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第五話

子ギツネがくれた贈り物

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「またお前かっ!このバカギツネッ」
静かな村に、大きな怒声が響き渡った。荒れた畑の真ん中で、子ギツネがキョトンと振り返る。フワフワの毛が朝日に輝き、まるで黄金のように見えた。だが、そんな愛らしい姿は作太郎にとってはどうでも良かった。ホウキを片手に、逃げ惑う子ギツネを追いかける。
「待てっ。こらっ、逃げるなっ」
作太郎がホウキを振り回すと、子ギツネはピョンピョンと逃げ回り森の奥へと戻っていった。
「全くっ」
作太郎は無惨に荒らされたイチゴ畑を見つめて、悲しそうな顔をした。別に、作太郎はこのイチゴを販売しているわけではない。子ギツネが多少悪さをしたって困る事はない。だが、このイチゴは特別なものだった。
「あなた。イチゴはどうでした?」
家に戻れば、妻の淑子が心配そうな顔で聞いてくる。元々身体が弱い淑子だが、年齡を重ねるにつれて体力はますます落ちてきた。今の彼女の楽しみは、庭のイチゴでジャムを作る事だ。
「ほんの少し食われたが、大丈夫だ。1ケース分は作れる」
「良かった。皆、喜んでくれるかしら」
淑子が作ったイチゴジャムは、近所の幼稚園や小学校に提供されている。子供がいない2人にとっては、それが楽しみになっていた。
「全く。毎日、毎日。あのキツネめっ」
「あなた。そんなに怒らないで」
作太郎と淑子は互いに惹かれ合っていたものの、身分の差から駆け落ち同然の結婚をした。もし作太郎が淑子を連れ出さなければ、今頃は別の人生を歩んでいたはずだ。
「君のイチゴは、俺がなんとしてでも守るよ」
作太郎がイチゴを守るのは、それが唯一淑子のためにできる事だからだ。だが、次の日も次の日も子ギツネは畑に来てはイチゴを荒らしていった。どれだけ追い払っても、必ず来るのだ。
そんなある日。作太郎達が暮らす地域に、嵐が到来した。
「この天気では、イチゴが・・・」
作太郎は、何度も外へ出ようとした。が、その度に淑子に止められた。
「駄目よ。外に出たら、あなたが危険だわ」
作太郎と淑子は、ただジッと暴風雨が去るのを待つしかなかった。ふと窓の外を見た作太郎が驚きの声を上げる。
「なんだ?あれ」
いつの間にか、それはそれは大きな大きなテントがイチゴ畑を守っていた。どんなに風が吹いても、どんなに雨が降ってもテントはビクともしない。作太郎は、近所の農家が親切にしてくれたのだと思いカーテンを閉めた。
翌朝。
風や雨は嘘のように止み、太陽が畑を照らした。
「あなた。あそこに子ギツネが」
「え?」
いつしかテントは姿を消し、そこにはボロボロの姿の子ギツネが倒れていた。近寄ってよく見れば、いつもの子ギツネだ。
「可哀想に」
幸い、息はしていた。作太郎は、子ギツネを大事に大事に抱えて家へと入った。淑子は急いで子ギツネをタオルで包むと、その口元にミルクを与えた。不意に淑子が笑う。
「昔もありましたね。キツネを助けた事が」
「ああ。お腹の大きな母キツネだったな。5匹も生んだ」
「ええ。とっても美しい毛並みの子でした」
子ギツネの身体を優しく撫でていた淑子が、不意に作太郎を見る。
「小さい頃。キツネは変化できると聞きました。まさか・・・」
「まさか。この子が?」
夫婦は顔を見合わせてプッと笑った。
後日。畑を荒らしていたのは、近所のワルガキ達と判明。彼らが畑に入りイチゴを食べていると、いつも子ギツネが来て威嚇するらしい。
それからも子ギツネは作太郎の畑に遊びに来た。だが、もう作太郎が子ギツネを追い払う事はなかった。
その年のイチゴは、一際甘く感じた。
作太郎と淑子は、子ギツネがくれた贈り物ではないかと思えて仕方なかった。

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