無垢な幼馴染みと我慢の夜

すいかちゃん

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我慢できるはずがない

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「好きだ。智哉」
耳元で囁かれる声は、これまで聞いてきたどの弘樹の声よりもたまらなく甘く響いた。その言葉が合図のように、唇が静かに重ねられる。柔らかく暖かな感覚に、智哉は胸を高鳴らせた。
(キスって、こんなに気持ちいいんだ)
柔らかくて、暖かくてしっとりしている。ずっとくっついていたいと思わせてくれる。
この1週間。何度、弘樹と唇を重ねたかわからない。ずっと側にいた幼馴染みがファーストキスの相手になるなんて智哉は思ってもいなかった。
「今度の日曜日。映画にでも行こう」
制服のポケットから映画のチケットを2枚出して、弘樹が優しく微笑む。シャープな輪郭に、少しきつめの瞳。大人っぽい顔立ちと雰囲気を持っている弘樹は、智哉にとってずっと憧れの存在だった。弘樹のようになりたいとずっと思ってきた。
そんな弘樹に、1週間前いきなり好きだと言われた。恋人になってほしいと。なれないなら、もう話しかけたりしないと言われて、焦ってしまった。だって、弘樹がいない日々など智哉には考えられなかったから。だから、とっさに恋人になると言ってしまった。だが、その事を智哉はほんの少しだけ後悔した。だって、まさか乳首を舐められるなんて思ってもいなかったのだ。
怖いと本能が感じた。弘樹にされた事が怖がった訳ではない。智哉が怖かったのは、弘樹に触られて自分の身体が変化した事だ。
ベッドに押し倒されて、弘樹の指に胸を触られたり、乳首を舐められて身体があり得ないぐらい熱くなった。
(あんなところ、舐めるなんて)
思い出すだけで、頬が熱くなる。くすぐったくて、それでいて気持ちいいなんて思ってしまった。きっと、こんな自分は変なんだ。弘樹に触られて、アソコが熱くなったなんて…。
(絶対に知られたくないっ)
あんなこと、初めてだった。自分の身体に何があったのかわからなくて、不安で、怖くて智哉は泣いたのだ。弘樹に優しく抱き締められても、智哉の心は晴れなかった。
「あのさ、智哉」
「ん?」
考え事をしていたら、いつのまにか目の前に弘樹の顔があった。
「もう一度、キスしていい?」
言われて、恥ずかしいけど頷いた。目を閉じれば、ゆっくりと唇が重なる。キスは好きだ。角度を変えながら、次第に激しくなっていく感触に、智哉は無意識に弘樹の背中へ腕を伸ばした。しがみつけば、更に強く抱き締められる。好きだと身体全体で言われているようだ。
智哉にとって、いつも側に弘樹がいてくれるのは当たり前だった。好きと聞かれたら、間違いなく好きだ。でも、その好きはどんな好きなのか智哉にはわからなかった。
(キスされても嫌じゃないし、抱き締められるのも嫌じゃない)
少なくとも、智哉は弘樹を拒絶したいとは思わない。
(恋人同士って、どんなことをするんだろう)
長い長いキスの後。その気持ち良さにボーッとしながら、智哉は漠然と考えていた。1度も交際歴がない智哉にとって、男女のデートさえ想像ができなかった。

「お帰り。智哉」
帰宅すれば、自分によく似た顔立ちをしている母親が声をかけてくる。とっさに聞いてみようかと思ったが、さすがにそれは聞けなかった。日頃から智哉に恋人ができたかどうかを気にしている母親だが、その相手が弘樹だとわかったら卒倒してしまうだろう。
両親は、智哉が1歳になる前に離婚をしてしまった。そのため、父親という存在がいないのだ。父親がいれば、きっと聞けたのだろう。智哉は、自分の中のモヤモヤした気持ちを持て余していた。
「そうだ」
智哉は、2階にある姉の部屋へとそっと入った。そこには、壁一面に漫画が並んでいる。
(ねーちゃんには触るなって言われてるけど)
恋愛について学ぶなら、漫画が良いと聞いたことがある。姉の智架は少女漫画を大量に愛蔵しているのだから、一冊ぐらいヒントになるものがあるだろう。
「ん?」
カラフルな表紙のなか、『それ』はあった。綺麗な顔をしているが、どちらも男性キャラクターのようだ。だが、キスしてる。
(男同士なのに?)
裏を読めば、どうやら幼馴染みの少年同士が結ばれるまでのストーリーらしい。
(まるで、僕と弘樹みたいだ)
智哉は、その本を自室へ持っていき参考にすることにした。が、ものの数分後。けたたましい叫び声をあげるハメになってしまった。
「どうしたのっ、智哉っ」
「なっ、何でもないっ。何でもないっ」
慌てて部屋に駆け込んできた母親に、智哉は咄嗟に持っていた本を背中に隠した。
「顔が真っ赤じゃない。熱でもあるんじゃ…」
「ないっ、ないっ。ないからっ」
母親は、渋々部屋を後にしてくれて、智哉はフゥと溜め息をついた。が、ドッドッと鼓動は高鳴りどうにかなりそうだった。
(本当に、本当にあんなことするの?)
ストーリーは、幼馴染みの少年同士が互いに秘めた気持ちを告白するところから始まる。そして、許されない愛に苦悩しながらも身体を重ねるのだ。が、それは智哉にはあまりにもショッキングな場面だった。
(手や、口で、すごいことしてた。それに、お尻の穴に、あんな…っ)
智哉は、初めて弘樹とキスした日を思い出した。弘樹が何を望んでいたのかも。
(無理だよっ。無理っ)
漫画の中の2人の姿が、自分達と重なり、智哉はかなり混乱した。だが、幼馴染みに抱かれた主人公の台詞が智哉の心を少しだけ揺らす。

『好きだから、我慢できる。どんなに痛くても、辛くても、これが愛されている証なら。もっと、もっと深く繋がりたい』

智哉は、弘樹のことを自分がどれだけ好きかを考えた。果たして、我慢できるのだろうか。もし我慢できなかったら、自分は恋人ですらいられないのかもしれない。智哉は、生まれて初めて弘樹を失うかもしれないという不安に苛まれた。

「…や、智哉?」
耳元で大きな声で呼ばれて、智哉はハッと振り向いた。すぐ側に弘樹の顔があり、たちまち智哉の顔が赤くなる。
「ど、どうしたの?弘樹」
「それはこっちの台詞。どうしたんだ?ボーッとして」
言われて、智哉は自分が弘樹の部屋で宿題を教わっていたことを思い出した。
「ご、ごめん」
智哉は、チラッと弘樹を盗み見た。毎日のようにキスをしている唇。そして、同じ高校生とは思えない骨太の指。更に、今はデニムで隠れているけれど、そこには智哉と同じ…。
「智哉?」
ポンッと肩を叩かれて、智哉はビクッとしてイスから転げ落ちてしまった。慌てて弘樹が抱き起こしてくれる。
「お前、やっぱり変だぞっ?何を隠してるんだ?」
智哉は、弘樹にことの真相を話した。姉の部屋で見つけた本のこと。そのなかで、男同士が愛し合っていたこと。
「弘樹は、知ってたの?男同士が、ああいうこと、するって」
「知ってた。知ってて、お前とそういう事がしたかった」
恥ずかしくて顔を上げられないでいると、弘樹の大きな手がポンポンと智哉の頭を軽く叩いた。
「無理することないんだ」
その言葉でわかってしまった。弘樹が我慢している事を。智哉は、思わず弘樹に抱きついた。大好きな大好きな幼馴染みに、自分が出来る事…。智哉には、それが何か分かっている。
「弘樹が、したいなら、いいよ」
智哉の言葉に弘樹が笑う。
「ガタガタ震えてるのに?」
「大丈夫だから、して」
弘樹が溜め息を吐いたのがわかる。きっと、自分が困らせている。でも、弘樹を失いたくない。智哉は、弘樹のちゃんとした恋人になりたかった。
「電気。消すぞ」
これから、大人になるんだと智哉は深呼吸をした。

お風呂で裸になるのは恥ずかしくないのに、どうしてベッドの上だと恥ずかしいんだろう。智哉は、弘樹にキスをされながらぼんやりとそんなことを考えていた。電気を消した暗いなか。生まれたままの姿で向き合っている。思わず手で股間を隠そうとすると、やんわり弘樹がその手を掴んだ。
「ダメだよ。触れない」
「だって…」
そこは、まるで欲望を見透かされているような場所だ。弘樹にキスをされる度に、乳首や脇腹を触られる度に、少しずつ形状を変えていく。気持ちがいいことを言葉よりも雄弁に教えている。それがたまらなく恥ずかしかった。やがて、弘樹の指が智哉の中心に絡まると、智哉は半ばパニックとなってしまった。
「あっ、や…っ、はっ、あっ、あっ」
智哉は、これまで性的な興奮を感じることは殆どなかった。オナニーをしようと思ったこともない。朝起きたら身体が反応していたことはあったが、生理現象の1つぐらいにしか思っていなかった。
「やっ、弘樹っ、怖いよ…っ」
ジワジワと広がっていく未知なる感覚は、智哉に不安と恐怖を与えた。大げさかもしれないが、自分が自分でなくなるような感覚だった。
「大丈夫。気持ちよくなる」
「んっ」
弘樹の指が激しく動き、智哉はあっけなく達してしまった。ハァ、ハァとまるで長距離を走った後のように息を吐いていると、弘樹の指が背骨を沿って智哉の尻の間に到達する。そして、そっと指先が入れられた。
「ひっ」
とっさにしがみつけば、耳元で大丈夫だと優しい声がした。だが、智哉にとって見えない場所を指で探られるのは、怖くてたまらないことだった。
「いた…っ」
かなりの時間、智哉は痛みと気持ち悪さに耐えていたが、いっこうに身体から力が抜けることはなかった。それどころか、ますますその場所は強張って、弘樹の指を締め付けるのだ。やがて、智哉の瞳から涙が流れる。
「智哉」
まるで、こうなることをわかっていたように弘樹が抱き締めてくれる。小さな子供をあやすように膝に乗せると、背中をさすってくれた。
「ごめん…っ、ごめんなさ…いっ、どうしても、我慢できない…っ」
智哉が泣きながら謝る。好きなのに、我慢できないのだ。どうしても、その場所で弘樹を受け入れられない。弘樹は、泣いている智哉の額やこめかみ、耳に触れるだけのキスをする。
「俺達、ゆっくり恋をしていこう。智哉のこと、早く抱きたいと思った。俺だけの智哉にしたいって。でも、違うって気づいたんだ。お互い、同じ気持ちでなきゃ意味がないんだ。たとえ、智哉のことが抱けなくても、俺はやっぱり智哉が好きだ」
弘樹の優しい言葉に、智哉はまた涙を溢れさせた。
その夜。裸のまま2人は抱き合って眠った。それだけで、『特別』なことをしていると思えた。そっと弘樹の裸の胸に耳を押し当てて、智哉は規則正しい鼓動の音を聞きながら眠りに落ちた。
目が覚めたら、少しは大人になっているように思えた。







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