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好きになっても、無駄なのに…

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谷原和久には、物心ついた頃から仲が良い幼馴染みがいた。
一人は、勉強が得意な村瀬浩一。もう一人は、ピアノが上手な佐原望だ。和久にとって、彼らは兄弟よりも近しい関係だった。家も近所だったから、しょっちゅう遊んだしケンカもした。大人になっても、ずっとこの関係が続くのだと思っていた。だが、そんな考えがある日簡単に崩れてしまった。
「俺さ。彼女出来たんだ」
それは、高校二年になったばかりの時だった。浩一が恥ずかしそうにプリクラを見せてくれた。そこには、ガチガチに緊張した浩一とかわいい女の子が写っていた。
「えっ。この子って、F女の橘さんじゃない?」
望が驚いたようにプリクラに見入る。
「誰だよ、それ」
和久が聞けば、望が知らないの?と怪訝そうな顔をする。
「和久って本当に女子に疎いよね。サッカーばっかやってるからだよ」
「うるせー」
望が呆れたように説明した。
「橘明日夏。F女の中でも特に可愛いって評判だよ。彼女のファンクラブはうちの学校にもある」
「へぇ」
浩一がえへへと笑う。ただでさえ細い目が、更に細くなった。
「そうなんだ。向こうから告白されちゃってさ」
和久は、並んで笑う2人にムッとした。いや、正確に言えば橘明日夏という女子に腹が立ったのだ。
(俺の浩一を取りやがって)
そう思って、ふと我に返る。
(俺のってなんだ?俺のって)
チラッと浩一の横顔を盗み見る。キリッとした目元に、スッと通った鼻筋。おそらく、世間で言うところの塩顔イケメンに入っているのだろう。不意に浩一が顔を向けた瞬間。和久の鼓動がドクンッと跳ねた。
「どした?お前、真っ赤だぞ」
「べっ、別にっ。なんでもない」
「まさか明日夏に惚れたんじゃないだろうな」
「んな訳ねーだろ。暑いんだよ」
適当に誤魔化しながらも、和久はバクバクと高鳴る心臓を止める事ができなかった。そして、あまりにも衝撃的な事実を知る。
(俺が、浩一を?)
そんな事ありえるはずがない。だが、そう思えばこの現象も納得できた。和久は、浩一を恋愛対象として好きなのだ。
(まさか、そんな…)
これまで、和久の恋愛対象は女性だったはずだ。昔は女性アイドルの追っかけもしていたし、初恋の子は隣の席の女子だった。男を好きだなんて思った事もない。だが、浩一に対しての気持ちは高まっていく。もっと一緒にいたかったし、自分だけのものにしたいと思った。和久は、自分でも知らない自分の一面を知ってしまった。

放課後。和久は教室の窓から校門を見て眉を潜めた。浩一がいそいそと走っていくのが見える。おそらく彼女と待ち合わせをしているのだろう。いつもは、和久の部活が終わるまで待っていてくれたのに…。
(彼女ってのは、そんなにいいものかね)
彼女ができてから、浩一は何もかも変わった。読む本も、聴いている音楽も、彼女に合わせるようになったのだ。浩一が自分からどんどん離れていく事に、和久は焦っていた。
「和久。最近、浩一を避けてるの?」
いきなり声をかけられて、和久はギクッとした。いつの間にか望が後ろにいて、スナック菓子を食べている。
「望っ。いつの間に?」
「さっきからずっといたよ」
不満そうに唇を尖らせて、望はパリパリと音を立てた。
「バレバレなんだよ。態度が」
白く透き通った肌に、整った目鼻立ち。近隣の女子達からは「プリンス様」と密かに呼ばれている望。昔から大人びていて、感情の起伏が少ない。
「…浩一の事、好きなんだろ?」
いきなり核心をつかれて、和久はすぐに返答できなかった。幼い頃から、望は感情の動きにやたらと敏感だった。
「告白しないの?」
「できるわけねぇだろっ。あいつには彼女がいるのに」
側にいられれば、それで良いと思っていた。このまま、この気持ちを告げないでいたい。ふざけあったり、笑いあったりしていたい。告白して、全て壊れるよりずっと…。
「僕も、そう思うよ」
「え?」
望の言葉に和久が振り返る。どこか切なそうな表情で望は空を見ていた。
「僕の恋は、最初から諦めなきゃいけなかったから」
晴れ晴れとした笑顔が、なぜか泣いているように見えた。和久は、込み上げてくる涙が抑えきれなかった。自分よりずっと小柄な望の肩に顔を埋め、うっうっと声を出して泣いた。
「なんで、あんな奴を好きになってしまったんだろう…っ」
和久が絞り出すような声で呟く。
望はポンポンと優しくその背中を撫でてくれた。
まるで、母親のように優しく…。

「で、これが明日夏とのお揃いリング」
鼻の下を伸ばして浩一が指輪自慢をする。和久は適当に相槌を打ちながら、ゲームに熱中した。
「和久。聞いてるのかよ」
「聞いてる聞いてる」
「…嘘だな」
浩一のムッとした声に、和久が顔を上げる。
「聞いてるって。お前が明日夏ちゃんと遊園地に行って、お化け屋敷から逃げてきたって話だろ?」
「ちーがーうっ。その後、夕陽が見える公園でプロポーズしたんだ」
大学生になっても、3人の関係はほとんど変わらなかった。科は違うものの、同じ大学に進み時間が空けば集まっていた。今日は、望が暮らすアパートで久々の飲み会を開いたのだ。そこで浩一がある報告をしてきた。それは、橘明日夏との結婚だ。
「OKしてもらったんだ?」
望が聞けば、浩一がニッと笑う。幸せそうに。
「真っ先にお前達に教えたくてさ」
嬉しそうに話す浩一を、和久は直視できなかった。失恋確実だというのに、なかなか浩一を諦められない。諦めようとする度に、好きという気持ちが出てくるのだ。
「ま、せいぜい頑張れよ」
和久と浩一は、何一つ変わってはいない。浩一は、和久の気持ちには全く気付いてはくれなかった。
「じゃ、そろそろ帰ろうぜ」
浩一の言葉に、和久は視線を逸らす。
「あ、悪い。望に話があって」
和久の咄嗟の言い訳に、浩一が不思議そうな顔をする。
「そうなのか?」
「浩一。明日夏さんが待ってるよ」
「あ、ああ」
浩一は不満げではあったが、特に何も言わずに帰っていった。望が玄関のドアを閉めると同時に、和久の腕がその細い背中を抱き竦める。
「くすぐったいよ。和久」
細い首筋に顔を埋めて、望がクスクス笑う。そして、2人は言葉もなくベッドに倒れこんだ。
「今夜は、激しそうだね」
望が耳元で囁く。和久の指が、望の下半身に伸びた。
大学に入ってすぐ、和久と望は身体の関係を持つようになった。同性への報われない想いを、こうして発散するようになったのだ。そして、最初はぎこちなかった行為も数を積めば快楽だけが残った。そこに愛はなくても、寂しさを慰め合えた。
「あっ、はぁっ、あっ、和久…っ、和久っ」
限界が近いのか、望が縋るように名前を呼んでくる。深くキスをしながら、和久が腰を進める。望は、自分で下半身を握ると指を激しく動かした。清楚な印象の顔立ちが、一気に艶っぽくなる。
(望の好きな奴って…)
自身の愛撫に悶え、乱れる望はとてつもなく艶かしい。その顔を見つめながら、和久はいつも考えていた。
(誰、なのかな)
何度聞いても、望ははぐらかすのだ。
ただ、笑うだけで。時々相手の事を教えてくれるが、誰なのかわからない。
「じゃな」
「また明日」
いつもと変わらない望。さっきまで身体を繋いでいた事さえ、なかった事のように感じる。帰宅した和久は、バッグを開けてハッとした。
「これ、望のノートだ」
同じ色だから間違えたようだ。取り出すと、1枚の写真が落ちる。
「え?」
拾いあげた和久は固まった。高校の時の修学旅行の写真。和久と浩一、望の3人で撮ったのだ。だが、そこには和久と望しか写っていない。浩一の場所だけ、折られていた。
「どういう事なんだ?まるで…」
そこまで呟いて望はハッとした。そして、ものすごいスピードで家を出た。

『僕の好きな人?んー、すごく鈍感な人』

望が嬉しそうに話した事がある。言葉を選ぶように、慎重に。大切な宝物を見せるように、大切に話していた。

『側にいられるだけでいいんだ。僕の気持ちなんて、受け入れてもらえるはずがないから』

時々、寂しそうに笑っていた。
和久は、さっき歩いてきた道をひたすら走った。自分の鈍感さが嫌になる。もっと早く気付けば良かった。そうしたら、こんな酷い事はしなかったのに。いつもはすぐ近くにある望のアパートが、今は遠く感じる。
「和久?どうしたの?」
ドアを激しくノックすれば、望がキョトンとした顔をして出てきた。目の下が、赤い。和久は中に入るなり、望を強く抱き締めた。
「和久?」
「なんで、なんで言わなかったんだよっ」
怒るのは理不尽だ。和久にだって、それぐらいわかっている。だけど、他にどうしたらいいのかわからなかった。
「なんの事?」
顔を上げた望の表情は、どこか怯えていた。
「これだよっ」
見つけた写真を突き出せば、望の表情がガラッと変わった。奪うように写真を引ったくると、胸に抱き締めて背中を向けた。
「なんで、これ…」
「お前のノート。間違えて持ってきたんだ。そうしたら、それが挟まっていた。望が好きな奴って、俺なのか?」
沈黙が室内を満たした。望の背中から、ピりピリとした不思議なバリアが出ている気がする。触れたら弾かれそうな、そんな気がした。
「気にしなくていいよ」
振り向いた望は、いつもの笑顔を浮かべていた。
「別に両想いになりたいとかじゃないから」
顔は笑顔なのに、その指は震えていた。和久は、望の細い手首を掴むと荒々しくその口を塞いだ。これまでしていたような、本能的なものではない。互いを慰め合うようなものでもない。
「バカだよ、お前」
唇を離した和久は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている望の両頬を包んだ。
「俺、鈍感だからさ。言わなきゃ、わかんねーだろーが」
和久の声や手も震えていた。
これまで、望はどんな思いで抱かれていたのだろう。和久が浩一に片思いをしていると知りながら、どんな気持ちで慰めてくれていたのだろう。
「和久を好きだって気がついた時に、すぐわかったんだ。和久が浩一の事を好きだって…」
さっきまで抱き合っていたベッドに並んで座り、和久は望の肩を抱いていた。柔らかな栗色の髪が首筋にあたりくすぐったい。自然と指と指を絡めていた。
「それでも、やっぱり和久が好きだった。オモチャでもいいから、抱いて欲しかったんだ」
「バカっ。そんな風に言うなよっ」
和久が望を抱き締める。
「俺、確かに望と遊びのようなエッチしてきたけど…。望とだから、キスとかその先の行為もしたんだ」
「…和久」
「今はまだ心の中に浩一がいるけど、それでもいつかお前だけを好きになるから。必ず」
身勝手な事を言っている自覚は和久にもあった。それでも、望とこのまま気まずくなりたくなかった。
「だから、待っててくれ」
「…うん」
和久の不器用な告白に、望は泣きながら頷いた。2人は、自然と顔を近づけてキスをした。和久は、やっと浩一への想いに区切りをつける気になった。いつまでも、浩一を追い求める日々にやっと終止符を打ったのだ。

5年後。
和久は結婚式場にいた。視線の先には浩一がいて、ガチガチに緊張している。花嫁がクスクス笑いながら、浩一の額の汗を拭っていた。
「お似合いだね」
隣に座る望が笑う。和久は、そっと望の左手を握った。そこには、お揃いの金色のリングが輝いている。
「お前の方が美人だけどな」
小声で囁けば、望が照れたように笑う。時が経つほどに、和久と望の間は深まっていった。今は一緒に暮らして、ラブラブな日々を送っている。
「では、誓いの口づけを」
神父の言葉と共に、浩一が花嫁にキスをした。そして、和久と望も周囲に気づかれないようにそっとキスを交わすのだった。





















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