、人間なんだよ」
クスクス笑いながら、恭介は膝を揺らした。その振動に、和哉は大きな声を出してしまいそうになる。慌てて口を塞げば、恭介が不満そうな顔をした。
「声、出してもいいんだよ?」
「近所に、聞かれるって、あっ、やめ・・・っ」
「聞こえても、構わないのに」
「俺が、嫌なんだよっ」
近所には噂好きの主婦がわんさといるのだ。和哉は、恭介の肩に噛みつく事で喘ぎ声を押さえた。
「うっ、あっ、恭介・・・っ、もっと、強く・・・、あぁっ」
きつく抱き締められるほど、和哉は恭介の愛を感じられた。自分のために全てを捨ててもいいと言ってくれた恭介。
愛する人と結ばれるのは、決して当たり前ではない。男娼をしていた頃。和哉は様々な恋愛事情を見てきた。
信じていた恋人に売られた男。
恋人と駆け落ちをしようとして失敗した男。
嫌いな男に買われていった男。
愛する者と結ばれる男もいたが、そんなのは希だ。だから、恭介に愛されている自分は、間違いなく奇跡のような日々を送っているのだ。
「最初から、恭介のものになりたかった・・・」
和哉が後ろめたいと感じるのは、こんな時だ。数え切れないほど、いろんな男に抱かれてきた。その過去は、決して消えはしない。
「僕は気にしてないよ」
恭介が、ギュッと和哉を抱き締めてくれる。
「恭介の側にいる資格、俺にはないんだ」
和哉が呟くと、恭介が更に強く抱き締める。
「資格なんて関係ない」
和哉の頬を、恭介の両手が包む。
「ずっと、僕の側にいてくれ・・・っ」
恭介が和哉を強く抱き締めると同時に、互いに精を放った。夜風に晒されながら、2人は飽きることなく口づけを交わした。
翌朝。
目を覚ました恭介の腕の中には、和哉がいた。スースーと眠る顔は、昨夜の艶っぽさが消えてどこかあどけなかった。
(僕の、愛しい人)
和哉を選んだ事を、恭介は後悔していない。こんなにも心を動かされたのは、後にも先にも和哉だけだ。
(まさか、君をこんなに愛するなんて・・・)
恭介は、眠る和哉の薬指に口づけた。爪の先から、足の先まで全てが愛おしい。
恭介は、和哉を抱き締めたまま再び眠りに落ちた。
数日後。恭介と和哉は、駅に向かう友華を見かけた。隣には、背が高く優しそうな男の姿。大きな鞄を提げた2人は、時々見つめ合いながら人混みに消えていった。
「・・・幸せになるといいな」
和哉が呟く。恭介は、黙ってその手を握った。
「帰ろうか」
恭介の言葉に、和哉が頷く。2人はそっと指を絡ませ家路についた。
(今朝も、間に合わなかったか)
枕元に置かれた浴衣を羽織ると、恭介は居間へと急いだ。ちゃぶ台には、美味しそうな朝食が並んでいる。
和哉の腕前は日に日に上達して、今では料亭に出しても恥ずかしくない腕前になっている。
台所へ向かい、味噌汁を作っている和哉を後ろからそっと抱き締める。
「き、恭介っ。危ないってば・・・っ」
慌てて振り向いた和哉の、その愛らしい唇をすぐに塞ぐ。和哉はジタバタと暴れたものの、やがて諦めたのか恭介のしたいようにさせてくれた。
2人だけの結婚式を終えて、1ヶ月が経とうとしている。
「なぜいつも横にいないんだ?」
「なぜって、朝食の準備が・・・」
「昨夜も、あんなに無理をさせたのに」
恭介の手が、そっと和哉の腰の辺りを触った。それだけで、昨夜の行為を思い出し和哉はみるみる真っ赤になった。そんな初々しい様子が、なんともいえず可愛らしい。少し前まで、彼が男娼だったなんて誰も想像できないだろう。
「は、恥ずかしい事を言うなよなっ」
浴衣の隙間から、チラチラと和哉の肌が見え隠れする。恭介は、すぐにでも触れたい衝動をグッと押さえた。でなければ、おそらく和哉は1日中布団から出られなくなってしまうだろう。
「ふざけてないで、早く朝飯食えよ。遅刻すっぞ」
和哉は、浴衣の上から身体をまさぐる不埒な手をピシッと叩いた。そして、朝食の準備へと戻った。
高校で英語教師をしている恭介は、朝はかなり忙しいのだ。
朝食を食べ終えた恭介が、弁当を片手に家を出る。その背中をいつものように和哉が見送っていれば、急に恭介が駆け寄ってきた。
「どうかしたのか?」
「忘れ物」
チュッと軽く唇に触れるだけの口づけをして、恭介は足早に駆けて行く。残された和哉はあたふたと辺りを見回した。
「誰かに見られたら、どうすんだよ」
文句を言いながらも、その口許には笑みが浮かんでいる。世間体を考えて、和哉は恭介の親戚という事にしてある。年も離れているし、顔も童顔だからバレる事はないだろう。和哉は、朝から晩まで恭介に愛された。こんなに愛されていいのだろうかと思うぐらい、心も身体も濃厚に・・・。
だが、辛い事もあった。2人の関係を言わなくてはならない相手がいる。それは、恭介の両親だ。恭介は、実家に和哉を連れていき正々堂々と和哉を正式に花嫁にすると言った。大学で教授をしているという父親は激怒し、物静かな母親は泣き崩れた。恭介は、家族から縁を切られてしまったのだ。
恭介はたいした事はないと言ってくれたが、和哉としては心苦しい。それは、単に2人が男同士だからではない。和哉が男娼をしていた過去を持つからだ。
背中に罵倒を浴びる恭介を、もう見たくはなかった。
恭介は和哉の両親にも挨拶がしたいと言ってきたが、それは後日という事になった。
「そろそろ、洗濯しなきゃ」
和哉にできる事は、妻として恭介を支える事だ。料理をしたり、掃除や洗濯をして恭介の帰りを待つ。ただそれだけなのに、なぜかとても幸せだった。
大木友華という女性が訪れたのは、ある雨の日だった。本来なら、恭介はこの友華と婚礼を挙げるはずだった。婚礼を前にして唐突に姿を消した友華だが、義兄の家にいたらしい。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
疲れた顔で一礼した友華は、和哉を見ると驚いた顔をした。
「まるで、鏡を見ているようですわ」
和成をジロジロと眺めてから、友華が笑う。違うのは髪の長さと、化粧をしているかしてないかぐらいだ。
「お名前を、教えてくださいますか?」
「・・・和哉、です」
友華の声や口調はとても大人びていた。
「花嫁姿を見たかったですわ」
コロコロと友華が笑う。とても嬉しそうに。これまで、和哉は友華を勝手に悪い女だと思っていた。婚礼目前で逃げ出し、恭介を困らせた悪い女だと。だが、実際に会ってみると友華はとても優しそうで、ワガママという印象はなかった。
「今日は、恭介さんにお詫びをしに参りました」
友華は持参した包み紙を置くと、その場に正座をし深々と頭を下げた。
「この度は、私のために申し訳ありませんでした」
平謝りする友華に、恭介も和哉も戸惑うばかりだ。
「ですが、誤解なさらないでください。恭介さんが悪いわけではないのです」
友華は、何度も自分のせいだと繰り返した。そんな友華を、恭介は優しく宥めた。
「元々、私とあなたはこの結婚に乗り気ではなかった。それだけの事です」
「・・・ありがとうございます」
友華は、やっと顔を上げてくれた。
「お義兄様の家にいたとか?」
「はい。私のワガママなのです」
友華は、僅かな躊躇いを見せた後にポツリと呟くように言った。心なしか、表情が暗くなった気がして、和哉は彼女が婚礼を逃げ出したのには深い理由があったのだと理解した。ふと、友華が恭介と和哉を交互に見る。
「もしかすると、お2人は?」
「先日。結婚をしました」
恭介がサラリと告げる。慌てて和哉が止めようとするが間に合わなかった。友華は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、非難するような事はなかった。
「お2人が、羨ましいです」
友華は、帯留めに付いている琥珀色の宝石にそっと触れた。まるで、恋人の腕に寄り添うように。
「友華さん。もしかして、好きな人がいるの?」
「・・・います。でも、夫婦にはなれない人なんです」
友華は寂しそうにそれだけ言うと帰っていった。
友華は、これから離縁された女性としてろくな縁談もこないだろう。もしかすると、一生を独身で過ごすかもしれない。和哉には、帰っていく後ろ姿がひどく寂しそうに見えた。
「どうかしたのか?」
風呂上がりに縁側で涼んでいれば、恭介が大福と芋羊羹を運んできた。
「もしかして、友華さんの土産?」
「『蜜月堂』という和菓子屋のものらしいね」
最近話題の和菓子屋で、なんでも長蛇の列ができているらしい。和哉はすぐに大福を頬張ると、その甘さを堪能した。そして、自分の憶測を伝える。
「・・・友華さんの好きな人って、お義兄さんなんじゃないかな」
「どうしてそう思う?」
「だって、夫婦になれない関係なんて限られているから」
だとしたら、自分達よりも難しい選択をしたのかもしれない。和哉は、去っていく時の友華の後ろ姿を思い浮かべた。
恭介は、和哉を膝の上へと乗せるとその背中をさすった。
「和哉が落ち込む事はないよ」
「・・・オレはガキじゃねーぞ」
「わかってるよ。僕の可愛いお嫁さん」
「やめろよ。その言い方・・・、んっ」
恭介は和哉に深く口づけると、甘い餡がする舌を堪能した。高い塀に囲まれているため、庭先で不埒な事をしても誰にも見られない。互いに浴衣を脱がしあい、月夜の下で濃厚に交わった。
「いいのか?センセが、こんな事して・・・っ、あっ」
恭介の膝を跨がった和哉が、背中を反らしながら甘い声を上げる。恭介は、プッと膨らんだ乳首を吸いながら、互いの繋がった部分を指で愛撫した。
「わっ。そこ、触るな・・・、あっ」
和哉の中がキュッと締まった。
「知らなかった。センセがこんなにスケベだなんて」
「教師だって、人間なんだよ」
クスクス笑いながら、恭介は膝を揺らした。その振動に、和哉は大きな声を出してしまいそうになる。慌てて口を塞げば、恭介が不満そうな顔をした。
「声、出してもいいんだよ?」
「近所に、聞かれるって、あっ、やめ・・・っ」
「聞こえても、構わないのに」
「俺が、嫌なんだよっ」
近所には噂好きの主婦がわんさといるのだ。和哉は、恭介の肩に噛みつく事で喘ぎ声を押さえた。
「うっ、あっ、恭介・・・っ、もっと、強く・・・、あぁっ」
きつく抱き締められるほど、和哉は恭介の愛を感じられた。自分のために全てを捨ててもいいと言ってくれた恭介。
愛する人と結ばれるのは、決して当たり前ではない。男娼をしていた頃。和哉は様々な恋愛事情を見てきた。
信じていた恋人に売られた男。
恋人と駆け落ちをしようとして失敗した男。
嫌いな男に買われていった男。
愛する者と結ばれる男もいたが、そんなのは希だ。だから、恭介に愛されている自分は、間違いなく奇跡のような日々を送っているのだ。
「最初から、恭介のものになりたかった・・・」
和哉が後ろめたいと感じるのは、こんな時だ。数え切れないほど、いろんな男に抱かれてきた。その過去は、決して消えはしない。
「僕は気にしてないよ」
恭介が、ギュッと和哉を抱き締めてくれる。
「恭介の側にいる資格、俺にはないんだ」
和哉が呟くと、恭介が更に強く抱き締める。
「資格なんて関係ない」
和哉の頬を、恭介の両手が包む。
「ずっと、僕の側にいてくれ・・・っ」
恭介が和哉を強く抱き締めると同時に、互いに精を放った。夜風に晒されながら、2人は飽きることなく口づけを交わした。
翌朝。
目を覚ました恭介の腕の中には、和哉がいた。スースーと眠る顔は、昨夜の艶っぽさが消えてどこかあどけなかった。
(僕の、愛しい人)
和哉を選んだ事を、恭介は後悔していない。こんなにも心を動かされたのは、後にも先にも和哉だけだ。
(まさか、君をこんなに愛するなんて・・・)
恭介は、眠る和哉の薬指に口づけた。爪の先から、足の先まで全てが愛おしい。
恭介は、和哉を抱き締めたまま再び眠りに落ちた。
数日後。恭介と和哉は、駅に向かう友華を見かけた。隣には、背が高く優しそうな男の姿。大きな鞄を提げた2人は、時々見つめ合いながら人混みに消えていった。
「・・・幸せになるといいな」
和哉が呟く。恭介は、黙ってその手を握った。
「帰ろうか」
恭介の言葉に、和哉が頷く。2人はそっと指を絡ませ家路についた。
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