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第三章

永遠を守るための嘘

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和広はチラチラと時計を気にしていた。上野が指定した時間まで、もうすぐ。
「カズ。どうした?」
ゲームに夢中になっていたはずの明広が振り返る。紅茶のような色をした瞳は、まるで何かを感づいているようにも見えた。
「なんでもないよ。そうだ、コンビニ行ってくるよ。アキ、ほしいのある?」
「あー、じゃ激辛ラーメン」
「わかった」
内心の動揺を隠しながら、和広は家を出た。そして、大学へと走って向かう。
(上野先生。なんで…っ)
上野からのメッセージは、和広の心を激しく動揺させた。『君達』というからには、おそらく和広と明広の関係だろう。だが、上野が明広に会ったのはつい数日前のはず。2人の関係がバレるはずはない。だが、確かめなくてはいられない。和広は不安と焦りを胸に夜道を急いだ。
上野のアトリエは、大学の奥の奥にある。かつては演劇研究会があったらしいが、廃部になった際に上野がアトリエとして借りる事になったのだ。絵画研究会の人間さえ、そこに入った事はない。和広は僅かに躊躇いながら、そっとドアノブを開けた。
「…え?」
ドアを開けた和広は、そのまま硬直した。なぜなら、壁一面に和広の写真が貼ってあったのだ。そして、真ん中には和広の肖像画。
「な…」
肖像画の和広は、妖艶な笑みを浮かべて半裸を晒していた。もちろん、和広は1度も上野の前で服を脱いだ事はない。
「どうだい?僕の新作は」
いつもと同じように優しい笑みを浮かべ、上野がキャンパスを後ろから抱き締める。そして、絵の中の和広を優しく指で愛撫した。
「やめてくださいっ。なんの悪ふざけですかっ」
「悪ふざけ?失敬だな。愛と呼んでくれないか」
和広の言葉に、上野の表情から笑みが消えた。
「僕はね、入学式で君を見た時から虜だったんだ。少年らしさの中にも、どこか儚げさと色気を持っている。まさに僕好みだった。妄想の中で君を裸にしている時間は、まさに至福の時」
上野は絵筆を持ってくると、絵の中の和広の裸体をなぞった。うっとりとした眼差しとやや膨らんでいる下半身に、上野が欲情している事がわかる。
「変態…っ」
和広の軽蔑に満ちた声に、上野がフフッと微笑んだ。そして、壁の写真を1枚剥がした。
「僕が変態なら、君達はどうなんだ?」
突きつけられた写真には、和広と明広が顔を寄せ合っている姿が写っていた。和広の背筋を冷や汗が流れる。一見、なんの変哲もない写真だ。だが、互いの眼差しや何気なく触れた肩にただならない関係性がうかがえる。
「君達、本当にただの兄弟なのか?」
「あ、当たり前じゃないですか」
和広は平静を装うのが精一杯だった。だが、元々嘘をつくのが苦手な和広は次第に冷や汗をかいてきた。上野がクッと喉の奥で笑う。
「そうは思えないな。君の背中にホクロがあるってかまをかけたら、明広くんに睨まれたよ。普通の兄弟なら、あんな事で怒るかな」
「…それは…っ」
上野は和広に近づくと、その細い顎を指先で持ち上げた。
「黙っていてもいいよ。僕のヌードモデルになってくれたら。現実の君の裸体が、どうしても見たいんだ」
和広は唇を噛み締めた。ここで嫌だと言ったら、上野はこの写真をどうするのか。それだけが気になった。もしこの写真を周囲の人間が見たら、なんて思うんだろう。和広がうなずこうとした瞬間。バンッとドアが開いた。
「カズから離れろ。この変態教師が」
「アキッ」
和広は憮然とした表情で上野を睨み付けた。だが、この展開を上野はわかっていたようだ。
「ちょうどいい。君にもヌードモデルになってもらおうかな」
「うるせー、この三流画家が」
「失敬だぞっ」
明広はズカズカ中に入ってくると、和広の前に立ちはだかった。そして、壁に貼られた写真を睨み付ける。
「オレとカズは兄弟だ。それ以上の関係なわけないだろ」
明広の言葉に、和広はズキッと傷ついた。2人の関係は公にできないのだから仕方ないのだが、改めてそう言われると傷つく。
「だが、周りはどう思うかな。僕にはそれが心配だよ」
「オレらの事より、自分の事を心配しなよ。ねぇ、杏子さん」
明広がドアの向こうに声をかける。と、コツコツとヒールの音が響きスラッとした女性が現れた。
「きょ、杏子っ」
女性を見るなり、上野がすっとんきょんな声を上げて尻餅をつく。杏子と呼ばれた女性は、微笑を浮かべたままその姿を見下ろす。
「あなた。確か、出張って言ってたわよね」
「え?や、あの…」
「男遊びはやめるって約束したわよね。この変態がっ」
杏子がスッと笑みを消す。上野は今にも泣き出しそうな顔で土下座した。
「すまないっ。今度こそ2度としないっ。許してくださいっ」
ペコペコ頭を下げる上野に和広が唖然としていれば、杏子が振り向く。とても優しい眼差しで。
「嫌な思いをさせてごめんなさいね。後は私に任せて」
「は、はぁ」
和広には何がなんだかわからない。明広は和広の腕を引くと、そのまま校舎を出た。帰り道。明広がこれまでの経緯を説明する。
「カズの様子がおかしいから、もしかしてって思ったんだ」
明広はそのまま大学へ行こうとしたが、行き先を変えた。
「上野の家に行ったら、奥さんが出てきてさ。アイツが出張中だって言うんだ。だから、全部話した」
杏子の話によると、上野はかつて数人の愛人を囲っていたそうだ。驚く事に、全て男性だったらしい。浮気が発覚した時に、2度としないと約束していたそうだ。
「今頃アイツ、こってり絞られてんぞ」
ケラケラ笑う明広に、和広が涙ぐむ。
「ごめん。相談もしないで」
グスッと鼻を啜れば、明広の手に力がこもる。
「カズの気持ちはわかってるからさ。それに、上野のはったりに乗ってカズを傷つけた。オレこそ、ごめん」
「…僕達、ずっとこうやって嘘をついていくのかな」
和広がポソッと呟く。同性同士というだけでもハードルは高いのに、2人は双子の兄弟なのだ。これからも、2人の恋は秘密にしなくてはならない。親にも友達にも、誰にも言えないのだ。
「これは、永遠を守るためなんだよ」
明広が振り向かずに言う。
「カズと永遠にいるためには、オレは嘘をつき続ける」
「…アキ」
家まで数キロという時に、明広がいきなり和広を抱き締めた。互いに背中を抱き合い、言葉にならない気持ちを唇で伝えた。愛しているから、許されない関係だけど諦められないから。
翌日。上野は一身上の都合で大学を去った。噂では、家族と国外に引っ越したらしい。
「なぁ、カズ。そろそろ最後までしよ」
「まだダメ」
「えーっ」
真夜中。双子は誰にも言えない事を、ベッドの中で秘かに楽しんでいた。


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