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第二話

恋するキツネは、お人好しの花嫁となる

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人間に恋をしてはいけないよ。
恋をしても、傷つくのはキツネなのだから。
心変わりが激しい人間は、別の人間を愛するようになる。
だから、人間に恋をしてはいけないよ。

それはそれは、寒い冬の朝でした。野原を白い雪が覆い、吐く息すら凍ってしまいそうでした。
村一番のお人好しだと言われている正太郎は、山道を急いで歩いてた。
「ん?」
雪山を、茶色い塊がものすごい勢いで転がり落ちてくるのが見える。よく見れば、一匹の子ギツネだった。
「おっと」
動かない子ギツネに、正太郎は慌てて駆け寄った。見れば、子ギツネの右足には怪我をした跡がある。
「罠にでもかかったか?」
子ギツネを優しく抱き上げれば、キュウッと小さく鳴いた。
「こっちへ逃げたぞぉ」
男の声が聞こえてくる。正太郎は懐にキツネを隠すと、何事もなかったように山道を歩いた。
と、ザッザッと音を立てて猟師達が歩いてくる。
「どうかしたのか?」
正太郎が聞くと、猟師達がキョロキョロと周囲を見渡す。
「ここらでキツネの子を見なかったか?」
正太郎はギクリとしたものの、急いで首を横に振った。猟師は不思議そうな顔をしたものの、特に追求はしてこなかった。
猟師が去ったあどけない、正太郎はホッと息をついて子ギツネを懐から出してやる。怪我をした右足には、手拭いを巻いてやった。
「捕まるんじゃないぞ」
猟師をしている彼らにとっては、おそらく絶好の獲物だったのだろう。だが、小さくて愛らしいこの子ギツネが毛皮や襟巻きにされるのは見ていられなかった。子ギツネは何度か正太郎を振り向いたが、やがて山の奥へと消えていった。
時がたち、男は子ギツネとの出会いなどすっかり忘れていた。

凍えるような冬が過ぎ、暖かな春が訪れた頃。正太郎の元に、美しい花嫁が訪れた。
「どうか私を、正太郎さんの花嫁にしてください」
正太郎は、ポカンと口を開けたまま固まった。
(こんな綺麗な人が、俺の嫁さん?)
白無垢姿の花嫁は、名前を結花といった。ビー玉のような大きな瞳と長いまつ毛。小さな唇は紅も差していないのに赤かった。
「あ、あの。俺の嫁さんになるって、どういう事だ?」
狭い狭い家の中。正太郎はドキドキしながら結花を見た。
雪のように白い肌をほんのり桜色に染め、結花が微笑む。それはそれは、奇麗な微笑みだった。
「どうか、何も聞かずに私をお嫁さんにしてください。お願いします」
正太郎は、戸惑いながらも結花をお嫁さんにする事を決めた。
なぜかはわからないが、結花とは初めて会った気がしなかった。
(俺と暮らしたら、きっとそのうち飽きて出ていくだろう)
正太郎は、自分の事をでくの坊だと思っていた。働く事しか楽しみはなく、酒もタバコも博打もできない。村の男達からはつまらないと嘆かれ、女達からも相手にされなかった。
翌朝。正太郎は、驚く光景を見た。
(え?)
そこには、朝御飯の支度をする結花がいた。だが、その姿は昨日とは違った。ピョコ、ピョコと大きな耳とフワフワの尻尾がユサユサと揺れている。
(キツネ?)
ここいらの村では、キツネが人に化けるという噂はよく聞いた。人の姿をしては、村人をからかうというのだ。
(俺は、からかわれているのか?)
正太郎は、どうしたものかと迷った。だが、別に害があるわけではない。正太郎は、結花の気が済むまで知らないフリをしようと決めた。
その日の朝食には、生焼けの魚と味噌がない味噌汁が並んだ。正太郎は、結花が傷つかないように「美味しい」と全て平らげた。
結花は、実によく働く嫁だった。朝は正太郎よりも早く起きて、朝御飯の支度からお弁当の準備をした。味も作り方もめちゃくちゃだったが、心はちゃんとこもっていた。掃除に洗濯もしてくれて、何よりも誰かと暮らす楽しさを教えてくれた。一人ぼっちだった正太郎の人生を、華やかなものにしてくれた。
「旦那様。今宵は月が綺麗ですね」
満月の夜。結花の膝枕に寝転んだまま、正太郎はクスクスと笑った。なぜなら、結花は自分の耳と尻尾が出ている事に気づいていないからだ。
「なぜ、笑っているのですか?」
「いやいや。お前があまりにも可愛いから、つい笑っただけだ」
言えば、結花の顔が真っ赤に染まる。正太郎は、美しい月に願った。結花がこのまま側にいてくれる事を・・・。
だが、村人達が結花の事で騒ぎ始めた。いきなり現れて、正太郎の妻となった結花を怪しんだのだ。
「あの娘はどこの者だ?なぜ、オメェの嫁になった?」
村人の質問に、正太郎は答える事ができなかった。困り果てた正太郎の姿を見て、結花は家を出ていってしまった。
正太郎は、森の中へと向かった。そして、走っていく結花を呼び止めた。
「待ってくれっ。俺の側にいてくれっ」
優花が泣きながら振り向いた。
「駄目ですっ。私は、正太郎さんの側にいられません。だって、私は・・・」
「キツネなんだろ?」
正太郎が言えば、結花が目を丸くする。
「戻ってきてくれ、結花。お前は、俺の嫁だろ?」
正太郎の声に、結花が首を大きく左右に振った。
「なぜ、なぜ私を探しに来たのですか?あなたを騙していたのに・・・っ。迷惑をかけるだけなのに、なぜ?」
正太郎が一歩近づけば、結花が一歩後ずさる。正太郎は、自分の気持ちを正直に伝えた。
「お前は、こんな俺の嫁になってくれた。お前といると、ここが、胸が暖かくなるんだ。明日も、明後日も、お前にいて欲しい」
正太郎が腕を伸ばして、結花を優しく抱き締める。結花は、正太郎の腕の中で泣き出した。
「帰っておいで」
「いいんですか?私は、人ではないんですよ?」
「今さら、そんな事は気にするな」
「生まれてくる子も、キツネかもしれません」
「お前に似た可愛い子ギツネだろうな」
正太郎は、しっかり結花を抱き締めて、フワフワの耳に唇を当てた。どこからか花びらが舞ってきて、2人を包み込んだ。
正太郎は、結花を連れて村を出た。そして、2人だけで静かに暮らした。
春になり、結花はかわいい双子を産んだ。正太郎に似た男の子と、結花にそっくりな女の子だった。

人間に恋をしたキツネの少女は、「永遠の愛」を見つけた。



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